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そのじゅうに

――12――




 貴賓室。

 特別な来客や権力者といった所謂VIPが試合を観戦するための部屋だ。全天周モニターで各競技を余すこと無く観戦でき、各種サービスも充実している。

 そんな貴賓室の一角で、リリーは退屈そうにモニターを眺めていた。


「お気に召しませんか?」


 リリーにそう声をかけたのは、上品なスーツに身を包んだイルレアだった。

 今回、リリーは“勝手に付いてくる”という状態にしないために、あらかじめ、イルレアの友人の妹、という枠で貴賓室に招かれていた。


「夢の奇襲はそこそこ面白かったわよ。でも、実力に差がありすぎるわ。蹂躙は己の手で行うことが一番楽しいの。他人の陵辱を眺めるだけなんて、欲求不満も良いところよ」

「あら、では観るなら、対等な試合がお好みなの?」

「ええ、もちろん。わたくしはフェアな試合を所望しますわ」

「ふふ、そうなの。ちなみに、あなた自身が戦うのなら?」

「あら? さきほど言ったわよ。“他人の陵辱を見せられるだけでは欲求不満”とね」


 そう艶然と笑うリリーに、イルレアは“まったくもう”と苦笑する。

 ――けれど、いたいけな女児から取り込もうと画策していた周囲の人間は、聞き耳を立てていたことを後悔しながら離れていった。

 もっとも、この会話の一番の目的は、“それ”なのだが。


「煩わしい視線がなくなったわね。あーあ、潰してはダメ? イルレア」

「だめ。未知が悲しむわよ」

「はいはい、わかっておりますわ」


 リリーはそう、つまらなそうに頬杖を突く。

 上位階級の人間が、バレないように気をつけてさりげなく視線を寄越していただけでこれだ。

 これで通常の観客席だったら、未知の懸念――即ち、“暇になってついてきて、一般席で絡まれて返り討ち”――どおりになっていたことだろう。


「未知の出番はまだなの?」

「そうね……教員の試合は明日のようだから」

「イルレアは出るのかしら?」

「日本の試合に出場はできないの。頭の固い話だわ」

「ふぅん。なら、しばらくは鈴理の応援でもするしかないわね」


 イルレアは、退屈そうにしながらも過剰に我が儘を言いはしないリリーの様子に、内心で胸をなで下ろす。もしここで暴れられたら、誰が勝てるのだろうか。白炎浄剣“ディルンウィン”の使い手と持て囃された自分でも、彼女には叶わないだろう。自身も強者であるからこそ、イルレアは相手との力量差を痛感していた。

 同時に、ここのところは思うところもある。未知とは最初敵対していたということであったのに、未知に惚れ込むのはわかる。イルレアも自覚するところであるが、観司未知の“特別”は、イルレア自身も含めて“特別”な、あるいは“特殊”な人間を惹きつけるところがあるからだ。


「鈴理さんのことは気にかけているのね?」

「……“私たち(悪魔)”は契約を守る生き物よ。あのおばかさんは、なんでも望んで良い状況で私に友誼を望んだ。なら、約束は果たすモノでしょう?」

「そう、なのね」


 小さく、ほんの僅かに目元を緩ませるリリー。

 その優しさの込められた眼差しに、イルレアは数瞬、呼吸を忘れる。



(人は変わる。悪魔も変わった。なら、天使は?)



 イルレアは、悼む胸を抑える。

 希望はあった。失望ばかりでは無い。ならば大事な弟の拠り所であった主が、正しき存在に変われるのであれば。

 イルレアはそう、ただ、希望を抱かずにはいられなかった――。



























――/――




 会場周辺。

 教員たちの出番はまだ先とは言え、裏方の仕事を数えれば枚挙に暇がない。私や瀬戸先生なんかもそれは当然変わらず、のんびりと試合を観戦している暇は、ありそうになかった。

 去年はもうちょっと時間があったのだけれど、その“去年の事件”のせいで仕事が増えている。


「北陸特専ブース、Aブロックへの搬入が遅れています。観司先生、確認を」

「はい。地図データ受信しました……Bブロックへの搬入路を通過中です、瀬戸先生」

「入場客へのお土産物です。急がなくても良いので確実にブースへ到着するようにルートを修正してください」

「ルートデータ送信します。お気を付けて」


 空中投影データは、逆に人間側が使いこなせない場面が多い。

 そこで、各教員一人一人に一つずつ、タブレットが貸し出しされてそれでやりとりをするのが主だ。もっともこれも、持ち出しは厳禁。なにせ世間一般的にはオーバースペック。大混乱になるのは,間違いない。


「観司先生、迷子のアナウンスが流れていませんか?」

「ステレオの故障でしょうか。高原先生、確認に向かってください」

「観司先生! 中部特専の教員担当の方と連絡がつきません!」

「確認します……マスコミ対応ですね。九州特専の方と順番を入れ替えてください。中部特専の教員方の位置情報を送信しますので、九州特専の対応が終わる前までには呼び戻してください」

「わかりました!」


 いやでも、それにしても忙しい。目が回るほどの忙しさだ。

 年数が経つとそこそこ立場のある仕事を任せられるようになるとはいえ、私もまだ五年目の小娘。いったいぜんたい、何故こんなに忙しいのだろうか。

 各部署から回ってくる対応を捌きながら、どこかで問題が起こっていないか検索。あ、鈴理さんは勝てたんだね。良かった。確か、学園アイドルVS魔法少女と外部マスコミがイロモノ扱いで持ち上げようとしていたのだったか。流石に、未成年をイロモノとして広報することはさせないと“オハナシ”させて貰ったけれど。

 あとは、私も知らない関東特専の同好会、“M&L”が破竹の勢いを見せているくらいか。誰もなんの略か教えてくれないのだけれど、なんなのだろうか。いや、どこかで聞いたような気もするのだけれど……うーん?


