そのじゅうなな
――17――
わたしたちから少し離れたところから、土煙が見える。
闇と影が交差する激戦。夢ちゃんと、影都さんの戦いの狼煙だ。
「前線維持!」
杏香先輩の声で、左右前後が入れ替わる。
フィーちゃんが前へ、静音ちゃんが石柱とフィーちゃんの間へ、わたしと杏香先輩は左右に配置。リュシーちゃんは石柱の上のまま。同時に、白頭巾から放たれた炎球を、フィーちゃんが鎚で叩き潰した。
「鈴理、現状の理由はわかっているかしら?」
「先輩? ええっと……」
M&Lの反乱、のことかな。
向こうを刺激しないために、あえて主語を抜いて話してくれたのだろう。
うーん、でも理由、原因かぁ。十中八九、わたしが師匠の情報を流すのが遅いから、かな。でもでも、なんだか流せる情報がそんなに無くて……なんて言うのは、きっと言い訳だ。組織っていう風に運営するんだったら、それなりにお給料が必要だったんじゃないかな。それで私が、名誉会長に就いて置きながら怠ったから、反乱されたんだよね?
自己分析をする限り、師匠の情報を渡すのは複雑だけれど、それ以上に師匠を好きな人が増えてくれたら嬉しい、っていう気持ちが強かった。だから、可能な限り情報は流していたのだけれど……うぅ、入院してからこの方、一切渡していないんだよね……。
「はい、わかります」
「なら、落としどころを考えなさい。いっそ、会長職として偉そうに振る舞っても良いわ」
「え? え、えらそうに、ですか?」
「ええ――この戦いに勝って、要求を受け入れた、とでもすれば良いでしょう」
……ええと、そうか。彼らは“M&L”として“魔法少女団”に挑んできた。
なら、この試合に勝つと言うことは、組織として“M&L”に“魔法少女団”が上位に立つことを意味すると言うこと。そう考えれば、彼らが試合で挑んできた理由もよくわかる。彼らは組織として、魔法少女団の上位に立つつもりなんだ。
だったら、これまでの関係を続けるためには、必ず勝たなければならない。勝って、改めて情報受渡の日にちや期間を決めて、その上で――師匠にお願いして、M&Lメンバーへのメッセージを録音、が、落としどころかな。
でも、この状況になった原因がわたしにある以上、わたしだけの判断だと心配だな。あとで夢ちゃんに相談しよう。
なるほど。
どのみち、負けるつもりなんかなかったけれど――それ以上に、負けられなくなった。
「もう、この暑いの被る必要ねぇだろ」
そう告げ、頭巾の一人が衣装を捨てる。
橙色のツンツンヘア。鋭い目つきの男子生徒。
わたしが師匠と出会った、原因の人。
「……手塚君」
「よう、笠宮。おまえとこうしてちゃんと話すのは、一年半ぶりだな」
「前も、ちゃんとではなかったよ」
あのときのわたしはまだまだ弱くて、情けなくて、あまり一人にはならないようにしていた。そんな時に、窓から本を落としてしまい、取りに行った先で彼らに絡まれたのが始まりだ。
『一人で何してんだ? ――ここ、俺たちのたまり場だぜ?』
『遊んでほしいんじゃねーの?』
『ははは、だったら遊んでやらなきゃなぁ』
『あ、あの、違います。やっ、は、離して!』
『うるせぇな……誘ってんだろ? 良いから来いよ!』
『や、やだ、離して!』
そうやって、手を捕まれて、
囲まれて、あの嫌な視線を受けて。
『その手を離しなさい』
『あ? なんだてめぇ』
『校内での暴行は退学処分も検討せねばなりません。言っている意味がわかりますね?』
『俺らに指図済んじゃねーよ!』
『俺らとアンタじゃ格が違うってわからねーか? “絞りカス”の教師の癖に』
そうやって、師匠に助けられた。
あの日のワンシーンを忘れたコトなんて、一度も無い。だから必然的に、手塚君のことだって忘れようがない。
「はっ、違いない」
「わたしにとっては、手塚君は変態さんの一員だからね?」
「ぐっ……ま、まぁ、おまえにとってはそうだろうな」
わたしたちのやりとりに動きを止めてくれていた周囲も、その一言でぴくりと動く。
