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そのじゅうさん

――13――




 関東特専に就職が決まり、最初の一年間は副担任として勉強し、二年目から担任を任された。担任教師の一年目は魔導科のAクラスだったか。二年目はCクラス、三年目はまたAクラス。その全てに偶然、私が担任を務めた生徒がいた。

 群青色の髪と青黒い瞳の少女。目つきが鋭いことをコンプレックスにしていた、普通の女の子。それが、麻生あそう葵美あみさんだ。

 葵美さんは、当時既にあった“魔導術師は異能者に劣る”という風評を覆すために、どんな異能者より、どんな魔導術師より優れた魔導術師になることが夢だといい、よく、私に懐いてくれたように思える。


「つまり、鈴理さんのような関係だったのかしら?」

「ええ、そうね……」


 使われていない控え室の一室。いつの間にか長めの休憩時間が私に渡るように調整していたイルレアが、私に缶のミルクティーを渡しながらそう、問う。

 鈴理さんとの関係よりもずっと、“先生と生徒”という色合いが強く、葵美さんは私を“いずれ越える相手”と捉えていた。


「彼女の御父君は、魔導科学者だった。けれど、心ない異能者が魔導術師を徒に傷つけ、麻生博士はそのうち身体を壊してしまい、そのまま……」

「……異能者を見返すことが目標? なら、魔導術師よりも上でなければならない理由は?」


 再び、イルレアにそう尋ねられる。

 ……けれど、こう、なんだろう。こちらを安心させようと握られた手が、こそばゆい。


「当時はそれこそ、魔導科学の権威である虚堂博士に評価されるくらい、優秀な科学者だったそうよ。けれど、皮肉にも、虚堂博士に評価されたことが切っ掛けで、魔導術師から嫉まれるようになった」


 魔導科学の権威、虚堂こどう静間しずま博士。

 彼の存在があるから、その分野で一番になることはできないと称される科学者で、アリュシカさんの御父君、有栖川昭久博士と並んで双璧とまで称される。

 そのことから、麻生博士は“永遠の二番手”と嘲笑され、ひがまれ、心労の中で亡くなられてしまった。その、二番手、というワードは麻生博士の一人娘である葵美さんにとって、禁句と言っても良い。


「ふぅん。で、未知の実力を前に心が折れたの? おっかしい。それって、自分の父親を追い詰めた塵芥と、同じような思考ではなくて? ねぇ、イルレア」

「人間は色々複雑なのよ。自分が心底憎む相手の行動を準えているのなら、きっと、葵美さんも傷ついているのでは無いかしら。……と、話の腰を折ってごめんなさい」


 気にしないで、と頭を振る。

 ……魔導術師として一番になるために、葵美さんは努力を重ねてきた。けれど、魔導術の習得範囲には目に見える限界がある。当時、既に台頭していた“速攻詠唱使い(クイックワーダー)”の瀬戸先生。その領域が、当時の魔導術師の限界だ。

 魔導術の習得には、深い理解が必要だ。魔導術師として魔導術式を理解するだけでは、到底足りない。近代の歴史を暗唱できるようになっても、古代の成り立ちから説明できることの方がよほど、深みのある言葉が言えるように。


「だから、私は……」


 “魔法”を見せることは出来ない。

 “速攻術式”は、瀬戸先生の方向性と変わらない。


 なら、現状で私以外、誰でも習得することは叶わず――一番、魔法に“近い”術式を見せれば? そうしたら、もしかしたら、新たな魔導術式の可能性に辿り着けるかも知れない。

 そんな――上から見下すような、傲慢。無意識に、私は、“観司未知”は魔導術師ではないと言っているかのような。


「その魔導術を展開して、その後はリリーのいうとおり。どう足掻いても一番にはなれないとそう言って」


 当時、日本の最高学府で受けられるはずだった推薦を辞退し、単身、海外に渡る。

 まるで避けるようにいなくなってしまった葵美さんの、絆の途切れるその直前。彼女の夢を応援すると言った私の行動は、葵美さんにとって最大級のコンプレックスを刺激する形となってしまったことは、否めない。

 それは葵美さんにとって、手ひどい裏切りだったことだろう。




「天才は孤独ね。ふふ、ねぇイルレア? あなたにはわかるかしら?」

「リリー? なにを」




 クスクスと笑うリリーに、イルレアは困惑した様子を見せる。

 けれど何故だろう。どうしてか、私には、リリーの言葉の続きがわかるような気がした。


「並び立つ凡愚は、皆、私の足下で、誰が私の膝に一番近いか背を比べ合っているの。その優劣の滑稽さを気にするコトなんて、できるはずがないわ。だって誰も彼も、見下ろさなければ見えないほどに矮小なのですもの」