「観司先生、ここなんですけれど」

「そちらの担当は、江沼先生ですね。C地区へ連絡を」

「観司先生! 外部マイクがありません!」

「実体ホログラムで代用できます。データを送信しましたので端末でご確認ください」

「観司先生、引き継ぎます! 休憩へどうぞ!」

「はい、ありがとうございます」


 現行データの引き継ぎをして。

 外部発注機材に問題? はい、実体ホログラム使ってね。

 食事スペースに移動しながら、もうあと三件は片付けよう。というか、食事しながらで良いか。ゼリー飲料で栄養の補給をすれば充分かな。

 うん、そうすると効率が良いね。この調子で問題の虱潰しを行えば、エラーも減るかな。去年のような、機械兵士の潜入なんてもっての他だ。みんながスムーズに行えるように、調整していけば――


「はい、そこまで」

「――きゃっ」


 考えに集中していた私の首筋に、ひんやりと冷たい何かが押しつけられる。

 慌てて振り向くと、まず目に入ったのは缶の紅茶。それからほっそりとした白い指と、上品なスーツ。

 その傍らに、ゴシックロリータとアメジストの瞳が見えて。


「イルレア? それに、リリーも」

「休憩は休むためにあるのよ? あなたが身体を壊したら、私、悲しいわ」

「はぁい未知。遊びに来たわよ? 光栄に思いなさいな」


 どうやら、食事を手早く済ませようとするのはアウトのようだ。

 私は手を差しのばしてくれたことに、苦笑する。ダメだな、どうにも忙しいことに慣れすぎてしまっていたみたいだ。こんなにワーカーホリックな様子を二人に観られたかと思うと、ちょっぴり恥ずかしかったりする。


「なんで人間って無理をするのが好きなのかしら」

「ええっと、無理はしていないよ」


 うん。まだまだいけるはずだ。

 そう右隣のリリーに告げると、左隣からイルレアの気遣う声が届く。


「だったら、三食と休憩はきちんと摂って、私たちを安心させて? 未知」


 濡れるような視線。

 絡められた小指。

 指先から伝わる、熱。


「イルレア……ええと、はい。ごめんなさい」


 そんなに全身で心配/愛おしいと伝えられては、私も頷くより外ない。嬉しいは嬉しいのだけれど……うぅ、顔から火が出そうだ。


「ちょっと未知、こちらにも構いなさいな」

「ふふ、そうね。ええ、リリーもありがとう」


 手を引かれて歩くと、本当の親子みたいだ。

 そのことが恥ずかしくて、それからなんだか、嬉しくさえある。

 私は、そんな彼女たちの温かな笑顔に報いようと、私自身も頬を緩めて。





「ずいぶんと余裕なようですね――観司先生」





 冷たく尖った声に、思わず、身体を硬直させた。


「同性を侍らせて殿様気分ですか? 物見遊山には早いように思えますが」


 肩で切りそろえた群青色の髪。

 それよりももっと深い、黒に近い青い瞳。

 やせ形の体躯に、気の強さを示す吊り目。

 腕章は、教員用。中国地方特専を示す、剣のマーク。


「その余裕、いつまで持つのか、楽しみにしております――精々、エキシビションで恥を掻かないように気をつければよろしいのでは」

「ちょっとあなた、何様のつもりで――未知?」


 青筋を浮かべたリリーを、手で押しとどめる。

 教師になったんだね、とか、元気だった? とか、ご飯はちゃんと食べている? とか。

 たくさんの言葉が浮かんで、彼女の強い瞳に射られるように潰れて消えた。


葵美あみ、さん」

「名字で呼んでくださいますか? み・つ・か・さ・先生?」

「ええ――ごめんなさい、麻生あそう先生」

「偉そうにしていられるのも今のうちです……。それでは、私も暇ではありませんので」


 そう言い放って踵を返す、群青色の後ろ姿。

 今、先生をしているのなら大学は飛び級をしたのだろう。その努力を褒めてあげたいのに、私には、私“だけ”には、どう足掻いてもその権利は得られない。


「未知」


 呼びかけられる声。

 何も聞かずに、目元に当てられた手があたたかい。

 イルレアはただ、そう、私が話しやすいように労ってくれているのが、よく理解できる。でも、そうしてくれるのは嬉しいけれど、これは私の罪だ。私の犯してしまった、傲慢の証だ。だから――


「ねぇ、未知」

「リリー?」


 その、リリーの輝かんばかりの笑顔に困惑する。

 ええっと、なんでそんなに、良い笑顔なの?




「アレを潰されるのとオハナシをするの、どちらが好みか選びなさいな♪」




 楽しそうに告げたリリーの右手には、うずまく漆黒の力。

 その手首に嵌められているのは、ひょっとしなくとも、静音さんから預かったゼノではなかろうか。


「さ、早く。両方でも良いわよ?」

「は」

「は?」

「話させて、いただきます」

「よろしい」


 納めてくれたリリーに、ほっと一息。

 胸をなで下ろすと、隣でイルレアもまったく同じ仕草をしていた。

 そのことに、思わず苦笑を合わせてしまう。




 こうなってしまえばもう、仕方がない。

 さて、いったい、なにから話そうか――。





2019/01/15

2017/12/25

誤字修正しました。

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