けれどわたしが動かないのを見て、あからさまに憤怒の表情を浮かべているフィーちゃんも、静まってくれた。
「なぁ、笠宮。おまえが片山たちに情報を渡さないのは、俺がいるせいなんじゃないか?」
手塚君は、わたしにそう告げる。
それは、ええっと、確かに“変質者”はわたしの“敵”だけれど、手塚君はそこまでではない。“彼ら”のようにわたしを裏切った訳では無くて、ただ絡んでくる……“いつものこと”の一環でしか無かったから。
そう、言おうとしたわたしを、手塚君が遮る。
「ひどいことして、しようとして、悪かった。俺のことはどうしたって構わない。だから、こいつは許してやってくれ!」
そう、頭を下げることで。
「手塚……おまえ」
「片山、おまえは黙ってろ。……笠宮、コイツ、家のことで自分は不要だってずっと思っていて、いつも、なにやるのもつまんねーみたいな顔してて、いつかどこかにいっちまいそうだった。それが、アイツに出会って変わったんだ! 毎日、本当に楽しそうに笑うようになったんだ! だから、頼む! 俺のことはどんなに殴っても、なにされても構わない! だから、片山のことは許してやってくれ!!」
男性。
変質者。
無理矢理、力でわたしを従わせて。
怖いことや、痛いことや、辛いことを強いる人たち。
――そんなフィルターで、よく知りもしない彼らをないがしろにしていたのは、わたしだった。
思い出すのを止めていた。
振り返ることから逃げていた。
閉じ込めた過去の記憶たち。
――『やめてください、なんでこんな』
――『誰か、助けて! やだ、触らないで!』
――『せ、先生? あの、通して、ください』
――『ひっ、開けて、開けてよ……っ!!』
いつも、本当にギリギリのところで誰かが助けてくれた。
決定的なことは何も無かった。穢されたわけでもないんだ。
……だから、思い出すことを止めていた。乗り越えたことだから、もう良いと、捨て去っていた。
その、悪夢のような“彼ら”の中に、こうして、心の底から謝ってくれたひとは、居ただろうか。
「手塚、止めてくれ、そんなのおれも同罪だろ?! 笠宮、おれだって、悪かった! ……悪かったんだ――ッ!!」
手塚君。
村瀬君。
片山君。
それから、あの事件で手塚君たちと絡まなくなった、四人目の彼。
彼らは確かに、わたしに乱暴をしようとしたひとたちだ。手を掴んで、引っ張って、怒鳴りつけて、笑って――それでも、謝ってくれて。
「――良いよ、許すよ」
「っえ?」
「ただし!」
わたしだって、彼らに色々な我慢を強いた。
それに、情報を渡し忘れたのは本当に、わたしの過失だ。
これが過失同士なら、それなら。
「勝っても負けても、全力で戦って。わたしに、あなたたちは対等なんだって、見せつけて。被害者と加害者じゃなくて――悪いことをして、喧嘩になって、終われば仲直りが出来る“友達”なんだって、わたしに教えてよ」
もう、逃げなくて良いのかな。
もう、戦わなくて良いのかな。
もう、許しても、良いのかな。
だったらわたしは、許したい。
だったら、もう、許せなくて苦しい思いなんか、したくないよ。
「――ああ、わかった。付き合わせて悪い、影楼。行くぞ、片山!」
「いいよ。僕だってM&Lの一員だ。最後まで付き合うさ――。一応、観客席に音が漏れないように、“調整”もしておいたから」
「ああ、ああ! あと、おれは金山だ! ……決別の名前だ、そう呼んでくれよ」
三人が、改めて構えを取る。
同時に、狼煙をあげるように、静音ちゃんが虚空に矢を放った。
「もう良いのかしら? 鈴理」
「先輩……はい、大丈夫です」
「そう、なら――全員、全力で叩き潰しなさい。今日以降に、“全力じゃ無かったからスッキリしなかった”なんて遺恨を残す真似は、魔法少女団団長、香嶋杏香が許さないわ!」
そうだよね、ここで全力を出し合わないなんて、そんなのはダメだ。
うん――だったらわたしも、やれる全てで戦う!
