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そのろく

――6――




 手を組んで。

 手を繋いで。

 手を取り合って。



 デート旅行に見せなければならない、なんて理由でさっきまで出来ていたことが、恥ずかしくてできない。先ほどまでの私は、いったいどんな気持ちで拓斗さんの手をとれていたのだろうか? それすらもわからなくなる程度には、頭が茹だっていた。

 湖畔からの帰り道。さすがに、頭を冷やしてから宿に戻りたいと言った私に合わせて、拓斗さんはそのまま湖畔を歩いてくれた。けれどどうしよう、火照った頬は私を正気に戻してくれない。


「で、未知」

「ひゃ……んんっ、はい、なにかしら?」

「その調子で、今夜、どうするんだ?」

「今夜?」

「部屋。一つしか、取ってないぞ?」

「ぁ」


 そ、そうだった。

 まさかこんな展開になるとは露にも思わず、まぁ、互いのために間違いが起こらないよう魔導術で警戒網でも引いておけば良いだろうと思って了承した。けれど、今この状態で、冷静に術の行使なんて出来るのだろうか?


「未知が良いんなら、責任は取るぞ?」

「そういうことにはなりませんっ!」

「はっはっはっ、そいつは残念」


 ざざざ、残念って、もう。もう!

 すまし顔の拓斗さんに恨めしげな視線を向けても、拓斗さんはどこ吹く風。余裕たっぷりな様子に、敗北感が沸き上がる。悔しい……っ。


「だがな未知。おれはいつでも――」

「待って!」

「――ッ」


 ざわりと、肌に触れる世に感じる悪意。

 会話を切り上げて咄嗟に周囲を見回すと、複数の気配を感じ取る。

 まるで、空間がざわめいているようですら、あった。


「いよいよ、お出ましか」

「ええ、そのようね」




 ざばり。

 がさがさ。

 ざっ、ざっ、ざっ。



 あるものは湖畔から。

 あるものは木陰から。

 あるものは地を蹴り。




「流麗な身体――クレマラ、かしら」


 あの日、盛大に苦戦させられた機械兵士。

 真っ黒なボディを晒したクレマラが、多量に集まってくる。全力で戦えば環境破壊は免れないため、力を制限しなければならない英雄たち。そんな彼らの努力を、いつも悪は嘲笑う。

 けれど、私たちだって、昨日までの私たちではない。拓斗さんはおもむろに端末を取り出すと、電話でもかけるように耳に当てて見せた。


「博士、お願いします」

『ああ、待っていたよ! クハハハハッ、腕が鳴るねぇッ!!』


 繋がる通信。

 拓斗さんを中心に広がる光の円環は、複雑な化学式に彩られている。

 それはさながら、魔法陣のようですらあった。


「座標転送」

『認識完了』

「位相位置固定」

『起動準備完了』

「ワード解放――」

『――空間湾曲システム“パンデモニウム”起動!』


 そして、その環が、爆発的に広がる。

 クレマラすらも追い抜いて、湖畔を越え、街まで届き。

 光を吸収するように、周囲の空間が陽炎のように歪み。


 空間を切り取ったような、“白”の世界が構築された。


「空間を湾曲させ、亜次元に干渉・異界を限定的に発動させる超技術。この空間で、おれたちを退けられるか? スクラップ共」

『PiPiPiPiPi――イカイカヲカクニン、セントウゾッコウニシショウナシ。コレヨリサクセンニイコウスル』

「チッ、言葉遊びの一つもできないのか。――未知」

「ええ」


 この空間で気をつけることは、自分の身は自分で守る。ただそれだけのことだ。

 何故なら、ここが異界であるのなら、拓斗さんは周囲を慮る必要なんてないのだから。



目醒め(おき)ろ、巨神の鋼腕(ギガント)――練炎、解放。渦巻け、銀炎」



 拓斗さんの右腕に鋼腕が装着され、銀の炎が噴き上がる。



解放(ひらけ)鋼鉄の翼(ウィング・ブースター)



