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そのじゅうご


――15――




 ――授業参観二日目・深夜・護送車。



 檻が埋め込まれたような重厚な特殊能力対策の檻の中、金沢無伝は目を覚ます。

 起き上がる度に痛む身体の節々。痛む頭と曲がった鼻。どこかで打ち付けたのか、足首もひどく痛む。まるで、“後遺症は残らないけれど痛みだけは残る”治療でも受けたかのように、身体の動きは不自然だった。


「ぐ、ぅゥ、許さんぞ、小娘が……ッ!!」


 痛みが怒りを呼び起こす。

 苛立ちながら壁を叩き、返ってきた痛みに震えて崩れ落ちると、無伝はその自業自得の痛みすらも怒りに変えた。


「ひ、ひひ、次はこうは済まさない。嬲って犯して陵辱の限りを尽くしてくれようぞ。い、ひひひひ、ははははは」


 狂ったように笑いながら、無伝は蹲る。

 痛みと怒りに打ち震え――て、いるように“見せかける”手法。金沢無伝という小物は、小賢しい手段には事欠かないのだろう。その体勢は、自身の身体の前面を、完全に“監視カメラ”から隠すものだった。

 異能の規制はされていることだろう。身体検査も終えているはずだ。それでも、どうやっても“穴”は生まれる。そう、無伝は“奥歯に仕込んであった”通信装置を取り出した。


(霊力は扱えなくとも、機械なら? ククッ、やはり使えるッ!)


 複合通信装置。

 ホログラムによる機械操作で、周辺の探知が整うと、無伝は出てきた結果にほくそ笑む。

 現在は東京湾の沿岸部。これから船で護送されるのだろう。


(英雄の姿は無い。事件の記憶は読み取られていることだろうが、どのみち逃げるより他は無いのだ)


 犯罪者であることが確定し、牢屋の中で臭い飯を食う。

 無伝には罪を償おうなどという意識は当然のように無く、ただ、贅沢を己の権利として貪ろうとしていた。


(「おい、おい、聞こえているか? 脱出を手伝え。良いな?」)


 通信装置が、淡く青に点灯する。

 それは事前に決めていた、OKの合図に相違ない。確認して、無伝は醜く笑った。


 そして。


「ぐぉっ」


 爆発音。

 天地が逆さになり、転がる無伝。身体の節々を打ち付けながらも、脱出の喜びにただ笑う。


「これで自由だ。ぐふふふふふッ」


 開け放たれた扉から、無伝は転がるように降りる。

 そこに待機をしていたのは、数体のクレマラだ。彼らに身を寄せると、彼らは無伝の身体を掴んだ。

 だからこそ、気がつかない。不自然なほどに周囲に車は無く、運転席からもなにも聞こえない。まるで“そのために整えられた場”であるかのように。





――「まさか自分から証拠を増やしてくれるとは、随分と捜査に協力的だな?」




 男の声。

 どこからともなく聞こえてきた声に、無伝はわかりやすく狼狽する。


「誰だッ?!」


 周囲を見回し、直ぐに、クレマラが上空を見ていることに気がついて顔を上げる。

 星の見えない夜空。雲が掛かった朧月。紅蓮の翼を大きく広げて無伝を見下ろす、赤い双眸。


「周辺領域の封鎖は完了。街にも被害の無いように、時子が玄武で待機。良かったな? 思う存分、最後の悪足掻きが出来るぜ?」


 英雄、“紅蓮公プロミネンス・イーター”――九條獅堂はそう、口角を上げて死刑宣告にも似た言葉を告げた。


「ひ、ひぃぃ、や、やれ、おまえたち!」

『イゼンニタイショズミノエイユウダ、テキデハナイ』


 そう、クレマラは疑似韋駄天を発動。

 瞬く間に獅堂の背後に出現し、足を振り抜く。人間の反射速度では、どう足掻いても避けられない速度。クレマラの強烈な蹴撃は、逃すこと無く獅堂の頭を捉えて――蹴り抜いた。


