そのに
――2――
コネと金を利用して宿泊する、高級ホテルの最上階フロア。
金沢無伝はルームサービスでステーキを注文したのか、空になった鉄板を前に、どっぷりとソファーに座り込んでいた。
彼の直ぐ横には、眩いばかりの夜景が広がっている。だが、無伝は風景などには目もくれず、睨み付けるように空中投影モニターを見ていた。
「それで? 手配はどうなっている!!」
怒鳴りつける相手。
モニターの向こう側に映るのは、どこかの研究室の様子のみ。人前に姿を現すことを嫌う彼の対談相手は、モニターから外れた場所にいるようであった。
『関東特専への訪問のご予定は、もぎ取られたのでしょうか?』
「ふん。その程度のことであれば造作も無い」
『でしたらご安心を。直ぐにでも、件の観司未知教員があなた付きになりますよう、手配致しましょう』
余裕に満ちた男の言葉。
余裕無く苦悶の表情を浮かべる無伝。
「もう後がないのだ。これ以上無様を晒せば、“あの方”に切り捨てられる……!」
それは、無伝の身から出た錆だ。
女にかまけて英雄の実績を増やし、無残に失敗を続ける。彼に残った政府からの印象は、“英雄の邪魔立てをする割りに、一度も成功しない無能者”でしかない。
だからこそ、今度こそ英雄の弱点を確保し、関東特専にいる“特異魔導士”を適当な理由で拘束し、研究組織に送り込んで実験素体にする。言うほど簡単なことでは無いが、無伝にはもう、これしか汚名返上の機会はない。
「機械兵士の手配は?」
『さすがに、特専内には持ち運べませんね』
「ッなんとかならないのか!」
『外部での受渡は可能です。そちらから運び込むことについては、お力にはなれませんねぇ』
無伝は言われながら、自分の持つコネで出来ることを考える。かつていた手駒の人間も、今や数を減らしている。なら、後ろめたいことのある連中を金で雇って、いざとなれば切り捨てれば良い。
そう考えてしまえば、ある程度は気持ちも収まるというものだ。
「機械兵士は三体要請する。いいな!」
『ええ、もちろん。では、私はこれにて』
そう言って男がモニターから消えると、無伝は苛立たしげに机を叩いた。
最早、逃げ道などどこにもない。そう示すように、無伝は自身の上役に授けられた、“石”を握りしめる。
「やりきってみせる、そうだ、この先に続くのは栄光のみ。ワシは選ばれた人間なのだから!」
モニターを切り替えて呼び出すのは、“訳あり”の人間たちのフォルダーだ。
重犯罪者は天使の研究所に送っている。全てが天兵に改造されていることだろう。そうなると、無伝が使えるのは後ろめたいが欲望に忠実な軽犯罪者たちだ。より良い報酬を約束されたら寝返る可能性があるが、それが麻薬や女ならば、“正義”を背負う連中には用意できない。
逆に、無伝からすれば簡単に用意できる者ばかりだ。経歴も、簡単に調べた程度ではどうにもならないように準備しておく。その人間に対して綿密に調査をしている最中、という特異な状況でもない限り、発覚することはないように。これは、軽犯罪者相手にそこまで労力を裂く人間など居ない、という確信からだった。
なによりも慎重に。
だれよりも確実に。
「ひ、ひひ……視ていろ、英雄共め――ッ!!」
無伝はそう、準備を進める。
少しでも多くの欲望を満たすため、独りよがりの悪意は、じわりじわりと関東特専に向けられていくのであった。
――/――
――十月。
月初めに端末に送られてきた、“年間行事予定”になかった行事の追加。
その内容に戦々恐々としていたわたしたちだったのだけれど、あっという間に訪れたその時間に、はらはらどきどきとする様子が抑えられそうに無い。
今日は放課後に出来ないから、と、朝早くから集まって魔法少女団の部活動に精を出そう、と、言ったモノの、全員落ち着かない様子だった。
「授業参観、かぁ」
「ど、どうなるんだろうね」
家族とは和解したけれど、未だ距離感が掴めなくてなんとなく気まずいわたし。
家族とは完全断裂していて、だからこそ誰が来るのか読めない静音ちゃん。
「私も、お父様がどんなテンションで来るのかは、少し心配かな」
「……うちの父上と母上は、果たして旅費があるのか……」
家族がハイテンションのリュシーちゃんは、そう苦笑して。
家族が負債のせいでお金が無い、というフィーちゃんは胃を抑えながら。
「去年まで中学生だった妹が高等部に入学したから、たぶん、母さんが来そう」
