そのはち
――8――
倒れ伏すエルルーナ、崩れ去ったがしゃどくろ。
私は鈴理さんの頭を撫でて褒めながらも、剣軍を解除せずにいた。
未だ、首筋にピリピリと残る違和感。魔法少女に変身して超覚を使えばきっと、何かしら感じるモノがあるのかも知れない。そう思わせる程度には、重く暗い空気がずっしりと漂っていた。
「観司先生、無事ッスか――って、な、なんスかそれ?! 剣!?」
「ああ、柾刑事。ご無事で何よりです。これはどうぞ、お気になさらず。それより」
「あ、ああ、拘束ッスね。ほら、浦河、立つッス!」
「きゅぅぅ~……」
柾刑事の腰ほどの高さのエルルーナを、柾刑事はぐいっと掴んで引き起こす。
……そういえば、彼女って何歳くらいなのだろうか。随分と扱いが雑に見えるし、アア見えて成人しているのかな?
手錠をかけた上で背負われるエルルーナをみながらそんなことを想像していると、尾の方から夢さんたちも戻ってきた。
「二人とも、お疲れ――っ」
二人を労おうとして手を挙げた、瞬間。
ぐらぐらと揺れる地面。軋むようにひび割れる床。
既に死んでしまったはずの異界に脈動が走るのは、いったいどんな理由と言うつもりなのか。
「ッ、柾刑事!」
「ッス! 全員、退避っスよ!」
先頭は夢さん、次にエルルーナを抱える柾刑事、そのまま静音さん、鈴理さん、私と続いて。
「あっ」
「【瑠璃の花冠】!」
宝物庫の扉を潜ろうとした時、ちょうど、鈴理さんの真上の天井が崩れ落ちる。
だから、私は、咄嗟に出したステッキで岩を砕いて、鈴理さんを通路に押し出した。
「師匠っ」
「必ず追いつくから、早く!」
「っ――はい! のちほど!」
鈴理さんは僅かに逡巡し、けれど私が右手に持つステッキを見て強く頷く。
うん、まぁ、このステッキを持った状態の私がどうこうなるはずがないと、認識してくれていたようでなによりだ。
「さて、と」
地震。
けれど結局、宝物庫は崩れず、崩れたのは出入り口だけ。その意味するところは、戦力の分断だろう。
「――出てきなさい」
鋭く告げると、正面の壁に罅が入る。
ずるりと伸びた黒く長い手。棘の生えた大きな足。背中に背負う繭のような物体に浮かぶ、無数の人面。地獄の獄卒のような不気味な悪魔が、罅の中からずるりと現れた。
『ころ、す、おお、おんな、ころす、うぁああ』
はぁ、まったく、やっぱり厄介事に巻き込まれたか。
捻り出てきた悪魔の姿は、背中の人面を除けば、どこかで見たことがある物だった。
おそらくここで亡くなられた異能者の残滓が、ここで死んだ悪魔の残留思念と融合。その時点では大した力を持っていなかったのかも知れないけれど、エルルーナが活性化させた、といったところかな。けれどどのみち、大した力があるようにも見えないんだよね。
……うーん、すごく嫌な予感がしたのだけれど、気のせいだったのかなぁ。
『うぉおおおおおおおおぉぉっ!!』
「ああ、ごめんなさい――」
襲いかかってくる悪魔擬きに、手を振り上げる。
同時に、がしゃんっと硬質な音を立てて、剣軍が刃を立てた。
「――今、あなたに構っていられないの」
『ぉぉぉぎゃあああああああああぁぁッ?!』
射出され、悪魔擬きを突き刺す剣。
悪魔擬きが放った炎を、切り払う剣。
足下を切り崩して、踏み込ませない剣。
四方八方を埋め尽くし、絶え間なく切り裂く剣。
鋭く、固く、私の意に従う剣、剣、剣、剣、剣、剣。
「灰は灰に。地獄の淵に戻りなさい、悪鬼よ」
『ぎぃぃ、ああぁぁぁ……』
倒れ伏し、さらさらと砂に変わる悪魔擬き。
うーん、やっぱり手ぬるい。普通の異能者くらいなら倒せるだろうけれど、特課に相対するには弱すぎる。なにせ、結局変身しなくても良かったのだ。
「仕方がない、戻ってから考え――ぁ、どうしよう」
崩れた出入り口。
呆然と佇む私。
そしてここは、お化けの住処。
「あわ、あわわわ、あわわわわわわ」
剣軍射出、掘り進んでっ!
