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えぴろーぐ

――エピローグ――




 あれから。

 人工島“パイオニア・シティ”は実質上の壊滅。紙面には“英雄によるテロ行為の阻止”とされ、細かい事情はさておき死傷者無し、軽傷のみの被害を最低限に抑えた形での決着となった。

 私たち教員も帰還後、生徒たちのアフターケアに努めて、後始末に追われる日々となる。なにせ一番注目度の高かったイベント内での事故だ。入賞者の学内表彰式を初めとして、やらなければならないことは盛りだくさん。

 なんとかかんとか時間が空いたのは、テロ事件のおよそ二週間後――シルバーウィークの手前であった。


「ここ、かな」


 手には花束。

 服装はスーツに眼鏡。

 身なりを整えて向かう先は、特専関連の病院施設だ。


「あの、すいません、お見舞いは――はい、はい、そうです。はい、ありがとうございます」


 受付で病室を教えて貰い、歩いて行く。

 こうして落ち着いてお話をするのは、もう、何年ぶりになることだろうか。本来ならそれだけに一日消費したいことではあるが、今回はするべきこともある。残念だけれど、後回し、かな。


「失礼します」


 ノックをして、入室する。

 広い、個室の病室。白いベッドの上で上体を起こし、窓の外をじっと見つめる姿。


「――お久しぶりです。調子はいかがでしょうか? 麻生先生」


 私がそう声をかけると、群青色の髪の女性――葵美あみさんは、ゆっくりと振り返った。そこに、以前までの怒りや憎しみの色はない。ただ穏やかな様子で、会釈を返してくれる。


「未知先生……先日はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。先生の伝えたかったことは、十二分に伝わったような気がします」


 そう、もう一度頭を下げる葵美さん。

 あまりにも、以前と雰囲気が違う様子。いや、それどころか、憎しみに溺れていた時のことがまるで人ごとのような希薄さすらも、覚える。


「葵美さん……」

「――ずっと、謝りたかったんです。未知先生に八つ当たりをしてしまったことを、ずっと。ごめんなさい、未知先生。わた、し、私、は」


 両手で顔を覆う葵美さんを、そっと抱きしめると、葵美さんは僅かに身体を震わせた。

 それから、唇を噛みせめて、何度かしゃくり上げ、やがて静かに落ち着いていく。


「大丈夫、大丈夫です。間違ってしまって、謝ることが出来たのなら次に進めば良いのです。――今までよく、頑張りましたね」

「っ」


 葵美さんが、私の大事な生徒がこれ以上、辛い思いをしないように。

 そんな願いを静かに込めて、抱き寄せた力をほんの僅かに、強くした。















 完全に落ち着いて、思い出話に花を咲かせ、これまでの過程のことを話し。

 それから私は、もう一つ、聞いておかなければならないことを口にする。


「――それで、葵美さん。あの“ティモリア”のことなのだけれど……」

「あれは、わからないんです」

「わからない?」

「はい。他校に移り、大学に進学して直ぐに、特専経由で治験のアルバイトに応募しました。けれどそれ以降のことは、その、記憶が曖昧で――気がつけば、ティモリアを当然のように使っていて……」


 それは……もしかしなくても、洗脳、か。

 でも、特専生が応募できるような斡旋アルバイトは、必要以上の信頼が求められる。聞けば、葵美さんは、治験先すらも覚えていない有様。一応調べては見るが、十中八九、記録は隠蔽されているだろう。

 特専の運営に食い込むようなものだとしたら、流石に危険すぎて暦さんにお願いすることもできない、かな。社会的に消されかねない。だったら、その可能性が極端に低い、ネームバリュー随一の英雄たちで調査に当たった方が良いだろう。

 ……こういう時、クロックが居ればと思わなくもない。潜入、尾行、詮索はお手の物。淡々と全て終わらせて、相手の恥ずかしい秘密まで持ち帰ることだろう。うん――やっぱり、いない方が良いかもしれない。


「お役に立てなくて、ごめんなさい」

「いいえ、充分ですよ。お話ししてくれて、ありがとうございます」


 ――それからしばらくは、彼女の負担にならないようになんでもないお話をして。

 他の方のお見舞いの時間に邪魔にならないように、病室を後にする。入院の理由は“ティモリア”による洗脳解除の負担と、検査のためだ。一時期は頭痛に見舞われたそうだが、今は落ち着いて見える。そのことに、少しだけ、安心した。


「では、また。お大事になさって下さい」

「はい――本当に、ありがとうございました」


 病室をあとにして、受付で挨拶をし、病院から外に出る。

 そのまま、足早に駐車場に向かうと、送ってくれたイルレアがスポーツカーの前で手を振ってくれた。


「どうだった?」

「持ち直したみたい。顔色は良かったよ」

「そう、良かったわね。ひとまず、ランチでもしましょう」

「ふふ、お礼に奢るよ、イルレア」

「あら、なら甘えてしまおうかしら」


 あの日、巨大ロボットを相手にしていた間、終始避難誘導と生徒たちの護衛をしてくれたイルレア。彼女たちが裏方で不安材料を消してくれたからこそ、勝ち取れた勝利だった。

 ……それほどに、危うい状況だったのだ。なにせあの人型機械兵士、クレマラ。あれを周辺被害を考慮しないのならともかく、そうでなく破壊できるのはおそらく“魔法少女”だけだ。


