そのなな
――7――
湖畔を異界化して機械兵士たちと戦闘。
拓斗さんの全力によって彼らを圧倒するも、突如として異変を見せたクレマラの一体。
その異様な様子に、私たちは距離をとって警戒を強めていた。
「スクラップからでも復活するのか?」
『アガガギギギガガガガグググギギギ』
最後の五体の、砕けたクレマラのうち、ただの一体が起き上がる。
起き上がる、とはいえ、下半身は砕け散り、硝煙を上がらせる掌だけを向けていて、再生したとは言いにくい。
『ギギギグゲガガガアアアガガ――“転化開始”』
「っ離れろ、未知!」
拓斗さんに抱えられ、大きく後ろに下がる。
――同時に、クレマラが爆発。真っ黒な炎を噴き上がらせて爆炎を広げて。
『魔導転魔』
時間が止まったように、ぴたりと爆炎が停止する。
そのまま炎は爆心地に向かって収束し、一つの“黒”に収まった。
『タイプ:アラクネ』
流麗な漆黒のボディ。
血管のように伸びる配線。
転じて、肉感的に蠢く蜘蛛の足。
「種による染蝕だと?!」
そういえば以前、同じ現象を杏香さんと赴いた四国で目の当たりにした。
悪魔の力を取り込んだ機械兵士。これはその時よりもずっと洗練されていて、明確な進化を突きつけられる。
「まぁいい、何が来ようと――」
『すまない、拓斗君! あと保って十分だ。ソレの存在によって、空間が軋んでいる!』
「――短期決戦か。わかった、極力早く片付ける!」
拓斗さんが銀炎を放出し、掻き消えるほどの速度で飛翔する。
だが、なにもあの蜘蛛はじっと見守っていたのでは無かったのだろう。張り巡らされていた“糸”が、拓斗さんの身体と鋼腕を絡め取った。
「罠か!? だが、異世界生活で罠の一つも無かったと思うなよ――ドラグプレイヴァー!」
『――想定内行動ト一致』
拓斗さんの左腕。
ただ肘まで覆う手袋にしか見えないソレこそ、“操者の籠手”と呼ばれる一級装備。未だ装甲を纏ったままの竜吼剣を操ると、それで糸を切断、炎上。炎の中から飛び出した拓斗さんは、炎によって糸を焼きながら突貫する。
けれど敵は、その攻撃に積極性を見せない。糸によって周辺の空間に自分の身体を寄せ、罠を張り、時には胸から黒い光線を発射し牽制。
その意図はどう見ても――。
「拓斗さん、相手は時間稼ぎをしているわ!」
「チッ……異界化を解除させようって腹づもりか!」
『肯定。コレヨリ封鎖結界ノ解除ヲ待チ、任務遂行ノ要トスル』
移動の衝撃波だけで周辺に多大な被害を与えてしまう拓斗さんは、この空間の外では全力を出せない。
もし銀炎の翼でも扱おうモノなら、芦ノ湖を蒸発させるだけでは留まらないことだろう。だったら、あの蜘蛛は、逃げることに専念すれば良い。たかが十分逃げ回るだけで、勝手に弱体化してくれるのだから。
「随分と、助けて貰っちゃったしね」
だから。
いいえ。
だったら。
「来たれ【瑠璃の花冠】」
逃げれば良い。
――この魔法から、逃げ切れるモノなら。
「未知?! おまえ、まさか」
「うん。躊躇わないよ。拓斗さんと、肩を並べて戦うために!」
『何ヲシヨウト無駄ダ。捕獲行動ヘ移行』
蜘蛛は私を脅威と定めたのだろう。
ずば抜けた機動力で私を捉えようとするが、遅い。
何故なら、魔法少女の掟は、変身の邪魔を決して許さないのだから!
『捉エ――』
「【ミラクル・トランス・ファクトォォォッ】!!」
『――ッ緊急回避! 行動不能、原因不明?!』
そうして、私の身体が光に包まれる。
鮮やかな瑠璃色と、煌びやかな星(物理)。
さぁ、今ここに。
魔法少女を、始めよう!
「麗しき夜風」
――差し出す手は、ぴっちり白手袋。
「鮮やかなる湖畔」
――突き出す足は、食い込みニーソ。
「人と愛の育み」
――ターンする度に揺れるスカートは、膝上十センチOver。
「美しきモノを穢す悪しき獣よ」
――張る胸は、形がわかるほどにくっきりぴったりで。
「この魔法少女ミラクル☆ラピが」
――揺れるツインテールは瑠璃色の星飾りに彩られ。
「ふわっと可憐に、オシオキなんだからっ☆!」
――小首を傾げるあざといポーズに、私の胸の裡はぎゅるりと抉られた。
びしっとポーズを決めて指を突き立てると、蜘蛛は躊躇うように前に出て、躓く。
うんうん、機械相手にこんなに動揺させるって、逆に凄いよね。わかるわかる。しにたい。
『理解不能。非効率的。武装ヲ捨テルコトニ何ノ意味ガ……?』
「効率で、乙女の夢は買えないよ?」
『乙女? 検索実行――“年ノ若イ女・未婚ノ女性・処女”……ツマリ、ドウイウ?』
わからないだろうね。
効率的、あるいは合理的な機械にこんなしっちゃかめっちゃかの少女力なんて、理解できるわけ無いよね! でも、それならそれで構わない。わからないまま、潰すだけだ!
