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そのろく

――6――




 杉並異界遺跡の最下層。

 隠し部屋から下った体育館ほどの広さの宝物庫は、蒼いカンテラに照らされて不気味に広がっていた。

 その中央で待ち構えていたのは、デコだしロングウェーブヘア。黒から青のグラデーションがかった足首までの髪を持つ、小柄な“少女”であった。


「柾刑事、ご存知なのですか?」


 私は、“エルルーナ・浦河うらかわ”、と、彼女の名前を叫んだまさき刑事にそう尋ねる。

 すると、私の言葉に柾刑事は神妙に頷いた。


「はいッス、観司先生。アイツはA級の“怪盗”ッス。古今東西何でもかんでも盗み、幾度となく“探偵”の手によって確保され、何度も脱獄してきたんスよ。でも、偶然の傷害はあっても殺しはしない、というポリシーだったはずッス」


 しみじみと、“自分たちとは三回ほどやりあってるッス”と付け加える柾刑事。

 そ、そうなのか。いやそれなら、もっと早期に犯人がわかっていたのでは? いや、違うか。“殺しはしない”凶悪犯罪者“では無い”犯人だと当たりがついていたから、私たちの“体験”の対象にした、と考える方が自然だろうなぁ。

 特専という学校に通っている生徒は、“たかが子供”とは見られず、“特殊な技能を持つ”という、一般人とは違った見方をされ、即戦力とされることもある。それは数々の実践形式の授業にも理由があるのだろうが、厳選から漏れた職業体験に当たると“即戦力”として荷が重い現場に回されることだってあるのだ。

 そういう意味では、きっと、正路さんのこの手回しは過保護なのかも知れない。けれど、生徒の安全を願う私としては、その気遣いが嬉しい。


「師匠、エルルーナちゃんの後ろ!」

「後ろ? ……――ぴっ」


 鈴理さんに言われるがままに彼女の背後を見て、一瞬、固まる。

 怪盗エルルーナの背後。のっしりと見えたのは、まず、骸骨の腕だった。彼女の両側から現れたそれは、小指から薬指までの長さが彼女の身長と変わらない。

 さらに頭の上、高い位置に見えるのは、頭蓋骨だ。大きな角が一本生えた頭蓋骨で、ずっと後ろまで頸椎が伸びている。

 やがて全貌が明らかになると、誰かの息を呑む音が聞こえた気がした。


「……蛇?」


 鬼の頭蓋骨。人間の両腕。蛇の脊椎。鳥骨の翼。足は無く、尾の先は三股の槍。

 さらに、その身体全体には黒い靄が絡みつき、目は青く光っている。


『“亡霊王の賛歌(ポルター・レクイエム)”――モデル、キメラ・がしゃどくろ!』


 ――ふぅ、危なかった。

 本物のお化けかと思って焦ったが、やはり異能か。これはちょっと彼女には、キツーイオシオキが必要かな。ふふふふふ。


『な、なんだ? 寒気が……』

「師匠、師匠、目が笑ってないです……」

「ん? そうかな?」


 そんなことはないと思うのだけれど。

 怪盗エルルーナは、私たちをじっと睨む。機会をうかがっているのか、油断しているのか。どちらかはわからないが、ひとまず――


「【速攻術式セット隠蔽白霧(ステルス・ミスト)展開イグニッション】」

『ッ煙幕? なるほど、作戦会議か。良いだろう、その霧が晴れたときがおまえたちの終焉だ!!』


 ――うん、油断をしてくれているようだ。

 せいぜい居場所をなんとなく解りづらくする、という程度の効果だから、向こうの攻撃をいなしながら簡単に作戦を立てておこうかと思っていたのだけれど、作戦会議をさせてくれるというのなら、話は別だ。ある程度はゆっくりと会議できるだろう。

 ……ところで、持続しようと思えばいつまでも持続できるのだけれど、あんまり長いと痺れを切らすかな? うん、まぁ、やめておこう。やってみたいけれどリスキーだ。


「さて、柾刑事」

「は、はいッス!」

「あの全長です。二手に分かれた方が良いと思いますが、どうでしょう」

「はいッス! 了解ッス!」

「では、夢さん」


 これは彼女たちの職業体験だ。

 せっかくなのだし、私自身も彼女たちの振るう駒として動いてみよう。そんな意味を込めて夢さんを呼ぶと、夢さんは瞬時に意図を察知。どこか目を輝かせて頷く。


「柾刑事は、なんでも切り開けるんですよね?」

「そうッスよ。“おまえは捕まえるよりも捕まる方に向いている”とか言われることもあるッス」

「わかりました。――鈴理と私で尾の対処をしながら全貌を見ます。未知先生と静音は頭をお願いします。未知先生が前衛で、後衛に静音。あとは“臨機応変”に。で、柾刑事は胴体中央から、どうにか“関節を解錠”してください」

