そのさん
――3――
授業参観初日がスタートすると、私以外の先生方も少しだけ緊張しているように見えた。
かくいう私も人のことはまったく言えず、今回私が担当する合同実践演習まではまだ時間があるというのに、なんだか緊張してきてしまった。中等部で教えた経験は無いから、授業参観を教員側で参加したことは無く、初めて、というのもあるんだろうけれど。
「はぁ」
「オヤ、ため息とは珍しいデスね、観司センセイ」
「……レイル先生。おはようございます」
「Hello……ナニかお悩みでも?」
そう、レイル先生は苦笑しながら私の前に腰掛ける。
外国の方特有の長い足。すらっと高い背。イルレアと並ぶと、本当に絵になる。今は随分と男らしい方だが、幼少期は女の子にしか見えない容貌で、よくイルレアに冗談半分で女装させられていた、のだとか。
「いえ、単に授業参観に慣れておらず……ご心配をおかけしましたね」
「イエ、お気になさらず。デモそうですか、慣れておられないのデスね」
「以前の学校では、ご経験なされたのでしょうか?」
「モチロン。SCSでは、半年にイチド、英国騎士団を筆頭に、国の重鎮を招いて授業のシサツをオコナうのさ」
SCS――SpecialClassSchool。
イギリスの特専名称であり、エリート校に位置する学校だ。その卒業生の大半は英国騎士団と呼ばれる対超常現象専用のエリート部隊や、国政に携わるような人材を輩出するという。
元々、フィリップさんの指示で日本に来るまでは、レイル先生はSCSで教鞭を執る先生であった。今では日本で教師をすることに情熱を見いだしている、ということみたいだけれど、未だSCSから帰還の要望を貰うこともあるようだ。
ということで、そんな海外所属だったレイル先生だからこそ、こうして日本にはない視点を持っていたりする。
「セイトたちにスカウトをしたい人間は多くイルからね。今のうちにセイトを見て、ゲンセキのうちにホウコウセイの指示をしたいのさ」
「なるほど。……けれどそれでは、生徒の可能性を狭めてしまうことになりませんか?」
「イッチョウイッタン、というヤツさ。歪に育つことなく、シシツを伸ばしていける、とうシテンもあるからね」
「なるほど……」
確かにそう言われてみれば、そういう方向性にチャレンジするのも悪い考えでは無いのかも。子供のために潤沢にお金を使って、投資分だけ国政に携わらせることで取り戻す。
実に健全な循環ではあると思うけれど、やはり私は“国のため”ではなく“自分と大切な誰かのため”に、将来を決めて欲しい。そう告げてみると、レイル先生は優しく頷いた。
「ソレナラそれで、イイんじゃないカナ。その優しさはキミのイイところであるとオモウよ」
「そ、そうでしょうか? ありがとうございます」
「ソレニ、そう言ってクレるセンセイが居るというのも、一つのスクいさ。ボクとて幼少期は、ソウ言って欲しくてたまらなかった」
「そうなのですか?」
なんだか、海外出身のエリートというイメージが強かったからか、とても意外に思う。
「そうサ。ボクは姉がアレだからね。ディルンウィンに認められ、揺るぎない当主のザに腰掛ける姉さんのスガタは、ボクにとってコンプレックスの象徴、ソノモノだったんだ」
そうか……イルレアはブリテン十三秘宝の一つ、白炎浄剣“ディルンウィン”に認められた天才だ。
その事実はなるほど、近くに居た人間にとっては、時には毒のようにも映ったのだろう。そしてそれはきっと、互いにとってどこまでも不幸なことだ。
「ダカラ、キミがそうしてセイトたちに接しているヨウスは、ボクにとってもハゲみになっている。どうかソノコトヲ、覚えておいてホシい」
「レイル先生……はい。あなたにそう言っていただけるのでしたら、光栄です」
「ヨシテくれ。キミと瀬戸は、ボクの新しいアコガれなんだから。――さて、そこでホンダイだ」
「え?」
悪戯っぽく笑って見せるレイル先生に、思わず、首を傾げる。
ええっと、本題?
