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エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す  作者: 鉄箱
魔法少女の合宿 一日目
352/523

そのじゅう

――10――




 合宿一日目も終わりに近づくと、各々の部屋を彩る喧噪は、巡回の職員が通り過ぎる度に少しだけ小さくなる。なんだか、合宿と言うより普通の修学旅行のようにすら見えて微笑ましい。

 そんな彼女たちの部屋を通り過ぎ、空の見える展望台に足を向けた。薄く雲がかかった月が幻想的で、星々の煌めく夜空がなにより美しい。


「観司センセイ、こんなトコロにいましタか」

「レイル先生……?」


 そう、長椅子に腰掛けて空を見る私に、レイル先生は軽やかに片手をあげる。

 その手に収められているのは、おちょこが二つと酒瓶が一つ。いつの間に持ち出したのやら。


「ドウゾ、一献」

「ふふ、ではお言葉に甘えます」

「ホウ、ダメ元だったのダガ、さすが、我が友ダ」

「そうでしょうか? これくらいの融通が無ければ、生徒たちも息が詰まってしまいます」


 もちろん、翌日に残すほどは呑まないけれどね。

 そう告げておちょこを手に取ると、レイル先生は中性的な横顔を楽しげに緩ませた。


「“あなたに勧められた杯を、どうして断ることが出来ましょう。花が咲けばその多くが風に散るように、人生とは別れがつきものなのですから”」

「チャイニーズだね。唐の将軍、ダッタかな? 別れる人生ならば、刹那ヲ大事にしろ、トイウものだろう?」

「はい、そうです。レイル先生は私の、大事な友人ですから。杯を断ることなんてできませんよ」

「ハハ、それハ光栄だ」


 傾けたおちょこから流れる透明の液体は、仄かに甘く、熱を持つ。

 純米吟醸かな? けっこういいやつだ。時子姉とか、すごく好きそうかも。あとでお土産用に確保しておくのも良いかもしれないなぁ。


「君トこうして肩ヲ並べて杯を交ワスなんて、想像もシテいなかったよ」

「ふふ、実は、私もなんですよ。わかり合える日が、いつか、いつか! なんて、そんなものはいつも、ただ願うだけの言葉です。叶うコトなんて滅多に無い、なんて、わかっているのに、口ずさまずにはいられない。そんな、言葉です」


 異能者。

 魔導術師。

 稀少度。

 特異魔導士。


 いつもいつも、並べる言葉の強さに押し負けて、どこかにあきらめを抱えてしまう。

 大魔王が現れて、人々は戦える人とそうでない人に別たれた。無加工の現代兵器は意味を成さず、アメリカが放った核は悪魔を強化し、疫病をまき散らして嘲笑った。

 ただ、“特別”を連れてこい。特異な力を持ったものでしか、自分たちの肌を貫くコトは出来ない。アメリカ軍の中で嘲笑した悪魔と、希望を捨てずに立ち向かった兵隊。

 彼らは、いったいなんと言っていたか。



『それでも、神は我らを救うだろう! この身が献身の礎となり、悪のことごとくは地上から去る!』



 そう、そう叫んだ彼を、助けるものはなかった。

 どんなに立ち向かおうとボロボロになって、それでも神は現れず、どんなに信じようとも、神も天使も姿を見せず。

 ただ、救いに来た魔法少女に、彼らは絶望も見せずに託してくれた。


「レイル先生――お聞き、してもよろしいでしょうか?」

「――……エエ、なんなりと」

「あなたにとって、“神”とはなんでありますか?」


 この合宿の最中。

 いいえ、この合宿が始まるよりもずっと前から、私の中では疑問が渦巻いていた。

 今、合宿中に時子姉たちが虚堂静間を逮捕することが出来れば、その次は天使たちの問題に切り込んでいくことになるだろう。天使。確かに地上に降り立つ力があるのに、自分たちの信者を平然と切り捨てた集団。