「それは……」


 唇を引き絞り、応えに困窮するイルレア。

 そういえば彼女もまた、歴代に名を連ねる天才と謳われた女性だった。そして私もまた、私自身を平凡と称することは出来ない。出来ないほどに、“魔法少女”とは強力なモノだから。


「私は特別を愛するわ。彼ら彼女らは、私たちの目線に立つことが出来るから。私は一握りの凡愚を愛おしく思うわ。届かない領域に食らいつくということは、時に、天才を凌駕することすらあるから」


 リリーの小さな手が、私の頬を撫でる。

 ゆっくりと、慈しむように。


「鈴理は筆頭ね。あの子は紛れもない天才よ。まさしく遅咲きの桜」


 こうして、リリーが誰かを評価するのは珍しい。


「アリュシカは並び立つモノのいないような特別を授かった娘ね。あの子の異能の底は知れないわ」


 だからつい、聞き入ってしまうのだろう。

 率直で、けれど信頼すらも感じる言葉。


「静音も鈴理のように遅咲きね。悪魔を従えるのには才能が要るの」


 その数々は、驚くほどすんなりと、身体に染みこむ。


「フィフィリアも堪らないわ。伝説に並び立つモノをああも操って狂わないのは、あの子もまた特別に並び立つ存在だから」


 まるで、我が子を見守るような、優しい瞳。

 ただその奥に、狂おしいまでの情愛が、満ちていた。


「夢のことは、私も認めているのよ? 凡愚でありながら、特別に食らいつく。特別を持たない人間なのに、的確に己を磨き上げる。天才たちに囲まれながら、醜く嫉妬に狂わなければ、考えを放棄して信者にもならない。そうね、どうしてもと望むのなら、一度くらいは“イイ”思いをさせてあげても良いかもしれないわ」


 まるで、愛を謳うように、穏やかだ。

 ただその奥に、狂おしいまでの執着が、渦巻いていた。


「強者はね、弱者に媚びたりしなくても良いのよ。どうせ彼らは理解できない。みっともなく妬めば、勝手に相手が自滅してくれる――なぁんて、浅ましく考えているのだもの。自分のステージを持ち上げず、夢のように創意工夫で裏方から攻めたりもせず、天才たちのステージを壊すことばかりに腐心する。……ねぇ、そんなものに割く時間が、あなたにあるのかしら?」


 リリーの言いたいことも、わかる。そうやって仙じいが人に失望していったように、英雄に相対する人たちは今でも英雄を貶めることばかり考えていたりも、する。

 もしも私が、私だけの価値観で生きてきたら、人間に失望したくなるであろう場面はいくつもあった。


「噛みつくだけの虫ならば、潰してしまいなさい。煩わしく飛び回る蠅ならば、見捨ててしまいなさい。もしもあなたが弱者に媚びて小さく縮こまって生きるなんて、くだらないことを言い出すようなら――」


 けれど私は、わかるんだ。どう足掻いても、“特別”にはなれないと諦めてしまう人間たちの、気持ちが、わかってしまう。

 だって私も、特別では無かった“前世”の、記憶があるから。


「――そんな未知は見ていられないわ。だからその時は、魔界に連れて帰ってあげる。煩わしい虫に余計なことを強いられる前に、全て、捨てさせてあげる。だから、選びなさいな。未知はどうしたい?」


 強い言葉だ。イルレアも、深く俯いて考え込んでしまっているようだ。

 それほどまでに的確に、痛みを解き放とうとしてくるんだ。


「ありがとう、リリー」

「わかったの? なら早速、魔界へ……」

「私、ちゃんと、葵美さんに向き合ってみる」

「……それで、イイの?」


 逃げては駄目だ。

 ――それは余計に傷つけてしまうから。

 見下してはダメだ。

 ――それは孤独への道でしかないから。


「ちゃんと、向き合ってみる。ぶつかって見るわ――逃げていたのは、私の方かも知れないからね」


 今の私を、こんなにも思ってくれるのなら。

 これまでの私に、こんなにも思いを寄せてくれるのなら。


「どうにか、進んでみるよ。だからありがとう、リリー、イルレア」


 もう、逃げたりはしない。

 ちゃんと向き合って、あの日の“授業”をやり直そう。



(例え)



 それで。



(私が――バケモノと、そう、呼ばれることになろうとも)



 もう、向き合うことから――私が、私自身が刻みつけた傷跡から、決して逃げたりはしないのだと、誓いを立てるように、私は胸に手を当てて。


「あなたがそれで良いのなら、良いけれど。ま、無茶をしたら引っ張っていくわよ?」

「ふふ。未知ならきっとできると、信じて見守っているわ」


 頼もしい仲間の言葉に、今できる最大の笑顔で頷いた――。





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