そのじゅういち
――11――
――合宿二日目。
日差しが瞼の裏をじっとりと焼く。
今日は一限、なんだったっけ? うなり声を上げながら、目覚まし時計をごそごそと探した。
『わふ……くすぐったいぞ、鈴理』
「ふぁ、ごめん、ポチ……ねむい」
今、何時だろう。朝ご飯はあんまり抜きたくないけれど、冷蔵庫の中身ってなにがあったっけ? 常備菜は、きんぴらゴボウとあとは、ええっと。
眠くても起きなくてはならないから、ずるずるもぞもぞと布団から抜け出す。うぅーあー、眠い、眠い。
――よし、まだ目覚まし鳴ってないよね? もう少しだけ寝よう。ポチも、自分のドッグフードの時間になったら起こしてくれるし、良いよね。寝返りを打って、さぁて夢の中へ……。
「ふふ、甘えん坊さんなのかな? おいで、スズリ」
「うにゅぅ」
「ふふふ、可愛い、可愛い」
「ごろごろ」
撫でくり撫でくり。
ふむふむ、このちょっと冷たくて優しい手つきはリュシーちゃんだね。
「りゅ、リュシー、次、つ、次は、私が」
「む。ずるいぞ、静音。次は私だ」
「ふぅ、最高のアングルで撮れたわ。で、そろそろ起きるころよ?」
「ゆ、夢、焼き回しはいくらから?」
「とらないわよ。撮るけど」
むぅ、うるさいなぁ。
わたしはこの優しい手に包まれて、のんびりゆったり過ごすんだから。
ポチに相手でも――……ん、あれ、ちょっと待って。
「……」
「ん? おはよう、スズリ。よく眠れたかい?」
「……ええっと、リュシーちゃん?」
「そうだよ。ああ、まだ眠い? いいよ。スズリが満足するまで、抱きしめてあげよう」
ぎゅうっと優しく抱きしめられて。
仄かに鼻腔をくすぐるのは、ライムの香り。
優しい心にほんわかゆったり……じゃなくて!
「あわわわ、ごごごごめん、リュシーちゃん!」
「はははっ、なにを謝ることがあるんだい? スズリが添い寝をしてくれなんて、光栄以外のなにものでもないよ」
「うぅ」
は、恥ずかしいよリュシーちゃん。
のろのろと起き上がって、ちらりとみんなを見回す。既に身なりを整えているフィーちゃんと夢ちゃん。起きたばかりという風に、着崩した浴衣の静音ちゃん。浴衣のまま、わたしを撫で繰り回して可愛がるリュシーちゃん。
うぅ、これはとても恥ずかしいっ。
「さぁてご飯行くわよ、ごはん、朝食はホテルビュッフェよ。鈴理、早く用意しないと食いっぱぐれるわよ」
「もう、そんな食いしん坊じゃないからね?!」
「え、えへへ、鈴理、一緒に行こう?」
「あ、うん! 静音ちゃん」
身だしなみを整えて、あれやこれやと準備をして、服装は浴衣のまま。
ポチには部屋で待っていて――貰うのは難しいようだったので、散歩に行かせている。トイレの始末くらいはしてね? いや、水洗便所は使わなくてもいいから。ばれるよ!
朝食の席に座ると、もう、全員が集まっていた――などということはなく。
ひらひらと手を振ってくれる会長。笑顔で会釈をくれる六葉ちゃん。刹那ちゃんは、と、見回すと、師匠の横に陣取る姿。反対側には、やはり機嫌の良いリリーちゃん。
レイル先生はいる。けれど男の子二人、副会長と焔原君の姿は見えない。朝、弱いのかな?
「へぇ、朝食は洋風の部屋なんだ」
「みたいだね、夢ちゃん」
白いテーブル、白い椅子。
銀の長机の上には、色とりどりの料理の姿。
「みなさん、おはようございます」
「師匠っ。おはようございます!」
口々にわたしたちが挨拶をすると、師匠は笑顔で返してくれた。
……と、瞬く間にわたしたちの前に出てきてくれたけれど、刹那ちゃんは良いのかな?
見ると、見事にリリーちゃんに捕まっている。そっかぁ、逃げられないかぁ、だよねぇ。リリーちゃんの唇の動きを読むと、“朝くらい譲ってあげる”と動いていた。さすが夢ちゃん直伝の読唇術。隙が無い。
でも、朝くらいはってどういうこと? 夜の師匠は独り占め? うん、深く考えるのは止めよう。
「師匠、そういえば副会長たちはどちらに?」
「刹那さんが言うには、“『び』で始まって『いえる』で終わる”とか? 四階堂さんに聞いたら、二人とも朝は弱いということだから、まだ寝ているのではないかしら」
「び、いえる? そうですよね……」
「幸い、ビュッフェ形式だから、先に来た人から食べてしまいましょう。みなさんも、どうぞ」
やった!
