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えぴろーぐ

――エピローグ――




 ――回転寿司型個室居酒屋“りつ”。



 ウィスキー、チューハイ、サワー、カクテル。

 あまり強くは無いけれど、お酒というものそのものは、けっこう好きだ。中でも日本酒やウィスキーをちびちびと味わうのが好きなのだが、今日の気分はビールだった。

 まさかこの年で二度もスク水を着ることになろうとは。そんな世界の理不尽に対して、私はジョッキをぐぃーっと傾ける。


「未知、ペースを飛ばしすぎよ」

「いーの! 時子姉、これはお祝いよ。鈴理さんにまつわる変質者関連のことが、やっと収束したお祝い!」

「やけ酒も混じっているわね。ほら、ビールはこっちに切り替えなさい。最近のは、ノンアルコールも美味しいわよ」


 抵抗の間もなく入れ替わるビール。

 炭酸の強みと苦みが、喉を通って胃に響く。む、確かに美味しい。


「くっくっくっ……良い飲みっぷりじゃ無いか」


 そう、私の正面で笑みを噛み殺すのは、綺麗な黒髪の女性だ。

 トレンチコートに探偵帽。二つ結びの髪は肩口から前に垂らし、口元には煙管を咥えている。見た目は可憐な女子大生といった風貌なのに、漂う雰囲気は老獪そのもの。

 今回私が影ながらとてもお世話になった方。暦探偵事務所の所長、こよみ黄泉よみさんだ。


「いざ潰れたら私が持って帰って、夢の隣に転がしてあげるわ。だから、安心して呑みなさいな」


 そう、暦所長の隣で不敵に微笑むのは、豊かな髪の美貌の女性。

 他ならぬ夢さんのお母様、碓氷乙女さんは、魅力的な仕草で琥珀色のロックグラスを傾ける。


「ダメよ、乙女。未知が潰れたら持ち帰るのは私よ。今回は、なにも出来なかったことだしね」


 右隣が時子姉なら、左隣はこの人だ。

 なにかと甲斐甲斐しく世話をしてくれる友人。イルレアは、今回、国連に呼び出されて参加できなかった人物だ。国連でなんの用かと思えばまさかの雑務。金沢無伝の嫌がらせの一環で呼び出されただけだったのだという。