 拓斗さんの背、肩甲骨の後ろに鋼の噴射口が現れる。

 その噴射口に銀炎が取り込まれると、銀の翼が出現した。



装着(呑め)、竜吼剣」



 空間から出現した竜吼剣が、銀炎に呑み込まれる。

 すると、銀の装甲を纏った巨大な剣となって、拓斗さんの生身の左手に握られた。


『カコメ、コロセ!』

「できるものなら、なァッ!!」


 轟音。

 拓斗さんの姿が掻き消える。


『ニンシキフノウ』

「そらッ!」

『?!』


 ブースターによる超速移動。

 足場にされたクレマラが、たったそれだけで粉々に砕ける。私が気にするのは、拓斗さんの余波から身を守るということだけだ。

 ――それほどまでに被害が甚大なものになるからこそ、外では扱えない力。


『オンナヲネラエ』

「させるかッ! 砕けよ、鋼腕! ブーストナックル、ってなァッ!!」


 拓斗さんの右腕に嵌められた鋼腕が発射。

 軌道上のクレマラをなぎ倒しながら、私の背後のクレマラを粉砕。それだけでは飽き足らず、拓斗さんが作る右手の形に連動して、その形を拳銃のように組み替えた。


「撃ち抜け!」

『?!』


 爆発音。

 鋼腕の突き立てられた指先から、銀炎の弾丸がばらまかれる。拓斗さんは焦熱の弾幕の中に飛び込むと、縦横無尽に空を駆け、大剣でクレマラを粉砕していった。

 速度だけなら、“韋駄天”を模倣したクレマラの方が上だ。だが類い希なる戦術眼から想定された射撃と突貫は、さながら詰め将棋。一体、また一体と数を減らし、二十に届くかも知れないと思わせたクレマラの軍団は、最早、片手で数えるのに事足りる。


「銀炎纏いて、力を示せ、ドラグプレイヴァーッ!!」


 ただ丈夫なだけの剣。

 火竜の火口から引き抜いたという剣の真の役割は、拓斗さんの異能で砕けないという、ただそれだけのことだ。拓斗さんの左手に巻き付いた操者の籠手により、手から離れても動き回る剣。その籠手の力を、威力を増すことのみに注ぎ込んだのだろう。


『キンキュウケッカイハツドウ!』


 クレマラが張った結界は、パイオニア・シティでも見られた物だ。

 外敵を警戒して作られたという、魔力による超高度七重障壁。検証データではアメリカの保有する異能兵器の粋、“魔法少女砲”などという、月すら貫けるというデータを持つ兵器すら相殺した結界だ。

 それを残りの五体全てで展開するのだから、威力の程が窺える。けれど、そんなものを目の当たりにしても、拓斗さんは止まらない。


「行くぞ、巨神の鋼腕(相棒)!」


 飛来した鋼腕が、宙に浮いた竜吼剣を掴む。

 そのまま円を描くように高速回転。残像を刻みながら、銀の円環は宙を征く。


「砕けろォォォォォッ!!」


 衝突音。

 空気が震え。


『キノウホゼンミリョウ、ケッカイイジフノウ?!』

「ここがおまえたちの廃棄場だ。そうだろう? 相棒(ギガント)

『リカイフノウリカイフノウリカイフノ――ァアアアアアアアアアアッ!?』


 そして。



『ソクテイフノウッ!?!?!!』



 爆音。

 空気を振るわす音と共に、爆発四散。

 残った全てのクレマラが、銀炎に包み込まれて消え去った。


「伊達に英雄呼ばわりはされていないんでね」


 そう、拓斗さんは肩に剣を担ぐ。

 それから親指を下に向け、不敵に笑って見せた。


「お見事です、拓斗さん」

「ご褒美をくれても良いんだぜ?」

「調子に乗りすぎ……とは、言えないわね。守ってくれて、ありがとう」


 キッチリ守ってくれた拓斗さんに、笑顔でお礼を言う。

 相変わらず余裕のある姿に、もう、悔しいなんて感情は出てこない。ただ、すごく頼もしいと思うだけだ。……だけ? ええと、だけ。だけ、かなぁ。


「さて、一応警戒を続けて、それから解除――ッ」


 拓斗さんが、私の前に鋼腕を翳す。

 すると硬質な音が響き渡り、閃光が、走った。

 それはまるで、不吉を予兆する鐘の音のように。




『アギガグガググガギギギギギギィィィッ!!』




 雄叫びを、あげた。





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