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そのよん

――4――




 授業参観初日。

 いよいよ私の担当する、合同実践演習の授業が始まる。異能科の合同担当の先生は江沼耕造重光先生――通称、おじいちゃん先生だ。

 江沼先生は相変わらずほわほわとした表情で、生徒たちを見守っている。


「さて、皆さん、お揃いですね?」


 会場は、特専異界に保護者の方々をご案内するわけにも行かなかったので、今回は第六実習室の最新施設で行う形となる。生徒会長に鈴理さんの異能学研修をお願いした、あの場所だ。

 集まっている生徒は、なんの因果か見知った生徒のもの。即ち、鈴理さんのクラスと金山君のクラスの二つだ。二人の仲が心配だったが、顔を合わせるなりガッシリと握手を交わしていたから大丈夫なのだろう。

 ところで、少しだけ聞こえてきた、“和服がちゃ”ってなんだろう? なんだか、心の平穏のためには気にしない方が良いような気もする。


「では、本日の授業を担当する観司です」

「同じく、江沼です。皆さん、よろしくお願い申し上げます」


 保護者の方々は、闘技場のような形に設定された実習室の、観客席のスペースにおられる。ちらっと横目で見た限り、夢さんのご家族の姿は見当たらないが、以前、夢さんの実家に足を運んだ時に案内などを勤めて下さった、おばあちゃん家政婦のキヨさんはおられるようだ。

 他は、鈴理さんのご両親。それから、手塚君のご家族の姿なんかも窺える。


「本日、皆さんに講義致しますのは、“危険状況における回避と離脱”です」


 せっかく、保護者の方々の前なのだ。

 危機に陥った時の脱出方法を講義しておけば、あるいは、保護者の方々の益になるかも知れない。得をして帰れるのであれば、それに越したことも無いだろう。


「魔導術、異能、そのどちらもそれぞれがそれぞれを感知する術は、広く伝わっています。例えば、魔導術ならば“感知系術式”が、異能ならば“超覚エンスシス”が、といった具合に。けれど、魔導術ならば霊力を、異能ならば魔力を感知するのは、あまり得意ではありません。そこで、今回は、迫り来る脅威に対して感知による回避を行うための技術について、お教えしますね」


 空中投影モニターにそう記すと、生徒たちは直ぐにノート端末に写していく。

 全員がきちんと書ききったことを確認したら、次の段階だ。


「それでは、まずは動きを見て下さい。私が今から、その技術を用いて江沼先生の攻撃を捌きます。ただし、こうやって」


 そう言って、布で目隠しをする。

 そうすると、生徒たちからざわめきが漏れた。うんうん、デモンストレーションにはイイ空気だ。


「では江沼先生、よろしくお願いします」

「ほっほっほっ、お任せあれ」


 江沼先生はそう腰を折ると、おもむろに杖を左手で持つ。

 そしてカチ、と抜き放つのは、杖に納められた仕込み刀だ。


「行きますぞ」

「はい」

「疾ッ」


 小さく、息を吐く声。

 同時に魔力を波のようにして緩やかに放つと、壁に当たった波紋のように、私に位置を伝えてくれる。

 刀。接触まで刹那。右に半歩。


『すげぇ、ホントに避けた』

『おいおいマジかよ。そもそもおじいちゃん先生の剣筋、見えないんだが?』

『師匠、さすがですっ』

『鈴理、ほら、乗り出さないの』


 一歩。

 半身。

 跳躍。

 転身。

 前屈。


「よしよし、ここまでじゃろう」


 ぴたりと江沼先生が動きを止めたので、私もそれに倣う。


「ではこのまま、逆も試しますね。【速攻術式セット】」


 再び、どよめき。

 今度は保護者席の方から聞こえる。これは十中八九“短縮術式”のせいだろう。

 だが公表済みということもあって、落ち着いて見ている方もおられる。今日はこれで話を広げるわけにもいかないので、ひとまず続けよう。


「【模擬剣(リミットブレード)展開イグニッション】」


 手から出現させるのは、蒼く彩られた魔導の剣だ。

 戦闘、障害物の切除に始まって、草刈りから片付けまで諸々の用途に用いることが出来る。


「行きますよ」

「ええ、どうぞ」


 走って、まずは両断。

 当然のように避けられるが、それでいい。江沼先生は、私の高等部時代にお世話になった先生でもある。せっかくだし、私の成長を見て貰いたいという気持ちもない訳では無いのだ。

 足運びで距離を幻惑させながら、微弱な力加減で攻撃に緩急をつける。それを、目隠しされた江沼先生は、ひょいひょいと避けていた。むむむ、感知だけでは難しい、と言わしめる程度には足運びに気をつけているのだけれど、やはり、この道で江沼先生をあっと言わせるのは至難の業、かな。