「ソウだよ。だって悩んでいたのだろう? 授業参観にツイテ」
「ぁ」
お、お恥ずかしい。
すっかり忘れて、レイル先生に聞き入っていた。そういえば途中で脱線しただけ、だったのよね。
「キミは結構、オッチョコチョイなトコロがあるね」
「お恥ずかしい限りです」
「ボクのヴィーナスに比べたらトモカク、キミは充分可愛らしいんだ。キュートな一面だとオモうけれど?」
「もう、からかわないでください」
これだから外国の方は……さらっとストレートに褒められたら、否が応にも反応してしまう。これではクロックが散々語っていた“ちょろいん”みたいじゃないか。
流石に、“チョロインが許されるのは十二才以下”らしいから、私はセーフだと思うけれどね。……ちょろいんって、“照れ屋さんで男の子の言葉に直ぐ赤くなる女の子”で良いんだよね? 今度、夢さんに聞いてみよう。
「ダカラ、キミはただ授業参観でも、キミらしい授業を見せつけてヤレバ良いのさ」
「私らしい、授業を?」
「ソウ。可能性をダイジにした、セイトたちのためにイチバン必要で面白い授業をスレばいい。そうすれば、キットみんなわかるはずだよ。ジブンたちのコドモが、何故、あんなにタノシソウに授業を受けているのか、トイウことがね」
レイル先生は得意げにウィンクをすると、私にそう笑いかける。
その仕草が彼らしくなく子供っぽくて、だからこそ私も自信を持って頷くことが出来た。
「ありがとうございます、レイル先生。元気づけられて、しまいましたね」
「イイよ。ボクの方こそ、キミにはお礼が言いたかったんだ」
「私に、ですか?」
なんだろう、と、首を傾げる私にレイル先生は苦笑する。
けれどその笑みには諦念や諦観なんかは含まれておらず、どこか“照れ”にも似た喜びの感情を覚えた。
「キミのおかげで、最近、姉さんとワカリあえた気がするんだ。マエよりもずっと、キョリが近くなった。キミが姉さんと――ナニヨリも、このボクを変えてくれたおかげだよ。ダカラ、アリガトウ、Ms。キミのおかげで、スクわれた」
和やかな声だった。
穏やかな笑みだった。
そんな風に笑えるようになった彼の姿が、どうしてだか嬉しかった。
「いいえ。お力になれたのでしたら、それ以上のことはありません」
「ハハ……やっぱり、キミはキュートだよ」
「え? ――へっ?」
小さな、リップ音。
指先に落とされた、唇。
「指先には賞賛のキスを――ケントウを祈るよ、Mybestfriend」
レイル先生は踵を返すと、そのまま軽やかに歩き去る。
――やっぱり、なんだか海の向こうの人ってずるい。さざ波のように静かに、感情まで連れ去ってしまうみたいだ。純真な生徒たちが、うっかりやられちゃわないように良く見ておかないと、なんて。
早鐘を打つ心臓を誤魔化すように呻くことしか、できそうになかった。
――/――
――授業参観一日目・日中
ホテルの一室で、金沢無伝は昼間から大ぶりのローストチキンを貪りながら、携帯電話に目を落とす。
そこに映っているのは、件の“観司未知”の情報だ。修学旅行の写真なども入手されており、やぼったいスーツの上からではわからなかった豊満な肢体は、どうやら彼のお気に召すところであったようだ。
「ぐふふふふ、なんだ、英雄といっても所詮は男。既に手つきだろうが、ワシに染めるのも面白い」
そう、無伝はまるで英雄に男しかいないとでも思っているかのような口ぶりで、写真を舐めるように見る。無伝にとっては、自分以外の人間など、餌のようなものでしかないのだろう。
歪んだ顔から零れる醜悪さは、善良な人間からすれば直視できたモノでは無いだろう。
「なぁ、旦那。オレたちにもおこぼれはくれるんで?」
そう、影から現れた男に、無伝はニヤリと口角を上げる。
この場にいて、この光景に何とも思わない男たち。即ち、彼らも無伝と“同類”ということであろう。
「これはダメだ。英雄へのカードになるのでな。他のだったら好きにしろ」
「へへっ、ありがたく――ぉ」
「気に入ったのがあれば、“担当”にしてやるぞ?」
下品にそう言う、スーツ姿の中年の男が一人。
若く見えるが常に口元に薄ら笑いを浮かべた男が一人。
褐色の肌に入れ墨とピアスの男が一人。
厚手のコートに身を包み、ブツブツと虚言を繰り返す男が一人。
彼は皆、無伝によって集められた犯罪者たちだ。
「この子を貰ってもイイですか? 無伝殿?」
「ん? ああ、そやつか。良いぞ。ただし、監禁せねばならんから最初の内はほどほどにな。なに、特専を出れば好きにして構わんよ」
「ひひっ、ありがとうございます」
その中で、一人スーツの男は、現像された写真を舌で舐める。
恍惚とした表情。そこに秘められた狂気は、他の三人に劣らない“真性の悪”ともいえるような、歪なモノだ。
「ひ、ひひ。待っていてね、オレの愛しいお姫様」
そう、男は嗤う。
ただ、自分に与えられた幸運に嗤って酔い狂うように。
「なぁ、鈴理ちゃぁん?」
そう、笠宮鈴理の写真を舐めて、声を上げて嗤った。




