そのよん
――4――
作戦会議。
つまるところ、なにはともあれ先行きを練らなければ何も出来ない、なんてことは一目瞭然だ。競技開始までにとられた時間は十五分。その間に、わたしたちはあの夢ちゃん率いる悪の軍団から、師匠を守り切らなければならなかった。
――そう。最初はフラッグだった護衛対象が、いつの間にか手錠がかけられ足を縛られ猿ぐつわを嵌められた師匠に変わったのだ。言うまでもなくリリーちゃんの仕業であり、彼女は今、審判をするレイル先生の背後で悠々と紅茶を呑みながら観戦していた。
「ええっと、それじゃあみなさん、何が出来るのかを教えて下さいっ」
「私と刹那は良いわよね?」
「はい、会長」
会長の異能は“魅惑の爆弾魔”。甘い香りの爆発を、自由自在に操る力だ。
刹那ちゃんの異能は“闇傀儡”という特性型の異能で、影や闇を操る術を使うことが出来る。
「では、僕から話そう。異能名“鳳凰”。再生と強化を施すサポート型の異能だ。自身への強化も出来るが、後衛としての力を期待して欲しい」
そう話してくれたのが、撫で着けた黒髪に細い銀縁の眼鏡。
イケメン副会長として人気で有名な、鳳凰院慧司先輩だ。
「なら、次は私ですね。私の異能は特性型の“管狐”です。役割に応じた狐の使役妖魔を用いて、索敵・探知・攻撃・防御・回復・囮などを使い分けます」
伏見六葉さんは、ミルク色の髪を抑えながらそう教えてくれる。
細目の垂れ目で穏やかで、なんだかぽややんとした子だ。刹那ちゃんなんかと同じで、わたしの同級生。
「伏見さん」
「はい?」
「六葉ちゃんって、呼んでもいい?」
「え、ええ、かまいませんよ?」
「やった。ありがと、六葉ちゃん。わたしも、好きに呼んでね?」
「わかりま――いえ、うん、わかったよ、笠宮さん」
せっかくの同い年の女の子なら、どんどん友達になりたいよね。
そう思って笑いかけると、ほわっと笑い返してくれる。うーん、和むなぁ。
「会長、会長、あそこにマイナスイオンが出ている。魔法少女なんちゃらとかいう意味不明の部活から引き抜いて、生徒会室に配置すべき」
「名案ね、刹那。それでいきましょう」
「二人とも、やめてやれ。刹那はいつものことだが、何故おまえまで乗っているんだ、凛」
ん? 三人とも、どうしたんだろう?
と、そうじゃない。そうじゃなくて、作戦を練らないと。
「ええっと、それでは作戦会議を始めます!」
「ふふ、待っていたわ。さ、笠宮さん。あなたの力を見せて頂戴」
「凛、本当に君は笠宮に甘いな。……まぁいい、続けてくれ」
「は、はい? わかりました!」
こほん。では、気を取り直して。
「まず、向こうにいる焔原君は、なにが得意なんですか?」
「心は、フルスキンアーマータイプの共存型異能者よ。全身を覆う鎧による自己超強化、耐性強化を施すわ。得意な距離は近距離から中距離で、長距離も可能」
「なるほど……」
つまり、変身ヒーローってことだよね?
そういえば以前、夢ちゃんにも聞いたなぁ。異能名は確か、閃光戦士シャイニングレイ、だったかな? 光系統も扱えると思っておこう。
「まず、相手の戦力を簡単に説明します。ノーモーションで攻撃行動に移れる気配遮断、速度強化系の参謀型指揮官忍者の夢ちゃん」
「うわぁ、笠宮さん、それ、もうまずいよ」
六葉ちゃんが、そう唸る。
うん、そうだよね。わかるわかる。
「それから、全体強化支援、環境操作支援が出来て、近接カウンターが必殺技クラスの静音ちゃん」
「それはどういう支援者だ」
同じく支援型の副会長が頭を抱える。
うん、うん、わかる。わかりますよ、副会長。
「で、常時発動未来予知と千里眼、それから狙撃のプロフェッショナルで剣も得意なリュシーちゃん」
「やっぱり碓氷の周辺は頭がおかしい。鈴理、あなたもさっさと足を洗って生徒会でプラズマクラスターになるべき」
「ぷらずまくらすたーって? え? 家電の?」
刹那ちゃんは、時々こうして難しいことを言う。
難しいという次元でも無いような気がするけれど、それは、うん。
「最後に、近距離超威力、中距離超威力、遠距離範囲攻撃のフィーちゃん」
「それって、爆弾って言わないかな?」
「会長、突っ込んだら負けです。負け」
そうなんだよね、“敵”として相手取った場合、会長の言うように爆弾扱いなんだよね、フィーちゃん。実物はあんなにかわいいのに。
こうして並べてみると、恐ろしいことこのうえない。とくに夢ちゃんとリュシーちゃんのペアで向かってこられたら、本当に恐ろしいことになる。だから、課題はリュシーちゃんの未来予知をどうするかっていうことなんだけど……これは、わたしがどうにかするしかないことだ。
「リュシーちゃんの未来予知は、わたしが異能で遮断します。だから、皆さんには師匠の確保に回って欲しいです」
「迎撃と確保、分けなくて良いのかしら?」
「良いです。夢ちゃんのことだから、まず間違いなく、一番薄い層に全員で奇襲を仕掛けて、“人質”を取ります」
どうせダメージ変換結界だから。
そんな言い訳は、悪側のみに許される言葉だ。正義の側に立つと、切り捨てることは出来なくなる。いや、切り捨てるような手段を執る気は無いよ?
