えぴろーぐ
――エピローグ――
――回転寿司型個室居酒屋“りつ”
波瀾万丈だった生徒たちの職業体験。
その日程を終えた私たちは、諸々の事後処理のあと、こうして打ち上げに来ていた。メンバーは、私と柾刑事と正路さん。それから、どうせならもう少し人が居た方が良いだろうと、共通の友人でもある獅堂と、“今回の件”で英雄代表を務めることになるであろう時子さん。
この合計五人のメンバーで、まずは駆けつけ一杯と、ビールグラスをカチャンと合わせて乾杯した。
「いやいや、まさか自分も後半寝ているとは、情けないばかりッス」
「本当にな。崇、もう少し鍛えたらどうだ?」
「ぐはっ」
最初に切り出した柾刑事を、正路さんがスバッと切り捨てる。
もうそれだけのやりとりで、笑い上戸の獅堂はぷるぷると蹲り、時子姉に苦笑されていた。
「でも、生徒たちから“かっこうよかった”と聞いておりますよ」
「おおっ、そう、そうなんスよ! ほら!」
「良いところはエルルーナに持って行かれたようだがな」
「ぐふっ」
私のフォローも空しく、がくりと机に突っ伏す柾刑事。
うん、まぁ、夢さんたちも『ちょっと盛って頼りになったって伝えてください』ぐらいではあったからね。柾刑事のようなサポート異能は、現場ではすごく大事なんだけどね。
「くくっ、はははっ……しかし未知、また災難だったな」
「ええ、本当に」
笑いながら告げる獅堂に、憮然と言い返す。
なんでだって平和に終わらないのだろう。おまけにおば、お化けなんて。もう。
「恐怖体験、辛かったろ? 今日は一緒に寝てやるよ」
「けっこうです! 怖くなんかありません!」
「遠慮するなよ。寒気なんて忘れ去れてやるよ――骨の髄まで、どっぷりと」
「時子姉! 獅堂がセクハラをしてくるわ!」
「はいはい、逃げておいで。まったく」
時子姉にぎゅっと抱きつくと、獅堂は耐えきれずに笑った。
うむぅ、やはりこの男、からかっていたな。今度、ポチと一緒に寝かせてやろう。仙じいでも良いかもしれない。
「そういえば、正路さん。あの子はどうなったのでしょうか?」
「ん? ああ、浦河か」
エルルーナ・浦河。
前科数犯の泥棒で、特異な能力と仕事模様からついた二つ名が“亡霊怪盗”。
今回はそりゃあ黒幕と通じていた立場になるので逮捕されたのだが、なにぶん、その黒幕に裏切られた上に、身を挺して子供たちを守っている。これまでの怪盗騒ぎの被害者も、叩けば埃の出る連中か、所持者不定のものばかり。その後の調査で、複数の候補から盗む対象を選ばせられたので、“心が痛まない連中から盗んだ”らしい。
悪党だが、極悪人にはならない。それこそがMAHOUSYOUJOを奉ずるアメリカ人の誇りだとかなんだとか。うん、ちょっと何を言っているのかわからないかな!
それで、そんな事情だから減刑の署名が送られた。そこに書かれた名前は、一教員である私と、特殊な立場だが生徒に過ぎない鈴理さんと、静音さんと、夢さんのサイン。それに加えて――事情を知って協力をしたのだろう。アリュシカさんのサインと、香嶋さんのサインと、フィフィリアさんのサインと、レイル先生のサイン。立場上、サインはできないというイルレアはわかる。でも、良いのだろうか、在日アメリカンな生徒の署名が大量。
「まぁ、あれだけの署名があったからな。司法取引に落ち着いたよ」
「司法取引?」
一瞬、正路さんは時子姉に目配せをした。
それに、しっかりと頷く時子姉を見てから、正路さんはタバコを灰皿に押しつけた。
「――今回の一件で、虚堂静間博士が犯罪に携わっていることは明確化された。そこで、操作能力が高い浦河が捜査に協力。その後、犯罪者を捕まえた実績に応じて減刑。最終的にはゼロになるようにする処置、だよ。まぁ、殺しはなかったというのが大きいのだが」
「そう……良かった。ありがとうございます、正路さん」
「なに。これも民意だよ」
しかし、そうか……。
エルルーナが事件に協力してくれるのは心強い。彼女は稀少度Sランクの共存型で、彼女の共存者は透明になったり気配を消したりと用途は様々だ。
けれど、それ以上に不安なこともある。魔導科学の権威、虚堂静間博士。彼が敵に回ると言うことは薄々とわかっていたことだが……それでも、強敵であることには相違ない。きっと、これまでよりも厳しい戦いになることだろう。
力を貸したいけれど、貸せる力が“アレ”じゃぁなぁ。葵美さんのこともある。向こうから襲いかかってくるようであれば、記憶ごと粉々にするけれど。
「そこで、よ」
「時子姉?」
「なにかと巻き込まれるあなたとあなたの生徒に、私たちも思うところはあるわ。平穏を約束できないなど、英雄の名折れ。今回は、特別処置をとります」
「え?」
「つまり、だ」
時子姉の言葉を、獅堂が引き継ぐ。
ニヤリと笑う表情。不敵で横柄で、不思議と頼りになる声。
「今回は、拠点が発見され次第、未知、おまえたちは旅立って貰う」
「はぇ?」
「あるんだろ? そろそろ。合宿」
「ぁ」
そうか、言われてみればそういうシーズンだ。
え? ということはこれ、私たちはあえて引き離されると言うこと?
