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そのじゅういち

――11――




 エルルーナ・浦河は、日系アメリカ人だ。

 父親の顔は知れず、母親は娼婦で、弟は売り払われ、エルルーナは“超能力”の力で生き残ってきた。

 母親を病気で亡くすと、年齢を、種族を、言葉を、顔を、性別を、幾つも変えて生きてきた。時には正義の味方を、時には大悪党を、時には根無し草の無頼漢を、用心棒として生きてきた彼女はいつしか“顔無しの亡霊フェイスレス・ゴースト”と呼ばれ、裏の世界で怖れられるようになる。

 そのうちに彼女が居着いたのは、とあるマフィアのファミリーだった。用心棒としてこれまでどおりに雇われた彼女は、姿の見えない亡霊たちを使役し、荒くれ者たちを正義の味方から守る日々を送ることになる。

 ずっと孤独で、血と硝煙の匂いしか知らず、悪逆と卑屈の中で足掻いて生き抜き、やがて――人生の転機と出会う。


Fuckyou(クソッタレ)! なんで、こんな!』


 因果応報、悪因悪果。

 巡り巡ってきたのだろう。ファミリーの一人が突然トマトみたいに破裂して、伝染するように死んでいき、ファザーも死んだ。その死骸から這い出てきた悪魔が、ファミリーの女子供を守っていたエルルーナに牙を剥いた。

 仕事で、子供を守る。全員が全員、将来は誰からも煙たがれる悪党になることが運命づけられた、どうしようもない子供たちだ。この場で死んだ方が、世界のためかも知れない。けれど、どうしようもなく、弟に似ていたから。


『うぉぉぉッ! 私らもゴミだがなァ、誇りもなく死んでいくようなドブネズミでもなァッ! 貫かなきゃならねェ意地はあるんだよ! 起きろ、亡霊たちよ!!』


 亡霊を向かわせ、そのことごとくを打ち払われ、壁に叩きつけられて。

 血を吐いて、虫のように足掻き、震え、目だけは死なず。そうして意地を貫いて死のうとしていた彼女のもとに。


『そこまでよ! 人を傷つける悪い子は、ミラクル☆ラピがオシオキなんだから☆』


 天使が、舞い降りた。

 まだ幼い子供だった。瑠璃色の衣装を身に纏い、瑠璃色のステッキを振りかざす。おそろしかった悪魔を、ステッキのただの一振りで打ち上げ、天井を壊して空までぶっ飛ばすその背中。


『もう、大丈夫だよ♪』


 手を翳しただけでエルルーナの傷を治し、悪魔を倒しに飛んでいった、その優しげな横顔。

 ただのひとときも忘れない、エルルーナの記憶。犯罪を犯すようなこそ泥になっても、あの美しい少女に助けられた命で、命を奪うことだけはしないと誓ってきた。どうしようもないエルルーナを、辛うじて人の道に戻した、エルルーナの“天使”。




「ごふっ」




 だから。

 血を吐き、地面に蹲る己に振り上げられた手。

 その手を受け入れる理由が、因果応報――などではなく、身を挺して少女たちを守ったことが理由だというのなら。


「ははっ、なんだ、こそ泥にしては、いい、最期じゃ、ない、か」


 エルルーナは微かに笑い、己に訪れた運命を受け入れる。

 エルルーナの異能は、これでも稀少度Sランクの特別製。その真価は、後戻りの出来ない“死”のあとにこそ、訪れる。そうすれば、自己が崩壊しようと、生前の意志に従い少女たちを守り切ることくらいはできるだろう。


(ああ、でも)


 だが、だからこそ、未練があるとしたら。


(もう一度、あなたに逢いたかった)


 黒い腕が振り下ろされる。

 発動準備に入った異能の力が、エルルーナの全身を、入れ墨のように駆け巡り。






「そ  こ  ま  で  よ  !!」





 声が、響く。

 薄れゆく意識の中、ぼやけた視界に映る影。

 意識を途切れさせる最後の瞬間に見たのは、黒い腕を受け止めて噴煙に隠れる、瑠璃色の髪。


(ああ、やっぱり、綺麗だ)


 エルルーナはそう笑って、意識を落とした。

 未発動に終わった異能の力を、感じ取りながら、満足そうに――。
































――/――




(ま、間に合った!)


 私の後ろでぐったりと気を失う、エルルーナ。そういえばいつだったか、アメリカで助けた“女性”に似ている気がする。血縁者だったりするのかな?

 いやいやなんにしても、間に合って良かった。最初は地道に進んでいたけれど、遠方で聞こえてきた戦闘音と、崩れた道。最悪柾刑事とエルルーナにバレるところまで覚悟して変身したけれど、不幸中の幸いか、二人とも気を失っているようだ。ついでに二人を回復させて、纏めて寝かせておいて、と。


「師匠っ、エルルーナちゃんは?!」

「無事だよ♪ 鈴理ちゃんも静音ちゃんも夢ちゃんも、よく頑張ったね☆」

「い、いえ、未知先生こそいつもお疲れ様です」

「た……助かりました、未知先生」


 駆け寄ってきた彼女たちを、私の背に隠す。

 ……でもなんだろう、静音さんの悲しげな労りが、妙に胸を突くのは。つらい。


「と、ところで、なんであの怪物、動きを止めているんですか? 先生」

「それはね、静音ちゃん♪ ――私がまだ、名乗っていないからだよ☆」

「え、え?」


 ステッキをならすように振り、キラッとポーズ。うん、今日もとっても痛々しい。





「正義の嘆き、乙女の涙」

――揺らすツインテール。瑠璃色の星飾り。

「悪を成す、少女たちの敵よ」

――ひらひら動かす手。ぱつぱつ揺らす脚。

「誰かをいつも傷つけるあなたたちを」

――強調されすぎて辛い胸部。短すぎるスカート。

「魔法少女ミラクル☆ラピは、ぜったいに許さないんだからねっ!」

――ぷぎゅると踏み込んだ足で、くるっとターンしながらパチンとウィンクを決めた。





 よし、これでやっと戦闘に移行できる。

 そう、私が一息吐くよりも先に、理性など無い怪物が突撃をしかけてきた。八本の腕、四振りの剣。残り四腕は無手か。砕けた剣の柄だけ握っているし、鈴理さんたちが砕いたんだろうなぁ。

