そのじゅう
――10――
空は晴天。
風もなく、天気の変動は見られない。
(いよいよ、この時が来た)
ビル地帯を想定された試合会場の自陣で、金髪の少年――キッド・斎藤は乾いた唇を舐めた。
彼の目的は、この遠征競技戦で名を残すことだ。そしてアイドルグループとしてデビューし、最終的には“特撮ヒーロー”になる。それが斎藤の夢だった。
幼馴染みで理解のある青髪、磯崎あお。中学からの友人、黒沢黒井。高校で知り合った、アイドル志望の樹木黄色。それから、クラスメートで特撮好きだから今回の試合だけ自分に協力してくれた、赤髪の、夏旗慎護。
彼らの力を合わせれば、きっと乗り越えられない戦いなんて無い。斎藤はそう、確信に笑った。
「当初の作戦どおりで行こう。黄色と黒井でホールディング。俺とあおで迎撃。慎護は奇襲を頼む」
快晴の中、斎藤はじっと合図を待つ。
格好良く、それでいてスマートに勝ち抜くために。
『さぁさぁ今年も快晴と熱気の中、今日この時がやって参りました! 遠征競技戦目玉競技の一つ、“ブレイク&ホールディング”の時間ですっ! 司会実況担当の、リムちゃんです。みんな、よろしくねーっ!!』
トップアイドルの一人。
染色した金髪と鳶色の瞳。ボブヘアの美少女アイドル、リムの実況に歓声が沸く。
『本日の解説をご紹介致しますねっ! まずは異能解説、関東より火炎の英雄、九條獅堂さんにございます!』
『よう。まぁ気軽にやって行こうぜ』
空中投影モニターに映る、獅堂の姿。
アイドル顔負けどころか美術館にでも並んでいそうな整った顔立ちに、黄色い悲鳴が地響きのように伝わってくる。さしもの斎藤も、英雄という特撮魂を揺さぶられる存在に、胸が躍ることを納められそうに無かった。
『続いて、魔導の解説、おなじみ“速攻詠唱使い”、瀬戸亮治先生です! いやぁ、決まってますねー』
『よろしくお願いします』
こちらに、斎藤は興味を示さない。
代わりに、既に相手選手のことを考えていた。誰も彼も粒ぞろいの美少女六人組。最低四人最高六人で参加できる競技に最大数で出てきたということは、さほど戦闘力に自信があるわけでは無いのだろう。女子供をいたぶるのは、特撮ヒーローとしてはアウトだが――ロマンスを考慮から外すほど、満ち足りてもいない。
『それではルールの解説を致します! 本日のブレイク&ホールディングは、重要資産に見立てた石柱を守り抜き、相手の石柱を破壊する。単純明快な陣取りゲームです! 基本的に、石柱はノームーブモニュメントですので、移動は出来ません。限られた作戦の中で、守り抜いてください!』
解説が響く中、斎藤は意識を集中させていく。
作戦はうまく行くか。要である自分が欠けるわけにはいかないが、欠けてもあおが助けてくれる。あとは、駆け抜けるだけだ。
『本日の第一試合は、北陸特専チーム“綺羅星”VS関東特専チーム“魔法少女団”! ――かたや、北陸学園のアイドル。かたや、魔法少女研究サークルのメンバー。いったい如何なる作戦になるのか楽しみですね! 九條指導官!』
『関東は去年、魔導術師と異能者の共闘は可能であると確立したチームだ。おまけに、今年の魔導術師はひと味違う。まぁ、期待してくれ。また、北陸チームは毎年連携で湧かせるチームだ。去年は四人組だったと思うが、今年は五人で息を揃えていると聞く。こちらの戦いも愉しめるぞ』
『なるほど! これは期待できそうですね!』
九條獅堂が、自分たちに期待を向けている。
それだけで、斎藤の心には歓喜の嵐が吹きすさぶ。もう、負ける気はしない、と、斎藤は霊力を滾らせた。
『それではいよいよ試合開始です。両者位置について――“ブレイク&ホールディング”、タクティカル・スタート!!』
もはや意思は通じている。
開始の合図と同時に慎護が飛び出し、斎藤たちはその背を見送って動き始めた。
「よし、行く――」
「ぎゃんッ?!」
「――黄色!?」
衝突音。
大きく弾かれてのけぞる、黄色の姿。
――LP15000→LP10200
一撃で五千近いダメージ。
