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そのよん

――4――




 夕暮れまで拓斗さんとデートをして、請われるがままに湖畔で手を取り合い、それでも珍しくなんの邪魔も入ることは無かった。

 私たちは一度宿に戻って身支度を調えると、今度は“待ち合わせ”の場所に足を向けることになる。


「……やっぱり、未知の黒髪には瑠璃色がよく似合うな。いつも綺麗だけれど、今日はよりいっそう可憐だな、未知」


 そう私を評価するのは、藍色の着流しに身を包んだ、拓斗さんだ。


「褒めすぎよ、もう――拓斗さんも、よく似合っているわ。格好良いね」

「ははっ、未知にそう言われると照れるな」


 私の格好は、フォーマルな和服だ。

 瑠璃色に百合模様の仕立ての良い物で、今日の会食に合わせて購入したモノだ。髪も合わせて持ち上げていて、今は星をイメージした大人っぽい簪でまとめている。

 うーん、なんだか少し、気恥ずかしいかもしれない。


「さて、いよいよ今日のお仕事だ」

「本題ね」

「……おれとしては、デートのついでの仕事なんだが?」

「私としては、そうね……秘密よ」


 楽しかったし、本当に久々にハメを外したようにも思える。でもそれが……ふふ、やっぱり秘密、ね。

 ん? 魔法少女? あれは逆に拘束だから。掟による強制プレイ。うぅ。


「箱根街の料亭で、有栖川博士ご家族と会食だ。娘にも今回の件は手伝わせているから、同席させるそうだが構わないか」

「最初から秘密なら貫くべきだとは思うけれど、そうでないのなら言い分は無いわ。でも、そう……アリュシカさんも、手伝ってくれたのね」


 思えば、アリュシカさんを含めた三人に一度にお会いするのは随分と久しぶりだ。

 有栖川昭久博士と、ベネディクトさん。仲むつまじい夫婦と、愛を一身に受けるアリュシカさんの姿は、微笑ましくて、心が温かくなる。あんな家庭を作りたい、なんて、思ってしまうほどだ。


「料亭の中は完全防音だそうだ。有栖川博士謹製の防音装置だそうだから、安心して良いぞ」

「なるほど、そうなんだ」


 有栖川博士謹製ということならなるほど、まず声は漏れないだろう。

 それなら、依頼の件も安心して、結果を聞くことが出来る。


「ということで、ほら」

「? ――もう」


 突き出された左肘。

 意図することに気がついて、身体を寄せるように腕を組む。

 なんだか、顔から火が出てしまいそうだ――なんて、今日一日、考えっぱなしの感想を封じ込めた。

































――/――




 高級料亭、“律月りつき”は、御食国みけつくに亮月りょうげつさんがオーナーを務めるフード事業の中でも最上位に位置する高級料亭だ。

 私と拓斗さんが有栖川博士たちと待ち合わせをしているのも、箱根街の中でも芦ノ湖がよく見える位置にある“律月”の一つだ。

 大きく象られた窓に、芦ノ湖に映る月。美しい夜景がピックアップされた個室に招かれると、そこには既に三人の姿があった。


「ミチ! おめかししたんだね。綺麗だよ」

「ふふ、ありがとう、アリュシカさん。――有栖川博士、ベネディクトさん、本日はこのように素晴らしい場を設けて下さり、ありがとうございます」

「はっはっはっ、可愛いリュシーも巻き込まれる可能性のあることだ。協力は惜しまないよ」


 つぎはぎだらけの顔に、上品な着物。その上から何故か白衣に身を包んだ有栖川博士は、そう、快活に笑った。


「リュシー、お客様が困ってしまうから、少しお待ちなさい」


 そう助け船を出してくれたのは、他ならぬベネディクトさんだ。

 波打つ黄金の髪は、肩口で纏められ、サファイアの瞳を優しく緩めている。洋風美人なのに、完成された美がそう思わせるのか、和服でもその美しさが損なわれない。


「は、はいっ、母様!」


 そう照れたように引き下がるアリュシカさんも、今日は和服だ。

 白地に、淡い色の模様。普段は隠している黄金の左目を、惜しげも無く晒すように髪を結っている。うんうん、そんな格好のアリュシカさんもかわいい。


「さて、難しい話は後にしよう。まずはここの料理を味わっておこうじゃないか!」


 そう、博士の鶴の一言で流れが決まる。

 そういうことであれば、否と言うつもりはない。せっかくだし、この料理の数々に舌鼓でも打とうかしら。そう箸を差し出して、食べ始めると、なんだか、笑顔が広がったような気さえした。















 料理を終え、デザートまでいただき、食後のお茶を飲みながら。


「さて、ではそろそろ依頼の話でもしようか」

「はい、ありがとうございます、博士」


 そう博士にお礼を言うと、軽く頷いて、博士は机の上に板状の何かを置いた。

 これって、端末の最新型? そう尋ねると、博士は得意げに笑う。


「アレの構造を調べたんだがね、やはり相当高度な魔導科学だ。けれど、応用技術という意味では異能科学なんかも、柔軟に受け入れて参考にしている――そして」


 言いよどむ博士。

 そんな博士を左右から支える、ベネディクトさんとアリュシカさん。


「ああ、すまないね。そして、こんな高度な科学を操ることが出来る人間など、私は一人しか知らない」

「一人は、ご存知ということなのですね?」

「……そうさ、私の勘が、外れていなければね」


 そう言って、博士は端末を操作する。

 映し出されるのは、量産型機械兵士、“エグリマティアス”と巨大ロボ、それから、私たちを散々手こずらせ、魔法少女まで使わせた“クレマラ”の姿だ。


「発生する機械音声は識別用のものだ。機械兵同士でやりとりが出来るようになっているのだろうね。解析、というほどのものでもないが、ちゃんと識別すれば発信していることは解る。それほど、“彼”は言葉に拘りを持たなかったからね」

「彼……」


 それが、博士が口に出すことを躊躇っている人物だろう。

 口ごもり、傷ましいような顔で苦笑し、やがて、悟ったように、けれどどこかもの悲しい表情で口を開く博士の姿に、私も拓斗さんも、口を挟むことが出来ない。


「ああ、そうだ。彼と私は旧友でね。一時は共同研究すらしたことがあるよ」


 興味の無い人間関係は、平然と切り捨てる。――そう噂された、まだアリュシカさんと出会う前の博士は、常にそんな有様だったらしい。

 そんな彼が、共同研究とするまでに仲の良くなれそうな人。ソレはまるで――“友”のような。





「彼の名は……――“虚堂こどう静間しずま”。魔導科学に於いて。希代の天才と言われる男であり、かつてはこの私の、友であった男だよ」





 告げられた言葉。

 静まりかえった空気。

 その予想外の言葉は、私たちの胸を鋭く突くように。


「そん、な、ひとが?」


 ただみんなの気持ちを代弁するような声が、私の喉から滑り落ちるように広がるのであった――。





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