そのさん
――3――
栄えある合宿一日目。スタートダッシュからいきなりコースアウトというかなんというか……。
ポチがわたしの鞄に入っていたと発覚して直ぐ、わたしたちは旅館裏手の運動場に集まった。服装は各々動きやすい服、ということで、学校指定のジャージ(魔改造済み)を着て集合してみれば、観司先生の隣で日傘を差す、見知った顔。
「ゆゆゆ、夢ちゃん夢ちゃん夢ちゃん! まさか、あれって」
「うーん。安全対策に置いてくるんじゃなくて、連れてくるべきだったかもね、ポチ」
「確かに――ってそうじゃくて! いや、そうだけど!」
頭を抱える師匠と、苦笑するレイル先生。
それから“彼女”を知らない生徒会の一部の人たちが、首を傾げていた。
「皆様に連絡事項があります」
頭痛を堪えるような仕草でそう切り出したのは、師匠だ。
……うん、やっぱり連れてこなくて良かったかも。この状態で“ポチもいます”なんて言えないよ。
「特専で世話をしている私の親戚の女の子が、どうやらフェリーに乗り込んでしまったようです。申し訳ないのですが、今回の合宿で同行させてはいただけないでしょうか?」
「リリー・メラ・観司といいますの。みなさん、よろしくね」
綺麗にスカートの端を掴んだカテーシー。
呆気にとられる生徒会のみんな。この中でリリーちゃんを知っているのは、ビーチバレーで実況をした刹那ちゃんくらいじゃないかな。うん。
「ふふ――私は特専生徒会長の四階堂凛よ。よろしくね? 小さな監督さん」
「ふぅ。副会長、鳳凰院慧司だ。凛が許可を出すのであれば、異論は無い」
まずは、会長がそう歩み寄り、副会長がそれに続く。
「まぁ、おれは別に構わないさ。魔法少女団の連中とも、面識あるんだろ?」
「怪我は無いように、注意せねばなりませんね」
「……観司先生の親戚を懐柔して私がオギャる。うん、まぁアリか」
続いて、焔原君、伏見さん、それに刹那ちゃんが続いた。
うん、すんなり済んで良かったけれど、刹那ちゃんは一度ちゃんと、話し合おっか?
「ありがとうございます。それでは、一悶着ありましたが早速合同合宿一日目の課題についてご説明します。レイル先生」
「アア――サ、こっちをミてくれ」
レイル先生がそう言うと、銀十字が召喚され、鏡のように映像を映し出す。
描かれていたのは、“今回の趣旨”と可愛らしくポップされた文字だ。誰が書いたんだろう……?
説明は師匠がやってくれるのか、図解説明用の指揮棒を持っている。
な、なんだろう。ちょっとせくすぃな感じがするのは。うぅ、なんだかわたし、変態さんっぽい?
「生徒会の皆さんは、特専内において教員同様“防衛権”を持ちます。その際、生徒の中でも強力な力を持ち、状況判断に優れ、教員二人以上の許可を通った人間を対悪魔及び妖魔戦に於いてのみ徴用する権利を持ちます。ここまでは良いですね?」
ええっと、確か端末の“校則”の項目に書いてあったことだ。
あくまで徴用できるのは対人間“以外”の時に限り、その場で防衛可能な教員が足りている場合は徴用できない、とかがあって、なんだか読んでいるうちにこんがらがってきた覚えがある。
「そこで、今回は二チームに分かれて、徴用の訓練を致します。これは、魔法少女団のみなさんは、魔法少女、即ち正義の味方を“敵対者”側の視点から見て貰うことも兼ねています。正義側は生徒会が徴用した一般生徒と、巧く連携を取り指示を出し、中間地点のフラッグを回収して貰います。敵対者側は、このフラッグを確保するか、破壊することが目的です。敵対者側はダウンを取られたら“逮捕”され、逮捕された敵対者を救出することもできます」
なるほど……。
つまり、魔法少女団のわたしたちは、見知らぬ人に指示を下されても動けるようになれておけ、ってことだよね。
「ということで、コレカラくじ引きをしてモラうよ」
『はい!』
レイル先生が持つ箱に、一人ずつ手を入れて引いていく。
これってあれだよね。ちょっと規模の違う“ドロケイ”だ。泥棒と警察に別れて陣取り合戦をするっていうゲーム。逮捕者は自分からは檻を出られないけれど、誰かが“タッチ”をしてくれたら出られる、というところも同じだ。
「ええっと、わたしのチームは……ん?」
わたしの紙に書かれた文字。
そこには“正義”でも“悪”でもなく、ただポツンと役割が刻まれていた。
「“生徒会長”……?」
「鈴理はなんだった? あー。なんか私もそうよ」
「夢ちゃんも?」
「ええ。ほら」
書かれていたのは、“テロリーダー”という物騒な言葉。
揃って首を傾げていると、静音ちゃんにおずおずと質問された師匠もまた、きょとんと首を傾げている。ええっと、本当になにごと?
