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そのいち




――1――




 シルバーウィークが終わると、いよいよ空気も冷たくなり始め、秋の始まりを予感させられる。未だ緑の木々も、もう少しすると鮮やかな紅葉に変わっていくことだろう。

 毎年、この季節の特専には大きなイベントが無い。最大のイベントである遠征競技戦を終えたこともあり、三年生は受験に向けて本腰を入れる季節でもある。

 けれど今年は、合同実践演習の開設など、情勢に対応した新しい枠組みを作り始める時期ということもあってか、一つのイベントが開催されることに決まった。


 それが。


「二日間の授業参観、か……」


 一日目と二日目に招待客を変更する、国立校である特専ならではの“授業参観”である。


「観司先生? 手が止まっているようですが、何か気になることでも?」

「ぁ、ごめんなさい、瀬戸先生。いいえ、少しぼぅっとしていたようです」

「シルバーウィーク明けだからと、九月病では生徒に示しが付きませんよ」

「うぅ、仰るとおりです。以後、気をつけます」


 髪をピシッと撫で着け、スーツをパリッと着こなし、眼鏡をクイッとあげる瀬戸先生。

 いつ見てもストイックに業務を重ねる彼は、今日も自分に厳しく、自分に向けるほどでは無いが他人にも厳しく、各所で指示を出しているようだった。

 うーん、頼りになる。そうそう、頼りになると言えばこの間の拓斗さんもすごかった。大きな背中と優しい手。それからはだけた浴衣の……っていやいやいや、私は何を考えているんだ。思春期か!


「――観司先生。気がそぞろではありませんか?」

「ぁ」

「はぁ。これはいよいよ、気持ちを入れ替えていただかないとなりませんね。さて、なにに囚われておいでで?」

「い、いえ、その、瀬戸先生は頼りがいのある方だと考えておりました」


 う、うん、本当だよ?

 そもそも思考のハズレ初めは、それで間違いないのだし。


「ほう? では、“頼りがいのある瀬戸先生”から一言、よろしいですね?」

「は、はい」


 クイッと眼鏡をあげるせいで、眼鏡に光が乱反射。光線でも出しそうな雰囲気に、私は想わず身構えた。十割私が悪いのだけれど、なんだかこう、久々だ。最近は怒られることもなかったからなぁ。

 無茶のしすぎで怒られている? あれはそう、ノーカンです。ええ。


「あまり気もそぞろでおられるようであれば、“観司先生のバブみ”という論文を張り出しておきます」

「なんですかそれ?!」

「目が覚めるでしょう? 統計学的観点から複数の例を挙げ、“性質的バブみ”と“肉体的バブみ”を比較しながら主観的、客観的にそれぞれの視点での“オギャリティ”を追求します。なに、もう八割ほど仕上がっているので、ご安心を」

「削除して下さい!」

「公開して目を覚ますか、気持ちを入れ替えるか、選ぶのは観司先生自身ですよ?」

「うぐっ――はい、ちゃんと気持ちを入れ替えます」


 うぅ、正論なんだけど相変わらず方向がおかしい!

 まぁでも、授業参観は気の抜いて良い仕事では無い。なにせこれまでは中等部までに限定したイベントでしか無かったが、今年は高等部までの行事だ。

 一日目の保護者参観ではテロリストなどの侵入を拒み、無事に終えることを意識した警備体制が必要となる。二日目は国の重鎮や政府関係者を招くものとなるので、セキュリティ自体は国の支援で向上するが今度は彼ら“から”機密を守らなければならなかったりと、厄介事は枚挙に暇がない。

 私も先の休暇のデート旅行のことは思考の外に放り出して、もっと真剣に取り組まなければならないということは、言うまでもないことであろう。それについては、瀬戸先生に感謝しか無い。


