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そのにじゅうに

――22――




 なんとか気持ちを入れ替えて、ひやひやしながら二回戦を速攻術式で乗り越えて。

 三回戦目の前に、私は再び控え室に居た。拓斗さんの“おとなのよゆう”に一時はどうなるかと思ったけれど、なんだか、そのことが却って、今の私に余裕を持たせてくれている。

 次の対戦相手は、いよいよ葵美さんだ。私の不用意な態度で、道に迷わせてしまった人。私が今、向き合わなければならない生徒。


「でも、なんだろう。今なら、さっきまでよりもずっと――葵美さんに向き合えるような、そんな気がする」


 胸に宿った熱が、私に進むべき道を照らすように。


「ふぅん、へぇ? それはそれはよろしいですこと」

「ええっと、リリー? さっきからどうしたの?」


 何故か控え室にいるリリーは、私の言葉にそう返す。

 ぷくっとふくれた頬が可愛らしいのだけれど、言わない方が良いのかな。


「別に? せっかく! この私が! 覇王としての歩み方を享受したのに! すっかり丸くなってしまったことなんてなんとも思っていませんことよ?」


 覇王としての歩み方、って……ああ、あれか。

 強者は弱者に歩み寄る必要は無い。天才は凡愚に譲る必要は無い、みたいな風に言っていたね。うーん、でもなぁ。


「ごめんなさい、リリー。その、過去にそうした振る舞いをしていたのだけれど、それはもうちょっと出来ないのよ」


 主に、心が痛くて。

 ちょっと黒歴史を直視した上に、もう一度“そう”振る舞うなんて無理だからね?

 なによ、“黒百合の魔女”って。黒百合ってどこから出てきたのよ……うぅ。


「過去にしてくれたのなら今してくれても良いじゃない。むぅ」

「ごめんね、リリー。でも、励ましてくれてありがとう。今度、お礼をするから」

「あら? そう? 悪いわね。まぁ、帝王学はゆっくりで良いものね」


 あ、あれ?

 なんだかとてもあっさりと手を返すリリー。

 もしかして、嵌められたのでしょうか?


「ふふふ、なにをお願いしようかしら? 楽しみだわ」


 けれどそう、楽しみにしてくれるリリーに、なにも言うことが出来ない。

 ええっと、何をさせられるのだろうか。今から戦々恐々としている自分が居る。


「あら? そろそろ試合じゃないかしら? 良い席で見ているから、頑張ってきなさいな」

「え? ――ええ。ありがとう、リリー」


 腑に落ちないような感情は、ひとまずこの場に捨て置こう。

 なにせ、いよいよ――葵美さんとの試合だ。気持ちで負けたりなんかは、絶対にしない。だから、葵美さん。待っていて、くださいね。




















 熱気に包まれた会場。

 見上げる程に澄んだ青空。


「こんにちは、麻生先生」

「……っ」


 闘技場の中央で、私はそう葵美さんに語りかける。

 怒りを孕んだ目だ。あるいは、憎しみにも似ているかも知れない。


「今日は、久々に授業をしましょう」

「は? 私に授業とは余裕ですね」

「先生らしいことは、なにも出来ずに送り出してしまいましたから――」


 葵美さんは、私の言葉を待つ様子もなく左手を構える。腕に嵌められているのは手甲だろうか。肘から手の甲までを覆うデザインで、深い銀色だ。

 夢さんのような、ギミック内蔵型かな? 彼女のお父様がそうであったように、葵美さん自身も魔導科学に精通している。気をつけた方が良いのかも知れない。

 もっとも、やることは変わらないのだが。


「――私から、貴女に出来る最後の授業です。魔導のいただきになにが在るのか、今一度、その目で確かめなさい」

『それでは両者、位置について!』

「さっきから、なにを言っているのか知らないけれど、父さんの遺志を穢す魔導術師は全て私の手で倒す!!」


 お父様の遺志を穢す? ええっと、私に心を折られたことが憎しみの理由ではない?

