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そのさん

――3――




 ――東京都・杉並区。



 東京都杉並区には“かつて”大きな緑地公園があった。

 けれど大戦の最中、悪魔が暴走し異界が発生。取り込まれた住人を助けるために私とクロックが手を取り合い、異界を崩壊させる。すると異界内部から空間の歪みが発生し、異界の内容物が現界に溶け込む、という異常事態が発生。

 結果、現在の杉並区には、広範囲に及ぶ“異界遺跡”が聳えていた。


「でも師匠……これ、遺跡というか」

「は、廃城にしか、み、見えないです」


 東京都在住ならばなんとなく観光で足を運ぶような場所だが、そうでないのなら“危険”というイメージが先立って近寄ろうとしないケースが多い。

 神奈川に実家のある鈴理さんと、幼少期に家から出して貰えなかったという静音さんが実物を知らないのも無理は無い。夢さんは平然としているようだけれど。


「怪しいといえば、ここ以上に怪しいところはそうないッス」


 柾刑事は得意げに、そう告げた。

 まぁ犯人の傾向を見るに、ジュエリーショップの類いが襲われるケースも無くは無いとは思うのだけれど……五芒星のラインで繋ぐと、確かにこの杉並異界遺跡の中心部が結ばれるからなぁ。

 正路さんはそこまで見て、判断したのだろう。その見解を柾刑事も聞いていた、といったところかな。


「いやぁ、いつ見てもお化け屋敷だわ、これ」


 薄くかかった霧。

 枯れた木と付き立つ墓標。

 足下にはミリ単位で薄く張られた水。

 景色の向こうに、いくつも建つ廃城。


「み、未知先生? どうかしたんですか?」

「ぴっ……んんっ。なんでもないわ」


 お化けが出そうな雰囲気、だなんてそんなまたまた。

 うん……そりゃあもちろん、お化けなんて怖くないよ? 当時、お化け屋敷のような異界だったから最初から最後までクロックにしがみついていた――なんて、そんな事実はまったくないよ?

 あれはほら、クロックが怖がっていたからほんのちょっとだけ近くに居てあげたけれど、ね!


(ぴって言った……)

(ぴって、い、言ったよね……)

(ぴってなんスかね……?)

(ピッと録音、完了っと)


 あれ? なんだろう? 視線が集まってる?

 振り向くと、何故か全員明後日の方向を見ていた。なんだろう。何か居るわけじゃ無いよね?


「師匠、怖いから手を繋いで下さい」

「ええ。良いわよ、はい」

「えへへー、ありがとうございます」


 鈴理さんとぎゅっと手を繋いで歩く。

 見ると、夢さんも静音さんも柾刑事も、微笑ましそうに私たちを眺めていた。うんうん、そうだよね、鈴理さんの様子“は”微笑ましいモノね。


(す、鈴理って怖い映画とか、へ、平気だよね)

(引くほど怖い和ホラーも平然と見ているけれど……ま、野暮ね)

(う、うん、確かに)


 いやー、鈴理さんの手は温かいなぁ。












 杉並異界遺跡は、崩壊後の異界である以上、生きた異界では無い。

 そのため、異界の防衛機構であり血液の循環でもある魔物の出現は無く、崩落などにさえ気をつければ普通の廃墟だ。だからこそ一般公開されていて、深部で無ければ立ち入ることも自由だ。

 深部になると、大きな穴やトラップ付きの城など、地形という意味での危険性があるからね。


「この異界は、一定のルートを辿ると目的地に到着できるタイプのものだったッス。その名残で、定められたルートにはトラップが置いてないんスよ」

「ま、柾刑事はそのルートを、お、覚えているんですか?」

「ふっふっふっ――自分は道に迷わないッス」

「?」


 なるほど。

 秘伝の一族、まさきの異能は“開闢かいびゃく”という。これは、道、残滓、記録、心、あらゆるものを“切り拓く”ことができる異能だ。その性質上、彼らの一族は決して道に迷わず、目的地にたどり着くという。

 秘伝の一族にはみんな、似たような感覚はあるようだ。例えば仙じいの“ひさぎ”の秘伝は“薬仙”。あらゆる薬を調薬する異能だが、副次効果として、初見の野草でもだいたい何に使えるのか察せられるという。同じように、正路さんのくすのきの秘伝、“再臨”は手に持ったモノを複製する異能だからか、複写したり手に持ったモノの重量を捉えたりすることが得意。他にもひいらぎの秘伝、“無限”は各々で生まれつき何か一つの種類を無限に生成できる、という異能だからか、特性にあったものならば質・構造・製造方法がなんとなくわかるのだとか。

