そのじゅう
――10――
腕が八本。/黒い肌。
顔が三面。/赤い目。
足は二対。/鋭い爪。
体には鎧。/赤黒く。
手には剣。/錆びて。
目は光り。/歪んで。
口に嘲笑。/ワラう。
「なんの冗談ッスかね、っと!」
柾刑事の弾丸が、怪物が辿ろうとする道を穿つ。
怪物は学習能力はさほどないのか、そうしたわたしたちの攻撃にいちいち怯む様子を見せた。もっとも、怯んだところで体が硬すぎて攻撃が通らないんだけど!
「鈴理、今どんなもん?」
「前と同じ。【創造干渉】で七割使って、あと三割かな」
「長期戦はキツイわね。エルルーナ、あんた、得意なポジションは?」
「指図を受ける謂われはない――と言いたいところだが、今回は借りがある。見てのとおりの後衛だ」
柾刑事が行動を阻害して、剣を持つ静音ちゃんが迎撃する。夢ちゃんはわたしたちと作戦を立てながら、時折、腕甲黒風で牽制射撃を放っていた。
「んじゃ、鈴理はエルルーナの援護。私は嫌がらせ。エルルーナはデカいのお願い」
「ケツの青いガキにしちゃ、堂に入った指揮官ぶりじゃ無いか。ああ、それでいいよ、碓氷」
「一言余計なのよ、アンタ。ま、いつまでも二人に負担をかけていられないし、やるわよ!」
「うんっ」
「フン」
駆けだした夢ちゃんは、あっという間に飛び上がって天井に張り付く。
そのまま、鏃の弾丸を降り注ぐように撃ち出してくれた。その弾丸一つ一つを、どこを通れば良いのか知っていたかのように、柾刑事が素早く動く。おお、すごい。
と、わたしも、やることはやっておかないと。規模は小さく。その代わりに旋回速度を上昇。弾く、跳ね返す、ではなく回転で流す方向で!
「【速攻術式・平面結界・二枚・展開】」
「へぇ、短縮詠唱か。やるじゃないか」
怪物が打ち出す黒い弾丸を、弾いて流す。
その最中、背からかけられた声に照れる。
「あ、ありがとう」
「ああ、素直なのはいいことだ。いや、しかし、短い詠唱を聴くと、魔法少女を思い出すよ」
「ぇ?」
あれ、でも、師匠はエルルーナちゃんを知らなかった。
なのに、エルルーナちゃんは知っている?
「魔法少女と、その、逢ったことがあるの?」
「ん? ああ、向こうは知らないよ。こちらは、魔法少女が全盛期の頃にアメリカに住んでいてね。その時はマフィアの用心棒なんぞをやっていたが、勤め先が悪魔のせいで壊滅したのさ。そのとき、魔法少女に助けられたんだよ」
――アメリカでの魔法少女の人気は、日本の比ではない。
ミラクル☆ラピ。その名を文字どおり“Miracle”の代名詞として扱うほどに。
「だからね、笠宮」
「エルルーナちゃん?」
「よりにもよって私の体を使って魔法少女を貶めるような連中に利用されるように仕向けたアレらを――」
思わず、振り向く。
ずっとわたしの背中でなにかの作業をしていたエルルーナちゃん。その両手に持つのは、骸骨が組み合わされて出来たような“バズーカ砲”だった。
「――許すつもりは無いんだよ」
キィン、と、甲高い音。
口を開いた骸骨のような砲口に、蒼い光が灯る。よく見れば、無数の幽霊たちが反対側から自ら吸い込まれていき、その光が増していくようだった。
「みんな! 伏せて!」
「謳え――“亡霊魔王の凱旋歌”!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!』
悲鳴。
それは、エルルーナちゃんのバズーカから放たれた砲撃音だ。衝撃で石畳に罅が入る頃には、幽霊の顔の砲弾は、空を裂きながら怪物に着弾。ガードに回した四本の剣を軽々と砕くと、怪物が体に纏っていた銅板の鎧さえも砕き、その巨体を軽々と吹き飛ばした。
「チッ、貫通は無理か」
「でもでも、すごいよエルルーナちゃん!」