 話し合いが必要なのかな。いや、でもそれは先日に決別したばかりだった。なら、心が折られて“一番”を目指せなくなったから、遺志を穢していると判断されたのだろうか。

 なんにせよ、すれ違っているのなら、この試合の中で摺り合わせよう。諦めてしまうことは誰にでも出来る。その果てに辿り着けるモノもあるから、逃げては駄目だと言うつもりはない。けれど、立ち止まっているのなら――今度こそ、あの日、示したかった道を示そう。



『セブン・クロス・マッチ、Bブロック第三回戦――タクティカル・スタート!』



 アナウンスは、試合開始と同時にこちらからはシャットアウトされる。

 だからこの瞬間から、交わる言葉も意思も、私たちのモノだけだ。


「【速攻術式セット影縛りの剣(シャドウ・バインド)速攻追加インクリース八本エイト展開イグニッション】」

いななけ、罪馬の蹄! 咎人に鉄枷の痛みを! 【プロト・ティモリア】!」


 私の周囲に、影で出来た八本の剣が出現。

 同時に、葵美さんのキーワードに反応して手甲が展開。三角形のプレートが六枚出現すると、それぞれの頂点を結ぶようにして透明な結界を張った。

 自律運動の魔導機械か。展開までが早い!


「防御優先、影響遮断! 【術式開始オープン形態フォーム弾丸ブレット】――プロト・ティモリア、術式記憶。【接続詠唱アクセスワード咎人の手枷(クルヴィ)展開イグニッション】!」

「っ射貫け、剣よ!」


 影の剣を四本射出。

 その全てを三角の結界は大きくたゆませながら防ぎきる。威力を流した? 自分で開発したのか、麻生博士の遺品に設計図でもあったのか、わからない。もし本当に自分で作り上げたモノなら、それでいい。彼女の成長を喜ぶべきだ。

 けれどもし、こんな“あからさまに世に出ていない”魔導機械を“何故か”手元に持っていて、それを習熟したというのなら――。


「――見極める必要があるわね。【速攻術式セット追尾弾スニークブレット速攻追加インクリース術式持続ドゥレイション圧縮プレス短縮ショートカット十二回(トゥエルブ)展開イグニッション】」

「なにをしても無駄よ! 【射撃シュート】!」


 透明な盾を素通りして放たれる、葵美さんの弾丸。

 術式を手甲に記憶させて、ショートワードによるキーで反復発動させているようね。葵美さんの登録は“弾丸”。鉄壁の防御の向こう側から放たれる弾丸は、余裕を持って放たれている分、狙いが正確だ。

 私はそれらを手元に引き寄せた影の剣で切り捨てながら、詠唱。私の得意とする圧縮術式を展開して、撃ち放つ。


「無駄だって言って――」


 そう、普通に考えたら無駄だ。

 けれど、多めに魔力を注いだ弾丸を、無理矢理十二回圧縮。ビー玉サイズになったそれに追尾属性を付与すれば、狙いが甘くても当たる。

 とても小さな弾丸を撃っているとは思えないような、空気を割るような重い音。その一撃は、展開された葵美さんの結界を砕き、相殺された。十二回圧縮で相殺まで、とは、やはり凄い出来だ。


「――きゃあっ!? っ、も、もう一度」

「させません。剣よ!」

「なっ、あぁっ」


 影縛りの剣。

 その本来の用途は“このように”、影に突き刺さって相手を拘束するモノだ。


「っ【プロト・ティモリア】、攻撃優先!」


 今度は三角のプレートが四枚、それぞれから光線を射出して私を撃ち抜こうと襲ってくる。葵美さんの傍には、ひび割れて煙を上げる二枚のプレート。どうやら、十二回圧縮弾に耐えられなかったようだ。

 そして、その間に葵美さんは防御術式を展開しながら、剣の影響から逃れようとする。その攻撃は多種多様。正確に射貫く自律行動には舌を巻くモノがある。けれど、同時に確信した。


(プレート四枚なら、一枚を攻撃牽制、三枚を防御に回して自分はじっくりと拘束から抜け出した方が良い。けれど、あからさまにそのための個々自律を可能としながら、葵美さん自身に“それ”に気がついた様子はない)


 ならやはり、誰かがあの機械を葵美さんに渡して使わせている、ということだろう。

 でも葵美さんの様子を視る限り、長年連れ添った愛機のように、それを“自分の実力のうち”として用いているようだった。


「麻生先生、その手甲はいつから?」

「そうやってあなたも私から奪うのよいつもいつもいつも、父さんを、奪ったみたいに!!」


 だめだ、錯乱している?