 さりげなく“特課権限”に割り込む形で防音の魔力操作を施しながら三人にそう聞かせると、傍で聞いていた柾刑事が顔を引きつらせた。


「く、詳しいッスね。柊まで知ってるんスか?」

「現当主の楓さんは、他校とは言え教師ですからね。面識もあります」

「おお、当代最強のッスね。超強力な“無限銃器”を授かった弟さんよりも強い、“無限文房具”の」


 そうそう、霊力で生成されたボールペンを投げて鋼板を貫く……って、今は良いか。


「あ、未知先生未知先生、なんかあの城の壁面、顔みたいに見え――」

「ません」

「――え、でも」

「ません」


 夢さんが見間違いとは珍しい。

 見間違いだとわかっているので見ませんよ? ええ。


「うーん、確かに顔に見えるッス。ちょっと自分、切開して見るッスね」

「――鈴理さん、怖くは無いかしら? 抱きついても良いのよ?」

「はい、なら、失礼しますねっ」

「よし、私も」

「ゆ、夢はここでお留守番、だよ。疚しいから」

「うぐっ」


 ぎゅーぎゅーと鈴理さんを抱きしめながら、ことの成り行きを見守る。

 わわわわたしはせんせいだからちゃんとみんなをまもれるように――んんっ。

 不測の事態にはきちんと対処できるように、動きはよく見ておかないとならないからね。いざとなったら“瑠璃の花冠”でぶん殴るから。一発成仏も夢では無いわ。お化けなんていないけれどね!


「“開闢かいびゃく”――我が手は開拓の祖なり、ッス」


 外壁に手を当て、柾刑事はゆっくりとその空間を切り拓く。

 なにやらなんだかぜんぜんわからない染みを開いていくと――道が、現れた。


「むむむ、隠し通路ッスね」

「……潜入しますか? 柾刑事」


 鈴理さんがそう、問いかける。

 その瞳は真剣そのものだ。自分の持つ手札と、みんなが持つ手札と、それから“強行”せねばならない状況になった時に、最悪、全員で逃げる決意。

 自分一人で背負おうとしなくなったのはとても良い傾向だけれど、今日は、いつもの“自分たちがやらなければならない状況”とは違う。

 そう、鈴理さんの頭を優しく撫でて、微笑みで彼女の成長を讃えた。


「いえ、笠宮さん。みんなも覚えておいて欲しいんスけど、こういった場合は共有第一ッス。例えばこの先に何かがあって自分が帰ってこられなかったら、それだけで事件は迷宮入りしてしまう可能性もあるッスからね」


 柾刑事が、さきほどまでのどこかふわふわとした雰囲気を一変、真剣な顔つきで本部へ連絡を取る。

 現場保存、応援の要請、調査状況。伝え終わると、柾刑事はデジタルカメラで現場を撮影。タブレットをスーツケースから取り出して、状況記録をし、どんな風に記録をするのか見せてくれる。


「これって、閉じちゃったりしないんですか? 師匠」

「ええ。開闢の力は切り拓くこと、開いたモノを保存すること、開かれているモノを閉じること、の、三つの力が備わっているの。……そうですよね、柾刑事」

「そうッスけど、なんでそんなマイナーなことまで知ってるンスか?! 他の秘伝の一族の詳細も知っているとかないッスよね?!」


 えーと、秘伝の一族、真伝十三家、退魔七大家、五至家、三家、七衛家、四季家は魔法少女時代に面識が……なんてことは言えるはずもなく、ただ苦笑しながら首を振る。

 そうすると、柾刑事は安心したのか、ふぅと息を吐いて額を拭った。いや、なんだか騙しているようで悪い気もするなぁ、なんて。


「……よし、あとはしばらく待つッスよ。刑事に大事なのは忍耐ッスからね!」


 柾刑事の言葉に頷く。

 ……でもなんだかその言葉は、少し受け売りのように感じた。大方、正路さんかな。昔から真面目な方だったし。


「……?」

「師匠?」

「いえ、なんでもないわ」


 ふと、視線を感じたような気がした。

 まさか、誰かに見られている、とか?

 うーん、警戒しておいて損はないかな。


 いざとなったら、“瑠璃の花冠”で叩き潰さないとならないし。





























――/――




 廃城の一角。

 影は、慎重に“コト”を運んでいた。


「場所は……」

『――』

「いや、しかし」

『――』


 耳元のインカムから聞こえる声。

 影にとって、これは仕事の一環でしか無い。クライアントが使えなくても、仕事である以上は遂行しなければならないことだ。


「ならばせめて」

『――』

「良いか、こちらは仕事以外はしない。アレらの排除は、こちらの仕事では無い」

『――』

「……いくらだ」

『――』

「良いだろう。ただし、前金だ。こちらにも準備が必要なんでな」

『――』

「ククッ、気前が良いじゃ無いか」


 影は頷き、通信を終える。

 すると影の背後が蠢き、質量を持った“何か”が、ゴドリと大きな音を立てて、生み出された。


「行け、“亡霊たちの宴(ゴースト・ガイスト)”」


 影の言葉で、数々の何かがスゥッと姿を消す。

 人間は根源的に“死”を恐怖する。“死”の象徴であるそれらを操るということは、他者を絶望させ、混乱させ、大きな隙を生み出すと言うことに相違ない。


「女子供に刑事が一人――フンッ、せいぜい恐怖に惑うが良い」


 そう、“そう”してきた影は気がつかない。

 ――まさかその選択が、“最大クラス”の地雷であるということなど。





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