そのろく
――6――
干渉制御による未来予知の封印。
鈴理の影に刹那を忍ばせるコトによる効率利用。
未知先生の最低限の抵抗と、人数の減った生徒会による護衛。
「一応、現段階までは作戦どおりね。リュシー、そっちはどう?」
ダメージ変換結界の出力が調整されていて、痛みを感じさせずにLPだけ削る仕様、となっていたことは予想外だけれど、それは別に構わない。
それなら、鈴理相手に全力を出すことに、胸を痛めないで済むから。事実、フィーもだからこそ本気で戦うことを了承してくれたのだし。
『ああ、予定のルートを通っているようだよ、ユメ』
「ありがとう。干渉制御を消耗させたいから、そのまま未来予知を使って“いない”ことはバレないように、監視を続けて」
『了解』
鈴理は、自分に何らかの異能が使われていることはわかっていても、それがなんであるかはわからない。だからリュシーには現在視――千里眼のみを使わせて、鈴理に防がせている。静音にも、撃退されたように見せかけさせて、こっそりと追跡させている。
さて、これで私の計算にないのは生徒会の実力だ。会長の戦闘と刹那の戦闘は見たことがある。副会長も、遠目ながらある。そうなると、管狐と焔原がどの程度出来るか、という点に絞られるだろう。だからこそ願うのは、フィーの勝利だ。フィーが鈴理に勝ってくれたら、鈴理という万能の頭がいなくなる。
悪いけれど、この勝負、全力で勝たせて貰うわよ、鈴理。なんて言ったって、リリーは私と約束をしてくれたのだ。
『もし、夢が勝ったら未知と一緒になんでも言うことを聞いてあげる。あんなことやこーんなことだって良いのよ?』
『あ、あんなことやこんなことって、なによ』
『それはもちろん、【※自主規制】とか』
『!!』
『そうね、【※検閲削除】とかよ』
『!!!!』
ふ、ふふ、ふふふふふふふ。
おっと、まずいまずい。最後の一瞬まで気を抜かないようにしないと。ほら、やっぱり、チームリーダーを任されている以上、負けるコトなんて出来ないからネ!!
――/――
芝を灼き、雷光をまき散らしながらミョルニルを振り上げる。
想定よりも十五度ズレた。おそらく、鈴理が盾を使って動きを逸らしたのだろう。
「強いな、鈴理!」
「まってごめんフィーちゃんわたしに答えてる余裕ないよ!?」
「ははっ、冗談にしては面白くないぞ、鈴理ッ!!」
「ひゃああっ」
削れないLP、潰えない意志。
私の攻撃のことごとくを凌いでいる鈴理は、なるほど、面白い。戦闘に関しては英才教育を受け、将来はドンナーの当主になることを約束された私の攻撃を、こうも簡単に避ける。
「ハハッ」
思わず、笑いが零れるのも無理はない。
これが去年までは普通の女生徒だったなんて、そんなものはタチの悪い冗談だ。鈴理をここまで鍛え上げた未知先生がバケモノなのか、こうなった鈴理が怪物なのか、そうさせた不運が奇抜なのか判断に困るが……まぁ、全部だろう。
全ての偶然が生み出した、超人。それが私の親友、笠宮鈴理だ。
「重火減転【イルアン=グライベル】!」
「【硬化】――えっ、軽いっ!?」
インパクトの瞬間、重量を変化させてミョルニルを軽くする。
鈴理のカウンターの心構えがほどかれた一瞬の空白に、私は一度体を折りたたむように屈み、バネの力で足を蹴り抜いた。
「っっっ」
「せやァッ!!」
コンクリートを蹴るような音。
見れば、吹き飛ぶ鈴理の腹には、極小の結界。防がれたが、ダメージは通った。証拠に鈴理のLPは目に見えて減っている。
――鈴理 LP15000→LP9800
――フィフィリア LP15000→LP14950→LP14900→LP14850
「なっ?!」
空中に投影された文字。
大きく削られた鈴理のLPと、五十という小さな単位で、けれど断続的に減る私のLP。
「へ、へへ、茅ちゃんに教わったんだ」
「なに、を」
「“極小の結界を空気に混ぜれば毒になる”ってね」
「ッ!?」
体を包む倦怠感。
痛覚が働かないように設定されているから、気がつかなかった。
「神無月流結界術、毒蛾・壊響――鈴理スペシャル。お味はいかが?」
「はは、は――いや、それでこそ、私の鈴理だよ。雷揮神撃ィッ!!」
目に見えて減るLP。
まったく私を侮らない、信頼に満ちた鈴理の目。
だからこそ、私は、鈴理の予想を超えることを望む。
「砕け散れ、ミョルニル!!」
「受けて立つよ、フィーちゃん!」
ミョルニルを振り上げ、鈴理に向かって全力で踏み込み――
「きゃんっ」
――足場がなくなって、落ちた。
「鈴理、これはまさか!」
「えへへ、ごめんねフィーちゃん。でも正義の味方なら、安全な無力化に全力を注ぐべきかなって思ったんだ」
卑怯。
安全な無力化。
最早、詭弁にも等しい言い換え。
「最初から狙っていた、ということか」
「えへへ」
にへら、と笑う鈴理を“見上げ”る。
深い落とし穴だ。きっと、結界でずっと掘り続けていたのだろう。だからこそ回避に徹して、決して攻撃に移ろうとしなかった。気がつこうと思えば気がつけたはずなのに、どうやら視野狭窄になっていたようだ。
「……あとから、鈴理の作戦の全貌、聞かせて貰うからな?」
「うんっ、反省会で、ね!」
体が光に溶けていく。
これからきっと、腹を抱えて笑うリリーの隣に送られるのだろう。それならそれで構わない。私も、腰を落ち着けて観戦させて貰うことにしよう。
「まったく。“今回は”私の負けだよ、鈴理」
「フィーちゃん、負けず嫌いだね……」
「ククッ、知らなかったのか? 良い勉強になったな」
苦笑する鈴理に手を振って、体が露と消える。
目を閉じて、きっとたいして時間は必要ないのだろう、と、目を開ける。
「ふぅ……まさかこんなにあっけなく、負けるとは」
痛覚がない状況というのも考え物だ。
そう苦笑しながら周りを見ると、そこには上機嫌なリリーと、むすっと胡座をかく焔原がいた。
「なんだ、おまえも負けたのか」
「ああ、そうだよ。ったく、なんだってあんなに容赦ないんだよ、会長」
生徒会長。
在学生中で一番の実力者でなければ勤まらないという、高等部最強の生徒。
てっきり“公式戦では”最強とかいう枕詞がつくと思っていたのだが……まさか本当に、バケモノが如き実力者なのか?
「ふむ……レイル先生、こちらにも映像を」
「アア、良いよ」
映し出される映像を、じっと見つめる。
どうやらまだまだ、気軽に観戦、とはいかせてくれないようだった。




