そのじゅうよん
――14――
第二レーンにさしかかる。
第二レーンの試練は、バリスタに矢を装填する係と射撃をする係に別れて競技を行うようだ。
「先生、先生はどちらを担当されるのでしょうか?」
心なしか弾む声。
伏見さんの言葉に少しだけ考えて、答えを待つ彼女に微笑みかける。
そこまで期待されて応えなければ、教師冥利に尽きるというモノだ。
「では、私は装填と補正を担当します。射撃はお願いできますか?」
「はい、お任せ下さい」
よしよし、そうなれば。
ふと横目で見ると、バリスタに矢を装填する“硬さ”に苦労している鳳凰院君が見える。弦を引くのに何人もの力が必要なのが、本来のバリスタだ。それはもう、当然のように苦労することだろう。肉体強化でも、一杯一杯だ。
そこで今度は、私が施すのは二つ。術式、と呼べるほど丁寧なモノは基礎魔術では使えないが、細部まで繊細に組み上げれば、どうにでもなる。術式を使った方が、よほど早くて消費も少ないけれど、そこはご愛敬。ちゃんと、期待通りのモノを見せてあげないとね。
「循環、凝縮、循環、固定、方向性固定」
魔力とは粘土のようなモノだ。
力を凝縮させればある程度凝固するし、同じ方向に循環させて経路を覚えさせれば、意図的に乱さない限り同じ方向を見続ける。
その性質を利用して、まずは①弦を引く動作、②矢を装填する動作、③装填した矢を固定する動作を基礎魔術で確定。
続いて矢に、①並べられた順番に浮き上がる動作、②バリスタに置かれる動作、③発射時にぶれない動作を組み立てる。もちろん、魔導術なら一手で済む作業だが、こうすることにより循環や性質を捉えやすくなり、魔導術師にも技術向上の一助となったりもする。
異能者ならば、具体的に異能の幅が広がる可能性も秘めたものだ。
「さ、打ってみて」
「すごい……。っはい!」
自動で装填される矢を、伏見さんは見送り、狙いを付けてクレー射撃のように動く的を射貫く。隣では矢がまっすぐ飛ばずに苦労をしているようだが、こちらは補正つきだ。
矢はまっすぐと飛翔し、狙いどおりに的を射貫いた。それに、小さくガッツポーズをして喜ぶ伏見さんは、可愛らしい。最初は乗り気な様子でもなかったが、こんな感じならば問題は無いだろう。ぜひ、楽しんで貰いたい。もちろん、私が行った基礎魔術を霊術に応用する際、疑問点があれば不足無くキッチリと教える所存ではあるけれど、勉強ばかりが全てでは無いからね。
「目標得点、クリアーです、先生!」
「はい、よくできましたね」
「きゃっ……ふふ」
頭を撫でてあげると、控えめに喜んでくれる伏見さん。
いつも細められている優しげな垂れ目は、僅かに開かれると黄金がかった銀色をしていた。うん、とても綺麗な色だ。
「では、次ですね」
「はい! 次も、よろしくお願いします、先生」
「はい。お任せ下さい、伏見さん」
私が応えると、けれど伏見さんは緩やかに、笑顔のまま首を振る。
「ふふ。私は兄弟が多く、解りづらいので、六葉とそう呼んで下さい」
「ええ、わかりました。では改めて、よろしくお願いしますね。六葉さん」
「はい!」
うん、なんだか絆が深まったような気がする。
あれ? 今、運営の夢さんがなにか呟いたかな? 唇を読む限り、ええっと……。
「沼って、なんのことだろう?」
みちぬまにはまったか。
そう動いた夢さんの唇は、何故か苦々しいものに染まっていたような気がした。
さて、次はいよいよ第三レーンだ。
科目は“愛の救出劇”。一人が海上の滑り台に乗り、もう一人が問題を解く。今回も私は当然のように滑り台に立候補し、まだまだ楽な角度のそれに乗った。
直ぐ隣には、どこかげっそりとした表情の鳳凰院君。この競技、先に到着した方はあとの組が到着するまで休憩できるが、あとに到着した組は直ぐに始めなければならない。滑り台にしがみつかなければならないと思うと、ペナルティは軽くは無いだろう。
「よろしくお願いしますね、鳳凰院君」
「はぁ、はぁ、はぁ……はい、お願いします、観司教諭」
うーん、話しかけてあげない方が良かったかも。
けっこう、げっそりとしているように見える。審査員席のレイル先生も、参加せずに良かったことに胸をなで下ろしているようだし。まったくもう。
さて、ええっと、手早く魔力で吸着して――
「おおっと、ここでスペシャルお邪魔虫の参戦だーっ」
「ふふ、なんだか癪だからお邪魔しますわ? 【闇王の帳】」
――ずん、と、体を覆う重圧。
青い顔が更に青くなる鳳凰院君と、その鳳凰院君よりも見るからに重い圧に襲われる私。
……っていやいやいや、耐えないとまずい!
