そのはち
――8――
風が凪ぐような、静かな更地。
爆発という爆発で全てが吹き飛び、変換結界ギリギリの場所で揺れる目標地点用フラッグが、肉眼の端で霞むようだった。
「観司先生。走り抜けることは可能ですか?」
「鳳凰院君? ……ええ、体力、ということでしたら問題はありません」
「よし。せっかく凛が奇襲の類いの可能性を排除してくれたからな。凛、先頭は任せ――」
風切り音。
炸裂音。
「――油断禁物。霧の碓氷はよほど上等な狙撃手なようね」
「ありがとう」
「ッ」
接近。
夢さんは再び、瞬く間に踏み込んできて、忍者刀を振り上げていた。高速に煌めく刃の軌道は、鮮やかに色移ろう。鏡面に反射された四階堂さんの横顔は、けれど奇襲を受けたとは思えないほどに冷静だ。
後ろ手のハンドサイン。意味は、屈め? 指示のままに屈むと、霊力弾が頭上を掠める。狙撃。アリュシカさんの一撃は、燕のように早く鋭い。
「ッ!? あまり、酷使したくは無いのだがな――鳳凰炎理」
鳳凰院君の周囲から噴き上がる、鮮やかな炎。獅堂の火よりももっとイキイキとした、破壊では無く再生の証とでもいうような、美しい炎だ。
炎は火花の一つ一つを小さな火の鳥に変化させ、宙に散る。それらは爆発の度に火の粉を散らし、掻き消え、LPを回復させた。ダメージ変換結界のシステムにまで干渉するなんて……獅堂とはまた違った意味での天才、かな。
「“爆火装”!」
――LP14000→LP13550→LP14020→LP13600→LP14100
「自爆特攻?!」
四階堂さんは自分ごと周囲を爆破させながら夢さんに接近。
だが、これは闇雲な爆発では無い。連続した爆発は四階堂さんのLPを削り、けれど、削るよりも早く回復を促していく。これは、なんという再生効率。鳳凰院の家はこんな異能者を育成しているのか。
けれど夢さんとて、ただ私たちと修羅場をくぐり抜けてきたわけでは無い。四階堂さんが繰り出す接近爆破と狙撃爆破。その二つを手甲で逸らし、防ぎ、時には回避しながら距離を保っているようだ。
「今よ、リュシー!」
「っ、しまった、狙撃!?」
いや、違う!
かけ声だけだ。実際にアリュシカさんが狙撃行動に移ったわけでは無い。ただその絶妙なタイミングで放たれた言葉は、ブラフ。
夢さんは効率的な、もっとも素早い動作で忍者刀を地面に突きつけた。
「【起動術式・忍法――ッあれ!?」
地面に広がる魔導陣――が、解除される。
その決定的な隙は、流石に逃れられるモノでは無い。
「コン太!」
『キュウ!』
「爆火矢!」
「ちぃッ! あぅッ」
伏見さんの管狐が、夢さんの足に絡みつく。
その一瞬の隙に差し込むように、四階堂さんの爆発が夢さんを吹き飛ばした。
――LP15000→LP6540
半分以上削られて、フィードバックでふらつきながらも夢さんは大きく下がる。
さすが、夢さんらしい生存能力だ。ミスを重ねないのは、彼女の長所だろう。しかしなんで、夢さんの魔導術が解除されたのだろう? 気になって、生存していたはずの鈴理さんに視点をフォーカスする。
すると、フィフィリアさんを嵌めた落とし穴の傍で、鈴理さんが祈るように術式を展開していた。
『干渉制御……術式持続……』
――なるほど。
足下に輝く複合魔導陣。鈴理さんは異能と魔導術を並列使用し、自身は動けなくなる代償に、アリュシカさんの天眼と魔導術を封印しているのだろう。
異能封じも大雑把だ。おそらく対象は、共存型全般。味方に共存型も魔導術師もいないからこそ取れる手段だ。けれど、鈴理さんが足止めされると言うことは、鈴理さんの影に潜む刹那さんも封じられるということだ。影から出て、隠密行動で向かっている、と考えるのが妥当かな。
「選手交代。頼んだわよ、静音、リュシー!」
どうやら刻印鋼板は扱えるらしく、手甲“黒風”を構えた夢さんが、私に狙撃をしながら前衛二人を出す。
「よし、今度こそ正面突破だ。行くぞ!」
鳳凰院君の声。
一斉に走り出す私たち。
「六葉、僕と二人を止めるぞ!」
「はい、副会長!」
「と、止められません!」
「そういう、ことさ!」
ぶつかる四人。
静音さんに六葉さんが。
アリュシカさんに鳳凰院君が。
「走りますよ、先生!」
「ええ!」
私はそんな彼らの勇姿を背に、四階堂さんと走り抜ける。
「させないわよ!」
「また、君?!」
再び、恐ろしいほどの速度で近づく夢さん。
魔導術が封印されている、ということは、刻印鋼板か技術か。いずれにせよ、人外染みていた。
「走って、観司先生!」
走る。
――怒号。
走る。
――爆発。
走る。
――剣戟。
走る。
――フラッグ。
「見えた!」
もはやあと数歩で届く位置。
無我夢中に、みんなの努力を実らせるために。
「――最後の一瞬。意識の狭間。この瞬間を、待っていた!!」
四階堂さんが爆破した夢さんが、切り株に変わる。
夢さんは本当に、ただストイックに、粘り強く、この瞬間を狙っていたのだろう。
完璧だ。そうとしか思えない絶好のタイミングで、フラッグに手を伸ばす姿勢だからろくに避けることもできない私の、喉に、忍者刀が――
「それは、私も同じ。“鈴理の作戦どおり”だ」
「っ?!」
――私に突き立つよりも、僅かに早く。
私の影から飛び出した刹那さんは、カウンター気味な跳び蹴りで夢さんを浮かせる。意識の空白を狙った完全無比のカウンターは、夢さんに直撃。
「がはッ」
「勝利のぶい」
夢さんは跳ねるように転がり、咳き込み、刹那さんを睨み付ける。
「いつの間に?!」
「最初の方。鈴理は心一郎が光系異能者だと知っていたから、ドンナーとの雷が重なって発光する一瞬、光の角度で、鈴理の影と観司先生の影が重なるように仕掛けた。あなたたちは所詮、鈴理の掌の上」
「ぐぬぬぬ……って、フラッグは?!」
目標地点を示すフラッグ。
それを手に持ち苦笑する私に、夢さんのからだがピシリと凍る。
やがて力が抜けたのか、へにゃへにゃと地面に伏せ、情けない声が響いてきた。
「わ、私の、イケナイ魔法少女団がぁぁ」
ええっと、夢さん?
勝敗とかなんとかはひとまず置いておいて――それについて、ちょぉーっと先生とお話ししようか?