いいいいいいいや、べべべべ別に、こここここここわくはないんだよ?
ただ、そう、早くみんなに合流したいからさっさとここから移動しないと。
「ぴっ……い、今、物音しなかった? ははははやく、いいいいそがないとっ」
忠実に働く剣だけが、今は非常に頼もしい。
なので、はい、どうかさっさと開いてね?!
――/――
走る。
「次は右ッス!」
走る。
指示は柾刑事に任せて。
「次は左ッス!」
走る。
わたしたちは、落ちて来る岩盤に対処しながら。
「あとはまっすぐッスよ!」
走る。
走って、走って、走って、わたしたちはようやく広い場所に出た。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「全員、無事ッスか!?」
「はいっ」
「って、観司先生はどこッスか!?」
そっか、あのとき、柾刑事の場所からやりとりは見ていなかったんだ。
いや、時間にしたらほんの一瞬だもんね。師匠なら“絶対”負けないって知っているから決断も早かったけれど、普通だったらもっと躊躇うのかな?
ふふふー、わたしと師匠の絆はそんなに柔じゃ無いからね!
「二手に分かれました」
「ええっ、それって大丈夫なんスか!?」
「大丈夫です。ね、夢ちゃん、静音ちゃん」
そう二人に振ると、二人ともまるで“当然”というような表情で頷いてくれる。
「ま、未知先生は大丈夫でしょ」
「う、うん。ただ、お、お化けになにかされていないか心配。か、彼らは構ってくれる人の方に行くから」
「あー、それは心配だわ」
……うん、えっと、それは確かに。
けれど戦力、という意味では誰も心配なんかしていない。だって、わたしたちはそれだけ、師匠のことを信頼しているから。
「それよりも、柾刑事」
「碓氷さん?」
「どうやら、私たちは私たちの心配をした方が良いですよ」
「は? ――っ」
広い空間。
おそらく城のダンスホールだろう。古ぼけたシャンデリアに鮮やかな黄金の光が灯り、周囲一帯、人骨や調度品が転がるホールが浮き彫りにされた。
突然の変化に、わたしたちはエルルーナを抱える柾刑事を中心に、三方向にさっと集う。夢ちゃんは左、私は右前、静音ちゃんは後ろだ。
――「霊晶石と勾玉と魂核晶体」
声だ。
けれど、どこから響いてくるのかわからない。
そう、見回して、だからこそ、エルルーナちゃんの懐から宝石のようなモノが飛び出て虚空に消えたのを、捕まえられなかった。
あれって、この城で盗難被害にあったもの……って、ことだよね?
――「銅板に並べて不動明王剣を融解、基板を創り、三種結晶を装填」
こんなにも明るいのに。
こんなにも見晴らしが良いのに。
――「五芒星のライン形成。融合臨界開始。パーセンテージ」
声の主が、どこにも見当たらない。
あろうことか、捜し物のプロとさえ言われている、柾刑事の異能でも。
――「20%…30%…60%……80%…90%………100%」
まずい、ぜったいまずい。
けれど、その解決方法を、探すことが出来ないでいる。
――「120%――臨界突破。融合完了……運用試験を準備」
ああ、もう、どうしよう、嫌な予感しかしない。
その震えを抑え込むように、わたしは。
「ッ“開闢”――見つけたッスよ!!」
ただ、目を瞠って前を見据えた。
「ステルスが破られましたか。けれど、最早、その行動に意味はありません」
そうして、“彼女”が降り立つ。
黒く長い髪、目元を覆うバイザー、鎧が嵌められた、重装甲のクラシックなメイド服。
両手のSFチックな機械鎧と両足のブースターが、やけに目を引く。
「コードネーム、“裏切り”――これより、運用試験を開始します」
プロドスィア。
そう名乗った彼女は、感情の込められていない声で、わたしたちにそう告げるのだった。