「まだ、あの日見たMAHOSYOUJOにはほど遠い。――それに」
言われて、見る。
瓦礫の向こう側からのっそりと立ち上がる、黒い怪物。
所々から青い血が溢れ出て、渦巻き、傷を再生して行くようだ。それどころか、青い血に触れた瓦礫は融けている。
「接近戦はまずいッスね」
それを見た柾刑事が、思わず顔を青ざめる程度には、恐ろしい光景だった。
「柾刑事の異能で脱出は?」
「無理ッス。アレは、自分しか通れないンスよ」
いくら学習能力が無いといっても、死にかければ話は別なのだろうか。
鼻息荒く、一歩踏み込む度に巻戻る傷。どころか、先ほどよりも硬くなっているようにさえ見えるのは、きっと気のせいでは無い。
「柾刑事――私たちが足止めをしている間に、応援を呼ぶというのは……」
「ダメッス!! そんなこと」
『うぉろぉおおおおおッ!!』
「ッ?!」
突然、柾刑事に向かって走り出す怪物。
夢ちゃんの鏃も、静音ちゃんの歌も振り切って。
「止まりなさい!」
「す、砂の声【―♪―♪♪】!」
瓦礫を踏みしめ、腕を振り、涎を垂らし。
エルルーナちゃんの人魂の弾丸を握りつぶし、柾刑事の銃弾を噛み砕いて。
「チィッ! 小僧!!」
「うぉぉぉッス!! っ」
怪物は、腕を振り上げ。
「【投擲】!!」
『らぁぁッ!!』
「っっっっ」
わたしが割り込ませた盾が、その身を崩壊させながらも僅かに腕を減衰。
同時に、柾刑事は後ろに跳びながら、霊術で体に強化をかけたようだ。けれど、いずれにせよ、完全に威力を消せるものではない。
「ぐぁああああああぁぁッッッ?!」
轟音。
『ぐろぉぉッ!!』
柾刑事の体が地面と水平に飛んでいき、壁に激突。
クレーターを刻みながら、地に伏せる。直ぐに夢ちゃんが駆け寄って、頷いてくれた。
でも、怪物は、一人の意識を刈り取ったくらいでは満足できないのだろう。赤く光る目が、エルルーナちゃんを見据え、笑う。
「は、はは――おまえなんぞにやられてやるほど、私の命は安くは無い! こっちだバケモノ!!」
「っエルルーナちゃん!?」
エルルーナちゃんはわたしを突き飛ばして怪物から離すと、自分に意識を向けさせる。
そのまま、走り出した。方向は崩れた扉の方だ。
『いいひひひひりぅるぅあああああああぁぁッッ!!』
だっだっだっとフォームも何もないような走り方。
けれど四足の脚はそれなり以上の速度を出して、霊術で移動を強化するエルルーナちゃんに簡単に追いつくと、その小さな体を虫でも払うように張り飛ばした。
「あぅっ――づぅ」
「エルルーナちゃん!!」
エルルーナちゃんの、小さな体が舞う。
一度二度と地面をバウンドし、壁に激突。
「ぐ、がッ」
血を吐き出しながら、ぐったりと横たわった。
「“干渉制御”!!」
夢ちゃんが最初に駆け寄る。
――攻撃が通らない。その上、無視されている。
静音ちゃんが背中に切りつける。
――肌に食い込んだまま、剣を引き抜くことが出来ずにいる。
わたしがせめて異能で浮かせようとする。
――足の指の力が強すぎて、重力操作も踏ん張られた。
「っ、はは、こそ泥には相応しい、末路、か」
『ぎゃははははははッ!!』
振り上げられる腕。
「ああ、だが、これでいい。これでおまえを仕留められる」
『ひひひひひゃははははッ!!』
「我が魂壁、巡りの糧に、我が魂核、果てへの贄に。故に我は、捧げん――」
『しぃぃねぇぇぇぇぇッッッッッ!!』
「――“亡霊王の鬨”」
静音ちゃんがゼノを召喚しようと、夢ちゃんが忍法を展開しようと、わたしが――その一歩が、届かない。
「誰か、誰か――っ!!」
祈りは届かない。
ただ無慈悲なまでに振り下ろされた手が。
『ぎやははははははッッ!!』
狂笑と共に、噴煙を巻き上げた。




