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そのに

――2――




 それから二晩。

 度重なる作戦会議によりチーム分けがされ、それぞれバランスを見て“異界”の調査に当たることとなった。


 陸奥先生を初めとするサポート系の能力に特化されている方、戦闘が得意でない方は後方支援。

 主に一般生徒を巻き込まないように注意するほか、戻ってきた調査担当員への救助や連絡を受け付ける。


 獅堂、仙じい、七は“異界”深部の調査を担当する。

 異界侵入から即、英雄と呼ばれるほどの経験値をフルに利用して、奥まで駆け抜ける。


 戦闘力が低い、もしくは万能性のある方々は浅い層の調査だ。

 二人組から三人組、能力バランスを考慮したメンバーで周辺から入り口付近までを広範囲に探索する。


「……と、いうことで、浅い層のチーム分けを確認させていただきます」


 そう、第七実習室の前で説明を担当して下さるのは、“発現型アビリティタイプ”の能力者の中でも多くの種類を持つ“ボイス”系異能者、南先生だ。

 彼女は戦闘こそ不得意だが、連絡係及びこうした説明の場では非常に有用な異能であり、今回の調査では拠点連絡員をつとめる。


「柿原先生、水沢先生、有馬先生は第一班。高原先生、新藤先生は第二班。それから――」


 ちなみに、この学区内の“ボイス”系能力者はあと二人。一人は以前、久留米先生の事件で狙われた居住区の物静かな女生徒だ。静音ちゃん、という小動物系の女の子だったかな。元気にしているだろうか。今度、陸奥先生に聞いてみよう。

 ……なんて、現実逃避をしているのには、当然ながら理由がある。


「――は、第六班。最後に、瀬戸先生と観司先生は、第七班となります」


 チッ、と聞こえてくる大きめの舌打ち。

 いやぁ、あ、ははは、は、はぁ。なんだ、神様の悪戯なのだろうか。だったら私の神様への怨みゲージは、増える一方なのだが。


「それでは各自、持ち場へ向かって下さい。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる南先生。

 その音頭とともに各自が持ち場へ向かう中、私は獅堂たちに小さく手を振ってから瀬戸先生の元へ急いだ。


「瀬戸先生、今日はよろしくお願いします」

「チッ……まぁ良いでしょう。私の指示には百パーセント従って下さい。あなた程度でもそれくらいのことはやっていただけると、期待しておりますよ」

「ええ、はい、恐縮です」


 舌打ち多いなこの人。

 けれど実際、やっぱり正規の厳しい採用試験をくぐり抜けてきたこの人にとって、コネ採用の私を不満に思われるのも、まぁ、仕方が無いことなのだろう。

 どちらにせよ、危険の少ない浅い層で、かつ今回だけの組み合わせだろう。ある程度結果を残したとしても、瀬戸先生が、次回以降は猛烈に抗議することだろうし。

 ちなみに、今回はポチはお留守番である。理由は当然、瀬戸先生に“縁故採用のペットなど”と、まるでポチが縁故採用されたかのような口ぶりで猛抗議されたからだ。仕方なく、今は、女子寮で勉強をしている笠宮さんに預けてある。


「持ち場に行きますよ。急ぎなさい」

「はい、ただいま」


 でも、まぁ。


「なんでこんな縁故しか取り柄のない女が英雄の皆様と肩を並べられるチャンスに紛れこんできたんだ本当なら私は今頃英雄と肩を並べている頃だろうにまぁ私ほど優秀な魔導術師であるのならお守りを任されるのも致し方ないこととはいえああなんたる不運……」


 ノンブレスで呟く瀬戸先生の様子に、思わず苦笑する。

 だが、その裏にあるのは、魔導術を努力してきたという実績と、自信だ。そんな風に魔導術を扱ってくれるのであれば、私は彼を疎うことなど決してできはしないだろう、とも思う。



 私が“希望”を託した、魔導術を。

















 “異界”の内部は、天候も気候も、日の昇りも何もかもが違う。

 文字どおり異なる世界であり、歪んだ異次元だ。有名なものだと、エアーズロックに北極じみた氷結の世界がある。沖ノ鳥諸島の“迷宮”も、もちろんその一つ。

 そして、今回始めて入るこの異界は、どうなっているのだろうか。瀬戸先生と同時に、警戒と僅かな好奇心を胸に、初見の“異界”へ飛び込んだ。




「ひぇっ」

「きゃっ」




 ――瞬間、世界が反転する。

 “頭から落ちないように”顎を引き、背中で着地。

 そのまま衝撃を逃がしながら、回転して立ち上がる。


「重力が反転している……。まるで、地球空洞説をモチーフにしたSF世界にいるみたい」


 空には太陽と月。

 地面は苔むした石。

 遺跡のように積み上げられた石壁。

 石畳の間を緩やかに流れる、澄んだ水。


「太陽と月で、空が昼と夜に半分ずつ。ここまで来ると、異世界ね……と、ご無事ですか? 瀬戸先生」


 尻餅をついたまま呆然と周囲を見ていた瀬戸先生に、そっと手を差し伸べる。

 瀬戸先生はそんな私と、周囲の光景を幾度か見比べ、やがて私の手を取らずに立ち上がった。


「ッ……行きますよ」

「あ、はい」


 恥ずかしかったのだろう。

 私の方を見ることなく突き進む瀬戸先生……って、周囲の警戒、してる?

