そのに
――2――
秋、晴天、部活合宿。
佐渡の大離島に到着したわたしたちを待っていたのは、タイムスリップに巻き込まれたかのような原生林と、その奥にででんと構えた純和風の旅館だった。
なんだかちょっとお城っぽい? かも。こんなところに泊まれるなんて思わなかったなぁ。会長の伝手で確保できた、らしいんだけど……名家ってすごい。
『絶好の散歩スポットだな、鈴理』
「だね、ポチ」
大きな玄関。
玄関の脇に立てかけられた木札には、“関東特専様 本日貸し切り”の文字。すごい、貸し切りなんだ……。
でも、旅館の規模はとても大きい。クラスによって花鳥風月に別れた館。貸し切りだからか、堂々と最高クラスの“月”館に泊まることになるみたいだ。温泉ももちろん源泉掛け流しの天然温泉。泉質は単純アルカリ泉で、お肌がツルツルになるとのこと。プラスで、宿泊客には無料公開の岩盤浴、砂風呂、ドクターフィッシュまで。
パンフレットによると、豊富な海の幸と山の幸で贅をこらした料理。朝は古今東西のビュッフェスタイル。成人ならバーも完備していて、当然のようにダーツやビリヤードも楽しめるのだとか。師匠にあれ、やって欲しいな。ビリヤード台に腰掛けて、キューを立てて上から突くやつ!
「うわぁ、展望台まであるんだ」
『夜の散歩にもうってつけだな』
花館には季節折々の花畑。
鳥館には日本の鳥たちと戯れるケージ。
風館には自然風を取り入れたリラクゼーションルーム。
月館には昼は絶景で夜は星空を堪能できる特別展望台。
「それぞれ、ランクが下の施設は全部見られるんだ……」
『ほう? では、鈴理たちは全ての施設を堪能できる、と?』
「そうだよね、そうなるよね!」
個人的には鳥館かな。
もちろん月館の展望台で、じっくりと瑠璃色の夜明けを見ていたい、なんて風に思うけれどね。
でもでもでも、リラクゼーションルームってなんだろう? すっごく「おとな」な感じがするよね! ね!
「スズリ、今、誰と話をしていたんだい?」
そんな風にパンフレットと格闘するわたしに声をかけてくれたのは、夢ちゃんたちと“あーでもない、こーでもない”と布団の位置について格闘していたリュシーちゃんだった。
なんでか、本当になんでか、わたしの隣を格闘するみんなと、そっと夢ちゃんの耳元に、「私はユメの隣が良いな」と言って、夢ちゃんを固まらせたリュシーちゃん。天然なのだろうけれど、すごく強いよ、リュシーちゃん……。
「あ、リュシーちゃん。あのね……って、えっ?!」
リュシーちゃんに聞かれてナチュラルに答えようとして、ピシリと固まる。
えっ、いや、だって、お留守番のはずだったよね?!
「笠宮さん? どうかしたの?」
わたしの様子に気がついた会長が、菫色のポニーテールを揺らしながら首を傾げる。
その瞳に映るのは、純粋な“心配”だ。あぅ、こんなことで声をかけさせてしまって恥ずかしい、けど、発覚するわけにもいかないので咄嗟に誤魔化した。
「あっ、会長! なんでもありませんですよ?」
「せんです? 良いけれど、なにか問題があったら相談すること。良いわね?」
「はいっ」
あ、危なかった。ペットを連れてきちゃいましたー、なんて、冗談にもならないよ。
首を傾げながらも、生徒会のメンバーに呼ばれて戻っていく会長。刹那ちゃんの口元が小さく“貸し一”と動いたことが気になったけれど、うん、はい、貸されます。ありがとう……。
授業参観の日以来、刹那ちゃんとはよく話すようになった。なんといっても彼女はM&Lのメンバーだ。師匠の、“未知先生の『ここ』がイイ談義”では、白熱した議論を交わしたものだ。
ほっと胸をなで下ろすと、そんなわたしに気がついたリュシーちゃんが、頬を引きつらせながら視線を向ける。
「あー、スズリ? もしかして」
「う、うん」
そう、そうなんだ。ええっと、声が聞こえてきたのは、角度的に、ここかな?
