そのにじゅう
――20――
――遠征競技戦三日目・セブン・クロス・マッチ。
あれから、夢ちゃんの話を聞いてすっかり気落ちしてしまっていたが、さすがに、師匠の順番が来れば元気になる。三試合目のアナウンスが流れるや否や、わたしたちは一斉に顔を上げた。
『さぁさぁ続きましては注目の選手! 関東特専代表教員の一人にして、話題の“特異魔導士”のお師匠さん枠! 個人的には、件の“九條さんの美人の幼馴染み”ではなかろうかと邪推しておりますのがこの御方! 青コーナー、観司未知教諭の登場です!!』
アイドル、リムの実況を受けて師匠が会場に現れる。
ざわざわと歓声を受ける師匠は、目に見えて照れている様子だった。そうだよね、そうなるよね。夢ちゃん、その写真、あとでわたしにも現像してね?
『続きまして、赤コーナー! ここに来て、名門選手のご登場! 退魔七大家序列五位、藍姫の分家、杜若の当主有力候補――関西特専代表教員の一人、杜若次胤教諭のご登場ですっ!!』
『ちなみにリム、おまえの家とどっちが格上なんだ?』
『轟の方が序列は上ですが、気まずくなるだけなのでそっとして置いてください、九條さんっ』
『はっはっはっ、わりぃわりぃ』
九條先生、これ、絶対悪いと思ってないよね……。
アナウンスを受けて登場したのは、四角い顔立ちの大柄な男性だ。シェアする、ということは、この方は確実に特性型の異能者、ということになるんだろうなぁ。
『それでは双方、尋常に――セブン・クロス・マッチ、タクティクス・スタート!!』
ゆっくりと、両者が前に出る。
声は拾ってくれるようになっているけれど……どんな会話が展開されるのか、わたしたちは固唾を呑んで見守る。
『貴殿は、近年まで縁故採用を咎められていたはずだ。此度の特異魔導士選出は、縁故によるものか?』
『……なにが仰りたいのでしょうか?』
『なに。そうであるのなら、件の生徒、我が校で引き取り尋常な教育を施すべきであろうと、それだけのことだ』
『そうですか。私が縁故採用であの子の師を勤めているかどうかは――実力で判断していただければ、ここで言葉を交わすよりも手早いかと存じます』
『――ほう』
ほう、じゃないよ!
えっ、他校にまで師匠の噂って蔓延していたの?!
むぅ……師匠のこと、知りもしないのにそんな風に、言わないで欲しい。
「スズリ、気持ちはわかるけれど、抑えて。どうせ直ぐに結果は出るよ」
「リュシーちゃん……あっ、天眼?」
「いや、異能は抑えてあるよ。でも――わかるよね?」
「うん……だね。そうだよね。すぐにわかることだ」
そうだよ、だって師匠だもん。
世間的にはまだまだ“理論的には可能”の域を出ない速攻術式。わたしが試合でも用いたそれを師匠が使ってみせれば、それだけで世間は師匠を認めるだろうしね。
『先手は譲ろう』
『では、お言葉に甘えて――』
師匠が杜若先生に向かって手を伸ばす。
ふふん、みんな、よーく見ていれば良い。わたしの師匠はすごいんだ!
きっとズバッと、速攻術式で――
『【術式起動・図式術形態・展開指定】』
――え?
手を翳した空間に、魔導陣が描かれる。でもそれは円形のモノでは無く、四角形の図形だ。四方に四つの四角形。中心に菱形に見えるよう傾けられた、五つ目の四角形が展開される。
正真正銘――誰も見たことのない魔導術式に、実況席の虚堂博士は身を乗り出していた。
『【第一図形:対象追尾・第二図形:連続起動・第三図形:余剰魔力吸収・第四図形:術式魔力循環・図式接続】』
魔導術式がわからない様子の杜若先生は、腕を組んで師匠の様子を視ていた。
けれど展開された図形同士が、複雑な術式が刻まれた魔導陣の帯で接続され始めると、流石に異常を察知したのか焦燥を見せ始める。
けれど彼は、動けない。なにせ名門名家の分家を名乗る彼は、自らあらぬ疑いをかけた女性に言ったのだ。“先手は譲る”、と、そう。
でもなんだか、師匠も“先手を譲られる”のが慣れているような様子も見える。よくあるのかな? こういうこと。
『【第零番図形:詠唱起動展開】』
そして、中央の図形に火が灯るように、魔導術式が描かれる。
複雑で見たこともないような術式。夢ちゃんも、二度三度と確認しながら首を捻っている様子。そうだよね、そうなるよね。
『おまたせしました。準備は出来ましたので、お好きなところからどうぞ』
『ふん、その余裕、いつまで持つか試させて貰おう』
見かけ倒しだ、とでも判断したのだろうか。
杜若先生は、ただ空中に手を翳すと、日本刀を呼び出して握った。
『解撃霊刀――災禍斬転剣!』
『【閃】』
閃光。
『なっ?!』
飛来。
『ガッ!?』
空気の灼けるような音と共に放たれたのは、真っ白なレーザービームだった。
それは一撃で停止したりはしないのだろう。中央の魔導陣から、連続で照射していく。その度に、蒼い光の魔力が四方の魔導陣を循環。再起動に使っているようだ。
ええっとこれってまさか、半永久機関?
