そのじゅうご
――15――
快晴の中で行われている、ブレイク&ホールディングの準決勝。
なんとか一息吐くことが出来た私は、教員席から鈴理さんたちの試合を観戦していた。
「ねぇねぇ未知、見なさいな。あはは、きもちわるーい」
「もう。そんな風に言ってはダメだよ、リリー」
貴賓室よりも、私の傍が良い。
どうもリリーはそんな風に言ってくれたようで、私と並んで試合観戦をしている。まぁ、リリーの今の戸籍上の名字は“観司”だからね。普通に、親戚で通じてくれた。
『おおっと、M&L、滑るような動きで徐々に近づいています。これはこわい!』
『ありゃ、たぶん“滑落”の類いだろうな。発現型の異能で、摩擦を無くすようなもんだ』
染色した金髪と鳶色の目、アイドルのリム――本名を轟夢理さんが、良く通る明るい声で実況する。
それにフォローを入れているのは、今回もアドバイザーとして実況席に座る獅堂だ。
『滑走スキル、ですね?』
『そうだ。応用性だけならかなりのものだよ。まぁ、攻撃力には欠けるがな』
見ている限りでは、彼らは様々な異能を駆使して、集団を“個”として運用している。
音の発生源を悟らせず、運動による肉体の変化を見せないことで動作をわかりにくくさせ、闇討ちに対応できるように動く。
それは、突出した“個”の集団である鈴理さんたちとは、真逆の在り方だ。
「それにしても、鈴理もまだまだ部隊運用はできていないわね」
「部隊運用? リリー、何故、部隊運用の話に?」
「あら、気がついていないの? あれ、鈴理を中心としたあなたのファンクラブよ、未知」
「私のふぁんくら……ええっ」
あれ、なんだかその話、どこかで聞いたことがある。
……というか、そうだ。瀬戸先生から少しだけ、存在だけ聞いたことがあったんだ! すっかり忘れていたわ。というか、鈴理さんが会長なんだね……。
「この頃、夢が修行で離れていたのが原因ね」
「夢さんまで……いや、夢さんなら不思議じゃ無いか……ええっと、その心は?」
「簡単よ。言ったでしょう? 強者は弱者に媚びる必要は無い。天才は凡愚にへつらう必要は無いの。鈴理は根本的に、“自分を初めとした天才たち”を基準に捉えている節があるわ。“先を見据えれば反乱は起きない”と前提して、得た情報の中で貴女が困らないモノを、率先して会に流していたのでしょう」
その、なにを流されても困るというか、ええっと?
ま、まぁいい。話の腰を折ることも無いだろう。
「だから、新しい餌もないのにあなたを囲っているように振る舞っている鈴理は、子飼いの部下に反乱を受けた。対して、才覚としては凡庸の域を出ず、英才教育と努力だけで天才と肩を並べている夢は、そのことを良く理解しているのよ」
夢さんは、唯一、“突出した才能”を持たない。
碓氷に伝わる秘伝は、実のところ、修練を積めば誰でもなんとか習得できないことは無い。夢さんはそれを、天才性ではなく秀才性、即ちひたすら努力と効率化を極めることで頂に立っているのだろう。
それは逆を言えば、“出来ない人の気持ちがわかる”ということだ。まぁ、私も、今世のスペックが高いことは自覚している。その上で理解が及んでいるのは、前世があるからだろう。
「だから、夢が活動している間は、定期的に餌を流していたのでは無いかしら」
「そんなに、ええっと、多くの情報を?」
「別に情報でなくとも良いのよ。彼らはあなたを女神のように捉えているわ。だったら、崇拝対象があればいい。――写真、とかね」
あー……なるほど。油断している時に敵意もなく、全力で隠蔽した夢さんに写真を撮られても、気がつけない自信がある。
うーん、でも、何故、鈴理さんは“こう”なるまで気がつけなかったのだろう。そうは言っても、彼女の“観察力”はその道のプロを彷彿させる精度だ。その上で気がつけなかったとするのなら、その場合――鈴理さんの、内面、かな。持つ技術が精神性故に発揮できない、なんてことは珍しいことでは無い。
身内フィルターを抜いて考えてみればわかるかな? 幼少期にトラウマがあり、他者を観察・把握する能力に長け、自身はずば抜けた天才性で駆け上がっている。普通だったら他者を見下す方向に成長しかねないが、鈴理さんの場合はそれはないだろう。基本的に、友を大切にして愛を重んじる傾向にあるのは、幼少期に愛を感じられなかったことが原因だろうし。
彼女自身も、ずば抜けた“観察力”という天才性があるから、自分を客観的に捉えることが出来るはずだ。なのに、こういった失敗に繋がったということは……。
「鈴理さんには……自分を観察しても見抜けない、根本的ななにかがある?」
「ふふふ、未知には、それを見抜くのは難しいのではなくて?」
「リリーには、わかるの?」
「ええ。悪魔とはそういう生き物よ? 脆弱性を見抜く力は本能的なものなの。この場合は、そうね――あの子は、他者を信用できない、といったところかしら」
「え……?」
それは、でも。
だって鈴理さんは、信頼している。信用して、私や夢さんや静音さんたちに任せている。
「それは鈴理の主観ね。あの子自身も、心の底から他人を信用していると“思い込んでいる”から、気がつけないのよ。本当に信用していたら、“守るための無茶”なんてしないの。そうね――夢くらいじゃないかしら。無茶をしないで任せられるのなんて。ふふ、愛くるしいわよね? あんなに健気なのに、そんなところが“欠落”しているなんて」
