そのじゅうさん
――13――
霊力残量三割。
魔力残量三割。
体力残量……は、まだまだ行ける!
「【速攻術式・平面結界・展開】!」
「オレのオオオオオレレレのののの姫めめめェェェッ!!」
樟居の口から放たれた炎弾を、盾で防ぐ。
同時に動き出した樟居だったが、前のめりになるその顎を、遙か遠方に構えていたリュシーちゃんの狙撃が、撃ち抜いた。
たまらず踏鞴を踏む樟居の、翼の一枚が細切れに切り裂かれる。わたしの隣で、風子ちゃんが手を薙いだのだ。
「ぎぎゃあああああッ」
「あれ? 阻まれた? うーん、存在の核になにか施されているのかな」
「風子ちゃん、冷静だね」
「見るからにバケモノ相手だしね。普通の先生にあっさり対処された時の方が、よほど驚いたよ」
それって、師匠のことだよね……?
樟居は悲鳴を上げると、憎悪を孕んだ目でわたしを睨む。けれど、何度も言うけれど。
「そんな目で見たって、もうおまえなんか怖くない! みんな、手伝って!」
『わんっ』
まずはポチが、思い切り駆け出す。
ぼんやりと纏うのは風。影から滲み出るように現れるのは、稲妻と氷河。
『我が眷属よ、我が遠吠えに追従せよ――狼雅臨界“ブリッツシュラーク=ラヴィーネ”!!』
「ひッ……ぎッ、がぁぁぁッ!?」
ポチが通り過ぎると、風で翼が切り刻まれる。
次いで光の固まり――狼を模した稲妻と吹雪が、それぞれ尾の双頭を灼き尽くし、凍らせ砕く。
「樟居!」
「スゥズゥリィィィィッ!!」
「今、必殺の――」
魔力も霊力も底を突きかけで、正直、くらくらとしている。
けれどどうも本体だけは異様に丈夫な樟居を傷つけたいのなら、生半可なことでは駄目だろう。だったら、生半可なことをしなければいい!
踏み込み。わたしと樟居の影が重なる。わたしが手にするのは、ずっとわたしの右手でわたしを守ってくれていたもの!
「――ゼノAttack!!」
腕輪を投げる。
樟居は縦に割れた瞳孔で、腕輪を目で追い。
「是――影より移ろう闇の足音」
樟居の影から現れた刹那ちゃんが、樟居の背骨に影の刃を突き立てた。
「がっ……いづのまにッぃぎッ」
「その言葉、いただきました。やはり忍はこうでないと」
言い残して、刹那ちゃんはわたしの影に戻る。
影が重なった一瞬で、影から影に移って貰った。だからつけた、最高のタイミングの“不意”に、彼が、間に合わないはずが無い。
『【不帰冥道――』
「なにッ?!」
空を舞う黒騎士。
空中に刻まれ残留する、漆黒の十文字。
「しゅ、“守護絶か……」
『――黄泉比良坂】』
「あぎゃぁぁぁぁッ!?」
腰と左肩。
風子ちゃんの攻撃が通らなかったのが嘘のように、切り裂かれる。
ただ身を捩って首だけは残して、あとは全て塵となって消えた。
「グゥゥゥッ、だ、脱皮!」
「へぁっ?!」
「うわぁ、気持ちワルっ」
風子ちゃんの驚きも、よくわかる。
ずるりと脊椎ごと首が飛び、耳が翼に変化する。
「ひ、ひひ、オレは返り咲くんだ、あの楽園に――」
『させん』
そう、ゼノが、飛び立つ樟居に剣を投げる。
それは高く飛ぼうとする樟居に容易く追いつき、けれど、樟居は小さな蛇を口から出して、身代わりにして避けた。
――けれど、その程度で、逃がしはしないよ!