 けれど。



「瀬戸先生」

「はい? どうかされまし――」

「あんまり変なことをしてはダメよ? めっ」

「――がふっ」



 鼻を押さえて、膝から崩れ落ちる瀬戸先生。

 周囲の先生方は何事かと目を瞠って瀬戸先生を見るが、瀬戸先生の表情が恍惚に歪んでいることを確認すると、すぅーっと人垣が薄くなっていった。

 触らぬ神にたたり無し。どうやらみなさん、白昼夢だと思ってくれた模様である。


「さて、ご来場の方々の資料は、と」


 資料編纂のついでに、ざっと目に付いた方々の確認をしていく。

 これでなにか疑問点があれば、今のうちに確認をしておかなければ、あとで大変なことになるからね。魔法少女時代は大変だったなぁ。進入禁止経路の確認を忘れて、アメリカのビアンのバーに突入。偶然悪魔が居たからまだ良かったが、あの日の混乱は忘れられない。

 でもね、魔法少女は“JapanesePower-Word『YURI=Justice』”で括られませんからね? 鼻血を噴きながら無表情のまま親指を立ててきたクロックのことも、ついでにトラウマのごとく染みついているけれど。“ロリに手を出すべからず。ロリとは鑑賞、ロリ百合は芸術なり”ってどういう意味なのさ。


 と、それはともかく。

 ええっと、代表的な方は、と。






 ・退魔七大家序列二位 黄地 ご意見番 黄地時子様



 って、時子姉!

 そうか、そうだよね。時子姉はその枠だよね。

 ええっと、次は?



 ・退魔七大家序列四位 緑方 現当主 緑方彰



 おお、彰君。

 そっかぁ、懐かしいと言うほどでもないけれど、久々だなぁ。彰君のことを思うと、なんだかどうしても照れてしまう。年下の男の子からああもまっすぐな好意を向けられるとどうしても、ね?



 ・国際刑事機構 特殊能力犯罪対策課 碓氷乙女



 なるほど、ICPO所属の国際犯罪対策部か。

 この機会に特専高等部に顔出しをして、ある程度の情報は掴んでおこうと言うことかな?

 ……って、いやいやいや、この名前ってまさか、その、夢さん? あとで確認しておこう。夢さんのお母様であるのなら、保護者枠でもご来場なさるかも知れないしね。



 ・世界特殊職務機構管理協会 役員 有栖川昭久



 そうよね、当然ご来場なさるわよね。

 こちらも保護者枠で前日から参加なさるのか確認しておかないと。



 ・国連安全保障理事会極東異能監査室 室長 金沢無伝





「っ」



 金沢かなざわ無伝むでん

 英雄否定派のトップにして超人至上主義者。魔導術師の権利剥奪を声をあげて謳う過激派だが、なにかと賛同者の数が減らず、現行の地位に居る。その理由の大半は“捨て駒”であろうというのが各分野の共通認識だが……。


「何故、わざわざ?」


 彼が来るというのなら、異能者と魔導術師の架け橋である“特異魔導士”の鈴理さんが危険な目に遭うかも知れない。警戒は最大限に、けれど、警戒はされないように。

 なんとか無事に終えるように、最早、祈るしか無いのかなぁ。


「あれ?」


 と、ふと、金沢室長の項目に備考欄があるのに気がついた。

 端末情報だ。ちょうど今、アップデートされた情報だろう。というか、直前に迫った今に情報追加? よほど急ぎのことなのだろうか?






『案内担当教諭 観司未知教員を指名』






 指名って、キャバクラじゃないんだから……。

 それにしても、二日目の案内要員に教員を指定とは、その観司未知さんとやらも可哀想……に……えっ……みつかさ、みち?





「ええぇ~っ!?!??」





 ガタンッと立ち上がり、職員室の注目が集まる。

 けれど私には、そんな些細なことを気に出来る余裕なんか、欠片も存在しなかった。

 いやだって、これ、ひょっとしなくても私だよね?!




 どうやら、今回の授業参観。

 とてもとても厄介なことに巻き込まれると言うことは、既に決定したようです。





2017/06/10

誤字修正しました。

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