『ナニ?!』


 貫き、首から上がバラバラなる。

 だがソレは全て炎の鱗粉。己自身を炎に変化させる、究極の一。


「おいおい、思う存分暴れられるって言っただろ?」


 片手はポケットに入れたまま、もう片方の手を空に掲げる。すると、獅堂の腕が炎となって“解けて”、再構築される。空を覆う――巨大な、炎の腕へと。

 どんなに速くても、どんなに強くても。逃れられるサイズではない。悟ったクレマラは合理的に“鋼腕”を選択。巨大化した両腕で、自身の体を護る。


「喰らい尽くせ、“紅煉咬プロミネンス・イーター”!!」

『ボウギョケッカイハツドウ、シュゴゼッカイテンカイ、ボウギョ――』


 振り下ろした手を、クレマラを包み込むように握り込む。

 たったそれだけでクレマラは言葉を発することすら出来なくなり、目を剥く無伝が火の粉に怯えて瞬きをすると、その間に、クレマラは影も形も残さず消滅していた。


「素早い相手には、面攻撃。俺もな、けっこう気にしてるんだぜ? 侮られちゃいないかってな」

「ひぃぃぃッ」


 怯え、後ずさる無伝。

 そんな無伝に、ゆっくりと近づく獅堂。獅堂は怯え惑う無伝を路傍の石でも見かけたかのような感情の乗らない瞳で一瞥すると、炎で構成された右腕を“剣”に変えた。


「殺すのはまずいがな、無伝――足の一本くらいなら、構わねぇだろ?」

「ひ、ひぃぃ、ひぃぃぃ」


 無伝は無様に這いつくばり、背中を見せて逃げようとして。


「じゃあな。次に目が覚めた時は、警察病院だろうがな」

「ひ、ひひ――ワシがただ背を向けただけだと思うたかッ!!」


 無伝の手に握られているのは、先ほど使った通信装置。

 その小さな機械は砕かれて、中から極小の天使薬がこぼれ落ちる。無伝はそれを背を向けた一瞬で取り込んだのだろう。天使薬の結晶は色を失い、ひび割れていた。


「最終手段だがこれでワシも天使に――ぎゃぁぁぁぁッ!?」

「ん? 悪ぃ、聞いてなかった。許せ」


 無伝の言葉を遮り、宣言通り無伝の足を灼き尽くす獅堂。片足では無く両足だが。

 彼にとっては、未知以外の全てはさほど価値がある物ではない。それでも仲間たちは別格だが、敵にかける慈悲も容赦も存在しない、という男だ。無伝の悪足掻きにも似た話などに、記憶容量を圧迫する気はないようですらあった。

