そのろく
――6――
――授業参観二日目。
それは、言うなれば“大名行列”であった。
ぞろぞろと列を成す黒服。その中でもSPと思われる人間が選りすぐって七人。更にそのうち三人は特殊部隊服という徹底ぶり。そんなどこぞの王族でも警護しているのかと思わせる集団の頂点に立つのは、肥満型に禿頭の男。
彼こそが、国連安全保障理事会極東異能監査室、室長、金沢無伝その人である。
「おはようございます。お待ちしておりました、金沢室長」
どうしてだか彼のお付きに選ばれてしまった私は、瀬戸先生と並んで金沢無伝に歓迎の言葉を投げかける。本当はこの場に獅堂と七も付き添いたかったそうなのだが、“英雄が金沢無伝に下に見られる状況”はまずいということで、渋々と瀬戸先生に任せていた様子だった。
私たちの後ろでは、少し離れて控えるレイル先生やイルレア、陸奥先生たちの姿。心配をおかけして、申し訳ない限りである。
「む? おまえが観司教諭か。で、隣の君は?」
「初めまして、金沢室長。私は魔導科の――」
「ああ、いい。魔導術師では話にならん。異能者はおらんのか」
瞬間。
まるで、空気の凍る音が、聞こえてくるようであった。異能者と魔導術師の平等を掲げる“国立”の特専で、まるで魔導術師を差別しているかのような発言。
いくら相手が国連所属であろうと、黙っておけることではない。思わず抗議を口にしようとして、けれど、瀬戸先生の眼鏡をクイッとあげるいつもの仕草に、止められた。
「――そうですか。では、以後は当校でも有能な異能者が案内を勤めましょう。さ、観司先生、下がりますよ。“これ以上”失礼があってはなりませんからね」
「ぁ、はい」
スチャッと姿勢を正し一礼すると、比較的近くに居た高原先生にその場に残るように指示。瀬戸先生は華麗な足取りで、私を連れて立ち去ろうとする。その余りにスムーズな動きにぽかんと口を開けていた金沢無伝だったが。直ぐに再起動して、強い口調で私たちを止める。
「おい。待て、観司教諭はおいていかんか! これだから魔導術師などという輩は駄目なのだ。我々超人――否、異能者の言い分くらい、読んでみせぬか」
「失礼ですが金沢室長」
瀬戸先生の切り込みは、鋭い。
まるでそうであることが当然のように、金沢無伝の言葉に口を挟んだ。
「なっ、貴様」
「もしかしたらご存知の無いことかも知れませんが、あなたが今不要と口にした件、魔導術師は傍に要らぬと言いましたね?」
それはさながら、機関銃のよう。
「それくらい知って」
「でしたらそれは不思議なことです。ここにいる観司教員は我々と同じく魔導術師。であるのならば先ほどの金沢室長の“魔導術師は不要”という言葉と齟齬が生まれますがどのような意図で発せられた言葉であられるのでしょうか?」
止まらない言葉に、金沢無伝は何も言えない。
「そんなもの」
「と、まさかコンパニオン代わりに女性教員を見繕って傍に置きたかった、などということはございませんよね? いや、でもそうするとやはり先ほどのお言葉が気がかりです。まさかこのような正面玄関“防犯カメラ”前でともすれば失脚――いえ、強い意味はありませんよ? ただ、それに準ずるような処分を受けかねない言葉を使ったりは、致しませんよね?」
テンポ。
口調。
その全てが、相手を追い詰める詰め将棋のように。
「うぐ、それは」
「そうですよね! ではやはり金沢室長は“以前までは”魔導術師を快く思っておられなかったが、最近になって見直してこられた者の以前のような対応が癖になってしまっていたと言うことですね? いえ無くて七癖とはよく言ったモノです。それならば映像記録があろうと関係はありません。なるほど流石のご慧眼」
誰も、そう、語りかけられている金沢無伝本人ですらも口を挟むことが出来ない。
「う、うむ、そう、だが先ほどから失礼」
「ではやはりお付きに観司教員を所望されたのは魔導術師のことを知りたいから、という解釈で正しかったのですね?」
褒めて、時には持ち上げ、その最中に巧妙に脅しとも取られかねない言葉を交ぜる。
その手腕はなるほど、尊敬したくなるほどに素晴らしい。というか、噛まないのもすごいな。
「そ、それはもちろ」
「けっこう。流石金沢室長、勤勉であられる。ですが昨今、男性職員にとっては気むずかしい話ですが女性教員のみを侍らせているとセクハラだの男女平等だのと八方からの避難が多くなってしまいました」
