えぴろーぐ
――エピローグ――
「ん……ぁ、れ?」
瞼の裏に差し込む光で、目が覚めた。
日光の光じゃないな。蛍光灯?
「おはよう」
声。
耳に触れる音。
優しい音色に、身を委ねたくなる。
そういや“妹”も、こんな、あたたかい声だったなぁ。
「おは、よう……?」
「気分はどう?」
「きぶん、気分……ぁ」
はっきりと目を開く。
最初に映り込んだのは、蛍光灯の逆光に照らされた七の、微笑む顔。
「はい、眼鏡」
「あ、ありがとう」
魔法少女との類似点を少しでも隠すためにかけ始めただて眼鏡は、今やつけないと違和感がある。手渡された眼鏡をかけると、やっと一息付けた気がした。
「そう、だ」
そうだ。
寝ぼけてた。
「七、ごめんなさい。心配かけたわね」
「こんなときは、別の言葉が嬉しい、かな」
「……そうね、ありがとう、七」
頬に添う手は冷たい。
こんなに、心は暖かいのに。
「戻ってくると、信じていたよ」
「違うよ。七が信じていてくれたから、戻れたんだよ」
正直に白状しよう。幸福な、夢だった。誰も何も言ってくれず、誰も導いてくれなかったら、私はきっと今もあそこにいるのではないかという、恐怖に襲われる。
恐怖に立ち向かうことは、勇気を以て立ち上がれば何度だってできることだ。だけれど、幸福に抗うことは、他の何よりも難しい。いっそ、逃げ出したくなるほどに。
「みんなは、無事?」
「えーと、ね?」
私の問いに、七は指を差す。
保健室のベッドは全部で三つ。一番手前が私で、どうやら一番奥に三人、寄り添うように寝ていたそうだ。
で、その現在が――
「う、うぅ、鈴理もリュシーも観司先生も自分の夢と戦っていたのに、私だけこんな、こんな、うぅ」
「だ、大丈夫だよ、夢ちゃん、わたしもすっごく楽しい夢だったよ?」
「そうだぞ、ユメ! すごく、すごく……あたたかい、夢だった」
「そんな――そんな、純真な目で私を見ないでっ。私は所詮、変態百合女なのよ、うぁああああああ」
「ななな、泣かないで、わたし、夢ちゃんのこと大好きだよ? ……ところで、ゆりってなに?」
「そそそ、そうだよユメ! 涙を拭って。私も、ユメのことは好ましい。……それで、ユリ、とは?」
「うああああああああああ、きーかーなーいーでーっっっ!!」
――と、なるほど。
「フォローは任せたよ? 観司先生」
「……ええ、任せて。そう“約束”したからね」
かしましい三人組は、私に気がつくとほっと息をつく。
その様子を、七は微笑んでみていてくれている。
さて、夢の続きを始めよう。
幼い頃に見て、夢半ばで倒れ、もう一度見た私の夢の続きをしよう。
あの頃の私に、幸せだよって伝えてあげるために――。
――/――
――長野県・山奥
月光に照らされた木々の間に、一人の老人が佇んでいた。
老人は白く長い髪と白い髭を蓄え、筋骨隆々とした体つきを惜しむことなく森に晒している。
「こんなところにいたのか。探したぜ、ジジイ。こんな辺境で寿命削ってんのかオイ」
老人に声をかけるのは、顔の整った美丈夫。
英雄に名を連ねし、紅蓮の焔の使い手、九條獅堂。
そして、この老人こそが――
「ほっほっほっ、なぁに修練の一環に過ぎぬよ。この程度で衰える身体ではない」
「チッ、筋肉ジジイが。――未知を心配させるんじゃねぇよ」
「相変わらずべた惚れじゃのう」
鍛え上げられた肉体は、年齢の衰えを感じさせない。
手に持つ杯に満ちる液体は酒にあらず、薬湯として不可思議な輝きを持つ。
「招集だ。ちょっと“俺ら”んとこにツラ貸して貰うぜ? 仙衛門殿」
「相も変わらず言葉遊びが好きよのう。まぁ良かろう」
老人は薬湯を飲み干すと、杯を投げる。
すると投げた杯は水平に飛び、大木を一つ真っ二つにへし折った。
「ひゅー、流石だな」
「儂の仙法、衰えはせんよ。だがしかし、実戦勘を取り戻すのに相応しい舞台であるのも、また事実。故に――この、楸の老人、その言に応じよう」
――かつて数えられた七人の英雄、その一人。
――秘術と呼ばれる特性を持つ、“仙法師”の名を持つ強者。
――その名を、楸仙衛門。
「これでかつての英雄も、四人だ。期待してるぜ、ジジイ」
「対外的には三人じゃろう? 不憫な娘がおるからのう」
「……言ってやるなよ? アンタのこと、実の祖父みたいに思ってんだから、あいつ。泣くぞ?」
「泣けば慰めてやれ。七に先を越されるぞ?」
「それを言うなら責任とってくれ。あんたを探すのに時間くったんだ」
英雄の集結。
変動する未来。
今ここに、一つの時代が動こうとしていた。
――To Be Continued――
2016/12/09
誤字修正しました。