 いずれにせよ、正常な思考回路から外れると言うことは、“なにかを施されて”いる可能性もあった。そう思うと、はらわたが煮えくりかえるようだ。

 なんにせよ、一度、魔導機械も全て破壊して、まっさらにする必要がありそう、かな。そしてだったらやはり、私にできることは、この場を乗り切ることに間違いない。


「葵美さん」

「まだそうやって、気安く!」

「よく見ておきなさい。“理解”し受け止めれば、いつか必ず習得できる。ですから、逃げずに現実を受け止めてください」


 本来は、魔導術とは“魔法”の力で生み出した、異能の才を持たずに生まれてきた人間が、誰かを守るために使える力だ。

 それに本来、机上の空論で終わるような魔導術式が存在して良いはずがない。要領の個人差を越えて、何年かかろうと、いつか必ずたどり着く。

 そのために必要な行為が、実際に術式を見て“可能である”ということを知ることと、“どのように”を覚えることだ。それさえ出来れば、必ずたどり着く。だから、私は心を鬼にしよう。葵美さんが、たくさんの魔導術師が目指すべき導を示そう。


「【基点術式オープン律動開始セット】」


 私の詠唱に、葵美さんは小さく眉をひそめた。

 もしかしたら、今から私が使うことに思い至ったのかも知れない。けれど未だ影縛りの剣から抜け出せていない葵美さんに、これを防ぐ術はない。


「【形態指定フォーム多重効果マルチプル・エフェクト】」


 詠唱しながら攻撃を避け、剣で弾き、剣を飛ばす。

 すると自然と葵美さんは集中力を乱し、影の剣から抜けられなくなっていった。


「【様式設定アーム剣鎧旅団ブレイド・ファランクス】」


 空中に十三の“球型”魔導陣が射出。

 それぞれが放射状の軌道を描きながら、私の周囲に着弾。

 地面の素材を材料に変換・構築し、銀色のフルプレートアーマー――西洋甲冑の騎士を作り上げる。


「【装置付加パーツ指揮起動パフォーマンス・コンダクター】」


 私の意思一つで動き出すように。

 そう込められた力は、甲冑が剣を構えることで示される。

 大きな幅広の西洋剣。人間の騎士ならば到底片手で構えられないようなタワーシールド。彼らはまさしく剣の軍団(レギオン)。私の意のままに動く、実用性魔導奥義。

 “図形ダイアグラム”の魔導術のような、高度なだけの魅せ技とは訳が違うこの魔導陣は、“黒百合の魔女”時代に“宵星”という謎の名義で私が学会に送りつけてから、未だに議論が絶えない“机上の空論”の一つだ。なによ、宵星って……と、それはともかく。


