そのじゅうきゅう
――19――
――遠征競技戦、三日目。
結局、ブレイク&ホールディングの勝者は魔法少女団となった。
というのも、色々と吹っ切れた鈴理さんたちは“これでもか”というほどの連携と力強さを見せ、最後に控えていた九州特専の相手を難なく撃破。見事、優勝を勝ち取った形となる。
さて、そうなるとこの三日目は、いよいよ我々教員の試合だ。
「ふふふ、やっと未知の試合を観戦できるのね、楽しみ♪」
「楽しみにしてくれるのは嬉しいけれど、出番はまだ先よ?」
「存じておりますわ。で、どれに出るのかしら?」
「ひとまず、全員一番最初の競技からスタートね」
教員参加の試合は、以下の三つとなる。
今一度、端末を開きながら見せると、リリーは私の手にしがみつきながら覗き込んだ。
■セブン・クロス・マッチ
特専七校に由来するエキシビション・マッチ。
全校の教員によるトーナメント戦。
■ヒーロー・エディション
セブン・クロス・マッチの上位三名が指定した英雄(参加者のみ)と対戦する。
■トータル・エキシビション
各競技の優勝者が、教員か英雄を自由に指定して対戦を行うことが出来る。
英雄も教員も、対戦形式は生徒側の指定に従うため、演出系競技でも可能。
まずは今からの時間、最初のトーナメントで優劣を競う。
特専内の予選で数が絞られているのと、複数の会場で同時に行うため、午前中で終わるように調整。その後、午後にヒーロー・エディションを行い、夕方にはトータルエキシビションを特設ステージで行うことになっている。
今年は、時子姉、獅堂、七、拓斗さん、特別にと請われて仙じいがエキシビション枠に参戦。過去最多の英雄動員となっている上に、イルレアや各校理事長も英雄枠で指定可能という大盤振る舞い。仙じいは事情が事情なので出番までは島の近くの客船待機らしいけれど。
「未知の出番はどこ?」
「B地区ブロックね。瀬戸先生がA地区だから、観客はそちらの方が多いみたい」
そして――葵美さんも、B地区だ。
順当にいけば三回戦目、Bブロックの決勝で、葵美さんと戦うことになる。これまでだったら、どうしていいか解らず、また無様を晒してしまうところだったことだろう。
でも、今はもう違う。目指すのは優勝のみ。私は先生だから――弱くて情けない背中で、目標にして貰おうなんて図々しいにも程度がある。
「勝つのでしょう?」
「ええ、もちろん」
控え室の中、私の名前が空中投影モニターに表示される。
負けられない。なら、全力で行こう。ずっと公の場では封印してきた、私の魔導術で!
「いってらっしゃいな」
「ええ、いってきます。リリー」
だから待っていてね、葵美さん。
多少は、荒療治になるかも知れないけれど。
――/――
三日続きの快晴の中、ついに、師匠が出場する試合が始まる。
国内七つの特専の先生たちが集まって、その力を見せる“セブン・クロス・マッチ”。
わたしたち魔法少女団は、優勝者用のちょっとだけ良い席に座らせて貰い、眼下の試合に期待と興奮を滾らせていた。
「いよいよだねっ」
「ええ、そうね」
わたしが興奮気味にそう言うと、夢ちゃんは苦笑しながら頷いてくれた。
でもそのそわそわと動く指先が、夢ちゃんも楽しみにしているのだと教えてくれる。そしてそれは勿論、わたしや夢ちゃんだけに限ったことではない。
「す、すごい熱気だね。ど、どんな試合が見られるのか、た、た、楽しみ、だね」
静音ちゃんはそう、いつもよりもちょっと言葉を噛みながら、興奮気味に告げる。
「そうだね、シズネ。正直、私もミチの試合は楽しみでならないんだ」
「“あちら”ではなく魔導術師としての観司先生には、私も興味が絶えないよ」
「フィーちゃん、見たことなかったんだっけ?」
「あるにはあるが、いずれも短時間のことだ。客観的にこうして見られる機会もなかったからな」
「私は逆に、驚きすぎて心臓が持つか心配よ。……それはそうと、お姉様の勇姿は楽しみだけれど」
そうだよね……。
わたしもなんとか速攻術式を扱えるようになったけれど、まだまだそれだけだ。魔導術師としての師匠にも、その足下にも及ばないのは自覚してる。
わたしももっと、頑張らなきゃ。いつか、師匠と肩を並べる日まで……なんていうのは、恐れ多いかも。
『さぁて、みなさま、“セブン・クロス・マッチ”にようこそっ! 司会・実況はブレイク&ホールディングに引き続き、リムが行わせていただきまーすっ♪』
空中投影モニターに表示される、実況席の様子。
リムちゃんの隣には九條先生。その隣は、白い髪に紫の瞳の優しそうな男性で、眼鏡と白衣が特徴的だ。誰だろう?
「ねぇ夢ちゃん、あの人って?」
「ん? ああ、見たことないんだ。なら覚えておきなさい。あの人が現在の、“魔導科学”の権威よ」
魔導科学の権威?
それって、まさか……。
『解説はこの人たちです! 七英雄のひとりにして我が喰らう炎“紅蓮公”! 九條獅堂さんです!!』
『よう。よろしく頼むぜ』
響き渡る歓声。
九條先生のビックリするほど整った顔立ちに、倒れる女性もいるとかいないとか。
『更に更に、今回は特別に、魔導科学の権威にして“サイレント・カンパニー”CEO! 虚堂静間博士です!!』
『やぁ、今日はよろしくお願いしますね』
響き渡る関心の声。
そうだ、そうだよ。魔導家電と言えばその人とまで呼ばれた、魔導科学の権威!
