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そのさん

――3――




 ――教師の家に生まれた。


 家族構成は、父さんと母さんと、私と妹。どこにでもいるような平和な家族。

 私は二人に、とくに父さんに憧れて小学校の先生になることを決めた。

 反対に、妹は母さんにとくに憧れて、音楽教師になるために、新幹線で三時間も離れた音大に進学した。


 それなりの成功と、それなりの挫折と、それなりの恋愛と、それなりの別れ。

 順風満帆とは言えずとも、充実した毎日を送り、教員試験に一発合格で一安心。母校に内定が決まって、すぐに家族に電話して喜んで貰って、その母校に挨拶にいった帰り道だった。


 青信号を渡る女の子。

 遠くから、スピードを落とさずに走る自動車。

 声を上げたらその子は気がついたけれど、足が竦んでしまったのか、動けない。



 だから。

 女の子を、押し出して。



 空が青い日だった。

 白い入道雲が、気持ちの良い空だった。

 だんだんと感覚のなくなっていく身体。

 私に縋り付いて泣く女の子。


 違うんだ。

 きみを泣かせたかったわけじゃ、ないんだ。

 子供に、笑顔を与えられる人間に、なりたかったんだ。


 だから、その子を安心させたくて、なんとか動いた片手で頭を撫でて笑いかけた。

 大丈夫だよ。怪我はない? そう伝えたかったはずなのに、言葉が、声が出せなかった自分が、ひどく恥ずかしかった。悔し、かった。






 そして。







「思い出した?」

「うん、思い出したよ、“――、――”」


 気がつけば、教壇に立っていた。

 苦笑する女の子の顔は、やっぱりよく見えない。

 ただ、誰か、というのはわかった。


 彼女は、私だ。

 私が“観司未知”になる前の、小学校の先生になりたかった“――――”という女性。

 その幼い頃に、面影を重ねられる。


「ここにいる、という選択肢もあるんだよ?」

「あなたも私なら、わかるでしょう? 私には私の、“ミチ”がある。それを違えることは、きっと、他ならぬ“私”への裏切りだ」


 ここはただの夢の世界。

 私にとって都合の良い、私だけの世界。

 そこに、私が築いてきた絆も道も、ありはしない。ただの、悪夢だ。


「だから、私は行くよ」

「――うん。わかった。目はつむっていた方が良い?」

「うん、いえ、もうそれは好きにして良いのよ?」

「私はあなた、あなたは私。……いたたまれないわ」


 子供を導きたいという夢。

 子供を護りたいという最期の願い。

 生前の行いで決まるという“転生特典”は、清廉潔白、子供を導き子供を護る“象徴の少女”としての能力だった。

 ……この能力を貰った当時は、こんなことになるなんて想像もしていなかったけれど。



「来たれ、【瑠璃の花冠】」



 さぁ、ステッキを振りかざそう。

 こんなことをした主犯には、私にしたことをその身体でたっぷりと後悔させてやらねばならない。



「【マジカル・トランス・ファクトォォォッ】」




 身体はいつものフリフリ衣装。

 ――どぎついミニスカが翻ると、“少女”はすっと目をそらした。

 髪型はいつもの花飾り付きツインテール。

 ――ぱちっとウィンクをすると、“少女”は目尻の涙を拭う。

 足下には十歳女児向けスニーカー。痛くはないけど弾けそう。

 ――スキップのような踏み込み。“ぷきゅう”の効果音。“少女”は顔を両手で覆う。




「魔法少女、ミラクル☆ラピ! 今日も可憐にス・イ・サ・ン♪」

「なんで、もう、ほんと、こんなことに……」

「私も知りたい」



 泣かないで、“私”よ。

 私も泣きたい。私利私欲に魔法使いたい。


「……気を取り直して。悪夢の魔、夢魔は自分の術にかけたモノ同士を夢で繋げているわ。力のバイパスとして利用するようね」

「ということは、夢を渡り歩いて、夢魔を追うのが正解ね」

「ええ。ついでに他の子たちが夢から覚める切っ掛けを、夢の中で与えて欲しいの。あなたが今、彼に受けているように」

「彼?」


 頭上の景色が開かれる。

 そこは現実の風景だろうか。保健室、横たわるのは私だろう。その手を握る、七の姿。


「“流れ”を操ってくれているんだよ。良い方向に導かれるようにって」

「……そっか。なら早く、目覚めてあげなきゃね」

「うん。たっぷり可愛がってあげて」

「? ええ」


 そっか、だから七は私の“夢”にいなかったんだ。

 外の世界で、ずっと私を導いてくれようとしていたから。

 だから、みんなは私にアドバイスをしてくれたんだ。

 私が、自分自身の力で、気がつけるように。


 時子姉。

 東雲しののめ、拓斗。

 思考が幼いだろうに、元気づけてくれた獅堂。


 陸奥先生も笠宮さんもみんなみんな、七がそう導いてくれたひとたちだから、誰も私をこの夢に引き留めようとしなかった。


「――最後に、ひとつだけ聞いてもいい?」

「なにかしら?」

「おねえちゃん、と、そう私を呼んだのはあなた?」

「? いいえ。それが?」

「ふふ、ううん……なんでもないよ」


 ああ、やっぱりそうだ。

 “私”でもわからないのなら、やっぱりあの声はそうだったんだ。

 私が“――”でなくなっても、信じてくれていたんだね。助けて、くれたんだね。


 ありがとう、私の大事な“―”。


「【祈願セット現想フォーム夢幻航行ドリームキャッチ成就イグニッション】」


 私の前に、あひるさんボートが現れる。

 宙に浮くそれの前にあるのは、光の道だ。


「いってきます!」

「いってらっしゃい――!」


 そして私は、ボートに乗って光に飛び込む。

 振り返ることは、もうない。けれど最後に――



『いってらっしゃい、おねえちゃん』



 ――そんな、懐かしい声が聞こえた、気がした。





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