そのにじゅうさん
――23――
闘技場を突き破り、天に向かって咆吼する巨大ロボ。
観客席で固唾を呑んで見守っていたわたしたちは、突如現れた“それ”を、ぽかんと見上げてしまった。
『避難はこちらの誘導に従って下さい! 各校の生徒会は避難誘導と護衛の補助をお願いします!』
実況席のリムの言葉で、ふと我に返る。
あわわわ、そうだよね。ぼおっとしている場合じゃ無かった!
「鈴理、行くわよ」
「うん、夢ちゃん! ……なにか、手伝えないかな」
「普通の災害現場ならそれも良かったのかも知れないけどさ……ほら、見てみなさい」
言われて空を見上げると、そこにはコンクリート片を投げようと手を振りかぶるロボの姿。咄嗟に異能を使おうとする――よりも少し早く、コンクリートが砕け散った。
空を飛来する鋼の腕。あれって確か……東雲拓斗さんの!
「リム、避難誘導は任せたぜ」
『はいっ、拓斗先生! みんなー! 英雄がいるから大丈夫だよ! 落ち着いて移動して!』
「そういうこった。行くぞ、拓斗! 俺の炎に遅れるなよ!」
『九條さんも、お気を付けて!』
空に舞う鋼鉄と炎。
後から飛んでくる、水と火の鳥。
煙の中から飛び出してくる、白髪のおじいさん。
「教員のみんなは、被害が無いか確認! 時子、仙衛門、今!」
「来たれぃ【朱雀・急々如律令】!」
「カカッ、久々の大捕物じゃのう。【仙法・灼熱鋼体】ッ!」
閃光。
爆発。
轟音。
「下手をすると、わたしたち、邪魔になっちゃうね」
「そういうこと。行くわよ!」
夢ちゃんに手を引かれて、その場を駆け足で去る。
猛り響く爆音が、なぜだかとても頼もしく感じた。
――/――
巨大ロボットが咆吼をあげると、闘技場の地面から鈍色の人型ロボットが出現した。
群れを成す人型ロボットを巨大ロボットが吸収すると、むき出しだった身体に装甲が埋められていく。放置していればいるほど、強くなるタイプだ。
「ッ【速攻術式・身体強化・展開】!」
身体強化をかけて移動。
巨大ロボットに踏みつぶされそうになるものの、すんでのところで回避。
ついでに重装・術式展開で操っていた甲冑の騎士を、人型の方に回した。
「【第一の太陽】!」
「叩き潰せ、巨神の鋼腕ッ!!」
避難誘導は瀬戸先生や南先生たちにお任せしたのだろう。
巨大ロボットの攻撃手段を潰しながら、獅堂と拓斗さんが私の隣に降り立つ。
「よう未知、無事そうだな」
「ええ、獅堂」
「未知! ……あの機械兵士、見覚えないか?」
「拓斗さん? ――ぁ」
そういえばあの鈍色の機械には、見覚えがある。
そう、確か、超人否定団体の男が使っていた――“エグリマティアス”か!
なぜそんなものが、この島の地下に? いや、外部から運び込んで削岩機のように島を掘らせる、ということも不可能では無いのか。通常であれば結界が働くはずだけれど、現にこうして、地面にも張られている結界を打ち破っている。
『63059523049173523241210412 611232048085803393』
機械音。
硬質な音に耳を抑えながら、端末で状況を確認。この闘技場以外に何かが暴れているということはなく、生徒たちは全員、船場へ誘導されている。
このブロックは島の中央に近い。なら、ここで食い止めてここで倒すのがベスト、みたいね。
「未知は支援で頼むぞ。獅堂、行くぞ!」
「ハハッ、任せておきな! 未知、俺の格好良い姿に惚れ直せよ?」
「良いから早く行って! もう」
炎の翼を生やして飛翔する獅堂。
鋼腕に乗って飛び去る拓斗さん。
その後ろから見える津波のような水と朱雀と、それから仙じい。クロックがここにいれば、英雄大集結だ。
「燃えろォッ! って、かてぇな?!」
そう、獅堂の炎が弾かれる。
仙じいの腕もなんのその、巨大ロボットは腕を振り回すだけで瓦礫の山を作り上げていく。こんなものが大暴れしたまま外界に出たら、大変なことになる。
「【速攻術式・防御支援展開陣・展開】!」
ひとまず、みんなに魔力防御を展開。
そのまま外周を走りながら、逃げ遅れの観客がいないか確認。
避難誘導がうまく行ったのか、だいたいは逃げ切れていると思うのだけれど……ぁ。
「っあの子たちは……!」
観客席の一部。
破片で足を怪我したであろう女生徒。怪我をしているのは、白い異能科の制服の女の子。彼女を、同じ異能科の女生徒と黒い魔導科の制服の女の子が、集まってきてしまったエグリマティアスから守っている。
「アリス! 美月! 私のことは良いから逃げなさい!」
「水くさいよ、柚葉! 友達、でしょ、私たち……【術式開始】!」
「水くさい柚葉は私が調理する……“えねるぎー・ぶれーど”」
聞こえてくる声は、励まし合うものだ。
というか、うちの特専の生徒たち?! 全員、覚えがある。魔導科のアリスウェル・イクセンリュートさん、異能科の秋蔵柚葉さん、同じく異能科の御食国美月さんだ。
「っ、まずい!」
長くは保たないであろう消耗戦。
そんなものを、生徒にやらせる気は無い!