 経験則だが、“異界”は私たちの常識やルールなんてものはいつも簡単に覆してくる。だから作戦会議でも細心の注意を心がけるように、七たちが口酸っぱく言っていた。


「瀬戸先生、探索術式を展開してから行きましょう」

「チッ……あなたに指図されるようなことは何もありません! 行きますよ!」

「でも」


 言いつのる私を、瀬戸先生はギッと音が出そうなほど強く睨み付けて、ズンズンと先を進む。うーん、前に、それこそ少女時代に時子姉に言われたなぁ。プライドの高い男の人の自尊心を刺激することほど、行動を鈍らせるものはない……って。

 あっちゃー、瀬戸先生の方が年上だからと油断したなぁ。私が折れるべきだったか。


「瀬戸先生」

「なんですか!」

「未熟な後輩の為に、先生の探索術式を勉強させてはいただけないでしょうか?」


 私が眉を下げてそう言うと、瀬戸先生は今度こそ足を止めてくれた。

 ……良かった。これで私がさくさく展開させていたら要らぬ波風を立てていたことだろう。なんとか、和解してくれるようだ。


「まったく、これだから縁故採用は……良いでしょう。あまり機会もないでしょうからね」

「ありがとうございます」

「ふんっ」


 嫌そうに、いやもう、ほんっとうに嫌そうに頷いて下さる瀬戸先生。

 いやー、対応さえ間違えなければなんとか大丈夫そうだ。なんといっても、今回は解決は獅堂たちに任せきりで問題は無いだろうし、私のミッションは、瀬戸先生と“二人で無事に”帰還すること。

 そのためには、手段は選ばずに行こう。なんて、思っていたのだけれど――


「【術式開始オープン形態フォーム速攻詠唱クイックワード様式アーム短縮ショートカット制限リミット六回()起動スタート】」


 ――瀬戸先生の展開する術式を前に、思わず目を瞠る。


 おお、すごい! 知らないワードだ!

 瀬戸先生の手から浮かび上がった魔導陣を見て読み取る。これはもしかして、擬似的な速攻術式ではなかろうか?

 威力も精度も色々下がる割に負担は大きくなる、短縮術式。それをもじったのだろう。こういう努力の証は、見ていてすごく嬉しくなる。私の中の、瀬戸先生の株は現在急上昇だ。


「【術式開始オープン探索サーチ展開イグニッション】」

「すごい……」

「ふふん、当たり前です。縁故採用ではこの術式の価値が計り得ないと思いましたが、それなりに勉強はしているようですね。さ、今度こそ行きますよ」

「はい、瀬戸先生!」


 瀬戸先生の周囲で不可視になった魔導陣の気配を読み取ると、カウントが六から五に減ったようだ。

 六回分の術式を省略するための術式か……私も、あんまり人前では見せられない速攻術式ばかりではなくて、ああいった術式も練習しておくべきかも知れないなぁ。


 先を行く瀬戸先生の斜め後ろについて、あらかじめ取り決められていた位置まで移動する。

 なにぶん、初めての異界なので、調査範囲はざっくりだ。私たちの班も、スタート地点から二時の方角へ約五百メートル前後の調査、というもの。これが安全確保できたら、連絡を繋いだ後、さらに五百メートル追加する、という極めて慎重なものだ。

 ちなみに、私たちのルートは仙じいが決めてくれたそうです。“よほど運が悪くなければ、その方角で大丈夫じゃろう。ほっほっほっ”なんて言葉だけが、ちょっと不安だけれども。


「いけどもいけども地平線。観司先生、遺跡の入り口付近を調べますよ」

「はい、瀬戸先生」


 ちょっとだけ態度が柔和になった瀬戸先生と、遺跡の入り口風の石壁を調べる。

 入り口の中は不自然なほどの暗闇で、試しに灯りを入れてみても中の様子を窺えない。いっそわかりやすいほど避けた方が良さそうな案件なので、周囲の調査をすることになった。


「うーん、材質は石。苔も、まぁ、苔。となると配置かな? そもそも封印されていた入り口も儀式的だったしなぁ」


 呟きながら、情報を整理していく。

 石壁。遺跡。空。そういえば、夜と昼の狭間はどこなのだろうか? 直線上で見て……あれ?


「観司先生? 何を呆けて――」

――カチッ

「あ、いえ、実は……って、カチ?」


 瀬戸先生が手を触れた場所。

 遺跡風の入り口の、ちょうど裏側。

 そこが、石畳一枚分、へこんでいた。


「ひ」

「なっ」


 ぽっかりと口を開く足下。

 あー、なんか前にもあったなぁ、こういうの。

 しかも、割と最近だよこんちくしょう。


 私の諦観と瀬戸先生の悲鳴を飲み込むように、遺跡の闇は私たちを引き込む。

 私はすぐさま閉じた頭上の光景にため息をつきながら、そっと、二人分の緊急着地用魔導術式を展開した。




 ごめんね、仙じい。

 どうやら私たちは、“よっぽど”運が悪かったみたい。





2016/12/09

設定訂正しました。

音系異能者一人→二人

2017/04/02

誤字修正しました。

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