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そのきゅう

――9――




 遠征競技戦では、各競技ごとに決められた宿泊施設に別れて泊まる。

 前回は夢ちゃんとリュシーちゃんと三人だったけれど、今回は総勢六人の大所帯で、チーム“魔法少女団”は“ブレイク&ホールディング”選手用の宿泊施設に移動することとなった。


「相変わらず近未来だね、夢ちゃん」

「そうねー」


 客船が島に到着すると、先生が点呼を取る。

 その後は空中に浮かぶ立体投影型の地図を見ながら、各々宿泊施設に移動する、という流れだ。宿泊施設からは、その施設担当の係員――特専関係者――が、アナウンスや案内を勤めてくれる。


「こ、こんな感じなんだね」

「む、静音は始めてか?」

「ぜ、前回は、実家からの嫌がらせの呼び出しで、い、いなかったから」

「そうか。ところで、静音の実家はどこだ? ちょっと雷が落ちる可能性があるので把握しておきたいのだが」

「ドンナーさん、そういうことは証拠を残さずやりなさい」


 静音ちゃんとフィーちゃんと杏香先輩が、なにやら怖い話をしている?

 えーと、うん、あんまり気にしないようにしよう。いざとなったら“何も知りません”って言って証拠隠滅に協力しよう。ポチと一緒に更地にしても良いかもしれない。


「思うんだが」

「リュシーちゃん?」

「何故、私の家の方がハイテクなのかな? ここは、最新技術の粋、ということだったと思うのだけれど……」

「リュシーちゃん……それはその、博士の趣味、とか?」

「あー、うん、納得したよ」


 そうだよね、リュシーちゃんの家、自立稼働ロボットまでいるもんね。

 住所的には北海道だけど、地図的には太平洋というリュシーちゃんの実家は、有栖川博士お手製の転移装置がないと、とうていたどり着けないように出来ている。防犯上の理由は勿論あるのだろうけれど、一番の理由は“家族で平穏に暮らしたいから”じゃないかなぁ、なんて思わないことも無い。


