そのよん
――4――
杉並異界遺跡で応援を待つこと三十分。
たどり着かない応援に疑問に思ったのだろう。柾刑事は少しだけ私たちから離れたところで連絡を取っている様子だった。
その間、鈴理さんたちは円陣を組んで話し合いをしていて、私は口出しはしないまでも傍で聞き耳を立てている。
「鈴理はどう見る?」
「うーん。異界化、犯人と鉢合わせで監禁、まったく別の事件に巻き込まれ、事故、かなぁ」
「で、でも特課のひとだったら事故はないだろうし、じ、事故だったり別の事件に遭遇、だったりしたら、む、向こうから連絡が来るんじゃ無いかなぁ」
「そこなのよねぇ。異界化の場合だったら、未知先生が何も言わないわけないし。だったらやっぱり、鈴理の言う二番目の選択肢が順当じゃ無い?」
「犯人と鉢合わせ、だね。何か仕掛けてくるとしたら、そろそろ?」
「そ、そうだね。一応、ゼノに警戒させているよ」
……えーと。
うん、そうだよね、慣れているモノね。応援を要請してから三十分。陸路ならあながち遅いとも言えないが、“なにかあるかも知れない”ということが前提に考えられた特課の動きで、こんなに時間がかかるはずがない。
皮肉にも、それを裏付けたのが、こちらに心配をかけまいと笑顔で場を離れた柾刑事の行動だった。そんな怪しい動きは注視して観察するまでも無かったのだろう。柾刑事の動きを見て直ぐに、話し合いを始めたのだから。
――ぽんぽん。
と、ふと、肩を叩かれる。
柾刑事の連絡が終わったのかな。
「向こうの様子は、どうでしたか? 応援、の、じょうきょう……は?」
振り向いた先。
私の肩に手を置く、蒼白い肌。
こけた頬、古ぼけた外套、骨の見えた眼窩。
『うぅらぁぁめぇぇぇしぃぃやぁあぁ』
「ぴゃああああああああああああああっっっ」
飛び退いて、後ろに転んで、後ずさる。
なに? なに?! なんで!?
「い、今の悲鳴はなんスか……って、お化け?!」
駆け寄ってきた柾刑事が、それらの名前を呼ぶ。
かたかたと震える骸骨、半透明の人間、青白い幽霊。
うぇぇ、触られちゃった……。の、呪いとか無いよね?!
「なんてテンプレなお化け……。鈴理は未知先生に、静音はサポート、私が前衛。手の内はそこそこに、警戒態勢!」
「うん! 師匠っ、大丈夫ですか?」
「わ、わかった!」
駆け寄ってくれた鈴理さんに手を握られて、己を奮い立たせる。
い、いや、突然のことでびっくりしてしまっただけなんだよ? それで悲鳴まで上げてしまうなんて、まったくもう、失敗失敗。
――本当に、生徒に守られているようではだめだ。落ち着いて、冷静に。うん、よし、大丈夫だ。別になにをされた訳でもないのだ。戦えない道理は無い!
「師匠?」
「だだだだだいじょうぶよ? ななななさけないところを見せてしまって、ごめんなさい」
「だ、大丈夫ですよ、師匠! 師匠はわたしが、守りますから! 【速攻術式】!」
ああ、鈴理さんも逞しくなったなぁ。
ふふふ、私も負けていられない。
「柾刑事、戦闘で得意なポジションはどこですか?」
「拳銃があるけれど、どこでも大丈夫ッス!」
「なら静音のサポートをお願いします。状況開始、行くわよみんな!」
「手慣れすぎてやいないッスかねぇ?!」
夢さんが忍者刀“嵐雲”を手に駆ける。
手札を見せないための作戦だろう、手甲“黒風”をただの防具のように振る舞い、刀だけでの戦闘を心がけるスタイル。
それに追従するように、静音さんは歌に限定、鈴理さんは異能を封印、といったところだろうか。よし、なら私も本来のスタイルとはかけ離れた方法で戦おうか。
「怖くない、怖くない、怖くない怖くない怖くない――【速攻術式】」
自己暗示でもなんでもいい。
ふん、なによあんなもの、どうせ作り物に決まっている。それを証明してやればいい。そうすれば――あれでも、それで本当にお化けだったらどうしよう?