 雑務を終えて色々と仕込んできたというイルレアは、実に良い笑顔で戻ってきたのを覚えている。


「……うん、ほどほどにするわ。ええっと、ウーロン茶、と」


 壁に設置されたタッチパネルでウーロン茶を注文。

 そうすると、数分と待たずにレーンからウーロン茶が届いた。


「いやしかし、本当に片付いて良かったよ」


 そう零したのは、暦所長だ。

 暦所長と乙女さんは私の“正体”など知らないが、感づいていそうな怖さがある。けれどまぁ、知らないのか知らない振りか、どちらにせよ藪は突かないようにしよう。


「樟居直甫――アレは本当に、途中から“消息不明”でね」

「暦所長でも、そうだったのですか?」

「ああ。まるで痕跡を消滅させられたかのような有様だったよ。金沢無伝のスポンサーは、随分と有能だったようだ」


 そうなのか。あの暦所長でも戸惑うほどに、痕跡が消されていたのか。

 そうなると、ますますわからない。樟居直甫が罪を犯し、金沢無伝に回収され、鈴理さんと相対する。“できすぎた”ストーリーの裏には、なにが潜んでいるというのだろうか。

 一瞬一瞬を切り取ると小さな偶然と言い切れるのだが、全体像を見ると空恐ろしいモノがある。まるで、そう、誰かの“ご都合主義”に巻き込まれているかのような不快感。


「いやはや、流石の私も自信をなくしてしまうよ」

「あら、自信の塊のような黄泉が珍しい」

「乙女、君にだけは言われたくないのだがね?」

「そういえば黄泉。私の依頼は?」

「時子、君も今、その話題を出すのは意地が悪いよ。……ああそうさ、手がかり無し、だ」


 そう、肩をすくめる暦所長に、イルレアと並んで首を傾げる。


「時子姉」

「依頼、というのは?」


 私と、ついでイルレアが首を傾げると時子姉は苦笑して肩をすくめた。

 どうやら隠す気は無いようで、ため息を吐きながらも教えてくれる。


「所在を探して貰っているのよ」

「時子姉、誰の所在を?」

「居るでしょう? 全然姿を現さないのが」

「ぁ……時子姉、それってまさか」

「あはは、そんな嫌そうな顔をしないの。気持ちはわかるけれど」


 この流れで、この扱い。そんなのもう、一人しか居ないじゃ無いか。

 未だ解らず首を傾げるイルレアに気がついて、時子姉と目配せをする。うん、まぁこのメンバーなら良いだろう。


「未知?」

「ええっと、“幻理の騎士”といえばわかるかな?」

「それって、英雄の?」

「そう――“クロック・シュバリエ・ド・アズマ”。現代を生きる騎士称号持ちの英雄」


 実際、彼の素性は仲間であった私ですらよく知らない。

 名乗る時も“クロック・ド・アズマ”であったり“クロック・S・アズマ”であったり“クロック・シュバリエ”であったりと適当で、もう良いから共通で“クロック”とだけ呼んでいた有様だ。

 また、騎士と言えば清廉潔白なイメージだが、アレは服装から色々と違っていた。黒いインナーとポケットの多いパンツやジーンズを好み、その上から鈍色の腕甲と脚甲を装備。おまけに背中には、百九十ある身長ほどの大剣を担いでいるという、なんともラフかつアンバランスな服装だった。

 顔立ちは、獅堂とは真逆の方向に整っている。獅堂がワイルド系ならこちらはクール系。表情筋は動かず、女性人気は高いがショタロリコンというアンバランス。鈴理さんが危ない? いいや、アレは鈴理さん“ですら”対象外だ。ひどい話である。


「時子姉、手がかりも無いの?」

「実のところ、碓氷の手も借りているのよ。でも……」

「そう。うちでもお手上げよ」


 まぁ、仕方なくもある。

 クロックという男は、自分が姿を現そうと思わない限り、“隣を歩いていても”気がつかない。そういう“異能”の持ち主だ。私が魔法少女の魔法で本気で探せば見つけられるとは思うけれど、この辺けっこうシビアで、私欲扱いされてしまい魔法少女の魔法を使用できなかった。

 魔法少女の魔法は、私利私欲のために使ってはならない。現状、私をもっとも苦しめている“掟”だ。逆らえるはずが無い。


「ということは、あとは――」

「乙女さん?」

「――天に還った魔法少女の帰還を待つしか無いか」

「ぐふっ、げほっ、ごほっ」


 乙女さんの言葉に思わずむせる。

 気管にっ、気管にウーロン茶がっ?!


「み、未知、大丈夫? ほら、落ち着いて」


 イルレアに背中をさすって貰って、なんとか持ち直す。

 うぅ、こんな迂闊な行動に出てしまうなんて。幸い、魔法少女は“どんな異能者にも”見抜かれない異能だ。怪しまれても、実物を見せない限り、まずバレない。

 でも、こう、私の心の健康のためにも迂闊なことは言わないようにしよう。


「あまり後ろ向きに考えても仕方在るまい。金沢無伝の調書が終われば、黒幕も出てくるのだろう?」


 暦所長の言葉に、頷く。

 捜査権限をICPOに委任することになり、現在は国連関連施設で拘束している。明日、明朝にICPOに引き渡されたら、そこから特殊思考操作として七が全て暴く予定になっていた。

 そうすれば、スポンサーも虚堂静間博士のことも、全てわかることだろう。


――PiPiPiPi

「ん? ごめんなさい、私ね、少し席を外すわ――はい、黄地です」


 ふと鳴った電話。

 PHSを片手に席を立つ時子姉。

 私たちはなんとなく、それを見送って。



『――』

「ええ。……は?」

『――』

「そう……いえ、ごめんなさい。現場は?」

『――』

「わかったわ。碓氷? いえ、大丈夫。今席を共にしているから、私から伝えます」



 聞こえてきた会話に、乙女さんと目を合わせて首を傾げる。



『――』

「そうね。特課にも要請を」

『――』

「ご苦労様。私もこれから向かいます」

『――』

「ええ、ありがとう」



 これから向かう?

