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そのなな

――7――




 大歓声の闘技場。

 観客席に座っていたわたしたちの耳に響くのは、さっきまでとは一変した、興奮の声。





『コネ入社なんて誰が言ったんだよ』

『速攻術式? 嘘だろ! なんで今まで隠れてたんだ?!』

『やっぱり縁故採用の噂、柿原のババァが美人教師を嫉んで流したんだよ』

『嘘だろおい、恵面教授はド変態のクソ野郎だけど優秀だぜ?』

『バケモノかよ、ありえねぇ』

『ふ、踏まれたい』

『ハァハァ、未知タソ……これは、恋?』

『いや、変だろ。美人なのはすっごい認めるけど』





 うん、一部怪しいモノもあるけれど、概ね好意的、かな。

 でもそっか、師匠、速攻術式を解禁したんだ。えへへ、師匠が認められるのって、やっぱり、すごく嬉しい。わたしの師匠はすごいんだぞ! って、触れ回りたくなる。やらないけれどね? 師匠に迷惑はかけられません!


「すごかったね、夢ちゃん」

「ま、未知先生ならこの程度、余裕でしょ。それよりも、今後大変なことになるわね」

「ファンが増えちゃう?」

「マスコミや政府関係者もね」

「あぅ」


 それは、なんとも言えないなぁ。

 ただでさえお忙しい師匠がまた忙しくなってしまう。あんまり一緒に居られなくなるのはすっごくいやだけど、それ以上に師匠の心労が心配だ。


「なにを心配しているのかわからないでもないけど、大変なのはあんたもだからね?」

「へ? 夢ちゃん……?」

「いやだから、“特異魔導士”だって公表するから、未知先生がカミングアウトできたんでしょ? 鈴理の師匠なんだから」


 そっか、因果関係か。

 あれでもそうすると、むしろ師匠よりわたしが注目される流れ?!


「まぁ、いざとなったら私が――」

「スズリ、いざとなったら私がスズリを匿うよ」


 夢ちゃんの反対側から、わたしに気遣うように声をかけてくれるリュシーちゃん。

 匿ってくれるって……あの、白亜のお城に?


「――ちょっ、リュシー! ちっ、先を越されたか」

「はは、ユメも来れば良いよ」

「りゅ、リュシー、私は?」

「シズネももちろん。ああ、フィーもね」

「ククッ、ではその時は失礼させていただこう」


 たぶん、冗談ではあるのだろうけれど、えへへ、そう言ってくれるのは嬉しいな。

 でも別に、リュシーちゃんのお城で無くても、みんなで暮らせたらそれだけで、きっと毎日はバラ色だ。そう思ったのだけれど、どうやら口に出ていたようで。


「す、鈴理……うん、いいよ一緒に暮らそう。誰にも邪魔されないような場所でみんなで楽しくいつまでも暮らしていけば良いよ邪魔モノは全部纏めてゼノるから」

「シズネ、シズネ、どうどう」

「静音、ゼノったらタダじゃすまないわよ? そういうのは、鈴理の平穏を害して来た歴代変質者たちだけにしておきなさい」

「む? 歴代変質者だと? 夢、詳しく聞かせろ。なに、ミョルニルで消し炭に変えるだけだ」

「あら、それなら魔界に連れて帰れば良いじゃ無い。私の妾なら、誰にも襲われないわよ?」

「いやいやいやそれだと、私たちが鈴理に会えなくなるじゃん! いくら忍者でも魔界までは――って、リリー?!」


 いつの間にか、わたしの後ろに来ていたリリーちゃんに、夢ちゃんが手を上げて仰天する。ほ、本当にいつの間に来たんだろう?

 リリーちゃんはいつものように上品な笑顔で片手をあげると、そのままふわふわと空中に座り込む。重力操作かな? 妖力操作の気配が感じられなさ過ぎてこわい。


「未知の試合が早々に終わって暇なの。鈴理、私に構いなさいな」

「うん。ええっと、膝に座る?」

「ふふ、仕方がないから座って差し上げますわ」


 小柄なわたしよりも更に小柄なリリーちゃんが、わたしの膝に座る。

 そうすると、リリーちゃんはわたしの胸に体重を預けてくれる。


「さ、さらっとやったわね。羨ましい」

「ゆ、夢、目が怖いよ?」

「うぐっ」

「クスクス……ユメ、試合が始まるよ。次は、ああ、高原先生か」


 リュシーちゃんに言われて、試合会場を見る。

 闘技場の中心で向き合うのは、高原一巳先生と、陸奥先生だ。


「あ、ほら静音ちゃん、陸奥先生だよ」

「あ、ほ、本当だ。陸奥先生ー、頑張ってください!」


 静音ちゃんが手を振ると、陸奥先生は嬉しそうに振り返してくれている。

 陸奥先生には去年、色々とお世話になった。姉ふぇちの師匠ファンで、すごく良い人だと思う。静音ちゃんの陸奥先生を見る目も、異性と言うより年の離れた親戚のお兄さん、という感じだし。


『それでは、両者位置について』


 南先生のアナウンス。

 二人は、にらみ合うように佇んで。


『試合、開始!』

「“幻視ファントムコート”!」


 合図と共に、陸奥先生の姿が掻き消える。


「さすがは陸奥先生、やりますね。ですが果たして、このチームから逃れられるかな?」


 次いで、高原先生の影から、五角錐の金属にコミカルな手と表情を持つ異形の機械兵団が出現した。あれは確か、高原先生の異能で“突撃特攻弾丸兄弟ビーソルジャー・アイアンブラザーズ”だったかな。

 高原先生の影から現れたそれらは、おおよそ数えるのもばかばかしい程、量が多い。


「夢ちゃん、いくつ呼び出したかわかったりする?」

「今、数えたわ。六体一小隊を三ペアで一中隊、それが四つね」

「ええっと……えっ、七十二体?!」


 まるで、壁のようにも見える異能。

 完全サポート型の陸奥先生は、いったいどのようにして高原先生と戦う気なんだろうか。

 高原先生の周囲に、漏れること無く溢れる弾丸兄弟。一つの中隊に一つは索敵係が居るのだろうか。周囲を油断なく見回していた。けれどそれでも見つからないのは、よほど陸奥先生の異能が高精度、ということだろう?


