そのよん
――4――
光の奔流を飛び抜ける。
夢魔に流れているのは、欲望や願望といった人間の強い感情の脈動だろう。
それが、夢魔の仕掛けた夢の中の道を通じて、夢魔を強化している。
目的は後ほど本人に問いつめるとして……夢がつながっている数は、三。そして、現在は確か夏休みに入ったところで、生徒の人数は最小限。そんな中で、夢魔が一括りに夢の世界へ誘えたであろうひとは……ううむ、みんな私の顔見知りだ。
三人とも、夏休みなのにわざわざ自己練習といって、当直の私に教えを請いに来てくれていたからなぁ。
「さて、ひとつめ!」
光の渦を抜け、瑠璃色の、夜空のような空間に浮かぶ銀の球体に手をふれる。
そして。
光が、はじけた。
――笠宮鈴理の場合
光の中に降り立つ私の姿は、自動で他人の夢の中でも自由に動き回ることができる姿に変換される。
昔、昏睡状態の少女を同じように夢に入り込んで助けたことがあるので、感覚はばっちりつかめたりするのだが……うん、なんで毎回“こう”なんだろう。
デフォルメされた体。
ふわふわのステッキ。
見た目はまるで、ぬいぐるみというこの格好、実は動くのに問題はないという謎仕様。
あれ、でも、もしかしてこれ痴女に見えなくない?!
私の時代がきたかもしれない。この魔法を現実世界でも扱えば……いや、無理か、掟に抵触する。
「そこまでよ!」
えっ、どこまで?
動揺しながら周囲を見回す。
場所は特専、校舎の屋上。声が響いてきたのは、ええっと、貯水タンクの上……んんんん?
「この世に悪が現れるとき!」
「現れるときっ」
――貯水タンクの上。二人組の女性・
「光の彼方より現れて悪を討つ」
「悪をうつっ」
――むちむちぴちぴち、女児服を無理矢理着たどう見ても痴女と。
「我ら、魔法少女――」
「魔法少女っ――」
――ふりふりふわふわ。ロリータヘソ出しファッションにふわふわツインテールの女の子。
「ミラクル☆ラピ♪」
「ロジカル☆ルピ♪」
――手に持つステッキをくるんと振りポーズを決める痴女と美少女。ふむ、なるほど。
「しのう」
自然と、ぽろっと口から出てた。
おっと危ないと気を引き締める、流石の“あの子”もここで死んだら怒るだろう。
「げぇぇぇ、なんだキサマはッ!?」
反応したのは私の後。
ロマンスグレーな老人で、口髭がダンディだ……が、圧倒的に目がやばい。
怯える幼女の耳に息を吹きかけながら抱きついている。いやもう、ほんとうにやばい変質者だ。これは確かに魔法少女案件だ。
「ルピ!」
「はい、師匠!」
ステッキを振りかざす二人組。
片方の痴女コスは言うまでもなく私で、もう片方は魔法装束に身を包んだ笠宮さん。
「な、なんだ貴様ら! かっこいい衣装なぞ身に纏いおって……おのれァッ!」
どんな夢でも、だいたいは元々本人が所持している記憶や思念をもとに構築される。
つまり、だ。あの似非ロマンスグレーは笠宮さんの記憶でも魔法少女案件だと断言できる変質者であるのと、その変質者が私に向けた“かっこいい”は、笠宮さんの本心である、ということである。
……笠宮さん、先生はあなたの過去を不憫に思うのと同時に、あなたのセンスがこの上なく心配です。
「【成就】!!」
――ちゅどーんっ
「ぎゃああああああああああああっ!?」
そうこう考えているうちに、終わったようだ。
決めポーズを取る二人にそっと近づいて、私は“私”と入れ替わる。
「やりましたね、師匠」
「ええ。……その、ね、笠宮さん!」
「はいっ」
そう、そして。
目をきらきらと輝かせて、達成を喜ぶ笠宮さん。
その瞳の奥に映るのは、私と肩を並べて――護られず、戦う自身に安堵する姿。
「“向こう側”に戻ったら、もっと色々な魔導術を教えてあげる。だから、還りましょう?」
「――はい。ええっと、あの、よくわかりません! でも……楽しかったです、先生」
「夢の中ぐらい……いいえ、二人きりの時くらい、師匠でいいよ」
「――はい! 師匠!」
嬉しそうに喜ぶ笠宮さんの姿。
その頭にぽんと手を置くと、笠宮さんはとろんと蕩ける。
うん、まぁ、色々あったけどやっぱり笠宮さんは私の癒やしだわ。
「そろそろ、醒めるわね……私は次に行くから、目が覚めたら、よろしくね」
「はい、師匠! いってらっしゃいませ!」
「ふふ、ええ、行ってきます!」
かっこいいと言われるのもいたたまれないけれど……憐れまれたり笑われたり引かれたり妖怪扱いされたりするよりずっとマシ、かもなぁ。
なんてことに思いを馳せながら、私は次の光に飛び込んだ。
――碓氷夢の場合
「っと」
再びぬいぐるみフォームに戻り、降り立つ。
場所は……ええっと、特専の廊下、かな。
いつもリーダーシップを張っていて、世話焼きで人の良い碓氷さん。
そんな彼女の見る夢とはどんなものなのだろうか。……というか、ああやって強がっている女の子の見る夢は十中八九、本人にとって恥ずかしいものだから見てあげたくないのが本音なのだけれど……ごめんね、碓氷さん。
どうしても接触して夢から醒めて貰わないと困るから、その、見た物は忘れるので許して下さい。
「――っ」
と、声が聞こえる。
教室からかな。見れば、一年A組の表記。
笠宮さんと碓氷さんのクラスだ。
「では、お邪魔しますね」
音を立てないように、そっと中に入る。
夕暮れの空。窓際の席。壁ドンならぬ窓ドンされているのは、え、碓氷さん?