「あなたは母親だけでしょう? 碓氷。うちは何人来るのか心配でならないわ」
そう、お母様の到来を予期して胃を抑える夢ちゃん。
そんな夢ちゃんに諦観を浮かべた声で語りかける、大家族の次女である杏香先輩。
「まぁ良いわ。魔法少女団の活動といっても、資料編纂は飽きたでしょう。少し雑談に講じるのも悪くないわね」
「ありゃ、杏香先輩がそう言うのなんて珍しいですね。悪いモノでも?」
「ハッ倒すわよ、碓氷」
杏香先輩と夢ちゃんは、そんな風に軽妙にやりとりをする。
なんだかんだと言って仲が良いのだろう。杏香先輩が一番肩の力を抜いて接しているのは、夢ちゃんじゃないかな、なんて思うくらいだ。
「そういえば、シルバーウィークにミチに会ったよ」
「えっ。師匠、旅行だったんじゃ……?」
「お父様たちとの会食があったんだ。そこで、無理をいって写真を撮らせて貰ったよ」
そう言って、リュシーちゃんは端末を差し出す。
そこに映っていたのは、だて眼鏡を外してリュシーちゃんと並ぶ師匠の姿。ただし、すっごくお洒落をして和服に身を包んだ。
「えぇっ、師匠綺麗! リュシーちゃんも綺麗!」
「……よしてくれ。スズリにそう言われると、その、照れてしまうよ」
「こんなに綺麗なのに? 和服も似合うね、リュシーちゃん!」
「だ、だめだよスズリ。からかっているんだろう?」
「そんなことないよ?」
きょとんと首を傾げてリュシーちゃんを見る。
――少しだけ、リュシーちゃんの瞳が揺れる。
じっと覗き込むようにリュシーちゃんを見る。
――徐々に、リュシーちゃんの顔が赤くなる。
ひたすらリュシーちゃんの目を見つめ続ける。
――リュシーちゃんは耐えきれず目を逸らした。
「勝った!」
「うぅ、無体だよ、スズリ……」
「いや、何やってんのよアンタら。というかこれ、ホントにレア画像じゃ無い。SSRよ。鈴理、加工して会報に載せるわよ。現物入手は課金ガチャで」
「ええっと、言っていることがよくわからないよ? 夢ちゃん」
かきんがちゃ……課金? お金? 商売は怒られるんじゃないかなぁ。
「シルエットだけ公開。他写真数枚をランダム投入。端末の大学部研究用アプリケーションを利用して、ガチャシステムを構築。これ、もしかして大もうけできるんじゃ……?」
「夢ちゃん、無料でやろうね? あと、ファンクラブ限定で、ね?」
「ええー」
「師匠に怒られるよ」
「それはそれで……ああもう、わかった、わかったわよ。ファンクラブ貢献度に準じたMLポイントと引き替えにするわ」
MLポイントってなんだろう……?
M&Lとは和解して、運営は金山君と夢ちゃんにお任せしているのだけれど、情報操作能力の観点からとかそんな理由で、金山君が膝から崩れ落ちるほど夢ちゃんが有能だったんだとか。
おかげで今、実質、夢ちゃんが色々と管理運営に乗り出しているみたい。その過程で生まれたのがMLポイントらしいのだけれど、いったい何に使うんだろう? 現金、は、アウトだよね?
「正義の魔法少女団の部室で金儲けの話とは良い度胸ね、碓氷」
「ゆ、夢、それはちょっとどうかと思うな?」
「ぐはっ……杏香先輩はともかく、静音に言われるとダメージが」
「ともかく、って何よ」
何故かコントに移行し始めた夢ちゃんたちを横目に見ながら、わたしとフィーちゃんはリュシーちゃんの持っていた画像集に視線を戻す。
フォルダ分けされた画像や動画。高性能のコンピュータ。どうやら有栖川博士の手によって、盛大に魔改造されているみたい。
「ふむ、なんだ、拓斗も一緒だったか」
「そっか、そういえばフィーちゃん、知り合いなんだっけ」
「ああ。拓斗と獅堂と、時子はな」
なんだか、幼少期が賑やかだった、というのは少し羨ましかったりする。
とくに大人の人が優しい、というのは、ない体験だった。わたしの周りに近づいて来る男の人たちはみんな、わたしを道具のようにしか見ていなかったから。
……なんて、もう昔のことだ。無理に振り返る必要も無い。
「あ、師匠のこの写真、かわいい!」
「ああ、これはね――」
だから、良い。
この授業参観、せっかく、お父さんとお母さんが見に来てくれるんだ。なら、それに恥ずかしくないように振る舞おう。お父さんとお母さんに、笑顔で手を振れるくらいは。
(だから、うん。きっと大丈夫)
そう、わたしは自分に言い聞かせる。
この焦燥に、気がつかなかったフリをして。