「ねぇ鈴理、あの陸奥という男、覗きのスペシャリストかなにかなのかしら?」

「ええっと、そんなことはないよ?」

「そう? あれ、重力領域まで幻覚能力で紛れているわよ。五感で捉えられる精度じゃ無いわね」


 そ、それは逆に、なんでリリーちゃんは捉えられるのだろう?

 でもそう思って見れば、高原先生は焦燥しているように見える。なにせ一向に見つからないのだ。これが、陸奥先生の“本気”の幻覚? すごい。

 でもどうするのだろう。このままだと、決着が付かないよ。


「――このまま、いたずらに時間を浪費するつもりは無い」

「それは」「こちら」「台詞」「ですよ」「高原」「先生」

「ッ!?」


 突如現れた陸奥先生の姿は、六人に分裂していた。消えていたのは、このための準備?

 どうやら高原先生の索敵では全員“本物”に見えているようで、弾丸兄弟たちが困惑しているように見える。


「彷徨える幻惑に酔い狂え――“幻呈空観(ファントム・ホール)”」


 陸奥先生が唱えると、陸奥先生の周囲に無数の剣が現れる。

 その剣は一本一本が意思を持つように動いているが、その、どう見ても幻覚と解る程度には透けている。


「リリーちゃん、分身に精度を置きすぎたのかな?」

「違うわね。あれ、罠よ。どう見ても実体が無い、けれど、幻覚で“脅威”という感覚を付与させているわ。感覚が鋭い異能なら、ほら、あのとおり」


 見ると、高原先生の弾丸兄弟が、とても危険なモノを相手にするような勢いで、幻覚の剣に突撃している。それは宿主であるはずの高原先生を困惑させるほどのものだ。

 高原先生が、弾丸兄弟に与えて居るであろう“自己判断能力”を逆手に取っているのかな? うひゃあ、サポート系も行き着くとこんなことができるんだね。

 これなら、消耗させるだけで陸奥先生が勝てるんじゃ無いかな? そう、思っていたのだけれど。


「なるほど……陸奥先生、その異能で観司先生にセクハラ行為をされたのか?」

「はぁ?!」「風評」「被害も」「いいところ」「ですよ」「高原」「先生!」


 動揺した陸奥先生の声。

 その声の数は……七つだ。


「そこォッ!!」

「しまった!? こんな手にッ」


 どうやら、心理戦では一歩上をいかれたのだろう。

 浮遊術かなにかで上空から聞こえてきた声の元へ、弾丸兄弟が殺到する。そうすると、さすがにその数の暴力から逃げ切れなかったのだろう。ダメージ変換結界によるライフポイントが、一桁単位で異常なスピードで削られていき、あっという間にゼロになる。

 なんだろう、蜂に集られているような、ものすごい光景だ。会場からも、主に漏れる声はどん引きのものばかり。すさまじいけれど、うん、こわい。


「こんなに動揺するとは思わなかったよ、陸奥先生。まさか本当に?」

「してませんから!」


 それが、最後の言葉だった。

 ルールに従い、光の粒子になって転送される陸奥先生。あとには歓声などなく、教員同士のアレな戦いにそっと引く生徒たちの姿があった。そうだよね、そうなるよね……。


「陸奥先生、あなたには悪いけれど、負けられないんだ。“友の会”のために」


 だからだろう、わたしは高原先生の言葉を聞き逃す。

 口が動いたことだけはわかったけれど……なんだかすごく、決意の込められた目であったことだけはわかった。


「夢ちゃん、最後、高原先生がなんて言ったかわかった?」

「ん? ごめん、見てなかったわ」


 そっか、見てれば聞こえなくても読唇術でどうにかるもんね、夢ちゃん。

 うーん、とても気になる。気になるけれど――真相は闇の中、かなぁ。






 そうして、遠征競技戦の教員メンバーが確定する。

 けっきょく師匠はノーダメージで切り抜けて、それも全ての試合が十秒未満。データなんか取れるはずも無く、他校の先生方であろう人たちは、肩を落として帰って行った。

 わたしたちは、そんな彼らを苦笑して見送ると、発表メンバーを見る。






『異能科代表教員


 江沼耕造重光

 高原一巳

 風間省吾    』




『魔導科代表教員


 瀬戸亮治

 川端新介

 観司未知    』






 なんだか、関東特専のオールスター! っていう感じかな。

 わたしたちの担任の新藤有香先生も、すっごく強いらしいのだけれど、残念ながら師匠に当たって瞬殺されていた。けれど、敗北する顔が幸せそうだったのはどういうことなのだろうか? 気にしない方が良いのかな。

 あと、イルレア先生がいないのは気になったけれど、どうやらあくまでアイルランド特専からの“出向”扱いだから、代表選手には選ばれないらしい。

 トーナメント方式で上位ランクインが出場条件だから、早々に退場すると出場権を得られない。だから、レイル先生が初戦で江沼先生に抑えられちゃったから、ちょっと残念だ。負けた教員のレイル先生は、特専に居残りみたいだしね。




 けれどなんにせよ、これで準備は整った。

 あとはいよいよ、遠征競技戦を控えるだけだ。そう思うと不思議と、胸が興奮に高鳴るようですらあった。





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