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そのご

――5――




 合同実践演習での授業後。

 もう次の授業は無いということもあって、生徒たちは寮に帰っていく。この後は部活動の見学をしたい保護者もいるので、五時頃までは人が閑散とはしない。魔法少女団は、放課後はお休みするようだけれどね。

 私たち教員は、顧問のある先生方以外は見回りやご案内、立ち入り禁止区域への警戒を勤める。私はというと、役割としては見回りであり、ほとんどは親御さんのご質問に答えるような立場だ。

 ふと周囲を見回すと、鈴理さんと夢さんの姿が見える。鈴理さんがご両親と合流して、夢さんを紹介。夢さんが場を和ませて、それからそっと三人の下を離れたようだ。


「あ、未知先生! こんにちはー」

「はい、こんにちは。気を遣ってあげたんですね?」

「あはは。まぁ、鈴理にとって必要な時間でしょうから」


 夢さんは私を見つけて駆け寄ると、そう、頬を掻きながら微笑む。

 この子は何かと、“親友(鈴理さん)”にとって一番になりそうなことを導くのが上手な子だ。今回も、場を和ませてから離れたのはそういうことだろう。


「そういえば、キヨさんがおられましたよ」


 と、ふと、思い出してそう振ってみる。

 夢さん嫁入り事件のときの、夢さんの実家で働いていておばあちゃん家政婦の、キヨさん。他のご家族は見られなかったが、キヨさんだけはにこにこと見守っていたのだ。


 ……の、だけれど。


「はぇ? きよさん、ですか?」

「え?」

「え?」


 夢さんは、きょとんと首を傾げた。

 えっ、あれっ、なんでそんな反応?


「あの、夢さんのご実家の家政婦さんで、おばあちゃんの」

「ええっと、うち、機密のカタマリなので家政婦は雇えませんよ?」

「えっ」


 それは、おかしいことだ。

 だってあの日、夢さんのご実家に赴いた際、私と鈴理さんはキヨさんに出会っている。いやまぁ、キヨさんと夢さんが会話をしていたシーンは、確かに無かったけれど。

 いや、待って。思い出してみればそういえば、私でも接近が気がつけない程度には“気配”がなかった。気のせいかと思っていたが、もしかしたら重大な見落としだったのでは無いか。


「あの、未知先生? その家政婦というのはどんな感じの人だったんですか?」

「そうですね、背の低いおばあちゃんで、ちょうど、あんな――ぁ」


 顔を上げた先。

 そこには、割烹着を着て歩いてくる、見覚えのあるおばあちゃん。


「え? あの人ですか? 新しく雇ったのかなぁ」

「ふぇっふぇっふぇっ、お久しゅうございますなぁ、先生さん」

「は、はい。お久しぶりです、キヨさん」


 困惑する夢さん。

 笑顔のキヨさん。

 戸惑う私の姿。


 ええっと、いったいどういうことなのだろうか?


「あの、私、夢って言います。あなたは父が雇った家政婦? さん、なんですか?」

「ひょぇっひょぇっひょぇっ――まさかこの距離で気がつかれないなんて、修行が足りなかったかしら?」


 急に、流暢に――艶のある声でしゃべり出すキヨさん。

 その声を聞いた瞬間、夢さんの顔が盛大に引きつった。えっ、なにごと?!


「ままま、まさか!?」


 キヨさんは、驚く夢さんの前で割烹着から風呂敷を取り出すと、それを被る。

 するとどうだろう、むくむくと風呂敷の中が膨らみ、ばさりと音を立てて風呂敷が風に飛ばされた。

 そこに居たのは、小さなおばあちゃんなどではない。末広がりの豊かな黒髪を揺らす、グラマラスな美女が、不敵な笑みを浮かべて立っていたのだ。


「改めまして、観司先生。私が夢の母、碓氷うすい乙女おとめにございます」

「かかか、母さんっ?! ななな、なんっ、なん、な?」

「あら、変装した母親に直ぐ気がつくかと思えば、美人の先生に鼻を伸ばしていて読み切れなかった夢じゃない。どうかしたの?」

「どうかしたの? じゃないわよ!! 変装して未知先生に会っていたの!?」

「ええ、もちろん」


 も、もちろんなのか。

 いやでもこれで、初対面の時に気配が読み切れなかったことにも合点がいく。更に言えばあのとき、とてもではないが簡単には引けないような大きな扉を、何気なく開けて見せた。

 そのカラクリには、こんなことが潜んでいたというのか。いや、気がつけないからね?!