いや、待って、悪戯ッ子の刹那ちゃんも知らなくて、会長もご存知では無い。ということは、まさか。
「リリーちゃん?」
「うふふ、どう? どう? 面白そうでしょう?」
わたしの言葉に、にっこり笑顔でそんな風に告げるモノだから、自然とリリーちゃんに視線が集まる。なんと声をかけようか、と、戸惑っているようにも見えた。
ここはやはり、会長が代表して聞くのだろう。そう思っていたら、刹那ちゃんによって突き出されて、質問させられる焔原君。なるほど、不憫枠なんだね……。
「なぁちびっ子、これ、どういうことだ?」
「まぁ、レディに利く口ではありませんことよ? まぁ、私は今、機嫌が良いから特別に許して差し上げましょう」
「はいはい、良いから答えてくれるか? リトルレディ?」
「簡単よ。“こっちの方が面白そうだから、中身をすり替えた”――たったこれだけのことですわ、ミスタ?」
優雅に一礼をして告げるリリーちゃんの目は、すぅっと細められてどこか酷薄だ。
その目に気がついたのは、角度的に伏見さんだけだったのだろう。彼女は、びくりと肩を震わせて管? のようなものを手に持って構える。
うーん、確かによく知らない人には怖いだけかも知れないけれど……リリーちゃんの態度には、いつだって意味がある。それは、下々を見下しながらも導き与える貴族のように。
「そんな、勝手なことを!」
「――ねぇねぇリリーちゃん。前のがどんな風につまらなくて、今のはどんな風に面白くなるの?」
「っ、笠宮?」
怒鳴ろうとした焔原君に割り込んで、リリーちゃんにそう聞いてみる。
すると、リリーちゃんは酷薄な態度を一変。悪戯好きなチェシャ猫のような顔に変わる。すると、焔原君はきょとんと首を傾げ、目線で謝るわたしに任せてくれた。
「良い質問ね、鈴理。簡単よ。前のは、生徒会の役割は生徒会の人間に、鈴理たちの役割は鈴理たちの中で、それぞれ指示する側は固定だったわ。でも、考えても見なさいな――絶えず変化する現状で、枠の中だけでしか動けないのなんて、醜い退化よ。つまらないわ」
必ずしも、そうだとは思わない。役割を徹底できるっていうことは、たぶん、すっごく整理された規律になるから。でも同時に、リリーちゃんの言いたいことも、理解できた。
臨機応変。まったく異なる状況で、誰しもが決められたとおりに動けるとは限らない。だったら一度しっちゃかめっちゃかにして一変して、それに対応できるように作り上げてしまえば良い。その役割は、正々堂々真正面からぶつかる正規部隊ではなくて、夜討ち奇襲の遊撃隊だ。
「あら、なるほど。面白そうね」
「会長?」
そんなリリーちゃんの言葉に頷いたのは、まさかの会長だった。
思わず、といった風に、伏見さんが顔を上げている。
「観司先生。このままで行いたく思います、よろしいでしょうか?」
「……皆さんが納得できるのであれば、問題はありません」
「みんな、良いかしら?」
魔法少女団は言わずもがな。
渋っていた伏見さんですら、会長の言うことにはしっかりと頷いた。すごい統率力だ。というか、今更思い出したけれど、わたしってば生徒会長役だ! あわわわ。
「でしたら、そのままで構わないでしょう。でもね、リリー」
「なにかしら? 未知」
「なにかやりたいことがあるのなら、事前に相談すること。良いわね?」
「ふふ、ええ、わかったわ」
「まったく、もう」
あー、これはまたやるなぁ。
まぁでもしかし、これでなんとかチーム分けは収まった。さてさて、わたしのチームは自動的に正義側になるようだけれど、さてさて。
全員の申告が終わると、レイル先生がモニターに映し出す。チームは五人と五人の合計十人。映し出されたチームは、と。
□ 正義の味方チーム
・生徒会長(リーダー役) ――笠宮鈴理
・副会長(サブリーダー役)――鳳凰院慧司
・生徒会庶務 ――伏見六葉
・徴用一般生徒A ――影都刹那
・徴用一般生徒B ――四階堂凛
ん? んんんんん?
あれ、なんだろう、不思議だなぁ。なんでわたしの周り、全員生徒会のみなさんなの?!
し、しかも、徴用生徒Bに会長?! や、やりづらいよリリーちゃん!!
「あれ? でも、そうなると、敵対者のグループってまさか」
そう、視線を寄越す。
するとそこには、頭を抱えてしゃがみ込む、焔原君の姿があった。
いや、でも、うん、わかるよ。
■ テロリストチーム
・リーダー ――碓氷夢
・サブリーダー ――アリュシカ・有栖川・エンフォミア
・手下A ――水守静音
・手下B ――フィフィリア・エルファシア・フォン・ドンナー
・手下C ――焔原心一郎
このチームじゃ、そうなるよね……。
というか、夢ちゃんがリーダーのテロリストチームとか、嫌な予感しかしないよ!
「うぅ、これっていったい、どうなるんだろう……?」
納得して始めたのは間違いない。
けれどどうひねってみても波乱しか呼び込まないようなチーム構成に、わたしはうぐぐと天を仰いだ。
2018/01/05
誤字修正しました。




