そのいち
――1――
――回転寿司居酒屋“りつ”。
最初は獅堂とくだを巻くだけだったこの会合も、今や四人。ずいぶんと賑やかになったモノだ。
「まさか、仙じいまで来てくれるとは思わなかったけれど……九州はいいの?」
そう私が問いかけるのは、大きな身体をしたムキムキマッチョのおじいさん。
英雄に数えられる私たちの旧友で、何を隠そう、十で両親を亡くして途方に暮れていた私を、十三歳手前の特専中等部の寮に入るまでの二年間、世話をしてくれた人でもある。
つまるところ、“前”も“今”も祖父母を知らない私にとっては、実のおじいちゃん以上の存在だったりする。
「ほっほっ、構わんよ。九州エリアの特専は確かに儂の区分じゃが、居座ることは義務ではない。現に、五年前に顔を出したっきりで、獅堂の坊主が来るまでは、長野で修行に明け暮れておったわ」
「そうそう、このジジイ、山奥で筋肉舞踏だぜ? 若すぎるだろ」
「仙衛門が元気なら、それに越したことはない。そうだよね、未知?」
私たちと出会ったときには既におじいちゃんだったから、心配と言えば心配だ。
けれどまぁ、元気そうならなにより、とも思う。
「そういえば、僕も自分の“象徴学区”に顔出していないなぁ」
「俺は出してるぜ? なんてったって関東だからな。未知は?」
「魔法少女だって名乗り出られないこと、わかってて言っているでしょう、ばか獅堂」
「安心せい。儂もじゃ」
そう、現在七校ある“特専”は、それぞれ“象徴”となる英雄がいる。
その英雄に合わせて、独自の指導体系を築いていて、国からの学科への補填予算にも変動があるのだ。
九條獅堂は関東エリア。
鏡七は東北・北海道エリア。
私、観司未知は四国エリア。
黄地時子姉は近畿エリア。
東雲拓斗さんは中部エリア。
仙じいこと、楸仙衛門は九州エリア。
そして、どこでなにをしているんだか。
できれば会いたくない“彼”のエリアが、中国地方。
と、こんな感じで七人分。七つの学校で年に一度、競技なんかしたりもする。
ちなみに、別に出身地とかは関係が無い。だって私たちが口を出す前に、政府の人たちが決めてたし。
「しっかし、なんでまたこんなことになったんだか」
獅堂がそうぼやくので、私もそれに苦笑して頷く。
獅堂、七、そして仙じい。対外的には三人の英雄。彼らが一つの学区に所属するなど、本来ならばあり得ない。だが、仙じいは緊急処置、という形ではあるが成された。
その理由が、まぁ、先日夢魔との戦いで暴かれた、第七実習室地下の“異界”だ。
「まさかあんなところにあんなものがあるなんて、思わなかったよ」
「七も? “流れ”を感じなかったの?」
「うん、まぁね。開かれるまでは停止していた。なのに、開かれたら一気に流れ込んできたよ」
気脈。あるいは、霊脈。
古代より、退魔師――現在で言うところの秘伝系“特性型”保持者――たちが力の源や力の基点として扱ってきた、生命の流れを集約した場のことだ。
七つの特専は全て、その霊脈の上に立っている訳なのだが……特専が建てられるよりも過去に、まったく使われなかったはずがない、ということなのだろう。
「儂も今回のみの参加となろうが……その分、今回は存分にこの老骨、こき使ってくれて構わんぞ」
「ふふ、もう。あんまり無理しないでね?」
仙じいは、自慢の筋肉をぴくぴくと動かしながら、細い目を更に細めて笑う。
その冗談めかした態度に、当時の私はずいぶんと救われたものだ、なんて、今更思い出して懐かしくなる。
と、そんな訳で。
異界攻略のため、英雄の一人、秘術“薬仙”の使い手。
仙法師こと楸仙衛門おじいちゃんが、参戦することになりました。
――/――
……なんて。
英雄たちの会合という名の仲間飲みから二日。
仮措置としての異界の一時封印がまだ持っている間に、夏休みと言うことで旅行に出かけていた教員の一部も呼び戻して、会議室にてブリーフィングが行われた、のだけれど。
「何故、貴女がここにいるのですか? 観司先生」
と、会議が終わって解散し、人もまばらになったとき。
出くわして一番に掛けられた言葉に、立ち止まる。
青フレームの細眼鏡をくいっと上げながらそう告げるのは、髪もスーツもびしっと決めた男性だ。
彼は私と同じ魔導科の教員で、名を“瀬戸亮治”先生といい、優良な生徒の選抜を行い交換留学の斡旋を勤めるなど多方面での権限のあるエリート先生である。
「瀬戸先生……。夏休みに遠方に出かけていなかったのと、“発見”に携わったのです。それで、及ばずながら、調査に参加することになりました」
「ふぅん? ……コネ採用の貴女に勤まるとは思いませんが? 辞退されてはいかがでしょうか? 貴女のような、実力も無いのに縁故だけで採用されたような人間が“異界”に入ったところで、たかが知れている、というのは勿論ですが――私たちの足を引っ張られても困るのですよ。ここは初心者向けの沖ノ鳥諸島とは違うのですから、ねぇ?」