「あー、なるほど。関節を切り開く対象と見立てるんスね? 了解ッス!」


 夢さんの言う臨機応変、とは、さきほどあえて隠蔽しておいた、静音さんの近接戦闘技術のことだろう。

 私のサポートに徹しているように見せかけて、隙を突く。なるほど、巧いやり方だ。静音さんも意図を理解して、右腕のゼノに触れながら力強く頷いた。


「霧が晴れると同時に、未知先生は目くらましをお願いします」

「わかったわ。いつでも大丈夫だけれど、タイミングは?」

「計ります。十、九、八、七、六……」

「【速攻術式セット閃光砲弾(フラッシュ・バーン)速攻追加インクリース対象指定ロックオン】」

「……五、四、三、二」


 展開した魔導陣を正面に向ける。

 閃光の対象はエルルーナと髑髏に固定。他の皆さんには効かないように設定も忘れない。


「一、ゼロ!」

「【展開イグニッション】!!」

『む、終わったか。では――ぎぇッ?! 目が、目がぁぁぁッ!?』


 のたうち回るエルルーナと、がしゃどくろ。

 それはそうだろう。この閃光は、視力も感覚も一時的にがっつり奪う改良術式だ。そう簡単には収まらないことも間違いない。


「全員、散開! 作戦開始!!」


 夢さんのかけ声と同時に、三方向へ飛び出す。

 幸い、まだ、エルルーナは目元を抑えて藻掻き苦しんでいるようだ。ならこの隙、逃すわけには行かない!
































――/――




 まさきたかしはエリートだ。

 キャリア組として特課に配属された、名家出身のお坊ちゃんであり、将来有望な、才能に溢れた官僚候補。その自信に裏付けできるだけの実力を持ち、それに正しく驕ってもいた事実があった。

 その自信が一回目に折られたのが、上司である正路の下についた時。同じ名家、同じキャリア、自分に驕らず他人を見下さず着実に事件を解決するその背中に心を折られ、同時に、憧れた。

 二回目に折られたのが、仕事の関係で英雄を実際に目で見た時。当時、彼が目にしたのは、キャリアは無く、名家どころか一般の家庭の出で、それでも英雄としてかけ離れた実力を持っていた“東雲拓斗”と邂逅し、彼は己の世界の狭さを知った。


 そして、今。


(二回、挫折してなかったら“ポッキリ”だったかもッスね)


 完璧に司令塔として機能している、碓氷夢。

 類い希なる観察眼と才能を持つ、笠宮鈴理。

 遠近苦手な距離は無いと言い放つ、水守静音。


 そしてなにより、崇を以てして理解不能な戦闘力を有する一般教員、観司未知。

 彼女のことは、データ上では知る機会があった。だが、実際に目にしてみるとまるで違う。己のことなど、赤子の手をひねるように封殺されるだろうと、崇は受け入れるように納得する。


「でもだからこそ、情けないところは見せられないッスよ!」


 自分は警察官だ。

 市民を守る、弱き人々の盾だ。

 そう、尊敬する正路の背中から学んできた崇にとって、この戦い、守るべき無辜の民に無様なところを、見せられない。


「我が異能よ、我を切り拓くべき傷へと導け」


 なんでも切り拓く、という稀少な異能。

 その異能で見据えるのは、もっとも脆い関節だ。


「死者“如き”が、立ち塞がる道はないッスよ!!」


 生者ならば、“こんな風に”ばらつきは無かったことだろう。

 霊術で飛翔し、翼の根元に手を当てると、崇はがしゃどくろの翼の関節に、大きく腕を突き入れた。


「拓け、“開闢かいびゃく”!」

『ぎゅろぉぉぉぉッ?!』


 根元から千切れ、音も無く砂に変わる翼。

 悲鳴を背に受けながら、崇は大きく飛び退いた。


「さて、あと一枚に、胴体も。全部バラバラにしてやるから、覚悟するッス!」


 不敵に笑う崇は、拳銃を片手にそう言い放つ。

 戦闘はまだ序盤。けれど挫折を乗り越えてきた彼は、油断も慢心も持ち合わせず、ただ慎重に機会を窺うのであった。





2024/02/03

誤字修正しました。

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