「そういうことだ。ま、たまには羽を伸ばしてこい」
「あなたの学校の生徒会、役員が碓氷夢に敗北したことを気にしているらしくてね。合同合宿の提案を受けているらしいわ。それならそれで、指定された区域内の、生徒会選りすぐりのスポットにでも出かけていらっしゃい」
「時子姉……獅堂……。もう、知らないの、私だけだったのでしょう? 驚いたわ。でも、ありがとう」
サプライズ、ということだったのだろう。
うん、そうか、巻き込まないように考えてくれた。その事実だけがこんなにも嬉しい。
「ということで、乾杯だ!」
「また? もう」
「良いから良いから。事件の大団円を目指して!」
獅堂の音頭で、グラスを合わせる。
そうか、そろそろ合宿なんだ、なんて。
浮かれた頭が、ぼんやりと、彼女たちの顔を浮かびあげた。
――/――
明るい部屋だ。
たくさんのモニターと、たくさんのコードと、たくさんのシリンダー。
その中央、白いテーブル。白髪の男――虚堂静間は優雅に紅茶を傾ける。
「準備は整ったよ、プロドスィア」
「さようでございますか、ご主人様」
モニターに映るのは、幾つもの施設だ。
点灯し、消え、再び映り、変化する。その絶え間ない全てを、静間は横目で流しただけで把握しきる。天才、鬼才――あるいは、バケモノ。そう呼ばれる類いの存在だ。
「直ぐに動かれるのですか? ご主人様」
「いいや。せっかくの大イベントだ。少しだけ休息を取ろう」
「休息。疲労が?」
眉の一つも動かさず、そう問いかけるプロドスィア。
そんな彼女に、静間は柔らかな苦笑を送る。
「疲れないための、お休みさ。その間に、プロドスィア、君の情緒を育てようか」
「ご主人様、お言葉ですが、それでは休息になりません」
「いいや、休息だよ。君と過ごす全てが、ね」
声は優しい。
温かな、日だまりのような一幕だ。
「わかりかねます」
「ククッ、今はそれで良いさ」
「……畏まりました」
深々と礼をするプロドスィアを連れて、静間はモニタールームをあとにしようと動く。
だが、ふと思い出すように端末を手に“出現”させると、耳には当てずに顔の近くへ浮かせた。
「やぁ、スポンサー殿。お元気かな?」
『ええ、もちろん。本日はどのようなご用件で?』
「なに、今度の件、こちらは囮にでも徹するよ」
『――珍しい。どのような気の変わり方で?』
「なに、娘の情操教育がしたいのさ。他は些事だよ」
『なるほど、あなたらしい。では、お願いします』
「こちらから提案したことだ。任せてくれていいとも」
『ふふ、頼もしい限りです。それでは、健闘を祈りますね』
通話は短く終えた。
それからやっと、静間は静まりかえった廊下を歩く。
まるでその道こそが既に天への道でもあるかのように、軽やかと。
「ええ、ええ、お任せしますとも。最期の瞬間まで、ねぇ」
そう、静間は呟く。
その声は、億百も狂気を孕んで――。
――To Be Continued――