 そして今もなお、魔導術師相手に非道を繰り返し、犯罪に荷担し、その目的ですら定かでは無い無法の集団。彼らがなにを成そうとしているのか。彼らの終着地点はどこにあるというのか。わからないことが辛く、歯痒い。


「かつてのボクに道を知らしめ、今のボクの背を押してくれたモノ、かな」

「今のレイル先生、に?」

「ああ、ソウサ。神の、天使の意志無くば、ボクはこの地に訪レなかった。もう決別を決めたからト言って、この気持ちを捨テル必要なんてドコにもないからね。観司センセイ、あなたにとって、神とは?」


 そうか。別に、崇め奉ることだけが道では無い。

 レイル先生が笑顔で指し示してくれた答えは、自然と胸に落ちるモノだった。確かに、今の天使たちの行動は、とても許容できるモノでは無い。独善的で、歪んだ、押しつけの正義だ。

 では、私にとって神とはなんだ? そんなものは決まっている。子供を庇って死んだ私に、もう一度、機会をくれた人。前世の年齢をとっくに過ぎた今でも、あのときのことは覚えている。






 ――真っ白な空間。

 ――普通の事務デスク。

 ――白いヒゲを伸ばしたおじいちゃん。

 ――ひっつめの黒髪眼鏡に翼を生やしたお姉さん。




『おお、見よ、久々の英雄じゃ。徳々ゲージが振り切っておる』

『直ぐ下界に感化されるのはおやめ下さい、神よ』

『じゃがのう。善行値など、味気ない」

『味気なくてけっこう。それで、その魂はどうなさるので?』

『ひょっほっほっ――なぁお主、もう一回、人生をやってみんか? やり直し、とはいかんがのう』




 ――笑うおじいちゃん。

 ――ため息を吐く女性。

 ――あれよあれよとサインをさせられ。




『まぁ、ちょっと力もつけておいたわ。頑張るんじゃぞ、小さな英雄殿』




 ――悪戯っぽく笑う彼が、優しげで。

 ――傍に控えていた女性の声も、穏やかに凪いでいて。






「うん。そう――私にとっても、神とは導いてくれる人、です」

「ソウか……なら、イイじゃないカ。これから天使たちを前ニして、ソノ気持ちが消えるノカ? そうでないノナラ、今までどおりをやり切レバ、それでイイ。違うカ?」

「いいえ――いいえ、違いません」


 そうだ。

 いくらここでどんなに思い悩んでも、答えは出ない。同時に、どんなに悼ましいものに出会ってしまったとしても、私があの日に抱いた憧憬に、翳りは無い。

 だったら、私はそれで良い。


「レイル先生」


 呼びかけると、首を傾げる。

 月光に空かす銀髪は、星々のそれよりも眩かった。


「ありがとう、ございます」


 紡いだ言葉は、純粋な気持ち。


「アア。どういたしましテ」


 返る言葉は、優しげで澄んでいて。


「なにに?」

「ヒトツしかないだろう?」

「なら、子供たちの未来に」


 かちゃん、と、合わさるおちょこ。

 呷る酒の味は、どうしてだろう、最初の一口よりもずっと、熱くて優しかった。



























――?――




『後悔はないか』

『やり直すべき世界は無いか』

『君の前に立つその運命は、受け入れられるべきものか』


「否」


『憎しみはあるか』

『憤怒を覚えているか』

『君の成すべきことに、慈愛はあるか』


「是」


『悲嘆はないか』

『あるいは、後戻りすら許されない』

まことなる“神託プラン”に、誠なる“託宣ルーチーン”を下せ』


「――」


『返答は如何に』


「――」


『よろしい、では、これより君は聖人だ』


「――」


『我々は、君の決意を歓迎しよう』

『我々は、君の真意に涙を流そう』

『我々は、君の約束に敬意を払う』


「――」


『そうだね、君の深意は美しい』

『その美に、我々は報いると誓おう』







「もう、後戻りはできない。――なら」








――――――



――――



――














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