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エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す  作者: 鉄箱
魔法少女の合宿 一日目
351/523

そのきゅう

――9――




 合宿一日目のイベントが終了すると、そのあとはいよいよ温泉だ。

 源泉掛け流しの高級温泉。男女に分かれて湯に浸かるべき、私たち教員も生徒も垣根なく、ゆっくり温泉タイムです。が。


「リリー、あなた、夢さんになにを吹き込んだの?」


 脱衣所の中。服を脱ぎながら、鼻歌混じりに楽しげなリリーに問いかける。

 あのあと、鈴理さんは夢さんを問い詰めはしなかった。というか、純粋に、無意識の場合を除いて友達への“観察”をしなくなったため、気がつかなかったようだ。

 けれど夢さんは鈴理さんに感づかれていると思い、真っ青な顔でいるようだった。可哀想に。あれでは、食事の味もよくわからないだろう。まぁ、夕食は入浴後だ。入浴中に、リリーに夢さんになにを吹き込んだのか聞き出して、解決しておかないと。


「ん? んふふ。ただ私は、勝者の持つ当然の権利について話をしただけよ」

「というと?」

「単純よ。勝者は敗者を“好きに”して良い。微力ながら、私も相手をしてあげましょう、とね。ふふふ、可愛いわ。私に可愛がられたいんですって。才無き者だけれど凡愚とは違う。多く才恵まれし英雄でも、天賦に彩られし勇者でも無い――」


 リリーは一糸纏わぬ姿になると、アメジストの髪をかき上げる。

 にぃと猫のように釣り上げた口角は、妖しく艶やかだ。


「――踏破者(・・・)の資格を持っている人間なんて、久しぶりに見たわ。私たち超越者に無い感覚なものだから、ふふ、すっかり失念していたの。恥ずかしいわ」


 身震いするほどに美しく、リリーは艶然と呟く。

 やっぱり、この子の本質は、どこまでいっても“悪”なのだろう。カルマを美徳とする、悪魔たちの王。“大魔王(・・・)”の資質を持つ存在。


「ふぅ」


 ――けれど、まぁ、うん。

 それでもリリーは、家族(・・)だから。


「リリー」

「はいはい、なにかしら。お説教?」

「もし、あなたが人間の敵に回るのであれば、私が止めるわ」

「へぇ?」


 リリーの体から僅かに漏れる力は、真紅。

 鮮やかに彩られる、血色の魔力。ゆらりと漂うそれは、彼岸花のようにすら見えた。


「それは、私を(ころ)す、と、そういうことかしら?」


 圧力。あるいは、圧倒的なカリスマ。見る物を平伏させる、権威の暴風。

 ――でも、そんなものは関係なく、私はリリーの頭に手を置く。


「いいえ。止めるだけよ。あなたが止まるまで、何度も」

「ふふ、なぁに、それ? 私が止まってあげるだなんて、思っているのかしら?」

「もちろん。最終手段は封印かなぁ」

「あら、私を封印しておける場所なんて、存在するのかしら? 魔界だなんて安直なことは言わないでちょうだいね?」

「ええ。封印するとしたら――」


 妖しく、それでいて期待に満ちた表情を浮かべるリリー。

 私はそんな彼女に見えるように、ただ一点を突きつけた。




「――ここ(・・)よ」




 きょとん、と、珍しい表情で目を瞠るリリー。

 そんな反応が返ってくるなんて思ってもいなかったものだから、つい、苦笑してしまう。

 どうしてそんなに不思議に思うのだろうか。私は私の家族を殺せない。なら、もう、連れて行くしか無いだろう。


「ふ」

「リリー?」

「ふふふっ、あっ、はははははっ! 大人しい顔をして随分と大胆じゃない。ふふふ、あはははっ、まさか善人のお手本のようなあなたから、そんな言葉が聞けるなんて思わなかったわ! ああ、それはなんて惨く、酷く、残酷で――美しいのでしょう」


 リリーはひとしきり笑いきると、目元の涙を拭って笑う。

 その笑みは先ほどまでの艶然としたモノでは無い。ただ純粋に、無邪気に笑う童女のような表情だ。


「良いわ。全部に飽きたら飼われて差し上げますわ。ふふ――夢と鈴理、適当にからかって丸く収めておいてあげるから、心配しなくても良いわ、私の未知」

「はいはい。お願いね、リリー」

「ええ。ふふっ、もちろん」


 リリーはそれだけ言うと、軽やかな足取りで脱衣所から温泉の方へ歩いて行く。

 わかってくれて良かった、で、良いよね。うん。



























――/――




 天然石切り出しの岩風呂。

 四十度前後の心地よいお湯は、薄く白濁とした単純アルカリ泉。お肌にとても良いというお湯にふんわりゆっくり浸かっていると、心地よさからか、わたしは自分の頬が緩んでいくことを自覚する。