探りつつボストンバッグを開けると、そこには小型犬よりも小さい、ハムスターサイズになった黒いモフモフの姿。
きょとん、と顔を上げたもふもふは、なんでもないように口を開けた。
『む? ドッグフードの時間か?』
「ポチ」
『わふ?』
「ごはん抜きね」
『わふ!?』
わたしの頼りになる相棒兼手の掛かるペット、ポチは、驚愕に毛を逆立たせている。
でもね、ポチ。驚きたいのはこっちだからね?!
――/――
事前情報の規模を遙かに上回る、それはそれは規模の大きい旅館の前。
私は、というと、レイル先生と一緒に旅館の方に挨拶へ赴いた。
「関東特専、観司未知と申します。ご迷惑をおかけするとは思いますが、なにとぞ、よろしくお願いします」
「同じく、レイル・ロードレイスだ。ヨロシク、Mr.」
「これはこれはご丁寧に。本日は遠方よりはるばる、よくお越し下さいました。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」
そう、深々と頭を下げてくれる、眼鏡に細目の人当たりの良さそうな男性。
彼がこの旅館の総支配人である玲堂出流さんだ。まだ三十代中頃のように見えるが、ずいぶんとやり手らしい。
「生徒さんたちは我々がご案内致します。お二人のお部屋は個室をそれぞれお取りしてありますので、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
こちらとしても驚愕の、まさかの全館貸し切りのため、部屋の取り方は個人に任せてある。個室を希望とするか、相部屋を希望とするか、希望の間取りがあるか、など。
一応合同合宿のため、部屋はそれなりに近くに置くような形だ。私のところの魔法少女団は当然のように全員同じ部屋を希望し、生徒会のメンバーはそこそこに別れた。私たち教員の部屋は生徒にあわせてとるようになっていて、レイル先生が生徒会の近く、私が魔法少女団の近くの部屋だ。
実際にくみ分けられた表をいただけたので、念のため、そちらでも確認しておこうかな。
・観司未知 ・レイル・ロードレイス
朔月の間 望月の間
・魔法少女団
幾望の間
・四階堂凛
立待月の間
・影都刹那、伏見六葉
有明月の間
・鳳凰院慧司、焔原心一郎
臥待月の間
生徒会長が一人部屋。
あとは男性女性で二人部屋が二つ。
部屋の並び順は、月の満ち欠けと同じようだ。即ち――
朔月の間→繊月の間→初月の間→上弦の間→十日夜の間→十三夜の間→幾望の間。
この七部屋が並び、通路を挟んでもう八部屋。
望月の間→不知夜の間→立待月の間→居待月の間→臥待月の間→更待月の間→下弦の間→有明月の間。
――と、このように並んでいる。
いや、月の満ち欠けならばもう一つあるんじゃないかとも思うが、鈴理さんたち魔法少女団の泊まる幾望の間が大部屋で、部屋の数と規模が揃うようになっているので、あえて一つは考えなかったのだと思う。
つまるところ、私たち教員とほどよく距離が離れているので生徒たちを無駄に緊張させず、なおかつ広々とくつろぐことが出来る部屋、となっているのだ。
「では、こちらでどうぞごゆるりと」
「はい、ありがとうございます」
案内された部屋。
私が泊まる、朔月の間だ。大きな和室で、窓際にはミニソファーと木の机。最上階に位置するからか、窓から見える景色は山と海の絶景だ。
荷物を置いて、一応チェック。忘れてきたモノが無いか。あれば代用が利くモノか。まぁよほどのポカがない限りは大丈夫かと思うのだけれど……ん?
「あれ? これ、なんだろう?」
プライベートポーチに入っていた、黒い真珠。
綺麗は綺麗だけれど、こんなものは知らない。
「っ」
警戒しておこう。
そう思った刹那、黒い真珠に罅が入る。慌てて飛び退いて魔導陣を展開させ――
「――はぁっ、よく寝たわ」
光と共に現れた姿に、私はぽかんと口を開けた。
「あら、おはよう未知。ふふ、ゼノの収納術式を試してみたのだけれど、中で寝る以外にできる暇つぶしが無かったの」
「なっ、なななな、なんっ、えっ、なんで」
ぐぐぅーと伸びをするアメジストの編み込みヘア。
幼い顔立ちに上品な笑みを浮かべて佇む、見知った顔。
「なんでいるの? リリー!!」
リリー・メラ・観司。
私の書類上の親戚は、まるで我が家のようにくつろいでいた。
2018/01/05
誤字修正しました。