「拓斗おにーちゃんは下がってて☆」
『兄妹関係ニ? 理解不能、理解行動ノ停止ガ必要』
「あ、ああ、その、あとで振り返った時に、後悔の無いようにな?」
「無☆理」
例え後悔の海に溺れようとも。
例え尽きぬ反省に泣こうとも。
「魔法少女は屈しない♪ いっくよーっ♪」
『――理解不能、排除スル』
蜘蛛の糸。
不可視であるはずのそれも、魔法少女の目ならばなんら問題なく捉えることが出来る。私は“けんけんぱ”のかけ声で白い糸を避けると、そのまま、腰の横に拳を立てた可愛いポーズで、反復横跳びをしながら蜘蛛に近づいた。
さながら私は荒野のパンサー。そう思ってないとやってらんない。
『何故ソノ動キで回避出来ル?! 理解不能理解不能理解不能ッ!!』
蜘蛛の胴体から発射される光線も。
「バック宙♪」
蜘蛛の足から飛び出る隠し刃も。
「恋のサークルダンス~側転編~」
両手から乱射される黒い弾丸も。
「ふわぁぁ、もう、ぷんぷんなんだからね!」
可愛いポーズにより少女力を向上。
跳ね上がった防御力が、肌で弾丸を弾く。
『馬鹿ナ、コンナ馬鹿ナコトガアッテ良イハズガ無イッ!!』
そう思うだろうね。
私も、こんなのが敵だったら、そう思うよ。
だからこそ、こうも思う。
そんなのに敵対したことを、電子メモリの隅々まで後悔させてやろう、とね!
「そんな悪い子には、てんちゅー☆だよ! 【祈願】!」
ステッキを振りかざし、集うのは瑠璃の閃光。
揺らぐ異界が崩れるその前に、確実に仕留める最強の一撃。
悪いけれどこの観司未知、手加減する気はございません!
『ナンダ?! 何ヲ狙エバイイ?! 男カ!?』
「――流石に、こうまでしてくれた未知の足を引っ張る気は無いぞ」
銀炎に包まれる拓斗さんを見て、流石の蜘蛛もたじろぐ。
拓斗さんの炎は獅堂のそれより威力は落ちるが、その万能性は獅堂の上を行く。
今、炎に包まれている拓斗さんは、火傷の一つも負っていないことだろう。
だからこそ。
そのたじろぎという隙を、生かさせて貰う!
「【愛情炎嵐紙吹雪】!!」
『シマッタ!?』
ステッキから吹き荒れる、☆(物理)混入の竜巻。
それに蜘蛛が巻き上げられると、遙か上空に飛ばされていった。蜘蛛も必死に抵抗を重ねているようだが、無駄だ。なにせこの竜巻、瑠璃色の炎も混入されていて、糸を伸ばした先から焼かれていく。
そして、竜巻の中心地点でじたばたと足掻く蜘蛛に、私はステッキの先を向けた。なにがラブラブかわからない? なら、この一撃に刮目せよ!
『理解不能、理解不能! コンナ意味不明ノ攻撃ニ――』
「意味はあるよ。愛という意味が! 【成就】!!」
ステッキから出現した、桃色に輝くハートマーク。
その輝きに足掻く蜘蛛を、容赦なく撃ち抜いて。
『――ィィィィ意味不明ィィィィィッ!?!?!!』
蜘蛛は、抵抗することも適わず、悲鳴と共に消滅した。
「今日も、魔法少女は可憐に大☆活☆躍♪ ラピの愛に、溺れてみる?」
ぱちんっとウィンク。
どかん☆と瑠璃色の爆発。
ふわっとターンしてポーズを決めると。
「……」
何事も無かったかのように、変身が解除された。
「み、未知?」
「……」
はぁ、はは。
いやぁ、やっぱりキツいわ。
「拓斗さん」
「なんだ?」
「痴女でごめんね」
「いや、未知の意図したトコロじゃないだろう?」
もうやだ。
おうち帰りたい。
「未知、ほら、飴いるか?!」
「たべる」
「おんぶしてやるから、旅館に帰ろうぜ?」
「うん」
気を遣う拓斗さんには悪いけれど、精魂使い果たしました。
そう嘆きながら、空に向かって恨み言を飛ばす。神様、せめてもうちょっとこう、なにかなかったのでしょうか?
そんな悩みは贅沢なのか、なんの答えも返ってこない。知っていたけれど。
「ほら、未知」
でも今は、せめて、差し出された手にだけは甘えていたい。
覚悟を決めて変身したとはいえ――なんだか今日の変身は、いつもよりも厳しくなかったかな? なんて、空に呟きながら……。