「……と、このようになります」

『おぉー』


 関心の声。

 感心の目。


 うん、そうそう、こんな風に興味を持って貰えるのがベストなんだよね。何事も、一番大事なのは興味と好奇心。それだけあれば、物覚えも他のことよりもずっと良くなることだろうからね。


「では、詳しいやり方を……そうですね、こっそり説明します。保護者の方の中で実際に参加してみたい方がおられましたら、如何でしょうか?」


 つまり、即興でやり方を把握した生徒との、簡易模擬戦だ。

 ダメージ変換結界がしっかりと適用されている、第六実習室ならではの方法、と、そう言っても良いだろう。

 私の問いかけに、一瞬、保護者用の観客席は静まりかえる。だがその中で、一人だけ、勢いよく挙手した。あれはええっと確か、そう――片山かたやま鈴鹿すずかさん。

 件の、金山君のお姉さんだ。


「では、生徒側は……」

「未知先生! 任せて、下さいませんか!」

「金山君……畏まりました。大丈夫ですよ」


 金山君の耳元に近づいて、方法を伝える。

 息でくすぐったいのか、金山君は耳たぶまで真っ赤にして震えていた。申し訳ないけれど、少しだけ我慢してね。


「――と、いうことなのだけれど……大丈夫ですか?」

「ひゃい!」


 ううん、心配だ。

 だが、そうしてぼんやりとしている暇も、どうやらないようだ。観客席から降りてきた鈴鹿さんは、闘技場の中央に立った。その目は侍とでもいうかのように鋭く、金山君を見ている。

 彼もまた、四国特専の水無月梓さんや、あるいは静音さんと同じような立場。即ち、当主になった兄妹を持つ人間。その家庭の複雑さは、静音さんを見ていれば痛いほどよく伝わってくる。


「では、一分間の耐久回避訓練です。用意は良いですか?」


 私がそう告げると、まず、鈴鹿さんが一歩前に出る。

 長い黒髪を姫カットにした清楚な女性だ。確か、金山君の双子のお姉さんだったはず。




「――真次まさつぐ。名門片山にありながら、女性の偶像ばかり追い求めるその姿勢、見過ごすわけにはいきません。我が“とお”の一刀の下に、切り伏せて差し上げましょう」




 そう、鈴鹿さんが手を振る。

 ――たったそれだけの仕草で、日本刀が出現。鈴鹿さんの手に握られた。


「出来もしないことを言うのは恥ずかしいんじゃないか? 鈴鹿。我らが信奉する女性には足下にも及ばないフォームの癖に」

「女性の身体的特徴を持ち上げて貶すとは、そこまで堕ちましたか」

「あれ? 誰が身体的特徴って言ったのさ? 技術や能力に対してフォームって言ったんだよ? ――もう成長できっこないのに縋り付いてるから、そう貶されたと思い込むんだよ」

「ッ! ――良いでしょう。生きていることを後悔させて差し上げます」

「良いけど、あと三十秒しかないよ?」


 ……まだ計ってないよ?

 そう告げる間もなく、鈴鹿さんは焦りを浮かべながら金山君に突撃する。そのフォームからはなるほど、雑念が見えた。いやまぁ、金山君の細工というか、心理誘導のせいなのだろうけれど。


「せいッ!! ――なぁっ?!」

「遅い」


 遅い、と、そうは感じていないだろう。

 額にうっすらと浮かべる汗。心理誘導のために余裕そうに見せているだけで、実際はもっと辛く感じているはずだ。

 私が金山君に教えたのは、ごく単純なことだ。水を広げるように魔力を伸ばし、ソナーの役割をさせる。たったそれだけで、こんなに避けられるのだ。


「つっ! せいやぁッ!!」

「クスクス、こっちだ!」


 誘導。

 連撃。

 回避。


 そうしていくうちに、あっさりと時間は過ぎていき。


「そこまで」


 私のかけ声で止まった瞬間、平気そうな金山君に対して、鈴鹿さんは肩で息をしている。

 心に余裕があるかないか。たったそれだけでこんな結果に落ち着く。それ自体もまた興味はあるけれど、それは流石に後回しだ。


「と、このように、即興であっても習得さえ出来れば直ぐに扱えます」


 そう話すと、みんな、口々に感嘆を告げる。

 うーん、やっぱり照れるね。


「それでは、みなさんで――」


 授業を進めていくと、みんな、先ほどまでよりもずっと熱心に聞いてくれているようだ。

 そのことに安心感を覚えると、ちょっと、こちらも筆が乗るというものだ。そんな風に苦笑しながら、授業をどんどん進めていく。

 この授業が彼らの将来に、あるいは犯罪者から身を守ってくれる“技術”だ。だからそう、私は、彼らのためになるよう、授業を進めていくのであった。





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