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そのにじゅういち

――21――




 一回戦を終えると、会場整備の間に多少の時間が設けられる。

 一休みしようかと会場の外を覗いた私の目に映ったのは、出待ちをするマスコミの群れだった。やはり、ちょっとやり過ぎたのかも知れない……なんて、今更思うわけにもいかないのだけれど。


「仕方ない……控え室に戻るしかないわね」


 問題を先送りにしているだけだと理解しつつも、踵を返す。

 実際、実力を隠していた目的の九割……いや、八、七割くらいに“魔法少女ってばれたらどうしよう”があったのだけれど、バレたらどうしよう。

 きっと世間は“速攻術式使い”から“特殊嗜好遣い”にイメージチェンジ。後ろ指さされ、変態教師のラベリング。アメリカに亡命すればなんとか……いやだめか、下手したら“信奉する魔法少女”の偽物扱いされかねない。ミラクル☆ラピのハリウッド映画何本出てると思っているんだ……ってなる。


「未知、辛気くさい顔をしてどうした? ――実力、見せたことを気にしているのか」

「ううん、それは鈴理さんのために必要なことだと理解し、て……って、拓斗さん?」


 通路の向こうからひょこっと現れたのは、別の会場で解説をしているはずの拓斗さんだった。拓斗さんは片手を挙げて、愛嬌のある笑みで私に声をかけてくれたみたいだ。


「とりあえず、ほら、こっちだ」

「え? え? え??」

「誰かに見られたら、困るだろ? 未知が」

「う、うん、ありがとう?」


 手を引かれて、空き部屋に連れてこられる。

 というか拓斗さん、なんで空き部屋の場所を把握しているの? あ、勇者アイテムか。色々持ってるもんね。


「よし、ここで良いだろ。応接室だな」


 促されるままソファーに座ると、拓斗さんは私の隣に座りつつ、ポケットから缶コーヒーを取り出して私の前に置いてくれた。

 あれよあれよという間に座らされてしまったけれど……ええっと?


「未知、男としておれを見ろって言ったの、覚えているか?」

「え、ええっと、ええ」


 これは、えっと、もしかして。

 色々な意味で、ピンチだったりするんでしょうか?!


「あれ、今だけ――この部屋にいる間だけ、忘れろ」

「えっ」

「良いか? 未知。ここにいるのはおまえの頼れる兄貴分だ。――おまえの心の内は、兄貴にも話せないモノとは、言わせないぞ」


 がしがしと、乱暴に撫でる大きな手。

 目を眇めて笑ってくれた拓斗さんは、本当の妹にするように、ただ寄り添ってくれた。嬉しいけれど、でも、それはあまりに卑怯では無かろうか。答えを保留にしているようなものなのに、妹として甘えるだなんてそんなこと、拓斗さんに失礼だ。


「――大丈夫だよ、拓斗さん。何も、困っていることなんて……」


 だから、そう、断ろうとして。


「ぁ」


 両手を、頬に添えられた。

 真剣な目の拓斗さん。覗き込むほど澄んだ瞳に、どうして良いかわからなくなる。


「未知」

「っ、わ、私」


 そして。


「――てい」

「あたたたたたたたたたっ?!」


 にょいーんっと、両側に引っ張られる頬。

 ちょっと待って拓斗さん私の頬は餅じゃ無いんだからこんなに伸びなぃぃぃっ。


「あっははは、面白い顔になってるぞ、未知」

「あたた……もう、やめてよ拓斗さん! 伸びたまま戻らなかったらどうするの?!」

「大丈夫大丈夫、その時はその時だ」

「どのとき?! なんの解決にもなってないよね!?」


 うぅ、赤くなってないよね、これ。

 両側の頬を交互に缶コーヒーで冷やしていると、隣から楽しげな空気が伝わってくる。そうやって人の頬を玩具みたいに伸ばしてくるのは、昔から変わってない。

 ……たいていは、私が行き詰まって、思考の迷路に入ったときにやるから文句は言えないのだけれど。


「くくっ、悪かったって。機嫌を直してくれよ、おれの可愛い妹分、なんだろ」

「そういう言い方はずるいと思いますけれど」

「知らないのか? 兄って生き物はいつも“ずるい”んだぜ?」

「そういう言い方も、ずるいよ、“拓斗兄”」


 かんらかんらと笑う拓斗さんのペースに、いつの間にかずるずると巻き込まれてしまっている。こういうところも含めて、とてもずるい。こんな――こんな態度を取られたら、甘えてしまいたくなるじゃないか。

 隣に座る拓斗さんの肩に、もたれかかるように寄りかかる。少しだけ移る熱が、どうしようもなく心地よい。ほんとうに、ずるいよ。


「変わってしまうのが、怖い」


 気がつけば、私の口からはそんな言葉が零れ出ていた。


「今まで普通に接していてくれたひとが、今まで言葉を交わせていたひとが、私を見る目が変わってしまうのが怖い。私だって、いつまでも力を隠しておけないのは、本当はずっと前から解っていたよ。けれど……今になって、怯える自分がいる」


 それがなによりも――滑稽だ。

 覚悟なんてとっくに決まっていた、はずだったのに、今になってこんなことを考えてしまう自分が、嫌で仕方がない。

 葵美さんを、救うと決めた。鈴理さん……生徒を、守ると誓った。そのためには、私が頑張らないとならないのに、まだ、心の弱い自分がいる。情けなくて、ほんとうにいやになる。