 緊急の仕事?


 なんだろう。胸騒ぎが、止まらない。


 時子姉は電話を切ると、酔いを醒ますように頭を振る。

 それから意を決したように、私の正面の席に戻った。


「どうせ直ぐに回ることです――心して聞いて頂戴」


 居住まいを正す時子姉。

 私たちはそんな時子姉に準えて、姿勢を正した。




「単刀直入に言います――金沢無伝が、消されたわ」

「え――?」




 見開く目。

 いやに響く声。

 私たちの気がつかないところで、ゆっくりと何かの歯車が回り始めた。






































――/――




 ――国連・横浜特異能力研究所。



 暗い箱のような部屋。

 ここは本来は危険異能者や魔力暴走者を拘束、保護、“保存”などをしておくための部屋だ。最低限の酸素と気が狂わない程度の灯りしか無いこの部屋は、外からの侵入も内部からの脱出もできないようになっている。

 この部屋で、吹き飛ばされて砂浜に突き刺さっていたところを回収された金沢無伝は、目を覚まして直ぐに、憎しみのうなり声を上げていた。


「英雄め、英雄め、英雄めッッッ」


 無茶な天使化が、良くも悪くも後遺症を残している。

 無伝の焼き切られた両足は、カエルの足のようなモノで再生されていた。それは急速な天使化が足を再生し尾鰭にし、けれど魔法によって天使化が解かれたために歪に再生されたものだ。

 これで“もし”己の天使化を解いたモノを覚えていれば良かったのだが……。


「何故思い出せないッ?! クソッ、クソッ、クソォォッ!!」


 頭を掻いてうなり声を上げる無伝。

 何故か、記憶のほとんどは吹き飛ばされて、巨大な瑠璃色のナニかに吹き飛ばされた記憶しか無い。このままでは、見捨てられる。無伝は怯えから、ガチガチと震えながら指を噛んだ。