衝撃のショックで、異能を展開できない黄色。
「くッ! 黒井、黄色のフォロー」
「ぐぁっ?!」
「黒井ィーッ!!」
再び衝突音。
まだ索敵も完了していないというのに、狙撃されているという事実。
(まさか、千里眼? 魔眼の共存型か! 油断したッ)
動揺しながらも、衝撃で動けない二人に代わって、斎藤は石柱を守る。
無防備な石柱は当然のように狙撃に晒されていて、既にひび割れが三箇所。これ以上は危険だ。
「“俺だけの舞台”!」
斎藤の異能は、発現型のものだ。
飛来物や視線を自分に集中させる、という、目立つために生まれてきたような異能であり、本来は石柱を破壊しに来た人間の足止めに使うはずだったモノだ。
だが、ダメージにより起き上がれない二人を前に、ここで足止めをするためだけに使用せねばならなくなった。
「あお、迎撃を!」
「ああ!」
あおは、稀少度Dランク、“記録級”の特性型異能者だ。持ち込んだペットボトルから水を取り出して、操ることができる。発現型の水使いよりもはるかに持続力のある異能であり、斎藤と組めば延々と迎撃防衛できた。
「見えた。霊力弾丸だ。迎撃す――え?」
「ぐ、くそ、僕だって――ぎゃんッ」
「黄色?!」
斎藤の視界では、なにが起こったのかわからなかった。
だが、迎撃に集中していたあおには、何が起こったのかよく見えた。
「こんな、ことが」
翡翠色の弾丸が、斎藤の異能で曲がる。
すると、斎藤を狙って放たれていた弾丸に空中で衝突し。
――強制的に軌道を変えられ、“偶然”起き上がった黄色の頭に、二度目の衝突音が鳴り響いた。
「未来でも、見ているのか……?」
答えは出ない。
ただ、得体の知れない状況に、北陸チームは怯えるように防御をすることしか、できなかった。
――/――
フィールドの端。
石柱のやや後ろのビル。その窓枠に銃身を置いていたアリュシカは、“視えている”光景にほっと息を吐く。
銃身の長い純白のスナイパーライフル。先端に“銃剣”が備え付けられたこれこそが、複合型異能兵器――通称“ガルーダ”。アリュシカの、新しい武器だ。
「こちらアリュシカ。四人足止めに成功したよ」
『こちら夢。オーケー。じゃ、私は予定どおりに』
『こちら香嶋。夏旗は逃れたのね? 位置データをドンナーさんに送信して』
『――こちらフィフィリア。来たぞ。これから、静音と共に夏旗慎護を迎撃する』
『こちら鈴理! 杏香先輩ともども負傷無し。石柱に破損も無いよ』
「オーケー。では、このまま足止めに専心するよ」
耳に取り付けられたカフス。
改良型遠隔通信魔導器具――“雷鳥”と名付けられたそれで、アリュシカたちは<伝言>による意思疎通を可能としていた。
作戦は単純明快。アリュシカが天眼による遠視と未来予知で石柱周辺の足止め。その石柱に夢が向かい、実力の予想が付けにくい、古名家の夏旗慎護をフィフィリアと静音で迎撃。石柱の守護は鈴理に任せ、杏香は鈴理のサポートと指揮官を務める。
「スズリが特異魔導士として注目されるのが心配なら、極限まで使用せずに勝ち抜いちゃえば? か。さすがユメだ。よくわかってる」
それが出来ると信頼されている。
それくらい余裕だと信用されている。
奇しくもその思考は、敵対チームの斎藤とさほど変わらないモノであったが……こちらには、自負できるだけの経験と絆があった。
「さて。私も期待に応え続けられる“私”で在りたいんだ。悪いけれど――私の“天眼”から、逃しはしないよ」
スコープは必要ない。
ただ左目で照準を合わせると、アリュシカは引き金を引く。詠唱すらも必要としないそれは、発射音の一つも無く、翡翠色の弾丸をはき出した。
「【分裂】」
その弾丸が、詠唱により二つに分裂すると、アリュシカの意志に従って僅かに軌道を変えた。変えられる軌道はたいしたことは無いが、それでも、アリュシカの天眼と組み合わせれば隙はない。
アリュシカは注意深く標的に命中したことを確認すると、また、静かに息を吐き出した。
2017/05/03
誤字修正しました。