「その、初めまして、碓氷さん。夢さんの部活動の顧問を任されております、観司未知と申します」

「ふふ、“乙女”で良いのよ? あなた、いずれは夢について嫁入りしてくれるのでしょう?」

「ええっと、それは……」

「ふふ、冗談よ。冗談。夢に甲斐性が出来るまでは、気軽に嫁に来いとは言えないわ」

「もう、母さん!?」


 そうか、いやでもこの方が、夢さんのお母さんなのか。

 国際刑事機構(ICPO)、特殊犯罪対策課に所属して世界を股にかける凄腕の異能者。なるほど、ここまで完璧な変装能力を有するのであれば、ICPOでの活躍も目を瞠るものなのだろう。


「体捌きはまぁまぁ上達したわね。けれど、感知がまだ荒いわよ」

「母さんに比べたらね」

「あら。いずれは私を越えて貰わないとならないのよ?」


 そうか、夢さんは同年代どころか、校内でも有力な魔導術師だ。

 それでもまだ、母親の目からすると“まだまだ”という領域なんだね。さすが、“霧の碓氷”というべきか。理想も目標も高く、また、非常にストイックだ。


「あはは、未知先生、恥ずかしいところをお目にかけちゃってます」

「ふふ、いいえ。仲がよろしいのですね」

「うーん、一方的にからかわれているだけのような気も」

「こら、なにかしら。その目は?」

「なんでもないわよ」


 目を逸らす夢さんと、そんな夢さんを覗き込む乙女さん。

 乙女さんは七人も娘さんを産んでいるとは思えないような若々しさで、納得するような色つやがある。大人の女性、とでもいうべきか。中々年相応の落ち着きの無い私としては、ああいうように振る舞えると言うことに羨ましく思うこともある。


「観司先生は、不肖の娘に苦労をかけられては居ませんか?」

「いえ、夢さんは気配りも利く優しい女の子です。いつも、生徒である彼女に助けられてばかりで、お恥ずかしい限りに思います」

「ふふ、そんなに気を遣わなくても良いのですよ? ――ああ、そうだ。碓氷の女は皆、根底で似た気質です。どうですか、観司先生?」

「えっと、そうなのですか?」


 そう言われても、私が知っているのは夢さんと乙女さんだけだ。

 他のご姉妹を知らないので、どんな風に似た気質があるのかはまだわからない。そう返答に窮する私に、乙女さんは艶然と微笑んだ。


「ええ、そうなのです。解りづらいようでしたら、“似た気質”の私で、堪能してみませんか?」

「わー! わー!! ちょっとなに言ってるのよ、母さん!」

「あら、イイじゃ無い。観司先生、可愛いし」

「ダメだからね?! 未知先生は私の未知先生なんだから!!」


 夢さんの叫び声が響き渡る。

 集まる視線。楽しげな乙女さん。顔を赤くする夢さん。きっと似たような顔色の私。

 親御さんと別れ、楽しげにこちらに向かってきていた鈴理さんの歩調が緩やかに変化。鈴理さんはにっこりと笑顔を浮かべて、あわあわと慌てだした夢さんの背後に、ぴたりと付いた。


