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そのさん

――3――




 翌日から、笠宮さんはさほど間を置かず職員室に訪れるようになった。

 というのも、なにも絡まれてばかりいるとか、そういった不憫な理由ではない。教員の権限が必然的に強くなるせいか職員室にも怖くて近寄れず、これまで教員に授業の質問もできなかったという彼女は、純粋に私に勉強の質問にきていた。


「観司先生、ここなのですが……」

「初級複合術式ですね。ここは……」


 もめ事にかり出されがちの教師としては、こういった普通の教師生徒の関係を築けるのは、純粋に嬉しい。

 それに私とて一般的に可愛い物が好きな女性だ。砂糖菓子のようにふわふわな彼女に懐かれて、悪い気はしない。いや、もちろん生徒は平等に接するけどね。心の中くらいはいいじゃないか。


「……と、いったようになります」

「……なるほど。ありがとうございますっ、先生!」

「いいえ。授業に追いついていないという風でもありません。この調子で頑張れば、今期の試験は成績の向上も可能でしょう」


 喜ぶ笠宮さんを見ていると、私もほっこりする。

 いやー私もあったなぁ、こんなころ。おばちゃ……おねえさん、懐かしいよ。


――Pipipipipipipipi

「と、失礼」


 機械音に反応して画面を見れば、橙色の字でemergencyの文字。

 緊急事態。危険度レベルCクラス。生徒間のもめ事かな。


「呼び出しのようです。笠宮さんは他の教員の指示があるまでここから動かないようにお願いします」

「は、はい。あの……お、お気を付けてっ」

「ええ。ありがとうございます」


 シルバーフレームの眼鏡をくいっとあげて応えると、笠宮さんは心配そうに頭を下げる。

 さてさて。この穏やかなひとときを邪魔してくれた悪い子には、ちょっとお仕置きが必要かな。









――/――




 なんて。

 意気込んで向かった先は笠宮さんの時と同じ中庭だった。

 私がたどり着いたときには既に複数の教員が到着していて、問題の生徒に呼びかけていた。


「能力行使を停止しなさい!」

「うるせぇ! どいつもこいつも、邪魔してんじゃねえぞ!!」


 問題の生徒から立ち上るのは、陽炎。

 ツンツン頭のオレンジ髪は、ため息をつきたくなるほど見覚えのある色合いだ。

 そんな彼の後ろで倒れ伏すのは、炎の能力行使による影響か、酸欠で倒れ伏す生徒たち。当然、魔導科の生徒ではあるのだが、よく見れば倒れている中にオレンジの彼の取り巻きも混ざっている。いや、何事?


陸奥むつ先生。状況は?」


 呼びかけていた先生の一人。

 へっぴり腰で環の後方にいた彼は、新任教師ではあるが、テストケースで卒業した第三期特専卒業生だったりもする。

 見た目は完全にチャラ男なのに、初々しい好青年だ。


「み、観司先生! 彼、手塚宏正君が中庭にいた魔導科の生徒に、突然くってかかったみたいです。それなりに実力のある生徒だったようで対応できない状況ではないはずなのですが……」


 なるほど。

 見るからに以前よりも能力行使効率も、威力も跳ね上がっている。確かに今の彼は、相性が悪ければ教員すら打倒することができるだろう。

 だから呼びかけに応じている教員たちも、うかつに近づけないのか。


「ですが、このままでは後方の生徒が心配です。陸奥先生、実力行使を行うので、彼の気が私に向かないようにしてください」

「は、はい! “幻視ファントム・コート”」


 陸奥先生の異能は、完全なサポート系だ。

 幻覚を見せたり、幻の結界で透明になったりと、肉体的・及び能力的に作用する幻覚を操る。

 そして、私は魔導科の教師であり、魔導術師。当然使うのは、魔導術だ。


「【術式開始オープン形態フォーム身体強化フィジカルエンチャント様式アーム脚部レッグポジション】」


 間合いを確認。

 恫喝する彼の視線を把握。

 後方の生徒たちとの距離感を掌握。


「【展開イグニッション】」


 パンツスーツの裾を翻し、革靴で踏み込む。

 強化された肉体は優に手塚宏正の視認限界を超えたのだろう。私が後ろに回り込んだことにさえ、彼に気がついた様子はない。


「【速攻術式セット捕縛鎖バインド展開イグニッション】」

「……?」


 呆ける暇さえ与えずに、能力遮断術式を組み込んだ魔法の鎖で、彼の身体を拘束する。


「な! おまえ! くそっ! なんだよこれ!」

「危険能力行使と確認いたしました。学校からの処分が確定するまで、反省室で待機しなさい」


 手塚宏正が転がっている間に、先生方はあっという間に倒れた生徒たちを回収した。流石“特専”の先生方。妙に手慣れている。


「なんでだよ! どうしてこうなるんだよッ! おかしいだろ!?」

「そう、おかしいのです。どうやってこの短期間であれほどの力を手に入れたのか、聞かせていただきましょうか?」


 蓑虫のように転がる彼をしゃがみ込んで見下ろすと、親の敵でも見るように睨まれた。おいおい。睨みたいのはこっちだっていうのに。


「テメェには関係ねェだろうが!」

「関係ないはずがないでしょう。教師として、きっちりお話は聞かせて貰います」


 まぁでも、心理系能力者に任せると、暴かれたくないプライベートな秘密もご開帳! だ。ここは広い心で以て説得を――



「うるせぇババア! うぜェんだよ!」



 ――しなくても、良いだろうか。


 あまりの暴言に彫像のように固まっていると、聞いていた先生方が気の毒そうに私を見つつ、手塚宏正を引きずっていく。

 やめてくれ。せめて憐れまないでくれ。笑ってよ、ねぇ……!


「あ、あの、その――み、観司先生はお綺麗です!」


 そう、緊張した面持ちでおっしゃってくれたのは、共闘した陸奥先生だ。


「その、癖のない黒曜石のような髪も長くて、綺麗ですし、瞳も澄んだ海のように可憐ですし、クールな眼差しも、理想のお姉さんで、ぼ、ぼくは! 観司先生のこと――」

「陸奥先生、大丈夫です、お世辞などなくとも。それでは私は生徒を待たせていますので、は、ははははは」

「――す、って、み、観司先生?!」


 年下の後輩にお世辞で慰められるって、思いの外しんどいわ……。

 私はなるべく諸々考えないようにしつつ、陸奥先生をその場に置いていく。

 ああ、早く笠宮さんとお話しして癒やされたい……。


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