「あら、そう、ハイテクなの、そう」

「杏香先輩?」


 ハイテク、リッチ、セレブと呟く杏香先輩の目は死んでいる。

 そういえば、去年に助けて貰った時からの仲だけれど、わたしたちはあんまり杏香先輩のことを知らない。


「も、モダンなお宅なんですか?」


 首を傾げるわたしの意図をくみ取るように、静音ちゃんが聞いてくれる。

 そうすると杏香先輩は、静音ちゃんに身体ごと“ぐりんッ”と振り返って、にじり寄った。


「ひぃっ」

「ええ、そうよ、モダンといえばモダンね。知りたいの? そう、特別に教えてあげようかしら」

「あ、あの、あの、むむ、無理なさらなくてもあわわわ」


 その、常にクールさを見せる杏香先輩の、“普通”ではない様子に、わたしたちは固まってしまった。ええと、ど、どうしよう。


「築四十年の平屋で家賃九万八千円」

「よんじゅうねん、きゅうまんはっせん」


 ガシィッと肩を掴まれた静音ちゃんが、前髪で目元が見えなくなった杏香先輩に詰め寄られる。そのあまりの雰囲気に、復唱する静音ちゃんの様子もどこかおかしい。

 えっ、引きはがせ? む、むりだよぅ。


「ドクダミ銀杏ぼんたん雑草の虫と戦う庭」

「むしとたたかうにわ」

「すきま風に雨漏りは日常的で石油ストーブと扇風機で季節を乗り越える」

「せきゆすとーぶとせんぷうき」

「兄と姉は出稼ぎ。下は双子三つ子末っ子の六人体制九人姉弟」

「ろくにんたいせいきゅうにんきょうだい」

「知ってる? お風呂に温度計突っ込んで確認しておかないと、沸騰することもあるの」

「ふっとう」


 ええっと、庭付きだけど雨漏りのする家、ということかな。

 そういえば、わたしの実家は中流階級の一般家庭。静音ちゃんは古名家で、夢ちゃんは武家屋敷で、リュシーちゃんは白亜の城。た、たいへんだ、杏香先輩に共感できない。

 あれ、でも、没落したっていうフィーちゃんの家はどうなんだろう? そう顔を向けて見ると、フィーちゃんは口笛を吹きながら目を逸らしていた。うん、そっか……。


「わ、私の弟と交換しますか? お、大人しいですよ?」

「シスコンは間に合ってるわ」


 間に合っちゃってるんだ……。

 でもそっか、下に六人も居るなら、シスコンもなにも色々と完備していそう。


「でも、わたしは一人っ子だからちょっぴり羨ましいかも」

「鈴理、嫁に来る? 私のところも下に五人よ。全員女子でよりどりみどり」

「夢ちゃん……なんで夢ちゃんは、わたしが妹が出来ると喜ぶと思うの? もう」


 別に、女の子の血縁が欲しいわけでは無くてね?

 そうじとーっと見ると、夢ちゃんもフィーちゃんのように口笛を吹きながら顔を背けた。

 二年生になって暴走癖が治ったかと思えば、逆に落ち着いて一周回っただけだったみたいだ。

 そういえば。確か、去年もこうしてじゃれあっていたら、梓ちゃんたちに声をかけられたんだっけ。懐かしいなぁ。





「随分と余裕だな、関東」





 そうそう、ちょうどこんな風に……って、はれ?

 かけられた声に振り向くと、そこには五人組の男子生徒が金髪の男子を先頭にVの字に並んでいた。全員の顔立ちが整っていて、それぞれにポーズを決めている。なんだろう、アイドルグループとかなのかな?


「如何なる時でも余裕を持つのは、当然のことで無いかしら?」


 そう告げたのは、キリッと眼鏡をあげた杏香先輩だ。

 そのあまりの切り替えの早さについて行けなかったのか、静音ちゃんは呆然と周囲を見回して、ふらふらとわたしの背に隠れてしまった。


「ふっ、その余裕、いつまで持つかな?」


 金髪の男子は、ニヒルに笑いながら髪をかき上げ、くるっとターンしてウィンクを一つ。

 すごい、淀みの無い動きだ。いったいこの人は何千回、このポーズを繰り返してきたのだろう。よほど練習しないと、こんな風に自然にポーズは決められないはずだ。


「そもそも、あなたたち誰よ」


 そう、夢ちゃんは私に目配せをしながら問いかける。

 すると、それに察した杏香先輩が後ろ手でハンドサイン。こちらから窺えるけれど向こうからはこちらが良く見えない、という絶妙なラインにリュシーちゃんとフィーちゃんが立った。

 静音ちゃんも、気づいていながら離れない。後ろの誰かを庇う姿勢がカモフラージュになると、知っているからだ。だから、わたしはわたしの役目を全うする。わたしの得意の、この“観察”で!


「ふっ、紹介だ! マイフレンズ!」


 金髪の男子がそう言うと、Vの字の端、クール系黒髪男子が薄く笑って視線を投げる。


「黒沢黒井――“闇とひとりぼっち(パーフェクト・ダーク)”の異能者」


 その紹介に続くように、今度はVの字の反対側、濃い黄色の髪の男子が爽やかに笑う。


「僕は樹木黄色! “特別な黄金郷プレミアム・フライデー”の異能者だよん!」


 法則でもあるのか。次いで、黒髪男子の隣、青髪の中性的な男子が顔に手を当てて流し目を寄越す。


「磯崎あお。“海よりも蒼くマリンブルー・ロマンス”」


 更に今度は、黄色男子の隣。髪を逆立てた男子生徒が、体育会系っぽくニカッと笑う。


夏旗なつき慎護しんごだ。今日はフェアに戦おうぜ。よろしくな!」


 そして最後に、中央の金髪男子がアルカイックスマイルでくるっとターンした。


「エンドロールは俺に任せな――“綺羅星”のリーダー。“俺だけの舞台(スポットライト)”キッド・斎藤とは俺のことさ!」


 ででーん、という効果音。

 見ればええっと、いそ、磯? ……青髪君がテープレコーダーから音楽を鳴らしていた。ええっと、でもそれたぶん、失敗したときの音楽だよ?