「【重装ハーモニクス術式展開イグニッション】」


 最後のワードとともに、銀の甲冑の目が赤く光る。

 そして各々が剣を構え、葵美さんに襲いかかった。


「ひっ……こ、こんな、こんなの知らない!」


 そういえば、高校生の葵美さんに放ったのは二体程度だったなぁ。

 今回は闘技場の広さも加味して十三体。やろうと思えばその三倍はいけるが、他事が疎かになるのでやらないけれど、これで充分に脅威だろう。

 葵美さんの弾丸も、なんだったら三角プレートから放たれる閃光も、騎士は余すことなく切り払う。


「【分離パージ】」


 走りながら、甲冑の一つに手を添える。

 すると、甲冑がばらばらに別れ、巨大な手甲剣に変化し、私の右腕に吸着する。


「刮目なさい」

「っ?!」

「これが魔導の頂です。これが、私に示せる、魔導の可能性の一つです!」


 振り上げた手甲剣が、硬質な音を立てて左右に“開く”。


「【速攻術式セット魔力解放(エナジー・バースト)剣型固定(ソード・クラフト)展開イグニッション】!」

「【術式開始オープン形態フォーム多重結界マルチバリア展開イグニッション】!!」


 手甲剣から伸びる、蒼光の剣。

 それはまるで夜空を駆ける流星のように、葵美さんを追い立てる。


「可能性? いただき? どうせ、不可能な技術なのでしょう?!」

「見極めなさい! 不可能な技術なら、この世にはありません。魔導術は誰だって出来る技術で、誰にだって辿り着ける場所です。例え、どんな人でも、前に踏み出すための力です!」


 騎士たちが隊列を成し、私の前に躍り出る。

 そのまま、残った三角プレートの相手をさせ、私はまた、踏み出した。


「――臨むのなら、何度だって挑まれましょう。望むなら、何度だって応えましょう。ですから、葵美さん、どうか」


 諦めないで。

 私の思い描いた魔導術は、力なき人たちの牙は。

 私の生み出した魔導陣は、恐怖に打ち勝つ盾は。


「あなた自身の“不可能”に、囚われないで」


 ――“奇跡”を生み出す力なのだから。


「私、自身の、不、可能……?」


 剣を振り上げる。

 手荒な方法ではある。探せば、もっとたくさんの方法があるのかも知れない。

 けれど、鈴理さんのように目の前で何度も変身して、何度も戦って見せる訳にはいかないから。“魔法”のような、強大な力をむやみに振るうわけにはいかないから。




「打ち崩せ、【斬城剣キャッスル・リベリオン】」

「ぁ、あ……ぁ」




 まるでそれは、地上から空に向かって放たれた帚星のように。


「はぁあああああああぁぁぁぁッ!!」

「きゃぁぁっぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!!」


 巨大な蒼い彗星は、葵美さんの身体を通過する。


――LP28000→LP0

――OverDamage!!


 その輝きは闘技場を一直線に駆け抜けて、ただ、防御に使った葵美さんの手甲だけを切り裂いた。


「未知、先、生……」

「あとで、たくさんお話をしましょう。答えられることの全てに、お答えしますから」

「……――ぃ」


 そうして、切り裂かれた手甲だけを残して、葵美さんは光の粒子となって消えていく。



『――これはなんということか! 未知の連続、未踏の踏破、観司選手の後には、草も一本すら生えないのか!!』



 すると、実況制限が解除され、リムさんの声が響き渡る。

 ざわつく会場。身を乗り出す虚堂博士。心なしか、リムさんの実況が失礼な気がするのは何故だろう?



『これは文句なしの完全勝利! これにてタクティカル――きゃあっ』



 振動音。


「地震……?」


 悲鳴。


「何が?」


 まるで、人工島が啼いているような地震だった。

 けれど、その地震も直ぐに収まる。最新技術の粋が集められたこの島で、地震? いったいどういうことだろう?



『ええっと、ハプニングでしょうか? では、改め――観司さん! 避けて!』

「ッ」



 かけられた声に、頭で考えるより先に飛び退く。

 すると、それまで私が立っていた場所の“地面”から、鉄の柱が飛び出した。

 ――いや、違う。続けて突き出す四本と一本。一つ一つが二メートルはあろうそれは全て、“指”だ……!



『2203322513752352 44123280858023 227243653204554174』



 機械音。

 複雑な音が響き渡り、闘技場を突き破りながら“それ”が現れる。

 鉄の部品を組み合わせた、コードがむき出しのボディ。歯車から聞こえる起動音と、怪しげに光る目。



『4112328085801302611232048085』



 悲鳴。

 怒号。


 轟音。




 まるでSFの世界から迷い込んだような巨大ロボットが、けたたましく咆吼をあげた――。





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[良い点] 草の1本も生えないw
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