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そのなな

――7――




 生徒たちとて、集中してばかりは居られない。

 けれどこればかりは、私たちの方に問題があるとしか言えないだろう。なにせ、私たちの一行が教室の前を通る度に、視線が集中するのだから。


「こちらが異能科の教室棟にございます」

「ほう。ではかの有名なSクラスとやらは――」

「金沢室長のことです。全てのクラスを見て回りたいと仰るのでしょう? いや、熱心な御方です。感心致しました」

「――う、うむ」


 瀬戸先生の饒舌に、頷く金沢無伝。


「ほうほう、あの教員、美しいでは無いか。どれ貴様と交換――」

「彼女は校でも珍しい“ボイス”系異能者でして、成そうと思えば全国ネットに訴えを載せられる“音異能伝達能力(ボイス・コネクション)”を所持しているのですよ。おや、顔色が優れませんが如何致しましたか?」

「――な、なんでもないぞ」


 淡々と告げられて、口を噤む金沢無伝。


「そろそろSクラスの物色、いや、見学――」

「これは、気が利かず申し訳ありません。観司先生、金沢室長に椅子と鏡先生を。まだ前半にも関わらずこのご様子だと、どこか痛めておられる可能性が」

「――い、いや、良い。次に行くぞ」

「おや、そうですか」


 白々しく言う瀬戸先生に、顔を真っ赤にして頷く金沢無伝。

 何故だろうか。この人、完全に瀬戸先生に手玉に取られている!

 瀬戸先生は頭の良い方だ。反応を見るに、なるべく金沢無伝の思考パターンを読んで、先回りしつつ発言しているのだろう。良く見れば瀬戸先生の眼光は鋭く、挙動の一つも見逃さないよう動いているようだった。


「……おお、そうだ、すまんが厠はあるか?」


 そう、ふと、金沢無伝はそう告げる。

 厠……お手洗い? 瀬戸先生は一瞬間を置き、それからこくりと頷く。


「畏まりました。ご案内致します」

「うむ」


 瀬戸先生が、私と高原先生に残るように指示。

 流石にお手洗いについて行かせる気は無いのだろう。金沢無伝もそれについては何も言わず、ぞろぞろとSPを連れて瀬戸先生とともに消えていった。

 その背を見送ると、ふと、肩に力が入っていた自分に気がつく。


「緊張しましたね、高原先生」

「ははは、そうですね。いつ瀬戸先生が怒られないか心配でしたが、やはり瀬戸先生は“言いくるめる”のがお上手だ」


 まぁ、“有能な魔導術師”という肩書きを持つ瀬戸先生を排除出来ないことは重々承知していた。いくら金沢無伝のような立場のある人間でも――いや、立場のある人間だからこそ、難しいだろう。

 これだけ人が居る状況で、これだけ監視カメラもあって、対外的に見れば金沢無伝の“フォローをしていた”としか見えない瀬戸先生を理不尽な理由で追い詰めたら、スキャンダルは免れない。

 ……きっと瀬戸先生のことだ。そこまで計算していたんだろうなぁ。


「まぁなんにせよ、瀬戸先生がついているんです。問題は起きないでしょう」


 そう気楽に言う高原先生。

 けれどどうしてだろう。どうしても私には、嫌な予感がしてならなかった。


(どうか、無事に今日を終えて欲しいと祈るしか、できそうにないわね)


 憂いが、ため息となって零れる。


「観司先生?」

「……いえ。なんでもありません」


 私はただ、そう頭を振ることしかできなかった。
































――/――




 男子トイレ個室。

 無伝は、腰掛けること無く、ただ壁を殴る。


(クソッ、どうしてこうなった!?)


 本来の予定であれば、観司未知をとっくに手に入れ、ついでに特異魔導士を抹消して魔導術師の希望を消し去り、悠々自適に帰還しながら国連へ“生徒から行方不明者を出した学校”として関東特専への追求を始めるところだった。

 それがどうだ。最初の一歩でつまずいて、それ以降は足踏みばかり。このままでは“平穏”に一日が終わってしまう。それでは意味が無い。


(あの瀬戸とかいう男、消すか? いや、コトをもみ消せても、肝心の目的が何一つとして果たせなくなる。クソッ、忌々しい“絞りカス”の分際で!)


 無伝は、コネクションや汚い手を使ってこの立場まで上り詰めた人間だ。

 無伝自身の異能は稀少度Dランクの珍しくも何ともない、発現型アビリティタイプの異能だ。それ自体は珍しくもない水流操作系異能であり、水辺でないと使い物にならない上に、霊力操作に難があるため水辺でも巧くは扱えない。その中途半端な異能のせいで、同じ異能者からは見下され、魔導術師にも下に見られる。

 つまるところ、無伝はコンプレックスと劣等感に苛まれながら生きる男であった。だからこそ、才気溢れる英雄が妬ましく、希望に満ちる魔導術師が煩わしい。それらを排除するために、なんでもやってきた男が、金沢無伝という人間だった。


(何か一つは達成せねば――見捨てられる!)


 だが、それだけならば権力を持たない小悪党にしかなれなかったことだろう。

 それも、彼の葛藤を認めてくれた“理解者”がいたとなれば、話は別だ。“理解者”は無伝に地位を与え、自分を馬鹿にした魔導術師の女を無理矢理妻にし、己を満たす欲望は全て叶えてきた。

 もしここで戦果を挙げずに見捨てられでもすれば、最早無伝に生き残る術などありはしない。


(なにか、なにかそう、一つ――そうだ、一つだ)


 これで無伝がただの無能であるのなら、平穏無事に今日という一日を終えたことだろう。

 だが、無伝は小悪党なりに、ひとつに集中すればそれなりの回転を見せることもあった。

 その結果がもたらすものに対する結果を想像することは、苦手であったようだが。


(ひ、ひひ、そうだ、一つは諦めよう。一つ達成できればきっと、“あの御方”もワシを捨てはせんはずだ)


 無伝はそう、狂気を滲ませながらぺろりと唇を舐める。

 もはや、ここまでくればどのみち逃げ場はないのだ。だったら、多少リスキーでも“やる価値”はあるだろう。そう、携帯端末を取り出して、文章を送信する。


(観司未知、おまえが誑かし込んだ男に守られるというのなら、それで良かろう。だがその間におまえの可愛い生徒たちとやらがどうなるのか……まさか、知らぬ存ぜぬとはいくまい?)


 生徒。

 そのキーワードに辿り着けたのは、無伝にとって奇跡にも等しいことだ。

 生徒を利用すればなるほど、観司未知を捕獲することも不可能ではないだろう。だが、これが捕獲対象の生徒ならば?

 まさしく、絵に描いたような一石二鳥。無伝は訪れる光景を妄想してほくそ笑む。


(ワシを馬鹿にする者は、等しく全て苦しめば良い。ひっ、ひひひひひひっ)


 無伝は何食わぬ顔でトイレを出て、何喰わぬ顔で瀬戸に付き従う。

 ただ一つ、SPの一部をこっそりと減らして。


「待たせたな」

「いえ、とんでもございません」

「ふん、そうか」


 そうして笑う無伝は、気がつかない。

 己の甘く短絡的な行為が、竜の尾を踏むようなモノであったことなど。


(ワシの勝ちだ。汚らわしい魔導術師も、無駄なだけの英雄なんかよりも……誰よりも賢い人間が誰であるのか、せいぜい確認するが良い!!)


 そうほくそ笑む無伝はついぞ、気がつくこと無く悠々と輪に戻るのであった。





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