 無伝は爆炎に飛ばされ、そのまま東京湾に落ちる。そうすると流石にまずいと思ったのだろう。獅堂は炎の翼を解除すると、海辺に近寄り助け上げようと近づいた。



『――……ォ』

「ん? なにが……?」



 海の底から。

 深淵の渦から。

 蠢き響く唸り声。




『オロロロロロロロロロロロッッッ!!』

「げっ、おいおいマジかよ」




 ざぱッと海から飛び出たそれは、変貌した無伝の姿。

 ぶってりとした全裸の身体。背中からは二対四枚の大きな翼。両腕は蟹のはさみに変化して、下半身は鋼のような鱗で満ちた魚の尾鰭。

 跳ね上がる魚のように海面に現れた無伝は、何故かそのまま着水。呆気にとられる獅堂を余所に、信じられないほどの速度で東京湾を南下する。


 有り体に言えば――天使薬で得た力で挑みもせずに、全力で逃げ出したのだ。


「って――はァッ!? やっべぇ、追いつけねぇな、コレ」


 獅堂は大きくため息を吐くと、片手で端末を操作する。

 本当なら、頼むつもりは無かったと、その重い息に混ぜながら。


「悪ぃ、未知。出番だ」


 ――上空に待機する最愛の人に、獅堂はただそう告げるのであった。








































――/――




 ――東京湾・上空。



 きっと、“こんな格好”でさえなければ、夜の雲海はさぞロマンチックだったことだろう。

 はぁ、と零す息は、何よりも重い。獅堂が捕まえてくれたら良いのだけれど……うーん、どうなることやら。


――PiPiPiPiPi

「はい」


 かかってきた通知。

 それが朗報だと信じて出る。


『悪ぃ、未知。出番だ』


 けれどやはり、そんな甘いことは許されないようだ。獅堂の無慈悲な言葉に、ため息を吐くことをぐっと我慢した。なにか、やむを得ない状況なのだろう。


「状況は?」

『ジュゴンみたいに変身して、ものすごい速度で東京湾を南下してる』

「じゅ、じゅごん? うん、わかった」


 通話を終了して、思わず唸る。

 えっと、ジュゴン? ジュゴンってあれだよね? 海をのんびり泳いでる……。

 もう、細かいことは考えないようにしよう。とにかく、金沢無伝は泳いで逃げ切ろうとしている。なら、私がやらなければならないことは、数瞬の記憶を消し飛ばしながら捕獲すること、かな。


「【トランス・ファクト・チェーンジ】ッ!!」


 既に変身して待機していた身。

 そこから更に変身を重ねて、変化するのは“海”に特化した“あの”姿。

 変身後の名乗り上げは、敵の前で行わされるのだろう。今、自動で発動はしなかった。


「いっくよーっ」


 雲を突き抜け、ソニックブームを巻き起こしながら着水。

 水中を弾丸のように進むと、直ぐに、それらしき後ろ姿が見えた。うーん、なるほど。いや、視覚の暴力という意味ではまっっったく人のことは言えないのだけれどね?

 “それ”を容易く抜き去って、私は止めるように前方で停止する。すると、ジュゴン擬き――無伝は、驚愕の表情で強制停止させられた。変身の名乗り上げは無視できないという、恐怖の魔法少女の掟だ。



「そこまでよ!」

『オロロ?! ひぇっ』



 ひぇっ、ってなによ!

 い、いや、気にしない。そう、気にしないったら気にしないんだから!






「少女の夢を壊すモノ」

――ぴーぷーと鳴るアヒルの足型サンダル。

「少女の愛を砕く悪」

――イルカさん型ガントレットをぐるりと回し。

「女の子に意地悪をする悪人は」

――膝丈二十七センチのシースルーパレオが揺れ。

「この、魔法少女ミラクル☆ラピが」

――揺れるツインテール。幼めのキューティクル。

「マリンフォームで、オシオキぷんぷんっ☆なんだからねっ!」

――食い込むピチピチスク水の胸元には、ひらがなで“らぴ”のゼッケンがあった。






 最初は、きょとんと目を丸くしていた無伝だったが、徐々にそれも変化していく。

 それは呆れでも怒りでもどん引きでも無く。



『ぐふふふ――無体な格好よの。ワシに抱かれにきおったか』

「……それだけは、ない」



 劣情。

 ナメクジが身体を這うような視線に、少女力強制フィルターが一瞬、外れてしまうほどの威力のある目だった。きもちわるい。


『そんなイメクラのような格好で泡姫気取りなのにか? ひぃっひぃっひっ、どれ、ワシが丸裸に剥いてやろう!』

「い、いめくら? あわひめ? どこかで聞いた覚えが……」


 なんだったかな?

 あ、そうだ、確かクロックが昔、そんなようなことを言っていた。確か、“時子も老獪成分を猫で覆ってロリロリイメクラでもやれば、まだ群衆も賑わうことだろうに”だったか。ええっと、そう、イメージクラブ?

 ……と、だめだ。向こうのペースに引き込まれたら、何をされるのかわかったものではない。


『隙ありッ。オロロロロッ!!』

「きゃあっ」


 無伝はそう、謎の鳴き声を上げながら“舌”を伸ばす。

 先端に毒々しい棘のついた舌だ。触れられたらタダでは済まないであろうそれを、ギリギリのタイミングで回避する。

 すると、舌は意思を持つように軌道を変化させて、追尾してきた。ストーカーなの?!