 ……もう、己に一切の選択肢など無いことに、気がつきもせず。



――りぃん。



 ふと、響いた音に無伝は顔を上げた。

 それから直ぐに気がつく。通常の方法ではこの“箱”は開けられず、開かなければ外部からの音など聞こえてくるはずがない。



――りぃん、りぃん、りぃん。



 音。

 清らかな音だ。

 鈴の音のような、せせらぎに揺れる水面のような音だ。


「まさか、まさか!」


 今この場で、音がする。

 たったそれだけのことで無伝は表情を明るくし、縋るように首を振って音の位置を探して、笑い、そして。



――りぃぃん。



 ひときわ、大きな音が響いた。

 するとどうだろう。微かな灯りしか無かった部屋に、光が満ちる。神々しい光だ。全てを浄化するように荘厳で、慈しむように温かな光だ。


「おお、おお、おお――我が主の代理人よ」


 光の向こうから、水晶の階段が見える。

 ゆっくりと、厳かに歩み寄る“四対八枚”の大きな翼。


「――よく、我らのために頑張ってくださいましたね」

「おお、おおぉぉ、もったいなきお言葉にございます」


 響く声は美しく、それだけで無伝の脳を幸福に導く。

 涙を流しながら項垂れて、無伝は己が幸福の絶頂にいることを自覚した。それほどまでに、前に立つだけで幸福に導かれるような“なにか”がある、存在だった。


「あなたには褒賞を与えねばなりません」

「おお、ワシなどにまで!」

「ええ、もちろんです。ですから、そう、あなたも知れ渡ってしまった現状では、さぞ生きにくいことでしょう」

「は、はい。口惜しながら」

「ですから――あなたには、新しい“生”を差し上げましょう」

「なんと! う、生まれ変わりの奇跡を?」


 転生。

 それは“再び生を与えられる”という奇跡。

 そんな力が存在するかしないかなど、無伝は知らない。けれど目の前の相手がそう言うのであれば、例えそれが烏を白いというようなことであったとしても、真実なのだ。

 無伝は感涙しながら、奇跡を賜る瞬間を待つ。すると、翳された手からじわじわと熱を帯び、やがて無伝自身を包み込むようにして熱が広がっていく。

 身体が作り替えられ、ゆっくりと変化していく快楽。その全てに身を任せているうちに――無伝は、胎児にでもなったかのような幸福感に耐えきれず、意識を落とした。




「あなたに相応しい“生”で、せいぜい生き存えると良いでしょう。可能で、あれば」




 故に。

 最後に呟かれた言葉など、聞き取れるはずも無く――。





















 無伝が次に目が覚めた時、ひどく空腹感に襲われていた。

 起き上がり、あまり自由の利かない身体を不思議に思う。けれど体調を尋ねられると快調を即答できる程度には、爽快感に満ちていた。


(おお、これが転生か)


 こんなにも健康ならば、英雄たちへの復讐も可能かも知れない。だが、なによりはまず基盤作りだ。そう踏み出して直ぐに、違和感に気がつく。身体の動かし方がイマイチ理解できていないような、不可思議な感覚だ。

 快調であるはずなのに。歪であった足も、機敏に動くのに、と、無伝は困惑する。


(なんだ? ワシになにが起こっている?)


 ずり、ずり、と腹を引き摺るように動く。

 そして漸く大きな湖を見つけて、無伝は空腹を思い出した。


(まずは空腹だ。水でも良い。腹に入れなければ頭も働かない)


 水辺に行き、なんとかのぞき込み、水中の光景に目を剥く。


(うぐ、なんて巨大なカエルだ。ま、まさか、異邦人(トリッパー)東雲拓斗の赴くような異世界に来てしまったのか?)


 警戒する無伝だが、水中の巨大なカエルは動こうとしない。

 それどころか、無伝をじっと睨み付けるだけで、目を逸らしもしなかった。

 そして――水中のカエルに、巨大な“手”が伸びた。


(きょ、巨人だと?! 水棲生物、なのか? ……ぎゅむッ?!)


 手がカエルを掴むと“同時”に、強い圧迫感を覚える無伝。

 何かが己の身体を掴み、持ち上げていることに相違ない。そう気がついた時、水中のカエル同様己にも危機が迫っていたことに気がつき、無伝は快調であるはずの己の危機感のなさに恥じ入る。


「やった! 捕まえた!」

(ぐぅ、まさか、巨人の子供か?!)


 目を剥き見れば、己を捕まえる幼い手。

 手の主は、八重歯が目立つ幼い少女のように見えた。少女は、なんの躊躇いもなく無伝をケースに放り込むと、大事そうに抱えて鼻歌を歌う。


(チィッ、耳障りな! だがこの身は既に転生を終えている。なに、直ぐに逃げ出して――)


 逃げ出して、やればいい。

 そう繋ごうとした無伝の思考が、急激に醒める。

 透明なプラスチックケースだろう。そこに映る自身の顔は――見まごうこと無く、“カエル”のものだ。真っ黒な肌の、醜いウシガエル。


(う、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! こんな、こんなことがあって良いものか!)


 そうしてやっと、無伝は気がつく。

 己の生死を握る、気まぐれで餌を与えないだけで死んでしまう、無残な生物になった己の飼い主。それが、自身が馬鹿にし続けて、離婚協定に持ち込まれ、無伝が出席しないだけで己の財産の全てをむしり取られることが確定している――己の、妻子であることに。


(い、いやだ、嫌だ、嫌だ、嫌だ! こんな惨めな、こんな、こんなァァァァァァッ!!)


 叫びは届かない。

 犯した罪の数だけ屈辱を味合わせるように、それが父と知らない少女は子供ながらの無邪気さで、プラスチックケースを振り回す。


(痛い痛い痛いッ、だ、誰か、誰か助け――ぎッ、アアアアッ?!)


 身体をぶつけ、悲鳴を上げ、抵抗できない恐怖と絶望。

 それが己が周囲に与え続けてきたモノであると、無伝は気がつけない。

 もっとも、気がついたところで――どうにもならない絶望感だけが、待っているのだが。








 無伝を入れたケースが、ゆらゆらと揺れる。

 一人の男の絶望と恐怖を、乗せて――。






















――To Be Continued――

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