「おれは、獅堂の馬鹿や七みたいに“おれたちがいれば良いだろ”なんて風には思わない。おまえが、大事な生徒たちとの繋がりを断ちたくないことくらいはわかるからな」

「……うん。獅堂や七たちが居てくれるのは助かるし、救われるよ」

「でも、それだけじゃ、ダメなんだよな。おまえはずっと、“先生”に憧れていたから」


 落ち着く声だ。

 心の奥に、やんわりと染みこむ声。


「だからさ、おれは“どっちか”である必要なんか無いと思うぞ」

「拓斗兄?」

「捨てるのは辛いよな。我慢するのは、悲しいよな。でも、選べる道が二つだけしか無いなんて、それは寂しいことだと思わないか?」

「寂しい、こと?」

「ああ、そうだ」


 全て断てば、苦しいことは何も無くなる。

 ――ただ、虚しさが残る。

 全て耐えれば、なにも捨てなくてよくなる。

 ――ただ、きっとそれは息苦しい。


「――だからさ、頼れよ、未知。なんでもかんでも自分で決断して、自分で答えを出して、自分で動いて。その生き方も、強者であるのなら悪くは無いのかも知れない。でも、おまえはおれの妹分で、大切な女の子だ。甘えて、頼って、生徒たちの前では頑張れば良い」

「でも、それは! 拓斗兄に、迷惑はかけられないよ」

「ばーか。誰が迷惑なんて思うか。未知に例えるなら、生徒に頼られているようなもんだぜ? 嬉しくないわけ、ないだろ」

「っ」


 生徒に頼られることは、嬉しい。

 それを苦に思ったことなんて一度も無いし、迷惑だなんて考えもしなかった。

 だから、そんな風に言われてしまったら、押し黙るより他なくて。


「迷ったら、頼ってくれたら良い。立ち止まりそうになったら甘えてくれよ。誰かの目が怖くなって、それでも前に進みたいなら、一歩ずつ歩いて行けば良いんだ。自分にできる精一杯で、“人から外れた”観司未知ではなくて、一人の、一生懸命な“先生”である観司未知を見て貰えば良い」

「……私に、できるかな?」

「なに言っているんだ。言っただろ?」


 私の頭を抱え込んで、腕の中に閉じ込める。

 “そこ”はとても心地の良い場所だ。まるで、凍り付いた心が溶けていくような。


「――背中は押してやる。だめそうなら後ろに倒れてこい。大丈夫、おれが、おまえの背中を支えてやるから」

「うん……うん、ありがとう、拓斗兄」

「なんだ、随分と泣き虫じゃ無いか。――別に、迷ったり立ち止まったりしなくても、甘えてくれたら良い。大丈夫、みんな、未知の味方だよ。よく、頑張ったな」


 耳元で、子守歌のように優しく囁かれる声。

 なんでこのひとはこんなに、甘やかし上手なんだろう。こんな風にされたら、そんな風に褒められたら、頼りたくなってしまう。

 だから――きっと、あの日の幼い私は、このひとに“恋”をしたんだろう。そんな風に考えたら、少しだけ、身体の奥が熱を持った気がした。

























 いやぁ、とても恥ずかしい!

 目元を冷やして腫れを引かせて、二回戦が近いことを察して空き部屋を出る。自分だけで全部どうにかしようなんて、なるほど、私は少し思い詰めていたようだ。生徒には頼れと言って置いて、自分は実践できないなんてことはない。

 ……だから、ええっと、ありがとう、“拓斗さん”。


「元気になったみたいだな。ここのところ、思い切りため込んでただろ?」

「はい、お恥ずかしながら……」

「はははっ、畏まるなよ。今度は“こう”なる前に、キッチリ頼ってくれよ?」

「ええ、ありがとう、拓斗さん」


 そう背を叩かれたら、頷くしかない。

 だってこんなにも頼らせてくれるのだから。


「そういえば、何故ここに?」

「ああ、未知の試合を見に行きたいって言ったら、解説を代わってくれたんだよ」

「え? 拓斗さんの代わり?」


 英雄の代わり、ともなると、それなりにネームバリューがないとならない。

 そうでないと観客も納得しないから、という理由がある。


浅井あざいさんだよ」

「浅井さん……浅井おじさん?!」


 浅井あざいろうさんと言えば、我が関東特専の理事長だ。

 理事長になる前、まだ前線に居た頃はそれはもう強力な異能者だったためか、イルレアなんかが言われることもある、“番外英雄”と呼ばれる戦士だったのだとか。

 そっか、浅井さんがそうしてくださったのか。今度、私からもお礼を言っておこう。


「あ、そうだ、未知。ちょっと良いか?」

「え? ええ。助けて貰ってしまったから、私にできることなら、なんでも――」


 控え室の前。

 周囲には誰も居なくて。

 拓斗さんは何気なく、私にそう声をかけた。


「お兄ちゃんは、あの部屋までだ。今度からはちゃんと、男として頼ってくれよ?」

「っ」


 唇に、掠める熱。



「――おれの未知」



 呆然と、佇む私に、背を向けて歩き去る拓斗さん。

 ひらひらと振る手。大きな背中から、伝わる余裕。


「…………――……~っ」


 指で唇をなぞると、まだ、熱が残っているような気がして。




「うぅぅ~っ…………――拓斗さんの、ばか」




 寄りかかったドアの冷たさが、余計に、私の熱を自覚させた。





2017/12/26

誤字修正しました。

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