「……静音さんやフィフィリアさんは、鈴理さんを好んでいるけれど、同時に“信仰”に近い感情を持っている。アリュシカさんが気がつけないのは、彼女もまた同格の天才だから?」
「ふふ、そうそう。わかってきたじゃない」
だとすれば、それは、頭の痛い話だ。
その事実が明るみに出た時に、一番ショックを受けるのは鈴理さんで間違いないだろう。その果てが踏破なら良いが……折れた時、それは鈴理さん一人だけの挫折を意味しない。
なんとかカバーしてあげたく思う。私に出来ることならなんだってしてあげたいと、思う。鈴理さんは私の大事な弟子で、みんなは、私の大切な生徒だから。でも、どうやって? どうするのが、正解なんだろう。
「いや、そもそも前提が違う。一番大事なのは、“何故”、だ」
「経過を調べるのかしら? 破綻の道筋なんて、どこの世界も絶望と失望に決まっているわ。鈴理は一種の怪物によって狂わされた。それが全てでなくて?」
「違う、違うのよ、リリー。人は慣れる。鈴理さんがお祖父さんに慣れて、その観察力を会得したように」
どんな痛みも苦しみも、例え喜びも快楽も、人はそのうち慣れる。
お祖父さん一人に苦しめられてきたのであれば、無意識の領域に踏み込むほどに歪みはしない。傍に居た私たちが、誰も気がつかないほどに歪みはしないんだ。
……もっとも、究極的には仲間以外に対した興味を持つことが出来ない七なら、何かに気がついていて、わざわざ口にしていないだけかも知れないけれどね。それは、あとで七本人に聞いてみよう。
「リリーは、“魂壁”を読み取っているの?」
「ええ。読心の類いでは無いわ」
なら、リリーから過去を聞くことは出来ないか。
……そうなると。
「なに、めーる?」
「ええ。それなら、専門家に依頼するのがベストなのかなって、そう思うから」
端末を開き、表示するのは“暦探偵事務所”。
なにも出てこないのなら、それで良い。けれど根深いところに鈴理さんのトラウマがあるのなら、それを暴いて向き合う。私はただ、いつまでも、私に出来ることに全力を尽くすだけだ。
『おおっと、碓氷選手、おもむろに懐に手を入れたーッ』
響いてきた実況席からのアナウンスに、意識を戻す。
見れば、石柱こそ無事だが砂だらけの“魔法少女団”の姿。
相対するM&Lは、一切の乱れなく、滑るように動いている。
「凡愚とて蟻でないのなら侮るべきでは無い、ということかしら。まぁ、私にとっては一様に羽虫でしかないのだけれど」
「もう、リリー?」
「はいはい、私の未知になら、牙を納めて猫になりましょう。あ、未知がネコでもいいのよ?」
「にゃ、にゃあ? どういう意味なの」
「……今のままの未知で居てちょうだいな」
ええっと、どういうこと??
ま、まぁ良いか。今はそれより夢さんの“秘策”だ。彼女は突出したものを持たないからこそ、いつも多くの手段を身につけている。その用意周到さからなにが飛び出てくるのか、私は楽しみにしていたりもする。
『おおっと』
アナウンスから、会場の夢さんの声が届く。
『うっかり懐から未知先生の生着替え写真が落ちちゃったー!』
『なんだと――ぐぁああああぁっ?!』
『む、村瀬ぇえええええぇっ!!』
「ぶふぅぅっ」
思わず、口に含んでいた麦茶を吹き出す。
え? え? ええ? 今、夢さん、なんて言った?!
夢さんの懐からでた写真を拾おうと飛び出た生徒が、集中砲火で蒸発するように退場する。そして彼こそが滑走の異能者だったのだろう。目に見えて、残りの五人の動きが悪くなった。
「良い物もっているじゃない。あとで押収ね」
「没収です!」
「えー」
えー、じゃなくてね?!
夢さんは仲間であるはずの静音さんたちからも驚嘆の目で見られながら、悠々と写真を拾って懐に入れ直す。
気合いを入れ直して次に行こう、と爽やかな笑顔で言っているが、胡散臭い。
『これは奇抜な手段に出ましたね。九條解説、“みちせんせい”とは?』
『あー、俺の幼馴染みで美人の教師だ』
『美人の幼馴染みとは、九條さんも隅に置けませんねぇ』
『はっはっはっ、精々うらやましがれ』
なにを言っちゃってるの?!
獅堂……後で覚えておきなさいよ……。
『くっ、卑怯だぞ、碓氷!』
『おおっと、未知先生の貴重な“慈愛の聖母的微笑”シーンの写真がー!』
『二度も同じ手に――』
『うひひょほくぇー――あぎゃんッ?!』
『――ッ谷来ィィィッ!!?』
谷来君、が集中砲火を受けると、今度は集団が消えて、別々の場所に白頭巾が点在していた。おそらく、集団で動いていたことがそもそも幻覚だったのだろう。
それにしても、おそらく魔導術師だろう。幻覚術式は難しいのに、すごい。もっともそれも、あ、あんな罠に掛かった今では残念な評価に落ち着くことだろうけれど。
「面白くなってきたわね」
リリーはそういうけれど、こちらの胃はそう気楽に構えていられない。
ただこんな展開になるなんて、予想もしていなかった私は、胃を抑えながら見ていることしか、できそうになかった。
それはそうと、
夢さんは、あとでお説教だからね?