 ふぁ……極楽極楽。肌を包むお湯の滑らかさが、体の疲れを流しきるぅ。


「うぅ、この私がからかい倒されるなんて……不覚ッ」

「わ、わりといつものことだと思うよ? 夢」

「ユメはおっちょこちょいだからね。ほら、頭を撫でてあげるよ」

「待ってリュシー、ソレは流石に恥ずかしい。それはさすがに恥ずかしいから!」


 リリーちゃんにまんまと言いくるめられて、全力で戦って負けて、罰(与えなくても良かったのだけれど、夢ちゃんが罪悪感で死にそうだったから)としていじり回されている夢ちゃん。

 そんな夢ちゃんをからかい倒す、リュシーちゃんと静音ちゃん。うん、平和だ。


「鈴理、あなたの作戦、面白かったわよ」

「えへへ、ありがと、リリーちゃん」

「そうだな。私も出来れば、参加者としてその作戦を破りたかったよ」

「そうしたらわたしが負けちゃうから、破らせないよ? フィーちゃん」


 何故かわたしの二の腕をぷにぷにとつつくリリーちゃん。

 なんだろう。よっぽどいいことがあったのかな? ものすごく機嫌が良さそうだ。

 何故かずっとわたしの頭を撫でるフィーちゃん。

 なんだろう。言葉とは裏腹に表情は晴れやかで、楽しそうだ。気になることは気になるけれど、先に気にしないとならないのはきっと、リリーちゃん――なんだろうけれど、先にフィーちゃんで!


「フィーちゃん、どうしたの?」

「ん? いや、とくになんでもないさ。ただ、そうだな……少なくとも、同年代には負けはしないだろう――などという“逃げ”を、呑み込むことが出来た。それがどうしようもなく心の躍る事実だと言うことに辿り着けて、嬉しいんだ」


 ふふん、と、珍しく幼さを滲ませながら告げるフィーちゃん。

 フィーちゃんはとてもとても嬉しそうに私を撫でると、リュシーちゃんたちに呼ばれて、すぃーっと泳いで去って行った。お風呂で泳いじゃダメだよ?


「それで、ええっと、リリーちゃんはなんでそんなに嬉しそうなの?」

「むむむ、鈴理、リリー、私たちも混ぜなさい」


 わたしたちの会話に混ざるように、縁石からざぶんと飛び込む刹那ちゃんと、そんな刹那ちゃんを慌てて窘める六葉ちゃん。

 二人は並んでわたしたちの正面に、腰掛けた。


「刹那に六葉ね。良いわ、おいでなさい。それで、私が機嫌が良い理由、だったかしら? 鈴理」

「う、うん」


 リリーちゃんはそんな二人を、変わらず上機嫌で受け入れる。

 うーん、本当に、こんなに機嫌の良いリリーちゃんはそんなに見ない。どうしたんだろう? これはさすがに気になるけれど、嫌な予感もするのはどうしてなんだろう?


「ふふふ、簡単よ。それはね――」

「それは?」


 知らず、ゴクリと生唾を呑み込む。

 幼女の姿ながら艶やかに、赤らみさえ浮かべて微笑む彼女。

 リリーちゃんは、さすが魔王の娘というべきか、仕草の一つに視線を集める。


「――未知が、将来の約束をしてくれたから」

「ええええええぇっ!? 師匠が!?」

「六葉、六葉、やっぱり魔法少女団などという悪しき空間から観司先生をお救いすべき」

「ええっと、よく子供とやる“大きくなったら結婚しましょう”というものではないのかな?」


 いや、六葉ちゃん、わたしだってそう思いたいよ?

 でも、相手は“子供”なんて枠で収まるのは外見だけなリリーちゃんだ。まかり間違ってどうこうなってしまったら!?

 あわ、あわわ、あわわわわ。


「具体的な話を所望する。もしやそれは、責任を取らせる流れ?」

「ふふ、聞きたいの?」

「だめだよ、刹那。笠宮さんがしにそう」

「いやしかし、くんずほぐれつは将来の役に立つ」

「くんずほぐれつ……師匠とリリーちゃんが……えっ、いつ?」


 そ、そうだよ!

 さっきまでわたしたちと一緒に居たのに、いったいいつそんな暇があったっていうのさ。

 いやぁ、もう、リリーちゃんにすっかり騙されたよ!



「さっき」

「さっき?!」



 えっ。



「脱衣所で」

「脱衣場で?!」



 鼻息荒くリリーちゃんに話を強請る、刹那ちゃん。

 そんな刹那ちゃんを窘める、六葉ちゃん。

 混乱した頭で周囲を見回すと、会長と並んで和やかに過ごす師匠の姿。





 いったい、何が本当なの?!

 わからないものはわからない。それは仕方がない。だからちょぉっとリリーちゃんのお話に耳を傾けて、後学のため――じゃなくて、真相解明のために、耳を澄ませておかないと!





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