んんんん? 窓ドンしているのは……ええっと、笠宮、さん?
「ねぇ、夢ちゃん。わたしね、ずっと前から、夢ちゃんのことが……」
「へ? え? だだだ、だめよ、女の子同士なのに、そんな」
「ねぇ、聞いて――ほら、どきどきしてる」
「どきどき、どきどき? あああああああのす、すす」
「好き?」
「鈴理! だ、だめだよ、だめだってば」
「もっと、近くで聞いて? どきどき――してるよね?」
制服をはだけさせ、にじり寄る笠宮さん。
顔を赤くしながらも、強くは抵抗しない碓氷さん。
「どき、どき、して、ます」
「夢ちゃんのどきどきも、確認して良い?」
「かかかかっかか確認?」
「そう、ね? わたし、夢ちゃんのどきどき、知りたいな」
「(ゴクリ)」
生唾を飲み込む音。
というか、おいおいおいおい。
これ以上はR指定がかかってしまいそうな雰囲気だ。というか本当に見てしまってごめんなさい、碓氷さん。
もう一つ言うなれば、忘れるのは無理そう。ほんっとうにごめんね、碓氷さん。
「いたたまれない、いたたまれないけれど……こういうときに正気に返すのは、冷静に戻る一言だから、その、ごめんね?」
一度教室から出る。
そして、姿を“教師の私”にチェンジ。
ゆっくりと教室に入った。
「あわわわ、ましゅまろ、ましゅまろ、すずりのましゅまろ」
「あの、碓氷、さん?」
「ままま……ま?」
「笠宮さんも? ええっと、なにを?」
努めて作る怪訝そうな顔。
――顔を赤くしている碓氷さん。
次いで、状況を見て驚く顔。
――今度は青くする碓氷さん。
そして、口元を覆って不憫そうな顔。
――顔を真っ白にして固まる碓氷さん。
私がさんざん痴女と呼ばれ、見せられた反応レパートリーは伊達じゃない。
現実逃避を阻止された数は幾星霜。ふっ……しのう。っと、いけないいけない。
「今回は、“夢だった”と、おもうことにします」
「は、ぃ、あ……りがと……うござ……いま……す」
「次回は、その、面談しましょうね?」
ふらっと倒れる碓氷さん。
抱き留める笠宮さんは、苦笑している。ああ、ちょっと色々ありすぎたけれど、なんとか夢も醒めようとしているようだ。
「先生」
「はい?」
「“現実”では、夢ちゃんをよろしくお願いします。たぶん、かなり落ち込むので」
「ええ。アフターケアも、先生の役目です。任せて、笠宮さん」
「はい!」
笠宮さんに手を振って、最後の一つに飛び込む。
犯人には、これで、碓氷さんの羞恥心を弄んだ罪も加算されたということを、覚えておいて貰わねば……ね。
――アリュシカ・有栖川・エンフォミアの場合
光の渦を抜けると、そこは白亜の城だった。
――って、んんん? 白亜の城? え? 城?
「ぬいぐるみさん、ぬいぐるみさん」
「はい? ぁ」
しまった、お城に驚いていて気が抜けていた。
思わず返事をしてしまった相手を見ると、そこにはシルバーブロンドを伸ばした“両目ともエメラルドグリーン”の瞳の少女。
「ぬいぐるみさんも、おとーさまのこども?」
「そ、そうね、たぶんちが――」
「やっぱり、おとーさまのこどもだ! いこ! おともだちをしょーかいするねっ」
今の、どちらかというと大人っぽい印象の有栖川さんとは真逆。
明るく無邪気で、奔放な少女。私は彼女に手を引かれて中庭を抜け、裏庭を潜り、城の裏口に擬態された隠し扉を抜ける。
「よーこそ、りゅしーのおへやへ!」
「お、お邪魔します」
絢爛豪華な城内を駆け抜けて、軽快に階段を登り、広い部屋に連れて行かれる。
白亜の城の一室は、流石というほど美しい。しかしこの実現度……毎日のように見てきた光景でないと説明できない。
もしかして実家なのだろうか?
