そのじゅうろく
――16――
陣列の乱れたM&L。
たった二人が欠けただけだけれど、その欠けた二人が重要だった。
(とはいえ、この手はもう使えない)
流石に、私が持ってきた“写真”がフェイクだということはもうバレているだろう。バレていなくても、勝利を逃してまで取りに来る無茶はもうしないはずだ。
でも、鈴理の話を聞いて直ぐ、念のため腹案を出して置いて良かった。鈴理だって情報提供しなかった訳じゃ無いけれど、彼らほど重要に捉えては居なかったんだろうなぁ。
『杏香先輩、そろそろ効果は無いと思います』
『そう。なら、あなたは影都の撃破をお願い。もしもの時、引き際は任せたわ』
『承知』
カフスによる秘匿回線で、杏香先輩に連絡を取る。
この腹案、念のため杏香先輩に伝えてきたのはやっぱり正解だった。先輩は、大局のために多少の横道は些事と捉えられる人だ。
(うーん……嬉しい、けど、やっぱり鈴理が“根本”から信用しきっているのは私だけ、か。今回はそれが明確に裏目に出たわね)
さて、どうするべきか。
今回のM&Lの反乱は、言ってしまえば“給与が未払いだったサラリーマンが取り立てに来た”という状況だ。鈴理はそれこそ、流せる情報を流せる時に積極的に流して、それを給与としていた。だから、“確実に情報は渡る前例”があるのだから不満は無いだろうと、楽観視してしまいがちなのだろう。
だから、不満が出てくる前に、私がこっそり“餌”を流していたんだけど……今回は、修行やら入院やら部活存続の危機やらで、気が抜けていたのもまた事実。そこに運悪く、鈴理が情報を仕入れられない状況が続いた、と。
鈴理が根本の歪みに気がついてショックを受けないように、色々と影ながらフォローしてきたけれど……こうして問題になってしまえば、それが甘えだったと気がつかされる。あとで、杏香先輩にもご助力願って“落としどころ”を考えておかないと。
「ますます負けられなくなったわね、これ。……ということだから、さっさと脱落しない?」
「促されてする人間がいるとでも思うのか。やっぱり碓氷はド底辺」
懐からクナイを引き抜いて、投げつけながら問いかける。
そうすると、向こう側としても私はここに貼り付けておきたいのだろう。計算どおり、毒舌頭巾が輪から外れて、私の方に跳躍してきた。
「先手を取られるような恥ずかしい忍者に、“霧”の称号はもったいない。今日から“靄”に変えて、観司先生を生徒会の顧問にすべき」
「あら、M&Lの顧問じゃ無くて良いの?」
「独占を防げればそれで良い、らしい。顧問に推薦するから手伝うのが、契約」
なるほど。
いや、そうは言ってもいうほど未知先生を独占できてはいない。なんて言っても忙しい様子だから。でも、そんな言い訳は通じないんだろうなぁ。
「ご託は終わり。ここで去れ――“闇剣”」
そう、生徒会書記――影都の影から闇の剣が殺到する。
私はそれを魔力操作で避けながら、作戦を組み立てていく。なんて言ったって相手は無尽蔵。それを成している理由こそ、影都の秘伝、なのかも知れない。
「避けてばかりで大丈夫? どうせ磔になるなら今からでも――ッ」
頭巾の端を、右手の黒風で落とす。
発動条件がわからないような一撃に、影都は戸惑いを隠せない様子だった。それはそうだろう。この黒風は、敵に発動を悟らせずに成し遂げるためのようなモノだ。
左手の嵐雲とも合わせれば、まさしく嵐を射貫く目となるだろう。けれどまぁ、それなりに隠蔽もしたいわけで。
「小石でもぶつかった? 素顔が見えているわよ」
「私の可愛いさにくらくらしましたか。変態め」
「ごめん、私にも選ぶ権利くらい、あるんだ!」
先制攻撃。
跳躍で距離を詰めて斬り掛かると、影都の影からせり上がった壁に妨害される。やっぱり、あれは“認識内自動防御”。さっきのように不意打ちで認識させる前に崩さないと、さほど効果は見込めない、かな。
「うろちょろしないで、蠅のように突き刺され」
せり上がった壁からも、槍のように射出される闇の槍を避けながら、打開策を考える。
一つはこのまま粘って、他が倒されるのを待つ。一つは倒しきって、それこそ退場させてしまう。粘っても良いけれど、鈴理たちに苦戦を強いることはしたくない。なら、できることは……。
「どろん!」
「古典的?!」
煙を充満させ、雲隠れをする。
その間に、観客席にも敵にも手段を明かさずに、戦いに乗り出す!
「【起動術式・忍法・地雷也・展開】!」
ガチンッと鳴り響く撃鉄の音。
同時に、影で扇を作って煙りを吹き飛ばした影都と、目が合った。
「小癪な碓氷です。このまま」
一歩。
喋っている最中の影都の、背後に回り込む。
「素直に」
二歩。
まだ影都の知覚は追いつかない。
「っどこに」
三歩。
背中に簡易術式刻印。
「そこ」
四歩。
指を鳴らして爆破。
「きゃ」
五歩。
小規模の爆発に怯む影都に、再接近。
「ぁあっ」
六歩。
前蹴りを思い切り蹴り飛ばして。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
効果が切れると、膝から崩れ落ちたくなるほどの疲労感に、包み込まれた。
いやぁ、これやっぱり無茶だわ。簡易的に底上げして、これだもん。でも今回は意味があった。何が起こったかわからず、ただ呆然と地面を滑っていった影都。
――LP600
「ちっ、やりますね。ただの変態じゃないとかもう、ド変態としか言いようがない」
「ド変態に負けるなんて恥ずかしいわね。身の程を弁えたら良いんじゃない?」
「……上等」
影都は今、警戒を強めている。もうなにをしても、不意を突かれないように警戒している。でも、悪いけどさ、私は生徒会への“意趣返し”もしなければならないのよ。
そう、心中は明かさずに、ただゆっくりと――私は、右手を挙げた。
「っこれ以上、変な手には負け、な……い?」
勢いよく立ち上がる影都。
その顔に困惑が広がる。彼女の胸に突き刺さるのは、翡翠色の矢。影都はそれを認識して。
「不覚――だけれど、二度と同じ手段は喰いません。覚悟しろ、変態め」
それから、悔しそうに、光の粒子となって消えていった。
「――いざという時のための、支援攻撃。今回は静音ね」
そう、これも作戦の内だ。
合図と同時に誰かがトドメを刺すことで、私からの攻撃“のみ”に集中させる。そうしたら、私以外からの攻撃ではただ、無防備になるから。
「さて、次の指示は?」
『ありがとう。思いの外、早く気がついたようだから、あなたは別の任務よ』
「承知しました、先輩」
さて、忍者は忍者らしく、また陽向から影に移りゆこう。
……できればその間に、今回の落としどころにも、ある程度の見通しは立てておかないとなぁ。はぁ。
気が滅入ることだけれど、仕方がない。
これも身から出た錆と諦めて――私は再び、闇の中へ、気配を溶け込ませた。