虚堂静間博士だ!
『さてさてそれでは虚堂博士、今回注目のカードはどこと予想されますか?』
『そうですね……。高名な速攻詠唱使いの瀬戸亮治教員も気になりますが、やはりここは昨日、正式に公表のあった“特異魔導士”、笠宮鈴理選手の師にあたるという女性教員でしょうか』
『おお、“観司未知”教員ですね。なるほど、私も楽しみですっ』
と、突然挙げられた自分の名前に、思わず声を上げた。
わたしと、それから師匠の名前だ。九條先生も気になる先生の名前を挙げていたけれど、耳に入ってこない。
「あわわわわ」
「す、鈴理、大丈夫?」
静音ちゃんに背中をさすられて、辛うじて、こくんと頷く。
……今までは特に、こうして“個人”として評価を受けるような機会はなかったからなぁ。な、なんか、試合に出るまでもなく緊張してきたっ。
『――それでは、ルールの説明です! それぞれ教員に与えられるLPは、国際大会準拠である30000となります。LPを削りきるか、十カウントを取った選手の勝利となります。場外も十カウントを取りますので、ご注意くださいね』
LP30000!
そっか、ダメージ変換結界の普及以降に行われるようになった国際大会とか、全国大会なんかで使われるルールだ。確か、生徒たちの倍、なんだよね。
『それでは、第一回戦です!』
アナウンスが流れ始めると同時に、ほっと一息。
勉強になりそうだったら腰を据えて観戦するけれど、師匠の出番までは一息だ。
最初の一回戦までは十分の制限時間付きだ。テンポ良く進めて、午前中でA~Dブロックごとの勝者を決めてしまうのだとか。強行軍だよね……。
観客の一番の興味は、英雄たちが参戦するこれ以降の競技だから、スポンサーの意向で仕方がないのだとか。だから、観客席を埋めるのは、ほとんどが特専関係者だ。一般客は、午後を楽しみにして、今の時間は一休みしていたり観光に当てているらしい。
「みんなは、師匠以外だったら、誰に注目をしているの?」
ふと、思い立ってそう質問してみる。
だってたぶん、師匠しか気にしていなかったのって、わたしだけだろうから……。うぅ、意識低い系でごめんなさい……。
「わ、私は、関西特専の、か、杜若先生、かな」
「ああ、注目しておかないとってこと?」
「う、うん。と、時子さんが後見人になってくださったから」
ええっと、どういうこと?
流石に、そろそろ関西の古名家、退魔七大家くらいは覚えた。確か、赤嶺、黄地、青葉、緑方、藍姫、橙寺院、紫理だったはず。うん。
「……はいはい、解説して欲しい訳ね?」
「いつもありがとう、ユメ」
「べ、別に、知っていることを話すだけよ」
リュシーちゃんに素直に褒められて、頬を掻く夢ちゃん。
相変わらず、率直な言葉には弱いみたいだ。いつものお礼に、今度、褒め倒してみよう。
……と、それはともかく。
「杜若っていうのは、退魔七大家序列五位、藍姫の分家ね。藍姫は全ての異能と魔導術について造詣がある珍しい家で、杜若は特性型の異能研究を行う家ね」
「特性型しか生まれない、とか?」
「いいえ。発現型研究の桔梗、共存型研究の瑠璃宮、魔導術……古くは、無才の技術研究の縹で、生まれた子供に合わせて分家内でシェアするのよ」
……き、聞かなきゃ良かったかも。
そっかぁ、子供をシェアしちゃうのかー。静音ちゃんもそこまでは知らなかったのか、目が虚無になってるよ……。
よし、気を取り直して次に行こう!
「次は、私だね、ユメ! ええっと私はこの、リーヴィン・ゾア=セフィロ先生、という方かな? どこかで名前を聞いたことがあるんだ」
「レイル先生やイルレア先生の所属する“神聖なる悠久”に所属している家ね。ゾロアスターに準えた異能を行使するんだけど、善性を支持する“アル=セフィロ”と違って悪性を支持しているのよね。だから一族は背徳を身に背負い、毎年数人は発狂するらしいわ。修羅よね」
「Oh……」
ずーん、と、頭を抱えるリュシーちゃん。
まさかこんな、ディープな話が飛び出てくるなんて、想像もしていなかった。これで撃沈二人と見るや、杏香先輩が、珍しく慌てた様子で適当な方を指さす。
「麻生先生、なんてどうかしら?」
「麻生葵美先生ですね。魔導科学で貴重な実証をなされたお父様が、嫉妬から心ないマスコミや魔導術師、異能者、国連異端審問部に追い詰められて心労で亡くなられたことから、魔導科学者保護法発足の切っ掛けになったとか」
「そ、そう、なの、ね」
あああ、杏香先輩までっ。
フィーちゃんはこのブロックに、とくに気になる人はいないらしい。そもそも興味の対象は、海外に向けられがちなんだとか。
で、その、フィーちゃんとわたしで、暗くなってしまった静音ちゃんたちを慰める。なんだか、夢ちゃんがきょとんとしているのが印象的だった、かな、あははは、はぁ。
「ま、わからないことがあったら聞きなさい。知ってる限りは答えるから」
「うん。そう、だね、あははは、は……」
そんなこんなでわたしたちは、師匠の登場までぼんやりと虚空を眺めて過ごすことになった。
うぅ、早く師匠の順番、来ないかなぁ……。