「しょーかいするねっ、あのこがスズリで、あのこがユメで、あのこがミチ!」
そう、有栖川さんが指さすのは、笠宮さんと、碓氷さんと、私を象ったぬいぐるみだ。
でも、何故だろう。ここは“深奥の願望”が現れる世界のはずなのに、何故、彼女たちはぬいぐるみなのだろうか。
「あなたは?」
「うぇ? あ、ええ、そうね、私は……ラピ、よ」
「ラピだね! わたしはりゅしー! よろしくねっ」
うーん、とても友達をぬいぐるみにしたい、なんていう偏愛持ちには見えないし、もしそうであるなら観察力と直感がずば抜けている笠宮さんが、ああも懐いたりはしないだろう。
なら、聞いてみるしかないか。わからないと、醒ますこともできない。
「あの、リュシー? 聞いても良いかな?」
「うん! なんでも聞いて?」
「ええっと、ぬいぐるみの私が聴くのもアレだけど……お友達がぬいぐるみで、いいの?」
私がそう聴くと、有栖川さんはそっと私を抱きしめて座り込む。
「……さみしい、けど、だめだよ。たくさんのことをのぞんだら、だめなんだ。おとうさまがいて、おかあさまがいるんだよ。それいじょう、のぞんじゃだめだよ」
「……それは、なぜ?」
「だって、愛してなんて望んだから、お父さんもお母さんも、私を捨てたんだ」
「――」
私を抱きしめたまま、有栖川さんは今の有栖川さんに戻っていた。
「だめなんだ、望んだら、いつかきっと奪われて置いていかれる」
「本当に、そう思う? 笠宮さんと碓氷さんと、観司先生があなたを置いて行ってしまうって」
「――わからない。初めてなんだ。父様と母様以外に、“約束”を護ってくれたひとは、初めてだから」
私を抱きしめる手が、震える。
異能科の生徒である有栖川さんの事情は、魔導科の教師である私にはわからない。だが、ここまで言われてわからないほど、鈍感ではない。
「なら、私と約束しましょう?」
「約束?」
「そう。今から、あなたの願いを叶えてあげる。どんなことでも?」
「本当に? ええっと、空が飛びたいとか言っても、とか?」
「そう。――遊覧飛行、夢より来たりて現想を成せ。応用拡張【夢幻航行】」
一度発動した魔法は、ものにもよるが応用が利くモノが多い。
その応用の一つ。夢の中で自在に動ける力を使って、有栖川さんの手を引いた。
……ぬいぐるみフォームで手を引けるのも、応用のうちだ。
「わ? わ!」
驚く有栖川さんを、窓から外に連れ出す。
泳ぐように空を飛び、白亜の城の真上へいくと、有栖川さんは興奮に目を潤ませる。
「す、すごいよラピ! 本当に、叶えてくれるなんて!」
「うん。だから、言って? リュシーはどうしたい?」
「ぁ――うん。私は、本当は……友達が、欲しい。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒にいればなんだってできる、友達が欲しいよ」
「そっか。なら、いくよ――【夢幻航行】!!」
私がすることは、友達をあげることではない。
ただ、見せてあげることだ。彼女を心配する、“先に目が覚めた二人の姿”を、ね。
光が満ちる。
空に映し出されるのは、保健室の風景。
未だに眠る私自身の姿もちらっと見えてしまったが、そこはそれ。直ぐにピントを戻す。
『リュシーちゃん、くるしそう。ごめんね、なにもしてあげられなくて、ごめんね。きっと、今に、先生が助けてくれるから、だから、目を開けて?』
『リュシー、ごめん、わ、私があんなトボけた夢なんか見ているうちにこんな、こんな、うぅ……』
語りかける姿。
涙を浮かべる瞳。
懇願するような声。
言葉に込められた、揺るぎない友情。
「私は、もう、持ってたんだね」
「そうだよ。私はそれを、見せてあげただけ。だから――いってらっしゃい」
「うん……その、いつか貴女にも会えるかな?」
光の方向へ、導かれるように浮かび上がる有栖川さん。
不安げに振り向く姿。期待に満ちた声。
「いつも私は、貴女の心に居るよ。でも、そうね――本当に危ないとき、ピンチになったら私を呼んで? 魔法少女、ミラクル☆ラピ! って、ね?」
「――約束?」
「ええ、約束」
「なら、信じる。……ありがとう、ラピ!」
空に消えていく有栖川さん。
その去り際に浮かべた表情は、どこまでも嬉しそうなそれで。
「大丈夫、みんな、貴女のことを待っているよ」
私はそう、手を振った。
「さ、て」
現れたのは、黒い渦。
夢魔の見る夢に繋がる、悪夢の洞。
「魔法少女のドリームバスター。骨の髄まで味あわせてあげましょう……!」
その渦に、私は躊躇なく飛び込んだ。
2024/02/01
誤字修正しました。




