そのご
――5――
――夢魔の見る夢。
通称、悪夢の洞と呼ばれるそこは、普通の夢とはひと味違う。
夢魔の見る夢は、現実にも影響を及ぼす。
それは、彼らの見る夢が現実世界の裏側であるためだ。
「ここは……」
渦から出て直ぐに、戦いやすいフォームを意識して、通常のサイズに戻る。
そして周囲を見回せば、馴染みのある光景が現れた。
「第七実習室?」
左右反転した世界。
暗がりに包まれたその場所は、間違いない。あの日、笠宮さんに魔法少女が発覚する羽目になった第七実習室だ。
よく見ると、実習室の壁が開いている。隠し扉なのだろうけれど……ここにあるということは、現実世界にもあるということ。だが、それなりに中枢に関わっている私でも把握していない、謎の階段。
「……行ってみるしかない、わね」
階段を降りて、進んでいく。
地下空間は暗くはない。儀式めいた緑色の炎が至る所に灯されていて、怪しくはあるが。
長い廊下を警戒しながら進むと、砕かれた扉が見えた。扉の破片には陣のようなモノが見える。重ねられた五芒星と八卦陣……いつだったか、時子さんに見せて貰ったことがある、“封印術式”によく似ている気がする。
「特専の地下に、こんなものが?」
砕かれた扉のあった場所を抜けると、そこは大きな空間だった。
壁に描かれた五芒星。その頂点五箇所には、やはり緑色の炎が灯っている。この五芒星は、七の前で変身させられたあの事件、居住区生徒連続失踪事件の時のものと酷似……いや、より洗練されている。
あちらは試作品で、こちらは正規品。そう思って記憶と比べてみると、不思議なほどしっくりときた。あちらで、“これ”のために実験していた? 誰が、なんのために?
いや、ちょっと待って。
それが真実だとすると……一連の事件に、関連性がある?
久々に魔法少女に変身させられた、吾妻先生の事件。
居住区の生徒が巻き込まれた、久留米先生の事件。
生徒たちが通り魔にあった、出入り業者の事件。
笠宮さんたちが巻き込まれた、異界崩壊事件。
そして今回の、悪夢の事件。
これで五つ。五芒星に灯る炎もまた、五つ。
その答えが示すモノは――
『なんだ、手伝いに来たのか?』
「!」
上空。
歪みからひねる出るように現れたのは、一体の悪魔。
大きな翼と悪魔の尾。黒い皮膚と白黒反転した目。
「手伝いに来た、とは?」
『なんだ。力に惹かれて来ただけか。なら、おまえも手伝え。そうら、開くぞ!』
「なっ」
悪魔が、夢魔が手をかざすと、五芒星に光が灯る。
そして五芒星の中心に亀裂が入り、砕け散った。
「これ、は」
『くひ、ひゃははははははははっ! さぁ、道は拓かれた! あとは深奥の祭壇で贄を捧げれば、ついに、あのお方が復活される! 我が悪魔の時代が再び訪れるのだ!』
悪魔がこぞって、この儀式を目指していた、ということ?
なら、久留米先生の本命はあくまでここであり、あのときの儀式はここへのバイパスであり、あの儀式そのものは、成功すれば良し、失敗しても良し、という程度のモノだった?
だめだ、情報が多すぎる。それより今は、この夢魔の言う相手の復活を防ぐことが、最優先!
……でも、その前に。
「贄とは?」
『志願者などいくらでもいる。悪魔の庇護を願う人間が、な』
「そう、ではあの方とは?」
『あの方とは当然、魔界の――いや、待て、キサマ、何故知らない!?』
しまった、知っていて当然のことだったのか。
魔界の、ということしかわからなかった。何故か話してくれるうちに、どうにかしておきたかったのに……。
『まさかキサマ――――サキュバスではないな?!』
「――って、淫魔だと思われてたの!? 魔法少女でしょう?!」
『淫魔に擬態するのは巧いようだが、少女に擬態するのは下手なようだな。フハハハハッ』
サキュバス? 少女に擬態? いや、少女じゃないけどさ、そんな言い方ないよね!?
む、夢魔にまで、人の本能と欲望を暴き出す夢魔にまで、この扱い……?
「ふ、ふふ。ふふふふふふふ――ころす」
沸き上がる殺意。
減衰する力……ってだめだ、女子力が下がると力が落ちる。
「んんん……悪いことをする悪魔さんは、この、魔法少女ミラクル☆ラピが成敗しちゃうぞっ」
『性的にか。かまわん、来い!』
「制裁的に、決まっているでしょうが!」
ああああああもう!
淫魔だとは思われていても引かれていないという事実が、余計に腹立つ。
夢魔に魅力を感じられるということもそうだけど、性的に見られるのもつらい。
『性、さい? さいとはどう書く? 知らん隠語だな』
「【祈願・幻創・聖者の剣・成就】」
ステッキの形が変化する。
ちょっと強力すぎるから、あんまり使えなかったこの魔法も、夢空間なら現実世界への影響は物理的なモノのみ。人的被害は決してない。
『なに?! まさか、道具プレイか!』
「しね」
ステッキは、眩い夜色の剣に変化。
振りかざすと、オーロラのような極光が満ちる。
女子力低下で威力が落ちるが、そんなものは関係ない。
全部、ぶった切るッ!!
『これは?! ば、ばかな! まさか性的に戦うと見せかけて騙すとは、なんと姑息な!!』
振る度に威力の落ちる剣は、しかし悪魔の天敵だ。
おそろしく制約の多い魔法でほとんど使える機会が無い上に、空間に亀裂を入れ、近くに人間が居れば問答無用で“浄化”してしまうため人前では使えない。
なにせ、生存欲求ですら“浄化”の対象。まっさらにされてしまうのだから。まぁ悪魔は人間よりもよっぽど丈夫なので、天敵属性でも触れるだけで一撃必殺はできない、という理不尽さも内包しているのだけれど。
「姑息な淫魔呼ばわりも、充分に断罪の必要があるけれど、でもそれ以上に!」
『な、に?!』
踏み込みと同時に、ズドンッと音がし足下にクレーターができる。
そして逃げようと身体をひねらせる夢魔に、夜色の刃が追いついた。
「人の夢に潜り込み」
――斬ッ――羽が落ち。
「乙女の心を傷つけて」
――斬ッ――悲鳴をかき消す。
「悲しみと痛みを利用し」
――斬ッ――胴に裂傷。
「己の欲望を満たさんとしたことを」
――斬ッ――尾を落とし。
「我が浄化の剣で、後悔しなさいッ!!」
――斬ッ――逃げ回るその背に、一閃を刻む!!
『グァァァァァァァッ!?』
思いの外素早かったが、その機動力ももうない。
故にその野望、ここで終演だ!!
「【祈願・現想・聖者必衰の断】――乙女の夢を弄んだこと、来世で後悔しなさいッ!」
『ば、ばかな、このおれが、あの方の復活、が、こんな――』
「【成就】!!」
『――淫魔にィィィィァァァァァァッッッ!?!?!!』
最悪の捨て台詞を残しながら、夢魔の身体がかき消える。
「これにて、魔法少女の制裁終演!」
そして、ずどんっと瑠璃色の爆炎が幕を閉じた――。