「循環、方向性注入、吸着、固定!」
滑り台に吸い付くように、魔力の膜を展開。吸着した上に、その魔力方向を固定。
ガッツリとしがみつくように滑り台に体を固定すると、なんとか、滑り落ちないようにすることができた。
「それでは、第一問!」
あ、平然と始めるんだね、夢さん。
うん、夢さんはそうだよね。知っていた。
「日本の退魔古名家の中で、鍛冶の名門を二つ」
「はい!」
ピコンッと鳴る音。
見れば、伏見さんが手を挙げることより一歩“遅れて”、手元のボタンを押す静音さん。
どうやら、ルールの把握が遅れていたらしい。伏見さんは耳まで赤くして、俯いた。
「はい、回答権は静音選手に!」
「く、鉄と皐月です!」
「正解! では、未知先生の滑り台が上がります!」
ごごご、という効果音と共に角度が上がる滑り台。
必死にしがみついてなんとか、という様子を、リリーは爆笑しながら視ていた。
「では第二問! 現アメリカ大統領、ジョージ・ラッシュ大統領の異能タイプは――」
――Pikon!
「えいっ! 発現型!」
「――ですが!」
「えっ、まだ続くの?!」
伏見さんが、慌てている。
そっか、この子、テレビとか見る子じゃないんだね。その点で言えば静音さんは、最近、鈴理さんたちと食卓を囲むことも多いみたいだからなぁ。クイズ番組とかも、見るようになったんだろう。
「その、異能名といえばなんでしょう?!」
――Pikon!
「ざ、我らが尊き魔法少女!」
ああ、うん、そう。
大統領、歴代大統領の技能を会得する特殊な発現型の異能だったのが、能力覚醒で、“歴代大統領をMAHOUSYOUJO化”して変質召喚する、奇妙な発現型になったんだよね。
……いや、だめだ、あんまりアメリカのことは考えないようにしよう。
「正解!」
再び、ごごご、という音と共に角度が急になる滑り台。
うぅ、ちょっとこれ、まだまだ余裕のある角度のハズなのにもう辛い。というか、下手をすると水着がずれる!
「ちょっ、だめっ」
「先生! わわわ、私のせいで、あんな」
「み、未知先生、やっぱり運が悪いんですね……」
「あっはははは、良いわよ、そのまま続けなさいな!」
リリーは、覚えていなさいよ、もう!
「おお、眼福眼福」
「夢ちゃんさいてー」
「うぐっ」
うん、ひとまず外野の声は気にしないようにしよう。
どうも、鈴理さんたちがツッコミ役は買って出てくれたようだ。ごめんなさい、お任せしますね。
「こほん、気を取り直して。――さぁさぁここからが大本命! どうなるこの先大乱戦! まだまだ、クイズは始まったばかり! 気を取り直して、続行します!!」
夢さんのマイクプレーが響き渡る。
余計な中断タイムのおかげで、ちょっとだけさっきまでよりも安定させられ始めた。
お願い、伏見さん……なんとか、キープしてね?