 振り上げられた手、に、真正面からステッキをぶつける。砕ける足場、三面ある顔を引きつらせる怪物。バキリという音は、骨の砕ける音か。


『が、ぎやぁああ』

「ふぅ――ミラクル☆アタック!」


 ひるみ後ずさる怪物の、背後に回る。

 向こうの反応は、魔法少女からすれば鈍い。のけぞる脊椎に膝をたたき込んでやると、怪物はその巨体をふわりと浮かせた。


「ミラクル――」

『ぎぃ、ぁぁぁ』

「――スマッシュ☆」


 激突音。

 怪物が、地面と水平に吹き飛ぶ。


『ぎゃんッ?!』

「ミラクルぅ」


 飛ぶ怪物を追い越して、取るポーズはバッターフォーム。

 私の生徒たちを傷つけておいて、簡単に地面で休めると思ったの? 甘い甘い。


「ホーム☆ラン♪」

『ギギッ?!』


 轟音。

 スイングの風圧で石畳がめくれ上がり、四方八方に飛び散る。

 同時に、瞬く間に吹き飛んだ怪物が、頭から天井に突き刺さった。


「ゆ、夢、今の見えた?」

「無理」

「ステッキに当たったのはわかったけど、なんで天井に刺さってるの? いつ?」


 鈴理さん。当たって直ぐに天井に刺さったでしょう?

 怪物は藻掻きながら天井から抜け出して、直ぐに、標的を鈴理さんたちに変える。なるほど、弱いところから削ろうという野生の本能か。でも、私から目線を外すのは、悪手じゃないかな?


「ミラクル♪」


 踏みだし。

 地面がクレーター状に陥没。

 音が途切れるよりも早く、三面にとって唯一の後頭部に組み付き、締めるように手を回し、首を捻る。


「サブミッション☆」

『がぎゃああああああああああぁぁぁッ?!』


 砕音。

 首を抑えて転げ回る、黒色の巨人。


「魔法少女を無視するなんて、イケナイんだよ? ぷんぷんっ」

『あ、ああぐ、ぐぎ、いぁあああああああぁぁぁぁッ!!』


 最早なりふり構わないのだろう。

 二本の腕で頭を抑え、血の涙を流しながら走ってくる怪物。

 めちゃくちゃに振り回す剣は、ランダムだからこそ避けづらい。




 相手が、魔法少女()でなければ。




「ほっぷ」

『!?』


 ステッキの一撃で、剣を砕く。

 瞬く間に四振り。全ての剣を砂に代えると、衝撃に耐えきれずに、怪物の四腕全てが砕けた。


「すてっぷ」

『っっっ』


 膝を足場に、顎に膝をたたき込む。

 魔法少女なんだから、魔法くらい使うさ。シャイニングウィザードっていうね!


「すまーっしゅ☆」

『ぎゃがぁあああああああァァァッ?!』


 怪物の胸板にたたき込むのは、両足のドロップキックだ。

 きりもみながら吹き飛んだ怪物が、頭と足、天地を逆さまにした体勢で壁にめり込んだ。出口の方向、崩れた扉の直ぐ横だ。うん、色々と都合が良い、から!



「【祈願セット乙女爆愛砲ラピラピ・ハートバズーカ成就イグニッション】!!」



 ステッキで描いたハートマークから、瑠璃色のビームが放たれる。

 角度は怪物に合わせて、ほんの少しだけ斜め上。ぶち抜く先はそのうち上空にいくことだろう。大丈夫、人的被害は無いように設定したからね!

 ハートのビームは石畳を削り、ダンスホールの調度品を粉々に砕きながら突き進む。怪物はただそれを、絶望の表情で眺めて。


『あ、あああ、ああぎゃああああああああああああッッッ!?!?!!』


 瑠璃色の光に、呑み込まれて消えた。


「今日も魔法少女は完全☆無敵! 勝利のポーズでぶぃぶいっ、なのだ♪」


 巻き起こる瑠璃色の爆発。

 フィナーレとして発生するこの爆発は、あまりの衝撃に崩れ落ちようとしていたダンスホールを、見事に修復させた。うーん、ご都合主義的魔法。ここまでできるのなら、子供姿へ変身させてくれませんかね……?





「きゃぁっ、流石です、格好良いです、師匠!」

「ぐふっ、なんて破壊力。流石です、未知先生」

「あ、ありがとうございました。み、みるひとが見れば、か、可愛い、です? よ?」


 我がことのように喜ぶ鈴理さん。

 そっと目を逸らす夢さん。

 引きつった顔で労ろうとする静音さん。


「は、はは、は」


 うん、よし。

 もういいよね?



「つらい」



 私の嘆きは届かない。ただ、痛々しい静寂の中で、興奮する鈴理さんの声のみが響く。

 うぅ、おうち帰りたい。そう願うくらいはいいよね? ね?





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