会長はわたしの回答を聞くと、深く頷いて納得した。
「合理主義者ね。なるほど」
うん、そうなんだ。夢ちゃんは、大のために小を切り捨てることが出来る人間だ。
矛盾しているようでそうでないんだけど、同時に、情に厚くて涙もろい。友達という“大”のために、他人という“小”を切り捨てることが出来る。
「だから、夢ちゃんのとる作戦はおそらく、ちまちまとした奇襲を仕掛け消耗させながらこちらに師匠を確保させて、目標ポイントに到着するまでの間に師匠を奪う、ないし、攻撃してリタイヤさせること、だと思います」
難しい護衛戦に落とし込んでから、それをゆっくり切り崩す。
まるで蜘蛛の巣に絡め取っていくような作戦に、さしもの会長も顔を引きつらせているようだった。
「それで? そこまでわかっているあなたの作戦は?」
「わたしは――“奇襲”を仕掛けます」
正攻法の封じ方は、向こうは嫌と言うほどわかっていることだろう。
なら、わたしにできることは裏を掻くことと、もう一つ。読まれたとしても防ぎようのない手段を企てること、だから。
「まずは――」
今は、できることを全力でやろう。
わたしがどれほど夢ちゃんたちのことを理解しているか、思い知らせてあげるから、ね!
――/――
暗い洞窟の中。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の火。
おれはなんでかこの連中と円陣を組んで、作戦会議をしていた。
(なんでこうなっちまったんだかなぁ)
全てに始まりは、観司先生の親戚だというちびっ子だ。
あれのせいで、おれは手下Cという微妙な立場で、なおかつ全力で参加しなくてはならなくなった。もっとも、ほとんど会ったことが無い女子を敵に回して殴るより、見知った生徒会の連中と戦う方が気は楽だがな。
だが、会長たちは耳で聞いた以上の能力を平然と扱う超人たちだ。おれだって、他には負けないように鍛えてきた。けれど生徒会長は、まさしく別物だ。あんまりやり合いたい相手じゃ無い。
「――と、鈴理はこう考えていることでしょうね」
けれど同時に、相手の作戦を読み取ろうというこの女が、碓氷夢という一般生徒が恐ろしい。
「おそらく、影都刹那の闇渡りを利用して、異能で完全に気配を遮断した鈴理が、未知先生を救出。あとは、影に入れるなり万全の会長たちで防衛しながら運ぶなり、自由よ」
なるほど。
笠宮の異能がどれほどのものかは知らないが、効率的だ。
「どう? 焔原。影都の異能はそれ、いける?」
碓氷の質問。
刹那の現状。
導き出される言葉は、一つ。
「ああ、行けるだろうな。同時に、成人女性の運搬は難しいだろう」
「短い距離も?」
「他の奴らへの影響が計り知れない」
おれがそう説明すると、碓氷は礼とともに僅かに考える。
けれどそれも、たいした時間は必要なかったのだろう。なんともあくどい表情で、ニヤリと笑って見せた。おいおい、その手のプロじゃないだろうな……?
「ゆ、夢、それならどうするの?」
「フフ……そんなのは、簡単よ。読まれているのなら、それを利用しない手は無いわ」
「つ、つまり?」
「途中までは、乗ってあげるのよ。ふふ、そう、途中まではね」
「ゆ、夢、悪い顔をしてるよ? い、今は、それが頼もしいけれど」
「ふふ、ありがと。で、具体的には――」
そう言って、語り出した碓氷。
その方法があんまりにも鬼畜なものだったから。
「さすがユメだね」
「やはり立案は夢に限るな」
おれはただ、こいつらを相手取らなきゃならない会長たちに、同情することしかできなかった。