「ひーっひゃははははっ、残念だったなぁッ!!」
「【顕界】」
「ひ、ぇ?」
避けた剣“から”満ちる光。
剣を手に持ち、出現するのは、ずっと“いざ”というときのため、最後の切り札になることを了承してくれた、静音ちゃんの姿だ。
「私の鈴理に、調子に乗らないでくれる?」
「や、やめ――ぎッ」
開けた口を閉ざすのは、針の穴を縫うような狙撃を成して見せた、リュシーちゃんの一撃。
その隙を逃す、静音ちゃんでは無い。
「【彼岸――」
「来るな、ぁぁぁ――」
そして、静音ちゃんの紫紺の剣が。
「――涅槃寂静】ッ!!」
「――ァァァァァァッ!?!?!!」
右耳の翼から、斜めに頸椎を、切り裂いた。
「ぜ、ゼノ、着地、て、手伝ってーっ!」
『心得た』
『いやここは、狼の王たる我が行こう』
「うん、ゼノ、お願い。ポチはなんかやましいから残って」
『わふぅ』
落ちてきた静音ちゃんを、無事、ゼノがキャッチ。
駆け寄ると、静音ちゃんはぎゅーっとわたしを抱きしめてくれた。
「こ、こわかったよね? つらかったよね?」
「あわわわ、だ、大丈夫だよ、静音ちゃん――うん、でも、優しくしてくれて嬉しい」
「はいはい、いちゃつくなら後にして。ほら、まだしぶとく生きてるよ、アレ」
――と、風子ちゃんに言われて見る。
まるで塩をかけられたナメクジのように、じたばたと逃げようとする樟居。いったいなんの行動を妨害されているのか、時折、樟居の周辺にリュシーちゃんの狙撃が着弾していた。
「どこへいくつもり?」
そう、わたしが尋ねると、樟居は狂気を孕んだ目で、わたしたちを睨み付ける。
「ひっ、ひゃっはァ……楽園だよ! 無伝様はオレに約束してくれたのさ! また幼児どもを嬲れるあの楽園に、オレを連れて行ってくれるとナァッ!! だからオレは協力したんだ! こんな醜い身体になってまで、無伝様のもたらす天使薬にも手を染めて、なんでもやってきたんだッ!!」
「無伝? 金沢無伝のこと?」
きょとん、と、風子ちゃんが首を傾げて聞く。
「そうさァッ!! あの方は犯罪者たちの味方だよッ! オレも、赤木も、久坂も、賀木も、ミンナミンナミンナ、無伝様によって集められた精鋭だッ! ひ、ひひ、あの方を怒らせた以上、おまえたちは全員終わりなんだよ! もうすぐ来るぞ、あの人の集めた特殊部隊が、おまえたちを屠りに来るぞッ! ひ、ひひ、ひーっひゃひゃひゃひゃ――」
「あ、それさ」
「――ひゃ、あ?」
そう、風子ちゃんは、今日の天気を告げるような気軽さで。
「もう、全部潰したから」
そう、酷薄で、ぞくりとするほど美しい笑みで最後通牒を突きつけた。
「ぜ、ぜんぶ?」
「全部。特殊部隊も装甲車も電波ジャックもなにもかも、全部」
「ひ、ひひ、ひひゃ――ぁ」
白目を剥いて気絶する樟居。
それを、慌てず騒がずゼノが“収納”。
「あ、あとで復活させて色々喋らせようね、鈴理、風子」
「良いけど、復活させられる? ソレ」
「鏡先生に頼んでみようよ。鏡先生、“頼りになる”し」
告げたわたしに、集まる視線。
あれ? なんだろう。えっと、それってどういう視線?
観察、は、しなくていいかな。べつに、警戒する場面でも無いし。
「えっと? どうしたの? 二人とも」
「さぁね」
「ふふ、な、なんでもないよ」
「???」
変な風子ちゃんと静音ちゃんだ。
いったいぜんたい、どうしたって言うのさ。
「――それよりも、水守静音。例のブツは?」
「ぁ、刹那ちゃん! えへへ、助けてくれて、ありがとー」
「っ……別に、いい」
赤くなってる刹那ちゃん、可愛いなぁ。お人形さんみたいだ。
えへへー、なんて笑いかけていると、静音ちゃんにぎゅっと手を捕まれた。おっと今は真面目な場面だったね。なんだかスッキリ気が抜けて、忘れるところだったよ。
「と、とりあえず、計画通り、“音”の蒐集はできたよ。せ、刹那、夢に転送、お願い」
「ええ。“影送り”っと。ふふん、碓氷め、私の技量に度肝を抜けば良い」
刹那ちゃんはそう、赤くなった頬を誤魔化すように胸を張った。
これで、わたしたちの作戦は無事完了だ。あとは夢ちゃんと茅ちゃんが、師匠と合流してコトを成すだけ。
そう思うと、なんだか身体から力が抜けてきた。
「ポチ」
『うむ。そら』
「ありがと」
以心伝心。
ポチが背中に乗せてくれて、その上で眠気に襲われる。
自己分析、魔力霊力共に一割。体力も二割程度。うーん、ねむい。
「す、鈴理、眠たい?」
「まぁ、アレだけのことをしたら、そうよねぇ。寝ときなさいよ」
「何かあったら揺らして起こす。起きるまで揺らす」
「せ、刹那、そんなに揺らしたらだめだよ? ぁ」
明るい会話。
暖かい空気。
優しい笑顔。
喉かな声色。
なんだか全部が嬉しくて。
「――おやすみ、鈴理」
ゆっくりと、眠れるような気がした。