「行くぞ、M&L! 橙火燈炎“喧々囂々”!」
手塚君の腕に橙色の炎が宿り、そのまま、連続かつランダムに橙色の炎の弾丸がばらまかれる。一撃一撃は大した物じゃ無いけれど、ランダムだからこそ軌道が読みにくい。
――それを、フィーちゃんは大きくしたミョルニルでかき消した。
「一応聞いておこう。鈴理に直接セクハラ行為を働いたのは誰だ?」
「俺だよ、ハンマー女ッ! 橙火燈炎“炎斬士遠”!」
「援護するよ、手塚ッ! 片山通流改め、金山新流“ラブ太刀一閃”!」
フィーちゃんのハンマーを、腕に纏わせた橙色の炎剣で辛うじて受け流す手塚君。
そんな手塚君と入れ替わるように飛び出た片や……金山君が、頭巾に隠していた日本刀でフィーちゃんに斬り掛かった。
同時に、前に出ようとした影楼君をリュシーちゃんが狙撃。見ながら、杏香先輩は細かく指示だしをしている。
「鈴理、静音さんの音があちらの音で遮断されているわ。防ぎなさい」
「はい! ――“干渉制御”!」
溢れる翡翠の光。
声は聞こえないが姿は見える観客席が、ざわつくのが見える。けれど直ぐにアナウンスで説明が入ったのだろう。もう、落ち着いているみたいだった。
これでわたしも、細かいことは気にせずに戦える!
「“流向制御”! ――静音ちゃん!」
「う、うんっ! 汝は悪、汝は罪人、汝は希望を侵せし愚者。なればその身に纏うは【咎人の枷】と知れ♪」
静音ちゃんの異能の影響は、一直線に音無君に向かう。
一番厄介なのは、サポート系の異能者だ。途端に動きが遅くなり、声を出すこともままならなくなった音無君。そんな彼を――
「一刀必殺」
「ぐぁッ?!」
――夢ちゃんが、忍者刀“嵐雲”で刈り取った。
「音無ィッ!?」
「余所見とは随分と余裕だな?橙頭! ――雷揮神撃、ミョルニル!!」
「しまっ……づぁッ?!」
吹き飛ばされる手塚君。
形成を立て直そうとする金山君。
キッチリ音無君にトドメを刺してから、虚空に溶ける夢ちゃん。
「副会長――色々と、ごめんね。だから、これで終わり!」
「ぐっ、させ、る、かッ」
「スズリ、道は私が開けるよ! 【射出】!!」
素早く復帰した手塚君を、リュシーちゃんがそれよりも早く撃ち抜く。
その一瞬の空白に、走り出したわたしと金山君の、目が合った。
だから、わかる。
もう、言葉なんか、必要ない。
「うぉおおおおおおおおぉぉッ!! 金山新流奥義ッ“あなたの笑顔にラブずっきゅん剣ンンンンンンッ”!!」
「【回転】!!」
刀身を包む桃色の光。
見るだけで膨大な霊力が圧縮されているとわかるそれの、横薙ぎ。
わたしはそれを正面から向かい打って一度は受け流し。
「まだまだァァァァァッ!!」
「【硬化・回転・強化】!!」
振り下ろされる刀身の横腹に、平面結界を叩きつけて。
「なっ」
「吹き飛んでっ!!」
刀を叩き折りながら、金山君の身体を斜めに引き裂いた。
――LP0
ぽん、と光るライフメッセージ。
「さすが、は、会長、か、な」
「――そうだよ、わたしは会長だから。大好きな人の背中をずっと、追いかけてきたら。……でも、それって、みんなも同じなんだよね。だから、ごめんなさい。気がつかせてくれて――ありがとう」
「は、はは、敵わない、訳だ、な」
悔しそうに。
――けれど、どこか満足そうに笑って、光の粒子になって消えていった。
「あとは、あなただけだよ。手塚君」
「ははっ、俺もLP一桁だがな」
「なら、どうする?」
「ハッ、決まってんだろ! 最後の最後まで、ヤるだけだ! 俺だって、M&Lの一員なんだよッ!!」
そう、手塚君はたった一人で走る。
けれど、ずぅっと前、吾妻先生に操られて力を増強された彼よりも、今の方がずっと強く見えた。だから、わたしも、全力で迎え撃つ!
「橙火燈炎ッ!!」
「“多重干渉・加重・加速・二重制御” ――【回転】!!」
回転を加えられた平面結界が、異能によって加速。
先に振り上げた手塚君の手よりも早く、手塚君の胴体に突き刺さり。
「【爆発】ッ!!」
「っああああああぁぁぁぁぁッ!?!?!!」
手塚君は、爆炎と共に、吹き飛んだ。
「わたしの――わたしたちの、勝ちだよ」
「は、はは――ああ、俺たちの、負け、みたいだな。は、ははっ、次は、か、つ」
光の粒子になりながら、そう、手を上げて消えていく。
同時に、割れんばかりの大歓声が、解除された結界の向こう側から響き渡った――。