「んっもう! 女の子に纏わり付いたら――」


 避けて。

 避けて。

 避けて。


「――ダメダメなんだからねっ!」


 避けながら、ハンマーを振りかぶり、上から押しつけるようにたたき落とした。


『ギュェッ?!』

「もう! ぷんぷんっ♪」


 ぷんぷんってなんだ。

 ああいや、そんなことを気にしている暇は無い。


『ぎざまァァァッ!! 嬲るのはヤメだ! 痛い目に、見せてくれようぞッ!!』


 尾鰭おひれ

 天翼。

 蟹鋏。

 海流。

 水気。


 全てが従順に無伝に付き従い、私の周囲を高速で旋回し始める。


『ぐふふふふ、この動きについて来られるか? シザースラッシュ! オロロロッ!!』

「はさみの斬撃? きゃあぁっ」


 嬲るのは止めだと言いながら、斬撃が狙うのは私の衣装。

 スカートを裂き(しかし私自身に傷はなく)、スク水を裂き(しかし何故かゼッケンに傷はなく)、私のガントレットを削ろうとして失敗し、視線で嬲る。


「そ、そんな目で見ないでよぅ」

『オロロロロロロッ!! 余計に興奮するわ馬鹿め!』

「うぅ」


 どうする?

 どうすればいい?

 いやらしい視線のせいでいまいち少女力がチャージできない。このままではただ丸裸にされてしまい、そのあとはどうなるのか考えたくも無い。

 ならどうする? どうしよう……いや、だめだ、そんな弱気でどうする。この男はこの目線で、鈴理さんを――。


「っそうだ、私は負けられない」


 鈴理さんたちを酷い目に遭わせたこの男を、この男たちを、私は許しておけない。

 魔法少女は子供たちの味方。なら、少女が傷つけられた時、魔法少女は必然と“全力”を発揮できるモノでは無いのだろうか。


「もう、完全っにっ、怒ったんだからね☆」

『ならばどうする?!』

「こうっ……するっ!」


 手に持つのはピコピコハンマー。

 それなりに丈夫なこれを遠心力の要にして、私は思いきりぐるぐる回す。それはもう、ぐるぐるぐるぐる回す。


「魔法少女っ、大☆旋☆回!!」

『オロ?!』


 そうするとどうだろう。さっきまで余裕の表情を浮かべていた無伝もだんだんと焦りを見せ始め、ついには私から発生する“流れ”にも逆らうことが出来なくなり。


『な、なんだ?! ――オロロロロロッ!??』


 ぐるぐる、ぐるぐると、さながら洗濯機のように回転を始める無伝。

 私はそれでも回転を止めず、更に速く、強く、回していく。


「やぁぁぁああああああぁぁぁっ!!」

『オロォォォオオオオオオォォッ!?』


 その流れはやがて竜巻のように変化し、巨大化し、強力になり。



「空の果てまで、ぶっ飛べ!」

『オロォォ――…………――ォォ――……ォ』



 そのまま、無伝は、ドップラー効果とともに“海水ごと”空に巻き上げられた。

 刹那、私の周囲にできあがる空間。その空間で私は、ハンマーを野球バットのように振りかぶる。



「【祈願セット痴漢撲滅大旋鎚グレート・ラピ・スタンプ】」



 ゆっくりと軌道を変え、垂直に落ちてくる無伝。

 その弛んだ半裸の身体は空気抵抗でぶよぶよと形を変え、むちむちの尾鰭はびらびらと揺れ、抵抗も出来ずに足掻く顔からは絶望の脂汗が流れている。




「少女の夢を壊す悪い子は、地獄の淵で反省☆だよ♪」

『や、やめっ、やめろォ――』

「【成就イグニッション】!!」




 振りかぶり。

 ――衝撃波で海底に罅が入り。

 打ち上げ。

 ――無伝の腹に食い込むと同時に、ハートマークのエフェクト。


『――ォォォォォォッ!?!?!!』


 そして、吹き飛んだ無伝は空の向こうに見えなくなり――きらっと、星が瞬いた。




「今日も魔法少女は可憐にぱーふぇくとっ! ラピにお任せ☆だよ♪」


 ぱちんっとウィンク。

 どこかで聞こえる、爆発音。

 私は可憐にポーズを取りながら、海流へと飲まれていく。


「ふ、ふふ――このまま、流されて逃げ切りたいなぁ」


 そんなこと、できないのはわかってる。

 でもそう思わないと“やってられない”現状に、私は重く、重ーく息を吐きながら返ることしか、できそうになかった――。





2017/06/18

2018/01/05

誤字修正しました。

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