もはや、金沢無伝は一言を言い切ることすらもできない。
「そ、そ」
「ですから、ここは勤勉であらせられる金沢室長の名誉のために男性教員である私が随伴しましょう。金沢室長も、女性を侍らせる趣味がお有りであると報道されるのは、今後の栄光の未来に翳りを差すことになりましょう」
そして、息切れそうな言葉に、そっと差し込む“餌”。
なんだろう、洗脳の技でも磨いたことがあるのだろうか。
「えいこうの」
「ええそうですとも。ですから同行を認めて下さいますね?」
「う、うむ」
おお、すごい。
あれほど頑なで不機嫌そうにしていた金沢無伝が、あっさりと乗せられる。頷いてしまえば後の祭り。だが、未だ金沢無伝は脳みそが復帰していない様子でもあった。
「おお、良かった。それでは私は魔導科教員の瀬戸亮治と申します。観司共々、本日のご案内につきましてはどうぞ、我々にご期待下さい」
「お、おお? ま、待て」
笑顔で言い切る瀬戸先生に、金沢無伝は制止をかける。
けれど眼鏡をクイッとあげた瀬戸先生に敵は居ないのか、息を吐かせぬマシンガントークは、こんなものでは弾切れにはほど遠いようでもあった。
「おおっと失礼しました。もちろん異能者の教員もお付け致します。確かそちらからも七名SPを所望されておりましたね。もちろん彼らの同行も歓迎いたします。ああ、こちらからは異能者に高原教員をお付けしますね。彼は対集団戦のプロフェッショナルですのでご安心ください」
「ぁ、ああ」
さりげなく、大量の黒服の足止めも確約。
事前に強く希望していたという七名以外はここで居残りだ。その上で対集団が得意というまるで金沢無伝の軍勢に対応するためかのような推薦を前にしても、機関銃に思考力を欠損させられたかのような金沢無伝では、頷くだけで精一杯であったのだろう。
「では、早速参りましょう」
流れるような手腕だった。
踵を返す直前、私に向けられたウィンクは思いの外、私の胸を締め上げるようなものだった。うぅ、やはり瀬戸先生は油断できない。
「どういうことだ……何故こんな……こんな予定では……」
なお。
「次のプラン……どうする……」
当然ながら、ブツブツと呟く金沢無伝には、当然誰も反応しない。
あからさまに怪しい言葉たちに突撃する勇気は、ございませんので!
――/――
大きな部屋。
遠隔操作モニターで、静間は無伝の姿を観察する。
最初の内は退屈そうにしていたが、けれどだんだんと面白くなってきたのか、手を叩いて喜んでいた。
「見てご覧、プロドスィア。無伝殿が猿のようだ」
「はい、短絡的であるように思えます」
「そうだとも! いや、彼ほどの無能は中々いないよ」
静間はそう、それはそれは楽しそうに無伝を指さしそう告げた。
それに、黒い髪にクラシカルなメイド服を身に纏った、球体関節の女性は、無表情のまま頷く。
「簡単に言いくるめられて、二人きりになるのを阻止された。今は憎々しげに彼を見ているが……クククッ、いや実に面白い見世物だ」
「お手を貸されるのですが?」
「いいや。彼からは必要な情報も資金もあらかた頂戴したからね。ここで自滅すれば良し、生き残ればそれはそれで今後も利用すれば良し。いずれもさほど問題は無いさ」
「なるほど。ご慧眼です」
画面の向こうで顔を赤くする無伝。
その様子に気がついていて何も言わない、教師陣。
その全てが、“カメラアイ”から視界を共有している静間にとって、単なる見世物でしか無かった。
「まぁ――せいぜい、足掻いて貰うさ。クレマラは試作といえど、英雄相手でも凌げる力を持っていたはずだ。昭久の余計な協力を加味しても、結界の使用時間内に倒せるはずでは無かった。であるのならその秘密、余すこと無く暴かなくてはならない。速攻詠唱使い、瀬戸亮治。重装詠唱使い、観司未知、“軍団”高原一巳。彼らの中にそれはいるのか、はたまた別の英雄の助力が得られたのか。今回、見逃すにはあまりに惜しい」
静間はそう、にやにやと笑いながら告げる。
もはや“真の目的”を除く全ては、彼にとって娯楽に過ぎないのだろう。笑う彼に侍るのは、忠実なる下僕のみ。ここに、壊れた歯車が、ゆっくりと運命の円環を轢き潰そうとしている。
「さぁプロドスィア」
「はい?」
「コーヒーを、淹れてくれるかい?」
「かしこまりました」
静間はそう、ただ優しげな笑みで静かに命じた。