ええっと、普段、自分で作る時はパンばかりだからご飯にしようかなぁ。あ、そうだ。お刺身食べようっと。
「食べ放題、ふふ、食べ放題か」
「フィーちゃん?」
「やはり、食べられる時に食べておくのが王道よな」
「フィーちゃん、落ち着いて!?」
そっか、アルバイトをして実家に仕送りをしているフィーちゃん。
タダで良い物をたくさん食べるっていう機会は、そんなにないんだね。
「影都、あんた朝からそんなに食べるの?」
「碓氷、あなたはその程度なの? フフン」
「よし、言ったな! ……とは流石にならないわよ?」
「チッ。太れば良いのに」
トレイの上に、カレーライスと牛丼とカツ丼を載せている刹那ちゃん。
トレイの上に、綺麗に盛りつけられた山菜サラダと少量の焼き魚と、ご飯とお味噌汁を載せている、夢ちゃん。なんだか個性が出るなぁ。
「りゅ、リュシー、それだけ?」
「そういう静音こそ。足りるのかい?」
リュシーちゃんは、ハーフトーストとポテトサラダ、それからポタージュ。
静音ちゃんは、お吸い物とお漬け物と玄米ご飯という、精進料理。
「みなさん、小食なんですね」
「あ、六葉ちゃん! おはようっ」
「ふふ、おはよう、笠宮さん。今日も元気だね」
「それだけが取り柄だからね!」
トレイを持って選びに来た六葉ちゃん。
その後ろからひょっこりと、会長も来た。
「笠宮さん、おはよう」
「はい、おはようございますっ」
「朝はやっぱりココアよね……ふぅ、チョコレートもあるみたいね」
会長、やっぱりチョコレート、好きなんだ。
見れば、息を切らせて走ってきた副会長たちを、レイル先生が労っている。
良かった。これでやっと、全員集合かな。
――/――
全員が席について、全員が食事を終えるまで、それなりに時間が掛かった。
なにぶん全て貸し切りという状況だからスムーズに済んだが、そうでなかったら痛い目を見ていたことだろう。こんなとき、スケジュール管理の鬼と呼ばれた瀬戸先生の手腕が、羨ましくなる。
今度、教えてくれないかなぁ。いや、教えてはくれるかな。ただちょーっと代償がこわいけれど。なでなで、膝枕、めっ。次は何を要求されるのだろうか?
「当初よりも押してしまい、申し訳ありません。支配人」
「ははは、どうぞお気になさらないで下さい。お昼は外で召し上がるのでしょう? どうぞ、お気を付けていってらっしゃいませ」
「はい、ありがとうございます」
支配人の玲堂さんに見送られつつ、次のプランを確認していく。
戦闘訓練のようなことは昨日までだ。今日は、もうちょっと平和なことをやるらしい。その方が助かるかも。
「観司センセイ、首尾ハ?」
「レイル先生。はい、今のところは大丈夫そうです」
「ハハ、それはヨかった」
「そちらも……二人は大丈夫でしたか?」
遅れてきた二人。
鳳凰院君と焔原君は、揃って息を切らしてきた。生徒会の生徒が朝が弱い、とは耳にしたことは無い。疲れていたのか、体調でも悪かったのか、心配だ。
「タンなる寝不足だソウダよ。どうも、夜更かしヲしすぎたようダ」
「そうでしたか……」
まぁ、そうか、それなら安心か。
大事にならなくて良かった。なにせこの島に、ちゃんとした病院施設はないからね。
「次ハ、バスで海岸かイ?」
「ええ、そうです」
バスの運転は、まぁ、私で良いか。免許もあるし。
安全確認はレイル先生にやってもらって。ああ、私もちゃんと水分を確保しなければ。
……と、よし。これで準備は万端、かな。
「さて、いよいよ二日目ですね」
「? アア、ソウダね」
「今日も一日頑張りましょう。レイル先生」
「――っ……ああ、キミにはカナわないよ。モチロン。頑張ロウ」
さて、まだまだ二日目の行程は始まったばかり。
みなさんが怪我をしないように、頑張ろう。