うーん……まぁ、そうなんだよね。
実のところ、私が扱う“魔導術”は一般で教えているものとはちょっと違う。みんなは既存の術式を用いて魔導術を使用、あるいは既存の術式を改良して扱いやすくして使用している。
だが、魔導術の基礎となった“魔法”の使い手である私は、この“既存の術式”そのものを新しく持ってきてしまうことができる。
例に例えるのなら、モーター機動の自動車模型だろうか。
みんなは基本の形を削ったり手を加えたり、モーターを強力なものに変えたりして優劣を競う。
だが私はここに、モーターを平気で四つ三つ乗せたり、そもそもコースを外れてショートカットできたりするまったくオリジナルの機体を、外見だけそれっぽく見せて持ってこられるのだ。
三年間の約束でクラス担任をしていた間に、違和感のない魔導術を扱えるようにはしたが、教員採用当時は“規定枠”に満たない奇妙な術式を用いている。とされ、本来は不合格だったのだけれど……そこはそれ、コネ採用で潜り込んだのだ。
当然ながら秘密なのだが、瀬戸先生は政府高官に知人が居るという。流石に魔法少女やオリジナル術式の事が漏れたりはしないのだけれど……このコネ採用、という部分だけピックアップして漏れることがそこそこあるのだ。
だから、瀬戸先生の言葉は、存外否定できるようなものでもなかったりする。
「精一杯、先生方のご迷惑にならないよう努めます」
「まぁいいでしょう。参加不参加を決めるのは私ではありませんからねぇ。精々、努力を重ねて下さいよ?」
「はい、精進します」
うーん、嫌みだなぁ。
“努力なんかしたことないんだろ、おら”っという副音声が聞こえてくるようだ。
ぴしっと背筋を伸ばして去って行く姿は、いっそ清々しい。
「……言われたい放題じゃねーか。良いのか? あの眼鏡に目に物見せてやらなくて」
「獅堂……いつから居たの?」
「『ぬぁぜ、あなたがここにいるのですか、み・つ・か・さ・先生ぇ?”のあたりから」
「ぷっ……ふふ、もう、笑わせないのでよ。最初からじゃない」
そんなアホみたいに整った顔で、そっくりに物まねしないで欲しい。
眼鏡をくいっとあげる姿や、腕を組んでため息をつく姿までまぁよく似ていて、思わず笑ってしまう。
「笑ってる場合か。いや、笑わせたが。……おまえの魔導術なら、あんな木っ端エリートなんて粉々だろ?」
「粉々にしてどうするのよ。……いーの。魔導術にプライドを持ってくれるのなら、それでいいのよ。そうやって、切磋琢磨して――“特別な誰か”が居なくても、自分たちで自分たちの脅威に、護りたい者の為に立ち上がれる為の杖になってくれるのなら、それが一番だよ」
魔導術式とは、魔法の杖だ。
人間の持つ潜在能力。第六感と呼ばれるそれは、生まれたときから多かれ少なかれ持っている。その第六感――即ち“異能”を持たない人間だけに芽生える才能。
力の無い人が、悪魔たちに立ち向かうための技術。それが“魔に立ち向かう道導となる術”――“魔導術”なのだから。
私がそう語る姿を、獅堂はじっと見つめていた。
……というか、おちゃらけてくれないと調子が狂う。いつもなら軽口の一つでも織り交ぜてくれるのに……ううん?
「ほっほっほっ、一本とられたのぉ? 坊主」
「……ちっ、坊主呼ばわりするんじゃねぇよ、老人」
「老い先短いジジイに酷い言いぐさじゃ、のう、未知?」
「ふふ、そうね。ほら獅堂、“ごめんなさい”は?」
「ごめんなさ……って、言うか! ……ったく」
どこからかひょっこり顔を出した仙じいに茶化されて、獅堂がわかりやすくむくれてみせる。
獅堂も、私が傷ついていないか心配してくれたのだろう。言ったら、信じてくれるかな? あなたの態度に、いつも救われているんだよ。ありがとう、なんて。
「ま、おまえが平気そうならそれでいい」
「ありがとう、獅堂」
「それでいいっつってんだろ。ったく」
照れて頭を掻く姿を横目に、仙じいと笑い合う。
うん。やっぱり、なんだか大丈夫そう、かな。
ちなみに。
「ところでジジイ、いつから見てた?」
「ひょ? うむ、それは――」
「それは?」
「――“のぅぁぜ、あなたがこんなところにいるんですかねぇ、み・つ・か・さ・先生?”からじゃ」
「ぶふぅっ」
「っ、ふっ……ふふっ、もう、仙じい!?」
「ほっほっほっ」
「やっと調べ物に一段落ついたのだけれど……未知、獅堂、仙衛門。三人でなにをやっているのさ?」
なんてやりとりも、あったりするのだが……うん、割愛でいいかな。
変なタイミングで巻き込んでごめんね? 七。
2016/08/26
誤字編集しました。