『まっ』
杜若先生は、容赦なく照射される閃光相手に防戦一方だ。
魔導陣の動きを予測して動いて、防御で手一杯。早すぎる上にテンポも落ちないから、脅威でしか無いんだと思う。
準備に時間がかかるみたいだけれど、それって乱戦だったら誰かが守ればいいわけで。
「夢ちゃん、見て、LPが一回千単位で減ってる」
「ははは、三十回当たればそれで終わりってどういうことよ。もう半分を切ってるじゃない」
「お姉様……はぁぁ、格好良い」
「あ、あれ? か、香嶋先輩ってこんな人だったかな?」
うん、えっと、気持ちはわかるよ? 静音ちゃん。
でも今は、処理が追いつかないので聞かなかったことにします。
『おおっと杜若教諭、防戦一方だーっ! この試合、虚堂博士はどう見ますか?』
『夢でも見ているようだよ……。まさか、生きているうちにこんなものにお目に掛かれるなんて思いもしなかった』
『と、言いますと?』
『彼女が展開している術式は、将来的に発電所などで用いられることを想定した魔導術式の、完成形さ。僕たちが今、切磋琢磨している議題の、おおよそ“二百年先”にひな形が出来ていると予想していたが……いったいどのような頭脳を持っていればあれができるのか。彼女はまさしく天才だ! これならまだ、特異魔導士の方が生ぬるい!』
ものすごく興奮している様子の虚堂博士。
これだと本当に、わたしの存在の方が薄くなりそうだ。いや、魔導術式の凄さは魔導術師にしかわからないんだけどね?
「ふむ。なぁ夢、つまるところ、どれくらい凄いという話だ?」
「そっか、フィーには確かにわかりにくいわね。そうねぇ……息を止めて潜水しながら両手両足で全然違う図形を描きながらダンスをするようなものというか、両手で全く別々の料理を作りながら両足で違う楽器を演奏しつつ、ヒューマンビートボックスに興じるようなものというか、それらに求められるクオリティはプロ以上というか……うーん、そうねぇ」
「――つまり、一流の人間が五人以上でなんとか可能なことを、片手間で進化させつつ行っているということか?」
「そう! まぁ、それでも脳が理解を拒否するけれどね」
結局のところ、わたしにもよく理解できていない。
……あとで、夢ちゃんと一緒に師匠に聞いておこうっと。
『このまま終わってなるものか! ガッ』
そうこう考えているうちに、杜若先生のLPは一万を切っていた。
なんとか打開しようと試みているみたいだけれど、まったく手も足も出ていない。
『いいえ、終わらせます。【可変・麻痺】』
『なに? ――ギッ?!』
閃光に、麻痺を付与。
既に飛ばした豆鉄砲の豆に、空中で絵を描くような技術。
当然、麻痺させられた杜若先生は、もう、防御すら叶わない。
『こん、な、ばか――なァァァァアアァァッ!?!?!!』
そうして、光に呑み込まれ、光の粒子となって消えていく。
その光景を目の当たりにして、一瞬、会場は静まりかえった。
『勝者、観司未知教諭でタクティカル・エンド!! みなさんは今日、伝説の立会人です! どうぞ観司教諭に、勝利の鬨を!!』
『ワァ――――ァアア――――ァァァァッ!!』
会場が沸く。
リムの言葉に腕を振り上げて。
「師匠が、認められたんだ」
ただ呆然と眺めるわたしに、夢ちゃんはそっと、ハンカチを貸してくれた――。
2017/12/26
誤字修正しました。