観客席になんとか登って、走る。けれど私が辿り着ける時間よりも早く、彼女たちを切り伏せられる位置に、剣を持ったエグリマティアスがいた。
「なら――来たれ」
なら、私は躊躇わない。
例え、まだ闘技場を見ているマスコミがいようと、彼女たちの命には代えられないから。
そう……ステッキを抜こうとした私の視界に、見慣れた姿が映り込む。
「ッキャンセル――三人とも、屈みなさい!」
辛うじて届いた声。
身体をかがめて身を守る三人。
その頭上を、“何かが”掠め、同時に、エグリマティアスたちが両断される。
「我が配下を不当に貶めようとは片腹痛い。――貴様、冥府の王の逆鱗に触れたぞ?」
薄い空色のコート。
軍服のような改造制服。
オールバックにした白い髪をかき上げて、モノクルの男性は不敵に笑う。
「我が来た以上、我が領民には指一本触れさせん。疾く、去れ」
「浅井さん!!」
浅井狼。
我らが関東特専の理事長は、“発動すると王の意識になる”という小っ恥ずかしい副作用つきの共存型異能力を惜しげも無く晒し、生徒たちを助けてくれた。
「未知、彼女の足に治癒を」
「はい【速攻術式・治癒・展開】」
「ぁ……み、観司先生。ありがとうございます」
「いいえ、秋蔵さん。お気になさらず」
治癒術式で足を治療。
その間ずっと、浅井さんが指ぱっちんで敵を“凍らせて”砕いてくれているから、こちらとしても随分楽だ。
「アリスウェルさんは、ルナミネージュさんの妹さん、よね?」
「は、はい! お目にかかれて光栄です、観司先生!」
「美月さんは、“りつ”のオーナーの亮月さんの妹さん、よね?」
「はい」
「秋蔵さんは、実践演習ぶりですね」
「はい、先生。あんなすごい技術を見せていただいておきながら、お恥ずかしいです」
そう、落ち込む秋蔵さんの頭に手を置いて、軽く撫でる。
私としては、怪我を負わせてしまった私自身の方が、恥ずかしいのだけれど。
「いいえ、それは違います。逃げ遅れたあなたたちを守れなかったのは、我々教員の落ち度です。むしろ私のほうこそ、申し訳ありません」
「そんな! ……なにか、出来ることは無いかと逃げることに迷いました。だからやはり、私のせいです」
「もう、柚葉! 私“たち”の責任、でしょ!」
「一蓮托生。蓮根地獄」
……うん、良い友達を持ったみたいだ。
さて、そろそろ治療が完了する。できれば誰かに避難誘導をして貰いたいが、誰も居なかったら私が行こう。この場に私は要らないかも知れないけれど――嫌な予感が、拭えない。
「浅井さん、避難誘導は――」
「問題ない。呼んで置いた」
「――え?」
そう、浅井さんが指さす先。
そこには、優しげな表情の男性が、闘技場の外縁で佇んでいた。
ふわふわの白髪、優しげに細められた目。
「護星先生?」
四国特専学長――護星守先生が、軽やかに跳躍して私たちの元へ降り立った。
「護衛は僕がやりましょう。さ、君たち、立てるかな?」
「は、はい、ええっと?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は護星守。四国特専の理事……学長をしている」
「学長先生?!」
驚く秋蔵さんたちをお任せすると、護星さんは優しく頷いてくれた。
けれど、学長とは言えどう見ても初老の男性。少しだけ、秋蔵さんたちの目に不信が宿る。でもそれも、直ぐになくなることだろう。
「護星先生、敵です!」
「ああ、そうだね」
他とは違う、中型のエグリマティアス。
その背に負われたミサイルポットが一斉に火を噴くと、護星先生は何気なく、数歩前に出た。
「スタンバイ! チェンジ、“ギャラクシーッ”!!」
大きく手を振りかぶるポーズ。
同時に、ミサイルに呑み込まれる護星先生。
誰かの悲鳴が上がる中、護星先生は五体満足で土煙の中から現れる。
その身体に、漆黒の装甲を身に纏い。
「彼方より現れし遙か銀河の超新星ッ――銀河騎士“ギャラクシアンッ――ナイトォ”!」
金色のV字アンテナを輝かせながら、護星先生はそう叫んだ。
「子供たちの護衛は、この“ギャラクシアン・ナイト”に任せたまえ! さぁ、ゆくぞ、少女たちよッッッ!!」
「え? え? え?」
「な、なにごと?」
「綺麗」
どうやら護星先生は、そのまま避難場の生徒たちも守ってくれるようだ。
困惑する秋蔵さんたちを見送ると、改めて浅井さんに向き直る。
「ありがとうございます、浅井さん。……それで、ええと」
「わかっている。“アレ”らは我が一匹残らずこの冥府の氷帝で持ち帰ろう」
「はい、お願いします。浅井さん」
浅井さんが指し示したのは、完全に戦闘の邪魔になってしまっているマスコミたちだ。
彼らを持ち帰ってくれるというのなら、それに越したことはない。というか、そうでないと“いざ”という時になにもできない。
「この程度、造作も無いことよ!」
浅井さんはそう不敵に笑うと、布でマスコミたちを纏めてひっつかみ、避難場に連れて行ってくれる。これでとりあえずは、安心だ。
「さて、あとは」
見上げると、やたら丈夫なせいでどんどん装甲を増やしていく巨大ロボットの姿。
完成されると、なにかまずいことになるような予感がして、ならない。
「どうにか、食い止めないと!」
焦燥に後押しされるように、走る。
ただ、これ以上、被害を大きくしないために――!