「そういえば、未知」

「?」

「“アレ”はどうしたの? ほら、リリー・メラが持ち帰ってくれた」

「ああ、“アレ”ね。言い逃れをされないように、有栖川博士のところで色々と調査して貰っているわ」

「なるほどね」


 アレ、とは。

 私たちが巨大ロボットと戦って、イルレアや護星先生が生徒たちの護衛をしてくれていた間、姿を見せなかったリリー。彼女はどうやらポチから譲り渡されたモノを扱えるように四苦八苦して、それから単独で“重要な情報”を持ち帰ってくれたのだ。


「なら、一安心ね」

「ええ」


 イルレアの隣、助手席からふと、空を見上げる。

 透き通った青空から見えるのは、平和な風景ばかりだ。この風景を壊さないようにできるのなら、どんな対価でも払おう。

 そう誓う空は、なにもかも呑み込んでしまうほど深くて。


「未知?」

「いいえ、なんでもないわ」


 ただ、付きまとう不安を振り払うように、イルレアに向き直った。






































――/――




 ――“パイオニア・シティ”壊滅同日・夜



 暗闇の中、木霊する声。

 声の主はコートを身に纏い、無機質な様子で端末に答える。


『英雄を消せると言ったではないか! どういうことだ?!』

「ええ、ええ、こちらもクライアントのご要望には極力お応えしたく存じておりましたが……なにせ相手は英雄とまで呼ばれるバケモノです。難しいのはおわかりでしょう?」

『だが!』

「可能であれば、消せることもあるでしょう、というお話でしたよ。わたくしめに承ったご依頼は、機械兵士の運用実験。まぁメモリが吹き飛んだのは残念ですが、一度学習進化が実証された以上、次はより高性能のクレマラを提供可能です。それでは、ご不満ですかね?」

『ぐぅぅ、それはそう、だが』


 コートの主は落ち着いた様子だが、端末越しの声の主には焦燥が見える。

 その声から漏れ出るような焦りは、聞くに堪えないほど耳障りなモノだ。


「魔導術師を都合の良い道具にし、ご自身よりも有能な異能者を排除し、甘い蜜を吸いたい。であるのなら、今は耐え時ではありませんか? ()()殿()?」

『名を呼ぶな! 誰かに聞かれでもしたらどうする気だ?!』

「センサーには、魔導術師も異能者も映っておりません。ご心配の必要はありませんよ」

『それでもだ!』

「……畏まりました。まぁ、お客様のオーダーには従いましょう」


 息を切らせながら、声の主――無伝むでんはそう怒鳴る。

 コートの男はそれをなんでもないように流すと、抑揚のない、淡々とした口調で従うそぶりを見せる。


『次はもっと高性能なものを寄越せ! いいな?』

「ええ、畏まりました。ああ、それと、あなた様はお得意様です。ご自身で英雄たちに手を出したいのなら、一つお耳に入れさせていただきたいことがございます」

『……言ってみろ』

「観司未知。どうやらこの女性が、彼らのウィークポイントのようです」

『! わかった、参考にしてやろう。振り込みは、いつもの口座で良いな?』

「はい、モチロンにございますれば。毎度、ありがとうございます」

『フンッ、調子の良いことだ』


 それきり、通信の声が途絶える。

 コートの主はその様を無機質に眺めると、端末をポケットにしまい、その場を立ち去ろうと踵を返した。





――「やっぱり、小物は隙間に湧くモノよねぇ」





 その足に、声がかかる。

 瓦礫の隙間から這い出たコートの男。彼に差し込むのは、月明かりで伸びた影。


「気配消去の異能者? いや、だが……」

「なんでもいいでしょう? これから潰える命に、手向けなど必要があって?」


 黒と紫の上品なドレス。

 幼い顔立ちに蠱惑的な笑みを浮かべて――リリーはそう、男を見下す。


「……そう簡単に、いきますかねぇ?」

「簡単ですとも。だってあなたの足下はもう――」


 手を翳し。

 闇を集め。


「――私のテリトリーですもの」


 笑いながら、リリーは小さな掌を、握る。


「なに、を?」

「【闇王の慈悲(ダークホール・プレス)】」

「ッッッ!?」


 闇が舞い、男を包み込む。

 そしてただの一言で圧縮されて、ただ、その場には黒い箱のようなものが落ちた。


「――やっぱり、人間じゃなかったわね。それにしても、ヒトの“キカイ”って解りづらいわ。説明書を把握しているだけでこーんな時間ですもの」


 そう嘯くリリーの手には、同じく四角い箱のようなモノがあった。

 これはリリーが、こんなこともあろうかと、なんて言うポチにノリで渡されてずっと忘れていたモノ。

 即ち――“テープレコーダー”であった。


「はぁ、埃っぽいし、いやになってしまうわ。――さっさと帰って、未知とお風呂にでも入ろうかしら」


 リリーはそう、日傘を片手に浮き上がる。

 そして、誰にも気がつかれることなく潜伏していたリリーは、やはり、誰にも気がつかれることなく、夜の闇へと溶けていった。













――To Be Continued――

2018/01/05

誤字修正しました。

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