「あわわわ、どうしよう勢い余って公開告白を?! こここここうなったら、もう、有言実行するしか無い?!」

「ふぅん? 師匠だけで良いの?」

「もちろん鈴理も嫁にどわぁっ!??」


 かけられた声に跳び上がり、一足飛びに空中反転。

 空中で土下座の形を作り、着地と同時に頭を下げる芸当に、乙女さんは思わず吹き出していた。


「ごめん鈴理出来心だったのよ!」

「うん、そんな浮気亭主みたいなコトしなくても大丈夫だからね? もう、汚れちゃうよ、夢ちゃん」

「ぶふぅっ……くくくっ、ちょ、ちょっと夢、あなたいつの間にそんな面白可笑しなキャラになったのよ? 昔はもっと、なぎみたいにクールだったのに」

「凪姉さんはクールじゃ無くてコミュ障だからね?!」


 お姉さん、コミュニケーション苦手なんだね、夢さん……。

 一気に場が混乱してきたので、周囲の人に頭を下げて場を納める。ふらふらと立ち上がった夢さんも、真っ赤な顔で俯いて、ぷるぷると震えているようだった。


「ごめんね、夢ちゃん。でも、公衆の面前であんなことを言っちゃダメだよ?」

「はい……反省しています……だからもう許して……」

「怒ってないよ?」


 ええっと鈴理さん?

 それはおそらく、追い打ちだと思うよ?


「はぁ、はぁ、はぁ……いやぁ、笑ったわ。久しぶりね、鈴理さん。いつも夢の相手をしてくれてありがとう」

「? はい。ええっと、夢ちゃんのお母さん、ですよね? 以前、どこかでお会いしましたか?」

「あー、鈴理。母さん、変装していたのよ。キヨって名乗っておばあちゃんみたいに」

「え? ……ええーっ、家政婦のキヨさん!?」


 そうだよね、そんな反応になるよね。

 乙女さんは驚かれ慣れているのか、にこにこと鈴理さんの反応を楽しんでいるようでさえあった。悪戯好きで奔放な方。でも、言葉の節々から感じる夢さんを心配するような言葉からは、優しい人柄も窺える。

 総じて、なんというか、魅力的な人だ。


「さて、夢。私は先生とちょっとお話があるから、あなたは鈴理さんと遊んでいなさい。良いわね?」

「はいはい。……未知先生までからかわないでよ、母さん。未知先生、色々と失礼しました」

「大丈夫大丈夫」

「あっ、師匠、それではまた!」

「ええ、夢さん、鈴理さん」


 手を振って離れていく二人を見送る。

 並び立つ二人の姿は、なんとも楽しげで、見ているだけで幸せを分かち合えそうだとすら思う。



















 歩き去る彼女たちの背を見守る乙女さんの目は、なんとも優しげだ。

 早くに両親と死別しているからか、少しだけ、羨ましくも思う。そして心の底から、希有な家族を持てた夢さんが、幸せそうで嬉しい、とも。


「さて、と」

「碓氷さん、それでええと、お話、というのは?」

「――単刀直入に言うわ」


 乙女さんはそれまでの雰囲気を一変。

 鋭い目で、私を見る。その目はなるほど、ICPOの一員であるということを痛感させるものだ。だからこそ私も、教師として“親御さん”に応えるためにも、真っ向から受け止めた。


「ふ。なるほど、夢が気に入るはずね」

「碓氷さん?」

「乙女で良いわ――では、改めて。気をつけなさい。金沢無伝は凡愚だけれど、それ故に常人では及びも付かない暴挙に出ることもあるわ」

「っ」


 表情を幾分か和らげた乙女さんから、告げられた名前。

 ――国連安全保障理事会極東異能監査室、室長、金沢無伝。度々英雄たちの邪魔をしてきた男であり、どういう手段を用いてか、私を当日のお付きに指定してきた人間。


「私も立場が立場だから、さほど自由に動けるわけでは無いわ。けれど、できる限りの協力はする。だから、あなたも気をつけなさい。アレは、暴挙に出るだけの闇は、抱えている」

「……わかりました。ご忠告、肝に銘じます」


 そうか、やっぱり、ナニか仕掛けてくるんだね。

 そうであるのなら、こちらも気は抜けない。やれる最大の手は尽くして、迎え撃つしか無さそうだ。

 私の礼に、乙女さんは笑顔で手を振る。それから一言二言言葉を交わして別れると、私は、端末を手に取った。


(やれるだけのことはしよう。私に、できることを)


 ただ、最善を尽くすために。

 なによりも大事な生徒たちを、守るために。





2018/08/31

誤字修正しました。

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