「か弱い女性六人といえど、俺たちのライバルに違いない。存分に、楽しもうぜ!」


 きらっ、と、笑顔を飛ばす金髪君。

 けれどこう、なんと反応したらいいかわからない。普通の感性の女の子だったら、格好いいと思うのかな?


「今回は挨拶だけだけれど――試合では、こんなもんじゃ済まないぜ? アドュー!」


 そう、ポーズを決めながら去って行く金髪君を、わたしたちは呆然と見送る。

 前回の梓ちゃんたち三人組も中々濃いように思えたけれど、その比じゃ無かったなぁ。比べたら梓ちゃんに怒られちゃいそうな気がするよ。


「で、笠宮鈴理。どうだったの?」

「そろそろ、名前で呼んでくださいませんか? 先輩」

「……鈴理、どうだったの?」


 言い直してくれた杏香先輩に、えへへ、と笑いかける。

 そうしたら、杏香先輩は少しだけ耳を赤くして、眼鏡を持ち上げてそれを誤魔化した様子だった。杏香先輩は、年下に甘くて年上に弱いようだ、なんて、今は良いか。


「金髪君はリーダーだけど、たぶん補助です。指揮系統は一任されていて信用もされているけれど、頼りになるかは別、という印象かな」


 リーダーに従っている、というより、“友達だから付き合ってあげよう”という柔らかさを感じた。逆に、こういうタイプはリーダーを崩しても連携が瓦解しないから、厄介だと思う。


「一番仲が良いのは青髪君。たぶん、連携を支える裏方だと思う。逆に、一番心の距離が遠いのは黄色君。そんなに馴染めてもいないような気がする。だから、連携を潰す意味では青髪君を狙うのが正解だけれど、予測がしづらいという意味では黄色君が怪しい、かも」


 なにせ、例えば本当に新参だとすれば、想定された動きに順応しきれないだろう。そうなると取る手段は、自爆か暴走が妥当、かな。


「黒髪君は、たぶん、偵察兵だと思う。空気を読んでじっと黙って、タイミングを合わせて空気を読む。杏香先輩の指示が無かったら、観察してたっていう事実がバレてたと思うよ」


 なんというか、補助に偏ったチームだな、なんて思う。

 黄色君の加入もきっと、バランスを整わせるため。きっと黄色君は、攻撃手段を持っているか、他に攻撃可能メンバーの立ち位置と、入れ替わって動けるメンバーなんだろうなぁ。


「でも最後の、赤髪の……夏旗なつき慎護しんご君は、ちょっと危険だと思う」


 一人だけ異能を口にせず、去り際にわたしの方向に刹那の間、目を向けたように思える。おそらく彼が、あのチームを支える大黒柱でアタッカーなんだと思う。彼を倒せば楽にコトが運びそうだけれど、そんなに甘くも無いんだろうなぁ。


「なんて、こんな感じだけど、どうかな」


 そう尋ねると、みんなはしばし無言になり、それから苦笑と共に親指をあげた。


「さすが鈴理ね。そして正解よ」

「夢ちゃん?」

「今、思い出したわ。夏旗慎護と言えば、古名家の一派、“四季家”の夏旗よ。まさか、北陸特専に進学していたなんてね」

「北陸、なの?」

「腕章に雪の結晶と水の波紋。間違いないわね」


 腕章は、各校のマークが象られている。

北陸のマークはその気候から雪の結晶と、それから鏡先生をイメージした水面の波紋だ。


「とにかく。これで作戦が組めそうね。碓氷! 開始までに煮詰めるわ」

「はい、お任せあれ」


 わたしが情報を提供して、杏香先輩と夢ちゃんが作戦を組み上げる。

 その頼もしさと言えば、簡単に言葉にできるようなものではなくて。


「ふふ」


 ただ、そうやって、緩む頬を抑えることは、どうにも難しいようだった。





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