「きょ、強化します! 象の声【♪ ―ッ―♪】」
「柾刑事、筋力強化です、感覚の変化にだけ気をつけて下さい! 【展開】!」
忍者刀、嵐雲に魔力刃が付与される。
切断強化と、静音さんの異能による肉体強化を併用して前衛で切り結ぶことを可能にしたのだろう。骨が振る骨の剣を避け、関節を切り、頭蓋を割る。夢さんかっこいい。
時折飛来する人魂やヘドロのようなものは、鈴理さんが平面結界で防いでくれるようだ。うん、これで安心して、解析できるね。ふふふふふふふふふ。
「【窮理展開陣・展開】」
周辺に向かって魔力探知を展開。
なんでもかんでも分析して、データを見ていく。幽霊のデータってなんなんだ。生前の記録とか出てきたらどうしたらいいのよ。もうやだこわいとか、とか、とか。
全部が全部、生徒たちの無事には代えられない、から!
「……――…………――んんんん? “共存型”?」
えっと。
あはは。
これは。
つまり。
わざわざお化けの振りをして。
怖がらせて悦に入る変態のせいで。
わざわざ醜態をさらす羽目になった、と?
「ふぅん、そう」
周辺状態の確認。
術者の位置を測定――確認。
さきほどの入り口の下かな。出入り口が一つしか無いような場所だから、私たちをここから遠ざけるついでに片付けてしまおうとかそういうことかな。
なるほど、なるほどね。
「【速攻術式・錬成展開陣・魔銀杖・展開】」
地面に魔導陣が展開。
元異界の潤沢な妖力が秘められた大地と魔力を糧に、ミスリルの、私の首元程度の高さの棒を錬成。軽く魔力を通すと青白く輝いた。うん、似非お化け相手にはこれで充分。
「鈴理さん、相手はどうやら共存型の異能です。人が操っていることを考慮して、気をつけて下さいね」
「はい、師匠! 復活した……んです、ね?」
「どうしたの? 鈴理さん」
「え、ええっと、目が笑っていないなぁー、なんて、あはは」
「あはは、そんなことないよ。やだなぁ、あはは、うふふふふふ」
魔力を足の裏に集中。
爆発力を利用した移動術で、一番後ろに陣取って人魂を投げていた幽霊擬きの後ろに回り込むと、腰の捻りを利用した突きを一撃。それだけで幽霊擬きは、霧を散らすように掻き消えた。
次いで気がついた骨に対して、左の軸足で回転。真横にいたソレの頭蓋に、横合いから振った杖を打ち当てると、頸椎まで粉々に砕けて崩れ去る。
三方から剣を突き出すのは、落ち武者擬き。錆び付いた剣を屈んで避けると、身体を回転させながら杖を回して足を砕く。そのまま大きく引いた杖で正面の落ち武者の頭をかち割ると、振り上げてもう一体、振り下ろして三体目。小気味よく鳴らした三発の撃音が、落ち武者擬きを砂に代える。
「うっわぁ、犯人、死んだわね。あんな未知先生初めて見るわ」
「夢も、あ、あんまりお化けネタで未知先生を、い、弄らない方が良いよ? あ、頭を割られちゃう」
「いや、静音ちゃん、流石に割られはしないと思うよ? もし割っても、きっと半分くらいだよ」
「今時の特専ってバイオレンスなんスね……」
やだなぁ、割ったりはしないよ?
そんな思いを込めて四人を見ると、四人揃って壊れた人形みたいにガクガクと頷いてくれた。うんうん、でもそんなに強く頷かなくても伝わるよ?
「さて、あらかた片付きましたが、柾刑事、どうしますか?」
「ひぃっス……ごほんっ。そうッスね、実のところ、まだ連絡は取れていないンスよね。本来なら自分一人でこの先の探索をするんスけど、みなさんの実力ならこの先を進むことも不可能では無いと思うッス。ぶっちゃけ、自分よりもよほど恐ろ――げふん、頼もしいっていうか」
「つまり?」
「もし可能であれば、この先の捜査に協力して欲しいッス」
見回すと、みんな、力強く頷いている。
市民のため、正義のため、力を賭して戦うこと。その重要さと、誇りに共感を得ているのだろう。
「みんな、良いかしら?」
「任せてください、師匠っ」
「わ、私も、良いことのために力を振るいたい、です」
「ここで逃げたら“碓氷”の名が泣きますよ、未知先生」
なら、私は踏み出そうとする彼女たちの一歩を、応援しよう。
相手は犯罪者。油断は出来ない。けれど、なにがあっても私が守る。ぜったいに、彼女たちが悲しみを背負って終えるようなことにはしない。
「では、改めて、協力をさせていただきます、柾刑事」
「っありがとうッス! よろしくッスよ!」
固く、柾刑事と握手を交わす。
そして私たちは、柾刑事が異能で開けた穴へと、足を進めるのであった。




